Lusieta

 

ジムノペディーⅠ 第11章

 

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ソファに横になったまま、

すぐ近くにある静かなまなざしに向かって、

謝らずにはいられなかった。




「私、あんなになっちゃってごめんなさい。

すごくすごく、あなたのこと拒絶したりしてごめんなさい。」



「アズは僕を拒絶したりしないさ。」



「うそ・・・・ひどいこと言ったでしょ。」



「言ってないさ・・・・」



近い距離から私の目をのぞき込む

その表情が穏やかで温かくて、

私はもういたたまれない。





     でもね、言ったんだよね。


     私があなたを拒んだ気持ちが

     リアルに胸に残ってる。

     何を言ったかはぼんやりしていてわからない。

     でも、この人を激しく拒んだ

     そのことだけを感じる。


     なんだろう。






「ほんと?」



「あぁ。ほんとだ。」






     あ・・・・


     “来ないで”って言ったんだ・・・




     なんで?






「やっぱり言った!」



「は?」



「私、“来ないで”って言った。」



「え?・・・」



「言ったよね。」



「言ってない。そんなこと言ってない。」



「言ったよ!

“来ないで”って。

それでまどかさんを・・・

呼んだ・・・・

あれ?・・・

なん・・で?・・・

なんで、まどかさん?・・・

あれ?・・・」



「・・・あ・・・・」



その人が目を見開いた。




     怖いよ・・・




「やっぱり言ったの?」



「違う。」



「言ったんでしょ!」



その人は、一瞬苦しそうに目を伏せた。

息を吐き、

そして顔を上げて、きっぱりと言った。



「それを言ったのは・・・・

9才のアズだ。」



    
「・・・・え?・・・え?・・・・」



「9才のアズが、僕のことを忘れてしまった時だ。

さっき貧血を起こした時に、

その時のイメージが浮かんだのかもしれない。」



「あ・・・」



「きっとそうだ。

あのとき、僕が誰だかわからなくなって、

アズは怯えて・・・・」



「あ・・・」



「まどかさんを呼んだ。」





     あれは・・・


     9才の私?・・・






「・・・・・ごめん・・なさい・・」



「あやまることじゃないさ。」





     その人が・・・


     
     静かに口元で笑ってる。


     でも・・・


     いくら笑顔を作っても

     やっぱり苦しそうだ。、



     思い出すと、苦しい?


     
     きっとその時の私が、

     こんなに長い間この人を苦しめてきた。

     そして、

     ジョキョウジュのイスを蹴らせて、

     タダノジョシュにしてしまった。





「ごめんなさい・・・・

    ごめんなさい・・・

私は、あなたを避けたりしない。

拒んだりなんかしない。

あなたがいないとダメだから・・・」





     思わずほんとの言葉が

   
     こぼれてしまった。

   



「・・・・・」





大きな手が私の頬を包んだ。



こぼれる涙をぬぐわれて、

私はされるままになりながら、

まだ訊かずにはいられない。


    

「9才の私が、ひどいこと言った時、

悲しかった?」



「・・・・」



答えずに、ただ微笑んだその人。



「ひどいね。」



「ひどくない。

アズは僕を忘れただけだ。」


    
「こんなに忘れちゃって、ごめんなさい。

あなたは全部覚えてるのに、私はなにも覚えてなくて、

ごめんなさい。」



「大丈夫だ。アズはちゃんと思い出す。」




涙をぬぐい続けながら、

静かに、諭すように

その深い声でその人が言う。




「ちゃんと思い出したことが、もし・・」


「ん?・・・」


「ううん、なんでもない・・・」





     ちゃんと思い出したことが、


     もしも

     もっと辛いことで、、

     もっと悲しくて・・・



     もっともっとあなたのこと

     避けたりしたらどうしよう。






その人が毛布ごと私を抱きしめた。

その人の背に腕をまわしながら、願わずにはいられなかった。






     どこにも行かないで・・・


 







