Lusieta

 

ジムノペディーⅡ 第1章

 

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昼下がりの大学は、居眠り菌が蔓延してる。

とくにこんなに晴れて、楽しそうに光が踊る午後は、

居眠りこそが正しい行いだと思えてくる。




部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルを二人で独占し、

10個もイスがあるのに、

作業の都合上私たちはちょこんと並んで座ってる。



これから5日間、ずっと毎日並んで座ってこれなんだな・・・・

ビデオのモニターが映し出すのは、付属の養護学校の子どもたち。

彼らのいろいろなしぐさや言葉を分類して、

その時間や回数を記録する。

師匠のハタナカ教授は今講義中。



記録をすませ、今日使った備品や機材のあれこれを確認していた。

ひとつひとつ確認して丁寧に整理し、アタッシュケースの中にしまう時の、

サカキ君の指を、うとうとしながらボーッと見ていた。




ほんとに長くてきれいだ。

でも・・・・眠い・・・

・・・きれい・・・

    ・・・眠い・・・




「ウギャッ!・・・な・・・なに?・・・」


頬杖をついた私の腕が、いきなりポンッとはずされた。

もう少しでテーブルで鼻を打ちそうだった。





「タカナシ・・・」


「・・・なによ・・・」


「お前、手フェチ?・・・それとも人の手を見ると眠くなるとか?」


「へ?・・・え?・・・何?・・・フェ・・・」


突然ズボシな指摘でうろたえてしまう。


「さっきからずっとこの姿勢でこの目線。」




サカキ君、いかにもおかしそうだ。



「あ・・・・」



もう見るのよそう。

私、やっぱり相当じっと見てたんだな。

あの人を思い出してしまうこの長くてきれいな指。




ふるふると頭を揺らし、

雑念と眠気を振り払った。






採用試験を間近に控えたこの時期に、

なぜかふたりでこんなことをしている。

ニコニコ顔のハタナカ教授と、

手を合わせて頼み込むサカキ君を前にして、

ついOKしてしまった。




「サカキ君と一緒にできるのは、

タカナシさん、あなたしかいないと思っています。

サカキ君の相棒としてあなたがOKと言ってくれない場合、

私としてはこの実験を許可するわけにはいかないですね。」



先生・・・ほとんど脅しだった。



「教育実習の4週間、

あそこで伝説を作った君たちコンビにしか無理だと思います。

今回の実験は、子どもたちがリラックスした状態で、

ほんとに楽しんでいないとダメなんです。

子どもたちがあとにストレスを残してはダメ。

それがサカキ君の実験への条件です。

対象年齢も君たちのあのクラスにドンピシャです。

自然にそのままの姿を映像に収められるのは、君たちだけ・・・」



伝説なんて言われると、とても居心地が悪い。

教育実習で小学部の3年生のクラスに入ったサカキ君と私は

伝説の最強コンビと呼ばれてしまった。



毎日毎日休み時間もずっと子どもたちと遊びまくり、

放課後スクールバスが出る時間まで、

ずっと子どもたちと一緒にいた学生は初めてだったらしい。



「普通、休み時間や放課後は実習生の控え室でバテてるだろ。

君たち、平気か?」



それでもいつまでも遊んでる私たちは、

なんとなくみんなから浮いていたかもしれない。


陰ではスタントプレーと言われたりもしてたみたいだ。

でもその時は気づかなかった。



サカキ君は気づいてたのかな。

私は鈍感だからな。






ハタナカ教授は、大人が子どもにはたらきかける時の、

“非言語的コミュニケーション”の大切さを強く訴え続ける研究者だ。



子どもが育つ環境の中で、

周りの大人たちの表情や声、ジェスチャー、

そしてそれら全部がミックスして醸し出されるその場の雰囲気・・・

