Lusieta

 

ジムノペディーⅠ 第16章

 

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部屋を暗くしたままベッドに潜り込んで、

毛布をかぶった。



なんでこんなに早く帰ってくるんだ。




     あぁ、もうノックの音が・・・


    


そっとドアが開けられて、




「アズ、寝てるのか?」



     はい、寝ています。



「ほんとに寝てるのか?」



     はい、ぐっすり・・・


  
「風呂の湯、出しっぱなしだったけど・・・」



「わぁ~~~!!!」



     あ・・・

     起きてしまった。




あわててまた潜っても、もう遅い。





「大丈夫だ。まだ溢れてなかった。

アズ、さっき僕が帰ってきた時、

慌てて部屋に上がったろ。」



「・・・・・」



「どした?」   




     こんなにすぐそばで、


     そんな優しい声で言わないでほしい。





「ちょっとお腹痛くて。」




部屋の電気がつけられた。




     なんでそんなに心配そうな目で、

     人の顔をのぞき込むの?

     


「お腹が痛い人に、ほんとに申し訳ないんだけど」



     なに?



「アズに、今すぐ頼みたいことがあるんだ。」





     なに?


        なに?





「どうしても、アズのココアが飲みたいんだ。」





     ダメじゃん・・・・


     また涙出てきちゃう・・・










   ・・・・・・・








「おいしいよ。」




私のひどい顔のことには触れずに、

ただおいしそうにココアをすする。




「おいしかった。」


「うん。」


「では、お礼にピアノを弾こうかな。」


「・・・・・・」




その人がイスにすわって蓋を開ける。




鍵盤に手を触れた時、

思わず叫んでしまった。





「ジムノンはやめて!」



「・・・・・・」





驚いた顔で私を見てる。





     今あの曲を聴いてしまったら、


     私はどうなっちゃうかわからない。


     きっと壊れてしまう。


     心配で、あなたが私を置いて行けなくなるくらい。





「『オブラディ・オブラダ』がいい。」



「は?」



「それが聴きたいの。」



「あぁ。

わかった。

では、アズミ姫に捧げる1曲を・・・」



「はい。ありがとう。」




    


 
     ちゃんと覚えておくよ。

     今日のこのひととき。



     覚えておくよ。

     こんな軽快なメロディーを、

     少し辛そうに弾く横顔。



     だから、あなたも覚えておいて。

     精一杯笑う、今日の私のはれぼったい笑顔。











    ーーーーーーーーーーーー











件名 電話に出てくれ


送信 ホ・ジュオン



アズ、頼むから電話に出てくれ。

どうしても会いたい。

飛行機の時刻は知ってるよな。

今から家を出る。空港に来てほしい。







・・・・・・・・・・・






件名 今どこだ。

送信 ホ・ジュオン



電話に出てくれ。

アズ、僕を無視するな。

もう会えなくなるんだ。

メールではなく、

どうしても直接伝えたいことがあるんだ。、

連絡をくれ。








・・・・・・・・・・・






件名 もう時間がない

送信 ホ・ジュオン



タイムリミットが近づいた。

もう会えないな。

とても残念。

バカだな、アズは。








     ーーーーーーーーーーーー










     もうすぐ見えなくなっちゃうな。






手荷物検査の行列に並ぶ彼は、みんなより頭ひとつ抜け出ているから

ずーっと見失わないでいられる。

背筋をのばして立つ姿からは何の感情も読み取れない。

ただまっすぐに前を向いている。





     
私は、朝からもう何十回という着信を無視しつづけてる。

メールも。



一睡もできなかった明け方に、家を抜け出してしまった。

泣かないで送り出す自信がなくて・・・




なのに、空港に来るなんて

ほんと、勝手すぎる。


    
もうすぐ彼の番。

今バッグを検査台に載せた。



 
     いよいよバイバイだね。


     ほんとに、バイバイ・・・


  



検査を終えたところで、彼が携帯を手に取った。


耳にあてた。

 
 
     あ・・・・




私の携帯が鳴る。




     勝手でごめん。


     最後に、姿を見ながら声を聴きたい。






「はい・・・・」


「アズ? 元気なのか。」


「はい。」


「なんで電話に出ない。」


「ごめん。」


「アズ。」


「はい。」


「今日、会いたかったよ。」


「・・・・・」




     ほんとは会ってるよ。




「アズ?」



「はい。」



「今・・・どこだ。」



「・・・」



その人が、片耳を手で塞いでいた。


そして振り返った。





「アズ! どこにいる!!」



「・・・・・」



「お前・・・・」





彼が・・・


私を見つけた。





呆然と、こっちを見ている。


ふたりを隔てるのは、

検査ゲートと長い行列

     

あっちとこっち。

もう国境を越えちゃったみたいに・・・





     遠いね。





「お前、バカだ。」


「ごめん・・・」


「バカだ。」


「・・・・」


「いつから見てた。」


「はじめから。」


「はぁ・・・・」


「・・・・・」








  ーーー13時40分発、インチョン行き大韓航空724便で

     ご出発のお客様に申し上げます。

     当機はまもなく離陸いたします。お急ぎご搭乗くださいーーー








「アズ、時間がない。」


「・・・・・」


   