    ーーーーーーー










「やっぱり、今日、全部教えてくれませんか?」


「・・・・・」



背にまわしていた腕をほどいて

ソファに座り直した。

ラグに座るその人と

くっついて向かい合うような形になった。



手の甲で涙を乱暴に拭き、

鼻水をすすって言った。




「もう限界なんだと思います。

私があなたを、なんであんなに拒んだのか、

なんで忘れちゃったのか、

今全部知ってしまわないと、

たぶん私、壊れてしまう。」



「・・・・」



「ね。」



「アズ・・・・」



そして私をじっと見て、

静かな笑顔になった。




「わかった。そうしよう。

今日、全部話そう。

僕ら二人で・・・

どこにも行かずに、二人で・・・

大丈夫だ。」




自分の決意表明をしてるような、

力強い言葉だった。





「はい。」




そんなふうに、じっと見つめられて

力強い言葉をかけられただけで、

ほんとに大丈夫って思えてくる。





     ほんとはあなただって
   
     不安でいっぱいなんでしょ。


     でも、いい。

     その不安も動揺も、

     いっしょに越えていくんだよね。





さっきまでの、いてもたってもいられないような怖さが、

少しずつ薄れていく。






「でもな・・・・」


「?・・・」


「それは今日一日のノルマを果たしてからだ。」


「え?・・・ノルマ?・・・」


「草むしりするって言ったろ。」


「は?・・・」



こんどはいたずらっぽく笑って言う。




「アズ、土をいじるっていいぞー。

いろんな話は、今日一日、土と植物に触れたあとにしよう。」



おおきくて温かな手で、私の両腕をしっかりとつかみ、

その人が言った。




「アズ、思い詰めないでいこうな。

アズは壊れてなんかいない。

今日まで毎日ひとりでちゃんと暮らして

自分で立って生きてきた。

この何日か、あまりにもいろいろあって、

それでいろんなこと思い出しはじめて

アズは少し混乱してるし、そんな自分が怖くなってる。

そうだろ?」



だまって頷くしかなかった。

また目に涙が盛り上がってくる。



「大丈夫。

今日という日を楽しく過ごそう。

そしてまた一日の終わりにゆっくり話そう。

まどかさんがよく言ってた。

“やるって決めたからには楽しんでやりましょ!”って。

思い出すことは怖いことじゃないんだ。

そのプロセスだって、きっといい時間にできる。

アズと僕なりの方法で。なっ。」



「うん・・うん・・・・」



きっとその人も、自分自身に言い聞かせてるんだ。

私たち、心許なさも怖さも共有してる。

そのことが、私を強くしてくれる気がした。



重くたれ込めていた雲が動いて、

すーっと陽が射してくるようだった。







    ーーーーーーーーーーーー








朝食もそこそこに、その人が言った。



「最近できた大きなガーデニングの店を見つけたんだ。

アズ、寄せ植えをしよう。

草むしりだけじゃ寂しいからな、

花をいろいろ買ってきて植えよう。」






広い敷地の中で、春の光を浴びながら、

たくさんの花や苗木が私たちを迎えてくれた。

水が撒かれたばかりで、その雫をキラキラ輝かせてまぶしいくらいだ。

そこから立ち昇る生命のエネルギーにとりまかれて

全身に力を与えられているような気がする。

思わず両手を広げて目を閉じる。



だから私は庭にいるのが好きなのかもしれない。

今生きて伸びようとするものたちに囲まれる時間が。




     ほんとは雑草だって、

     抜かなくてもいいと思うんだけどな・・・


     “それとこれとは違うわよ”って

     まどかさんに、いつも言われる。






花の苗はどれもこれもかわいくて、

どれもこれも連れて帰りたくなる。



生命力バンバンで、どこまでもエリア拡大してしまうオキザリス。

ちょうちょが羽を広げたみたいな艶やかなツートンカラーのビオラ。

華奢で可憐なステラキャンディーピンク。



この中にセダムをいれると変だろうか・・・


こういうセンスがないんだ、実は。

まどかさんはすっごくステキに組み合わせるんだけど、

私はどうも自信がない。


でもいいや。

ピピッときて「連れて帰りたい!」って思ったもの全部買ってしまおう。

彼の奢りだそうだから。




家にたくさん鉢があるから、今日新しく買う鉢はひとつだけ。

二人でそう決めたのに、どんな鉢にするかで意見が分かれしまった。


その人が選んだのはイタリア風のシンプルな素焼き。

私が選んだのは、枕木をくりぬいたへんてこりんな形。




どうしても決まらず、結局じゃんけんの3回勝負。

テンションが上がる一方の二人は

じゃんけんひとつにも、熱く燃えた。



そして・・・

負けたくせにその人は、往生際が悪かった。

「寄せ植え、たくさんあったら楽しいよな。」と言って、

結局好みの鉢を買ってしまったんだ。



「なに!? これじゃ3-0で勝った私はどうなるの?!」



「わかりました。ではお詫びのしるしに・・・」


アイスクリームを買ってもらい、

私だけ助手席でおいしそうに食べた。





「ひとくちくれよ。」


「やだ。」


「なんでだ。」


「やだから。」


「じゃあ、ひとなめでいいです。」


「やだ。」


「なんでだ。」


「言い方がやらしいから。」


「あ・・・コラッ! お前・・・」


「お前って言ったから、ゼッタイあげない!」


「はぁ~。アズ、お前、ケチだぞ。

お前、おまえ、オ~マ~エ~。ケチだ!」


「ふふ・・・・ケチでけっこうメリケンコ・・・」


「なんだそれ・・・」


「ふふ・・・」




帰りに念願の「権兵衛」に寄った。

すごく久しぶりで、とてもおいしかった。


「このあとの園芸作業のために英気を養おう!」と言って

追加で天ぷら盛り合わせを頼んだりするから

ついぱくぱく食べて、二人ともあぶない気配・・・



「オアッ! ウッウリ アエオ(こらっ!ゆっくり食べろ)。」

「イウンオエヨ!(自分もでしょ!)」


天ぷらは熱いし、口にはいっぱいだし・・・





     楽しすぎて・・・


     泣きそう・・・






「あ~満腹度120ぱーせんとだよぉ~」なんて言いながら

道の反対側の駐車場までぷらぷら歩く。



まったりモードで気がゆるんだ足元が舗道からはずれ

体が車道に傾いた。


走る車に触れそうになったところを間一髪ですくい上げられて

「何やってんだ!危ないだろ。」ってどなられた。



「ごめん。」



「ほんとにもう。」と言いながら、

ギュッと握った手に引っ張られ、

そのまま横断歩道を渡る。



春の陽をいっぱいに浴びる街の中で、

こんなふうに手を繋いで歩いてる。



自分の中の

湧き上がるようなうれしさにとまどいながら、

彼の歩幅に合わせようと、小走りになっていた。






     きっと大丈夫


     いっしょなら・・・


     きっと・・・

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