そういうものが子どもたちに

どんなに大きな影響を与えているかを研究してる。



これは障害を持つ持たないに関係なく、

子どもたちの生きていく世界のどこでもあてはまることだ。

家の中だって・・・




ハタナカ教授は、その辺りのことを話し出すととまらない。

そして、その話にどこまでも対等についていけるのはサカキ君、ただ一人。

とても自分と同じ4年生だと思えない。

水泳部の主力メンバーで、バイトもしてるのに、

なんでこんなに勉強できるのか、不思議でしょうがない。



二人が語り合うと、話題はあちこちに広がる。

心理学や医学はもとより、哲学や政治、経済・・・

文化人類学や宗教の話も出てくる。



そんな、数字で測ることがきわめて難しいいろいろを、

なんとか説得力あるデータにして、

たくさんの人に訴えかけようとしてる。

そんな熱さを二人から感じて、

私は時々、聞いてるだけで酸欠状態になる。


あぁ・・・なんて実り多き時間・・・

そして・・・なんて自分は勉強不足なのかと思い知る時間・・・






サカキ君は、教員採用試験は受けずに

大学院に行くことに決めてるみたいだ。



半年かけてプランを作り、

もう卒論終わっちゃったのかと思うほど分厚いレポートができてる。

でも・・・

そのレポートにある仮説を立証しようとして考えたのは、

実験と呼ぶには、どちらかというと素朴でつかみどころがない。



密かに私が、

「漫才コンビのショータイム」だと思っている実験はこんなふう・・・


実験パターン①

私たちはニコニコ笑いながらいつもの調子でとてもフレンドリーに登場し、

簡単な手遊びやゲームを盛り込んだパフォーマンスをする。

子どもたちは二人の模倣をしながらいっしょになって声をあげ、体を動かす。

そして最後にこの二人がとても仲よく目を合わせながら手をつないで歌をうたう。



パターン②

パターン①の直後に無表情で登場し、

パターン①とまったく同じ内容を、

ゼスチャー少なく淡々と行う。

手を繋ぐのだって歌を歌うのだって無表情のまま。



子どもと接する大人の表情や雰囲気の変化に呼応して、

子どもたちの表情も行動も明らかに変化する。


それをまるごと映像でとらえるために、2台の固定カメラが全員を撮す。

緊張のために出る動きの回数や、分類された表情の回数やその1回の秒数・・・

できるかぎり数値化しようとする試みだ。



ほんとにそんなことできるだろうか・・・




パターン②になって、2人の様子が極端に変わると、

みんなの表情もあんなにもけわしく変わってしまった。

そのことに、この初日はショックを受けた。



2人がニコニコして手をつなぐと、7組のペアのうち、

4組がす~っと手をつないだ。

でも、無表情のままだと1組だけだった。



緊張した表情で私たちを見つめてるのを見て、

いたたまれなくなった。

こんなの、やめたほうがいいんじゃないかって。

こんな実験を5日間続けるのか・・・



10分間だけだから許してね、

あとはたっぷり遊ぼうね、と心の中で呼びかけていた。



そしてほんとにたっぷり遊んで、

ちょっとほっとして・・・

いけそうかな・・・大丈夫かな・・・っていう感じ。

心配な子は何人かいるんだけど。





これからの4日間が彼らにとって、

うれしい時間でありますようにと祈るような気持ちだ。


この5日間、私たち漫才コンビは毎日新ネタを仕込み、

練習し、本番で披露し、遊び、記録し、

またネタを仕込むんだなと、あらためて思う。




とにかく明日もみんながストレスを残しませんように。







   ーーーー







「ちょっとビデオとめて!

今、一瞬意識不明になっちゃった。

読み取れなかった。

一瞬寝て復活するから待ってて。」



それは一瞬じゃなかった。

数分? 十数分? いや・・・数十分?