 
こんな喧噪の中で、

私の耳にだけ聞こえる声は


こんなにも静かで、

こんなにも、胸にしみわたる。




「今日、僕がどんなにお前に会いたかったか。

わからないだろうな。」



「・・・・・」



「じりじりとお前を待ちながら何度も電話する僕を、

そうやって遠くからずっと見てたのか。」



「ごめん・・・」



「アズ、お前ってけっこう意地悪なヤツだ。」



「・・・・・ごめん・・・」



「僕がどんなにお前と話したかったか・・・」



「・・・・・」



「伝えたいことがあったんだ。

ちゃんと顔を見て言いたかった。」







     人の流れに逆らって、


     一人、まっすぐにこっちを向いて立っている。


     通っていく人たち、みんなが見てるよ。
     

     



「アズ、何かしゃべってくれ。

声を聴きたい。」





     遠いな。


     こんなに遠い。





「ごめん。」



「ごめん以外の言葉にしてくれ。」



「ありがとう、ちゅうにいちゃん。気をつけてね。」



「・・・・・」


「・・・・・」



「アズ。」



「はい。」



「ちゅうにいちゃんをやめてもいいか。」



「え?」



「もう、お前のちゅうにいちゃんを卒業したい。」



「え?・・・・」



「ただのジュオンに・・・・

なってもいいか。」



「・・・・・・」





     それは・・・


        それは?・・・
    





「アズ・・・・

お前にキスしたい。」



「・・!!!・・・・」




「お前がキスしてって言ったとき、

ほんとに・・・・

したくてたまらなかった。」



「・・・・・・・・」





     彼の姿が滲んで、

     よく見えない。



     息が苦しい。


 
     今倒れても、

     もう助けに来てもらえない。






「アズ・・・・」
   


「私の気持ち・・・

知ってたの?」



「いや。わからなかった。

そうかもしれないと思った。

でも・・・

今でもよくわからない。

お前の気持ち・・・

僕はお前にとって・・・」



「うそだ。知ってたでしょ!

知ってて知らないふりしてたでしょ。

そうじゃないって思おうとしてたでしょ!

ほんとはわかってたのに、わかんないふりしてたんだ。

そうでしょ・・・」



「・・・・・アズ・・・・」



「あなたも・・・

意地悪です。」



     私、なんで怒ってるんだ。




「そうだな。

きっとそうだ。

すまん。」



     なんで彼に謝らせてるの?

     わけわかんない・・・・




「・・・・」



「アズは、僕の気持ち、知ってたか?」



「知らなかった。」



「あっさり答えるんだな。」



「だって・・・

そんなことあり得ないって・・・・」



「鈍感だな。」



「・・・・・・」




     まるで仕返しみたいだ・・・






「アズは鈍感で、意地悪で、

救いようがない。」



「・・ひどい・・・」



「ほんとに鈍感で・・・

みんなが知ってたシュウの気持ちにも

お前だけが全然気づいていなかった。」



「え?!・・・」





     ほんとに・・・


     知らなかった。





「お前とシュウが二人でいるのを見た時、

とてもうろたえた。

自分でも驚くほど。


シュウに『好きな人はいない。』って言ったよな。

お前がシュウのところに行ってしまうかもしれないと思うと、

動揺してしまった。」




「訂正したよ。」



「ん?」



「好きな人、いるって言った。」



「・・・・あ・・・そうなのか。」



「・・・・・・」



「・・・・・・」



「私・・・

ちゅうにいちゃんが、好きだよ。」



「・・・・・・」


我慢できずに、

     言葉がこぼれ出た。


     一緒に涙も吹き出した。



「・・・・・・・」


「・・・・・・・」




「・・・僕もだ・・・」



「・・・僕も・・・なに?」



「・・・・・・」



「なに?・・・言って。」



「アズ・・・・お前を・・・・」



「・・・・・」



「・・・愛してる・・・・」





     
     携帯を取り落としそうになって、

     片方の手を重ねて支える。

     でも、手の震えが止まらない。

     あなたの顔が霞んで見えない。





「アズ・・・・」



     声が出ない。




「・・・もう時間がない・・・・」



「・・・・・・」



「こんなに離れてるのがくやしい。

アズ・・・・今すぐお前を・・・



はぁ・・・・

ほんとにもう・・・

アズのせいだからな。」



「・・・・・・」




「・・・・・・」


「アズ。」



「・・・・・・・」



「なんとか言えよ。」



「私、バカだね・・・・」



「あぁ。」



「バカバカバカ・・・・」



「そうだ。

バカだ。

二人揃って大バカだ。」



「・・・・・」



「アズ・・・」



「・・・はい。」



「帰ったら、キスしよう。」



「・・・・・」



「アズ・・・」



「うん。」



「キス・・・

しよう。」



「・・・うん・・」







     でも・・・・




          さよなら・・・・

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