Lusieta

 

朝露のリオ 2

 

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ーーー1週目


あれから毎日、必ず1食をあのレストランでとっている。



ヒヤリングとボディーチェックをもとに

私のためだけのメニューが作られる。

それは1週間ごとのチェックで、少しずつ変わる。



彼は、毎日私の食事につきあってくれる。

いや、これが彼の仕事なんだけど。



とにかく食事の時間を楽しくすごして、

なくしていた食欲を取り戻し、体にちゃんと栄養を取り込むために。



それはランチだったりディナーだったりするが、

私が行くとき、必ず彼はそこにいる。

これからの2ヶ月、彼のスケジュールはすべて私に合わされているらしい。



     2ヶ月間、

     私だけのために・・・




彼の話をとても楽しく、多岐にわたっていた。

豊富な話題で気持ちよくおしゃべりしているうちに、

いつか、食べ物もスムーズにノドを通るようになっていた。








ーーー2週目



朝目が覚めると、今日も彼に会えるというだけで、実はうれしい。

今日も1日頑張ろうと思える。


食欲がもどり、やっと体重も元に戻った。



「さあ、今日からトレーニング開始です。」



いよいよ“ファイト~~!!”な展開なのに、

彼の口調はやっぱり静かで、

その微笑みも、静かさをたたえていた。

彼のこんな雰囲気にすっかり慣れ、

すっかり魅了されてしまってる。



そして、彼の計画どおりに・・・

私は、自分の体の中に力が湧き上がって来るのを感じていた。



これが、体を元に戻すってことだったんだ。

あんなに無気力で気分が沈んで、

横になりたくてしょうがなかったのに、

今は、動いて汗をかきたくてウズウズしている。


そんな自分がうれしい。


ただちゃんと食べたからだけじゃないのはわかっていた。

リードしてくれるその人の存在のせいだった。





ーーー3週目



今日も、まず彼と一緒に広い広い公園を

ウォーキングで二周してからトレーニングが始まる。

とても早足なので、息が切れるし、

はじめはこれだけで筋肉痛になった。



その様子はさっそく写真週刊誌にスクープされて

二人並んで歩く姿が出てしまったけど、

彼はそのウォーキングをやめようとはしなかった。



この公園だとわかったファンが集まるようになり、

その中の一人がサインを求めて近づいた時のことだ。


私の肩をつかんで自分の陰にかばいながら

彼は大声で叫んだ。



「彼女はとても大事なトレーニングをしています!

温かく見守るだけにしてください!」



きっと他の人たちにも聞かせるためだったと思う。

でも、私はとても驚いた。

いつも静かな彼が、こんなに大声で叫ぶ姿に。



胸がぎゅーっと締めつけられるような感覚、

これはなんだろう。


ファンの彼らには申し訳なかったが、

私はまったく違う次元の衝撃で震えていた。



思わず息が乱れて前のめりになった。



彼は何もなかったように、落ち着き払った静かな声で、

「息を乱さず、そのまま姿勢を保って」

と言った。









ーーー4週目



ジムでのトレーニングが着実に厳しさを増してきた。

ランニングマシーンでの走り込みはきつくて、

終わったあと、たまに吐き気がしてうずくまった。

しかし、そういう時、彼はとても冷たい。



「じゃあ5分後にスクワット行きますから、

それまで休憩しててください。」


そう言ってどこかへ行ってしまう。


そしてぴったり5分後、


「再開します。」



     鬼ぃ~!!




フラフラになりながら、その日のメニューを終える。

やっと彼が笑顔を向けてくれる。



「今日もがんばりましたね。

お疲れさまでした。」



“その笑顔に会いたくて、今日も1日頑張ったんです。”



そう言えたら、

どんなにいいだろう・・・・








ーーー5週目



食事療法の辛さがピークに達した。



トレーニングがやっと終わったあとの夕食が、

ただの炭酸水とトマト1個だ。


いつもの個室でトマトをみつめて、

勝手に涙が出てきてしまった。



「どうかしましたか?」


その静かな口調が、今日は恨めしい・・・



「なんでもないです。」



「なんでもなくないでしょ。

どうぞ、思ってることを言ってみてください。」



「いやです!

あなたはこういう時、いつも冷たいもん。」



「僕が、冷たいですか?」



「はい。とても冷たい。」



「そうですか。僕は冷たいですか。」



「・・・・・」



「冷たくてすみません。

仕事ですからね。

仕事を離れると、怖いくらいにやさしいって

よく言われるんだけどな。

それをお見せできなくて残念です。」



「・・・・・」



「はは・・・

今のは冗談です。」



「はぁ?・・・」



「トマト、食べましょう。」



「相馬さん。」



「はい。」



「トレーニングが終わったら、

お仕事じゃなく、私とご飯食べてくださいますか?」



「あ・・・・そうですか。

それは、いいですね。」




本気にしてないんだ。

さらっと受け流したつもり?



こんな誘いには慣れてる?

ここはたくさん芸能人も来るんでしょ。




「さあ、

トマト食べましょう。」



あなたって、ほんとに恨めしい・・・








ーーー6週目




あと2㎏。

この2㎏で足踏みしている。


今日までのトレーニングの成果が確実に現れて、

体がずいぶん締まってきたけど、

自分でも、この食事制限のきつさと、

努力が体重に現れてこないことにいらだっていた。



今日はなんだか、体がふわふわするし、熱っぽいような気がする。



走り込みで、マシーンのスピードに間に合わなくて後ろにころんだ。

そんな時、彼は起こしてくれたりはしない。

いつものように



「戻ってください。」


そう言うだけだ。


でも、今日はその言葉に従えなかった。

そのまま床に座り込んでいると、



「じゃあこっちで腹筋しますから来て下さい。」



「少し休憩させてください。」



「今は休憩しないほうがいいんです。

筋肉が温かいうちにいきましょう。」



そう言って、背を向けてすたすた歩き出した。



しょうがないから行こうとするんだけど、

ほんとに体が重くて立ち上がるのが大変だった。



やっと立ち上がったと思ったら

目の前が霞んでいった。


白い霧が立ちこめて周りがみえなくなった。


手をのばして、


「相馬さん・・・・相馬さん・・・」


そう呼ぶけど、自分の声が聞こえない。




そして最後に真っ暗になった。

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