そのあいだサカキ君は黙々とひとりで私の持ち分もチェックしたはず。。




あぁ・・・・

私、ダメダメだ。

昨日はこのためにたっぷり寝たのに。




この5日間、サカキ君は絶対に寝ないと思う。


うまく言えないけど、そういう人なんだ。


かなりタフだし、自分に厳しいと思う。

でも、ダメダメで寝てばかりの私を責めたりしない。



軽口ばかりたたいてるけど・・・

ほんとは静かなのが好きなのかもしれないと、

このごろ感じてる。



バリバリの体育会系なのに、

じっと動かないでいると、その佇まいがとてもきれいで

彫像のようだなって思うことがある。


隠せない上品さ?・・・


だから、それを隠したくて、

無理してあんなふうにぞんざいな口調で話してるんじゃないかな。



このごろ、そんな気がしてる。



不思議な人。






   ーーーー






私たちのゼミ室は1階。

ここ人文科学棟は傾斜地に建ってるので、窓の外は斜面。

おじさんが草刈り機をブィ~~ンと鳴らして働く姿を見上げてる。


そしてさらにその上は道路。

だからつまり、その道路からはこの部屋が見下ろせて丸見え。




そしてそして・・・

さすがの私も気づいてしまう。


「ねぇ、サカキ君。」


「なに?」


「これから毎日ギャラリーつきかな?」


「ん?」


「君のファンの子たち。」


「あ・・・そう?」


「私って、もしかして恋敵状態?」


「そうだな。」



そう言って窓辺に立ったと思うと、

ガラッと窓を開けて、



「コラァ~~練習行けよ~~!!」

そう言って、サッとブラインドを下ろしてしまった。



「ちょっと! そんなことしたら

ますます怪しいみたいになっちゃうじゃない!!」



「こうしたほうがビデオ画面見やすいよ。」



「・・・・もうビデオ終わったよ。」



急に薄暗くなって、なんだか居心地悪くなる。



「水泳部の子たち?」



「うん、後輩。」



「ふぅ~ん。『きゃー、センパァ~イ♪』って言われてるの?」



「そう。ごめんな、モテすぎる俺が悪いんだ。許してくれ。」



「へ?・・・」



「高校の時のバレンタインなんて、

教室の前の廊下に花道ができたんだ。

俺は“ちゃんと全部受け取る派”だったからな。」」



「はいはい。」



「しょうがないよ。

親がモテる見た目に産んでくれちゃったんだからさ。」



長い足をヨイショと広げ、イスをまたいで座り直すと、

何事もなかったようにまた備品の整理に戻る。

その指を見ないように注意を払った。





「ねえ、カッチーって知ってる?」



「カッチー? 何?」



「ものじゃなくて人だよ。歌手。

君みたいなセリフ、平気で言っちゃうおじさん。

まどかさんが贔屓にしてるの。サカキ君ってその人みたい。」



「まどかさんって?」



「私の母の母。」



「あぁ、そうだったな。

バリ島に行っちゃったエッセイストのばあちゃんだな。

うちのばあちゃんとは全然種類の違うばあちゃんだけど。」



「サカキ君のおばあさまも、とってもステキだよ。」



「なんで知ってるんだ?!」



「何言ってるのよ。学祭にいらっしゃったじゃない。

たくさん中華ちまき買ってくださって、

ご近所に配るからって、すご~くニコニコして。」



「あ・・・そうだったな。」



「1年の時、学祭の準備で遅くなるといつも送ってくれたでしょ。

あの時いっぱい話してくれたもんね。おじいさまとおばあさまの話。

会えた時、わぁ~この人だって思って、嬉しかったの覚えてる。」



「ハハ、“さま”なんてつけてもらうようなヤツらじゃねえよ。」



「こらっ!ヤツらだなんて言うんじゃないの。」



「はい・・・すみません・・・ナハハ・・・

そんな話・・・したかもな。

うん、したな。

俺、ババコンだからさ。」






     “なんだ、お前もばあちゃん子か。

      俺もだ。

      うちはじいちゃんもいるけどな。”




     “お前・・・父さんを知らないのか・・・

      俺はおふくろを知らない。”




     “おふくろ、俺を産んですぐに死んだんだ。”




     “オヤジは再婚して子どももいるよ。
  
      1年に1回くらいは会ってるし、

      俺の大学までの学費は面倒見てくれてんだ。”



     “俺はとにかく何不自由なく育ったんだ。

      ばあちゃんは『孫・命』だしな。”



     “結構似てるか? 俺とお前・・・”

           

     “よしよし、いい子に育ったな、お前。

      えらいぞ~~!

