Lusieta

 

ジムノペディーⅠ エピローグ

 

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四つ葉のクローバーを探すのは、すぐに飽きた。

去年のこの日、1時間も探してたなんて信じられない。



緑の絨毯に寝ころぶ横で、

ポーちゃんが牛乳を飲んでる。




「今日の相棒は君だ、ポーちゃん。

あのね、言っとくけどね、

女の友情なんてあてにならないもんだよ。

こんな日に、タツヤとスケッチ旅行だとさ。

あぁ・・・」




ポーちゃんが一瞬こっちを見る。




「君を『ポトフ』にご招待したいところだけど、

ちょっと無理みたい。

ごめんよ、ポーちゃん。」




今年はちゃんと覚えてた。

自分の誕生日。



そりゃそうか。




でも晴れてよかった。

このうえ雨が降ってたら、ほんと、悲しすぎる。





     『ポトフ』どうしようか・・・・


     やっぱキャンセルしようか・・・





「あのね、ポーちゃん。

ママの日記読んじゃった。


ママもね、誕生日にパパに会えなかったんだって。

山から帰ってくるのが遅れて。

んで、やっと駆けつけたのが夜の11時。

あと1時間だわ。

パパはね、ママの部屋の窓に懐中電灯の光をあてて、

合図を送ったんだって。


ロマンティックでしょ。

ねぇ・・・・」




ポーちゃんは答えない。


もう牛乳も飲んでしまって、

なめた前足でぐるぐる顔を拭いている。





「携帯なんてなかったもんね。

パパは必死だったんだね。

プレゼントとか、持ってったのかな。

そのことは書いてなかったな。

でもね、パパってドジなんだよ。

その部屋、まどかさんの部屋だったの。

ママはね、リビングでじっと電話をみつめて待ってたの。

笑っちゃうね。

昔の恋は大変だ。」





ポーちゃんが、

顔を拭いたあと、大あくびをした。





「パパはほんとにかなりドジだったみたい。

間が悪いっていうか・・・


友達の車借りて海にデートに行ったらエンストしちゃうし、


ママを初めてアパートに招待したら、

ママのコーヒーに砂糖と間違えて塩入れちゃうし、、


夜いっしょに街を歩いてたら、

人違いで知らない人にボコボコにされちゃうし・・・・


電車のドアに服挟まっちゃうし・・・

水たまりに足つっこんじゃうし・・・


ママの日記は、パパのドジ記録だよ、ふふ。

でもママが、パパのそんなところも大好きだったってことが

言葉のすきまに溢れちゃっててさ。

間違いないよ、ポーちゃん。

ママは、ほんとにほんとにパパのこと好きだったんだよ。」




また、あくび・・・・





「でもさ・・・

ドジにもほどがあるよね。


山でずっこけて、谷に落っこちちゃうなんて・・・・


バカだな・・・


パパって最低。


ママが・・・

かわいそ過ぎるじゃん。」





ポーちゃん丸まって、

今にも目をつむりそう・・・・



鼻の奥がツンとしてくる。





「あぁ。私はきっと・・・

パパ似だな。


でもね、私は死んじゃったりしない。

生きてくの。

大事な人を置いてきぼりになんかしない。


絶対・・・



ねえ・・・

聞いてる?」




眠かったはずなのに、

クローバーの先にとまった虫を見つめて

急に戦闘態勢だ。





「あ、そうそう、さっきの誕生日の話だけどね、

まどかさんってば、パパのことリビングに招き入れて、

自分はさっさと部屋に上がって寝ちゃったんだって。

ふふ・・・さすがだよね。


そのあとパパとママはどんな話したんだろ。

どんなふうに過ごしたんだろ。

肝心なこと書いてないんだから。


あ、でもね・・・・

ひとつだけ、書いてあったんだな。

『19才の誕生日は、ファーストキスの記念日になった』って。


うふふ・・・

どう?」




ポーちゃんが、背を向けた。




「あ・・・ポーちゃん、どしたの?

そんな、照れなくてもいいじゃん。

行かないでよ。

ここにいてよ。


ポーちゃん!

君まで、行っちゃうの?


私の誕生日なのにぃ・・・


牛乳あげたじゃ~ん!」




行ってしまった。




「バイバ~イ・・・

お腹すいたらまたおいでよね。」






空が薄桃色に染まりはじめた。


今日は雲の流れが速い。





パパとママを思う。

あの雲のように、短い生を駆け抜けた二人。


彼らの人生が交わった時間も、とてもとても短かった。

一緒に過ごした誕生日も一度だけだった。



次の誕生日には、もうパパはこの世にいなくて、

そして・・・

私がお腹にいた。



二人の日々は、短くてもひたむきで、

すっごく愛し合って、私が生まれた。

そう信じることにした。

いや、きっとそうに違いない。




19才のファーストキス。

ハタチの出産。





生き急ぐ人を愛して、

その人を突然なくして、

彼が遺した宝物を愛し育んで、

そして・・・

その宝物を遺して自分まで大急ぎでいっちゃった。






     ママ・・・・

     あっちでパパと仲良くしてる?



     キス、してる?



     私ってば、21でまだ未経験だよ。


     でもパパと一緒に笑ったりしないでよね。


     これでも一応予約済みなんだから。


     なんてね・・・


     こんなこと、全然いばれないか。

 



        “アズ・・・

    
          キスしよう・・・”





     この言葉ばかり、

     毎日リフレインしてるんだよ。



     バカみたい?
    
