リオは焦れていた。
こんなにトレーナー探しが難航するなんて思っていなかった。
これから2ヶ月で8㎏減量、
そしてアスリートのような体型になることが条件・・・
そんなこと、できるわけないでしょ!!
でも・・・
どうしてもこの役、やりたい。
これまで映画の主役はなんどか経験し、
演技派という言葉をもらうようになってきていた。
しかしアイドルあがりのリオのキャラを壊さないという
事務所の方針がジャマをして、ほんとにやりたい役ができなかった。
でも、今度は違う。
もう25だ。「絶対やります!」と社長に訴えた。
しかし、今になって、リオはことの重大さを実感している。
骨太で社会派の映画を作ることで定評がある監督から指名され
うれしさの反面、プレッシャーに押しつぶされそうだ。
8㎏・・・
アスリートのような・・・
呪文のようにぐるぐると頭のなかをこのふたつがこだまする。
そしていつか食事がノドを通らなくなっていた。
実際体重は減っていったが、青白い顔で生気がなくなり、
やっとトレーナーがみつかった頃には
毎日のエクササイズに耐えうる体力への不安は
誰が見てもあきらかだった。
都心では緑が多いと言われるこの地域の
ちょうど大きな公園の隣にあるジムだった。
リオが主にトレーニングするのは二階。
公園側が全面ガラスになっている。
桜がちょうど散ってしまったあとだった。
これからの季節は木立が茂り、
緑の中で汗をかいているような気分になれそう。
そんなところが気に入った。
VIP扱いなのだろう。
特別室のような部屋に通されて
担当トレーナーを待っていた。
社長らしき人が、やや興奮気味に以前の出演作を誉めてくれたりして、
その場をつないでくれていた。
あわててDVDを見て、誉めどころを探してくれたのがミエミエだ。
そんなに気を遣わなくていいのに・・・
なんて思いながら、どこか他人事のようだった。
なにより私は気力が低下しちゃってるから、
もうほんとに映画をとれるって気がしなくなってる。
だるいな~、横になりたいなぁ~
そんなことをぼーっと考えてたら、
ドアがノックされた。
担当トレーナーだった。
トレーニングウェアに、タオルをつかんで大急ぎで走ってきた感じ。
大柄で、顔も、たぶん体もしまってる。
奥二重の目はちょっと内気そうだ。
知的なイメージの高い鼻も。
ロマンティストかもしれない唇も、
まあまあだと思う。
見た目のいい男の人には慣れっこだから、
特にときめくわけじゃないけど。
「遅くなってすみません。」
声が・・・
かなりいいな。
「相馬勇也です。よろしくお願いします。」
「山根リオです。どうぞよろしく。」
握った手が、とても大きかった。
そして、温かかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
今日このあとのスケジュールが入っていないとわかると、
彼はゆっくりと説明しながら
ひとつひとつのメニューを提示していった。
私はただ言われるままに動いていた。
身長、体重、血圧、肺活量、柔軟度、筋力・・・・
淡々と進んでいく。
声がいいなと思っていたけど、
その話しかたそのものがいいんだってわかった。
ソフトで、淡々としていて、
すーっと相手の心に入り込んで、深い印象を残す、そんな話し方。
見た目のいい男性は毎日周りにウヨウヨいるけど、
こんなふうに感じたことは初めてだ。
こんなふうに一緒にいて、その声を聞いていることが心地良くて、
このままずっとこの時間が続いてほしいような・・・
そんな感じ・・・初めてだった。
そんなことを考えてたら・・・
「じゃあ、最後に、ちょっと失礼。」
いきなり正面を向いた彼が、両手で私の頬を包んだ。
えぇ~~
なに?
なにぃ~~?
こんなに近くで目をじっと見つめて・・・・
彼の親指が私の下まぶたをびろ~~んと伸ばして
あっかんべぇ~~をさせた。
「貧血気味ですか?」
「はぁ?
はい・・・・たぶん・・・」
「そうですか。」
なんだ・・・
それか・・・・
別になにかを期待したわけじゃないけど。
「じゃあ、これで今日の第1ラウンドは終了です。」
「え? 第2ラウンドがあるんですか?」
「はい。」
「聞いてませんけど。」
「はい、さっき決めましたから。」
「はぁ?」
「ちょっと移動します。」
渡り廊下でつながった隣の建物は、レストランだった。
そこは、ヘルシーな素材と調理法で有名だったが、
この場所にあって、ジムとタイアップしてるとは知らなかった。
渡り廊下を歩きながら、彼が言った。
「さっきヒヤリングの時、体重が3キロ減ったといいましたね。」
「はい。食欲がなくて・・・」
「今も?」
「はい。」
「そうですか。」
ん? それだけ?
レストランに入ると、個室に通された。
ここからも公園の緑が、大きな窓いっぱいに見える。
「今日から、出来る限り1日に1回はここで食事していただきます。
他の2回の食事もこちらが管理します。
それ以外のものは食べないで下さい。
しばらくは食事だけで、トレーニングはしません。」
「え? なぜですか?」
「あなたは今、とてもじゃないけどトレーニングできる状態ではありません。
まずはきちんと栄養を摂取して、
トレーニングに耐えられる体づくりから始めなければなりません。
あと3㎏戻してからです。」
「え? それはダメです!
8㎏やせなきゃいけないんですよ。
せっかく減った3㎏を元にもどすなんてダメよ!?」
さっき初めて会ったばかりの人に、もう喰ってかかっていた。
でも、私だって必死なんだ。
「大丈夫、僕がちゃんと8㎏落とさせてあげます。
でも、今ちゃんと食べて3㎏戻さなければ、
あなたは8㎏の減量に耐えられない。
途中で倒れてしまうことは確実です。
僕を信じてくれませんか?」
じっと見つめて、そんな説得力あるセリフを言っちゃって・・・
なんだかもう映画が始まってるみたいな気分。
このシーン、なかなかいい・・・・なんて思ってる私。
そして・・・
この人を信じたいと思った。