      俺もえらい!”







「タカナシって不思議だ。」


「何が?」


「いろいろだ。不思議なヤツだ。」


「そう?・・・・」


「俺と一緒にいて舞い上がらないで、

こんなに普通にリラックスしてる女の子はめったにいない。」



「ほら、やっぱ今度からカッチーって呼んであげるよ。

うぬぼれやさんでかっこつけやさんだけどね、嫌いじゃないの。

なんかかわいくて~~・・・・ってまどかさんが言ってた」



「俺、そんなか?」



「まあ、そんなだわね。」



「お前、そんなふうに思ってたのか。」



「うん。だってそう思わせるようなことばっか言ってる。ふふ・・・」



「・・・・・・・」



「なに?」



「それなりに、ショックだな。」



「うそ・・・サカキ君にショックなんてことあるの?」



「ほら・・・その言葉こそショックだ。」



「へ?・・・」



「お前、その『へ?』って言うのやめろよ。」



「へ?」



「それと同時に鼻ふくらませるのも。」



「・・・・・」



「ぐふ・・・・」



「・・・・・」



「・・・・なぁ、タカナシ・・・・」



「・・・なによ・・・」



「俺って・・・どうよ・・・」



「なにが?」



「いや・・・なんでもない。」



「なに?・・・」



「お前のさ・・・」



「うん。」



「そういう鈍感なとこ、すげえいいと思うよ。」



「へ?・・・」



「アハハ・・・」





サカキ君の笑い声、入学したときから印象的だった。

大らかで晴れやかで。

初めて会ってから3年あまり、

一見とぼけてのらりくらりなのに、

実はとんでもなく熱くて強いオトコだったりするんだ。



そしてその笑い声はいつの間にか、

みんなが頼るリーダーのそれになっていた。


小さな20人ちょっとのクラスには、

この笑い声があることがあたりまえで、

何をしてても、なんとなくこの声が聞こえると安心していた。







「私って、やっぱり鈍感?」



「え?・・・あ・・まあな・・・」



「どんなふうに?・・・」



「どんなふうにって・・・・」



「ちゃんと気づくとか気が回るとかって、

どんなふうなのか、わからないのよね。」



「なるほど・・・そういう悩みか。」



「ねぇ、私は今何について鈍感なの?

今、なんで私が鈍感だと思ったの?」



「なんだよ、急に・・・」



「私、鈍感って言葉に、敏感なの。」



「は?・・・」



「・・・・・ねぇ、何?・・・」



「そういうふうに訊くところ。」



「へ?・・・」



「それが鈍感な証拠・・・」



「あ・・・」



「鈍感て言うより、バカかな。マヌケ。」



「ひ・・・ひどい・・・」



「タカナシ・・・」



「ひどい・・・」



「怒った?」



「凹んだ。」



「ごめん。」



「ちょっと今、立ち直れない。」



「そうか・・・どうしたら許してくれる?」



「この実験のお礼、してくれるって言ったよね。」



「うん。」



「アンジェラってお店知ってる?」



「あぁ、正門から出て・・・あのデカイお屋敷の?」



「うん。あそこの高~いアフタヌーンティーセット・・・」



「は?・・・」



「なぁ~んて、冗談よ。

生協でいろいろ買って来て、それで研究室でみんなでお茶しよう。

先生も甘いもの大好きだから。

それで許してあげる。

こんどみんなが集まる時に・・・」



「ダメだ。」



「ん?」



「アンジェラに行く。」



「え?・・・いいよ、冗談だってば。」



「絶対行く。」



「な・・なんで?」



「二人だけで喰いたいから。」



「・・・は?・・・」



「とにかく!

鈍感でバカでマヌケなお前と、

最初で最後になるかもしれないケーキ、

二人で喰ってみたいから!」



「へ?・・・サカキ君、どっか行っちゃうの?」



「はぁ?・・・・うん、うん、そうかもな!