    

     会えないのにね・・・

    




あれこれ考えながら、流れる雲を見てると、


ついまどろんでしまった。







     ん?



     

     ん?・・・・


     これは・・・


     誰が弾いてるの?





     
     あ・・・


     ママ?



     あのねママ、知ってる?


     私はもうジムノンがなくても
   
     眠れるようになったんだよ。




     でもね・・・

     やめないでね。


     今日はこのまま聴いていたい。


     いい気持ち・・・


    
     うん、いい気持だけど


     なんか・・・


     泣けちゃうよね


     なんでかな・・・・




     ママ

     やめないでね



     そのまま・・・
   
     
     ママ

 
     そこにパパはいる?


     きっとママはすぐにパパに会えたよね・・・





     私もね、

     ちゅうにいちゃんに会えたよ・・・




     ちゅうにいちゃん・・・


         ちゅうにいちゃん?



     それって・・・


     誰だっけ?






       “ちゅうにいちゃんじゃない。

  
          ジュオンだろ・・・”




     ジュオン?・・・・

     誰だっけ?・・・




       “そう呼んでくれって言ったろ”




     ん?



       “アズ・・・”




     あぁいい気持ち

     もう少し眠りたいな・・・・     




       “ダメだ・・・早く起きろよ。”




     誰?・・・・




       “アズ・・・・


         アズ・・・”

  
    


     だからね・・・

     ジムノン やめないで・・・
     




       “アズ・・・

         起きろよ・・・”

          


     ダメだよ。




       “なんでだ。”




 
     夢が終わっちゃうもん。



     
       “どんな夢?”




     こんな・・・・


        夢・・・・




         
   “アズ・・・・

          もう夢が終わってもいいんだ。”



     ん?



       “夢が終わらなきゃ、はじまらない。”




     ん?





       “アズ・・・・
        
          だからもう・・・

              起きろよ・・・”



  

       “アズ・・・・・”


           “アズ・・・・・”







「ふわぁっ!!!・・・」


飛び起きた。



夢を見てた?




夢が終わったのに・・・



ジムノンがまだ続いている!!!




      
      ・・・え?・・・



      どういうこと?





「なんで?


   なに?・・・

      なに?・・・」





思わずそう声に出して言いながら、

もう走り出していた。



でも、足がうまく動かない。




あの場所・・・

きっと去年と同じ部屋・・・




階段を上がる。





その部屋の5メートル手前で足が止まる。

なんだかうまく進めない。




ジムノンはまだ続いている・・・



一歩ずつ足を出すのが大変だ・・・






     終わらないで・・・


     今、そこに行くから・・・・




     今、行くから・・・

  
     終わらないで・・・
 




     夢じゃないよね。



     だから・・・・



       
     終わらないで・・・・







やっとたどり着いて、重い扉のレバーをひねった。





そこに見えたのは・・・




あの時と同じ横顔・・・




     胸がいっぱいになる。





聞き慣れた声がした。


メロディーはそのまま鳴っていた。





「起きるの遅いぞ。」




     こっち向いてよ・・・





「いつから見てたの?」



「ポーちゃんに牛乳持って来た時から。」



「はじめからじゃん!」



「そう、はじめから。」




     顔を見せて・・・




「意地悪だね。」



「仕返しだ。」



「ふふ・・・」



「参ったか?」



「全然!」



「かわいくないぞ。」



「いいよ。かわいくないし、色気もない。」



「なんだよ、それ。」



「・・・・・・」



「ん?」




     こっち向いてよ・・・





「・・・かった・・・」



「ん?」




ジムノンはまだ続いてる





「会いたかったって言ったんだよ!」




ジムノンが止まった。






その人が立ち上がり、

大きな体が夕日を遮る。



やっと向かい合って顔を見たと思うと、

じっと見つめられて、胸が苦しくなる。





     ほんとにほんとに・・・


     会いたかったよ。






「誕生日おめでとう。」



「ありがとう。」



「アズ、大きくなったな。」



「なってないよ。」
     


「はは・・・」



「こんな時に帰ってきてダイジョブ?」



「あぁ。約束があってな。」



「どんな? え? 誰と?」



「約束を果たしたくて、我慢できなくなったんだ。」



「・・・ぁ・・・」






その人が一歩前に出て、


私の頬を両手で包んだ。




声も出せず固まる私に


彼の影が近づく・・・



二つの影が重なったまま、時が流れていく。





     こんなふう?


     キスって、こんなに・・・
  
     温かい


     キスってこんなに・・・

     目が回る




     倒れそうに揺れながらしがみつく私を

     夕日が赤く染めようとする。

    
     
     ねえ、もっと抱きしめて。


     そしてこの夕日から私を隠してほしい。


     フラフラな足が恥ずかしいから・・・





     ねえ・・・


     もっともっと抱きしめて。



     こうして包まれる温もりを、

     全身で覚えていられるように。





     もっともっとキスして。



     一人で眠る夜に

     あなたを思い出せるように。





     もっともっと見つめて。

       

     いつもあなたを感じて、

     笑って暮らしていけるように。
    


 



     
       明日からもアズが・・・




            アズを生きていけるように。

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