とにかく今から行こう。

これから5日間、っていうかあと4日どうぞよろしく!の会。

講義中のハタナカ君はほっておこう。」



「あ・・・ひどい、言ってやろ・・」




サカキ君はどんどん片づけて、さっさと席を立つ。

一旦決めると動きが早いから、私はついて行けない。






人文科学棟から外への扉を開けて、私を先に通す時、

大きな体のいかにも体育会系の男子たちが

ドヤドヤとやって来た。


サカキ君は私を庇うように肩を引き寄せた。

ドンとぶつかるように抱え込まれた。



ドキッとした。



目が合うと、急に突き放すみたいに離れたかと思うと、

どんどん歩いて行ってしまう。



「ねぇ、ちょっと待ってよ。」



「・・・・」



「ねぇー、サカキ君! どこ行くの?」



「アンジェラだろ。ほかにどこ行くんだ」



「・・・じゃあもっとゆっくり歩いてよ。

怒っちゃって帰るのかと思ったわよ。」



「なんで俺が怒るんだよ。」



「そんなの知らないわよ。こっちが訊きたい。」




小走りで追いついて息があがる。正門に向かって上り坂だ。

そして門を出ると下り坂。



実験の備品が入ったアタッシュケースは

サカキ君が持つと小さく軽く見える。



右手でアタッシュケースを軽々と持ち、

左手をポケットにつっこんで・・・


やっぱり足、長いね。

ほんの少し肩が左右に揺れる、クセのある歩き方。



「もう・・・待ってよ。

バッグ重いんだから。上り坂だし・・・・

はぁ・・・・」



「あ・・・・わりぃ!

重かったのか。持ってやればよかった。」



そう言って、ひょいと私の肩からバッグを取り、

肩に担ぐようにして歩き出した。



「こんなの持って歩いてたのか?

重すぎるだろ。なに入ってんだよ。

ムダに重いだろ、これ。」



「もう・・・

荷物減らすのヘタなの。

でもいいよ。自分で持つから。ここから下り坂だもん。」



サカキ君の手からバッグを取り戻そうとするけど、

ひょいひょいかわされてしまう。



「いいよ、店まで持ってってやる。」



「ダメだよ。恥ずかしいから。

それに手持ちぶさたで・・・なんか変だから・・・」



なおもバッグを取り合って、

私はピョンピョン跳び上がるようにしてるし、

正門前で小学生のじゃれ合いのようになってるかもしれない。




もうしょうがないから諦めて、

素直に持ってもらおうと思った時だった。




私たち二人の前方10メートルに・・・・




     あの人が立っていた。


     驚いた顔で・・・


     そこにいた。




     あの人が・・・


     ここに。






「あ・・・」



ゆっくりこっちに歩いて来る。



私はどうしたらいいだろう。

嬉しいはずなのに・・・

こんなに毎日会いたいと思って暮らしてるのに・・・



再会するには、最悪のこのシチュエーション・・・



無表情で近づいてくる。



私は・・・・

彼から目が離せないまま、固まっていた。




先に声を発したのは、サカキ君で、

これがまた最悪だった。



「あっ! わかった! タカナシ、お前の叔父さんだよな。

そうだ・・・どっかで見たことあると思ったんだ。

美術科の先生だよな。

あの、初めまして。

タカナシ・・・さんと同じゼミのサカキユウジです。」



ペコリと頭を下げた。



「どうも。」



彼はそれだけだった。

少し下を向いて、居心地悪そうに立っていた。



「あ・・・タカナシ、叔父さんと用事あるんだったらさ、

アンジェラは今度にしよう。

おれ、このままこれ持ってジョーセン(情報処理センター)行くから。

んじゃあな。明日も9時、改札前で。よろしくな。

あ、失礼します。」



「ごめんね、明日ね。」



でも・・・



気を遣って去っていくサカキ君の・・・

肩に私のバッグ。



「あぁ~サカキ君!

バッグバッグ! 私のバッグ!!」



「おぉ~~。アハハ!」



サカキ君もちょっと舞い上がってしまってる。

大げさに笑いながら返してくれた。




バッグを受け取って振り返ると・・・



     あの人はもうそこにいなかった。

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