Lusieta

 

ジムノペディーⅡ 第5章

 

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アンジェラ・・・

初日に、あの人の突然の出現で延期になってしまった、

アフタヌーンティーセット。




「じゃあハタナカ先生も・・・」



「ダメだ。」



「なんで?」



「二人で行くって決めたから。」



「強引だなぁ~。」



「いくら強引にことを運んでも、鈍感なヤツは鈍感なままだ。」



「なに?それ・・・・」



「ことわざだ。」



「は?・・・」



「最近できたんだ。」







   ーーーー







ひとつひとつの家が大きなこのあたりは、

めったに人が歩いていない。

静かだ。



大学からすぐ近くなのに、学生はほとんどここには足を踏み入れない。

なんだか私たちも場違いだ。



若葉の季節を迎えて、

家々の緑たちが一斉に自分の生命力をアピールする季節。

私は子どもの頃から、この季節がとても好きだ。






「ねぇ、サカキ君。」


「うん。」


「いい天気だね。」


「あぁ・・・そうだな。」


「サクラが散ったあとにさ、急にあっちもこっちも

新緑の葉っぱがプリプリって出てきてね、

あぁ、ここにも木があったんだ。あそこにも・・・って思うよね。」



「そうか。」



「こういう住宅街もね、

この季節になるとそれぞれのうちの生け垣とか庭の木とか、

緑の色がさ、“シンリョクです!!”って、

すっごく主張する感じしない?

モコモコって盛り上がるっていうか・・・」



「うぅ~~ん・・・ぐふふ・・・」



「・・・ん?・・・」



「ん・・・ぐふふ・・・アハハ!!・・」


「なに?・・なに?・・・」


「お前、前から思ってたけど、擬態語多いよな。

プリプリでモコモコか・・・おもしれえ。」



「へ?・・・」



「もしかして、今日のテンションがおかしいのは、

俺と行動を共にした日々が終わると思うとつらくて・・・

だったりするか?

それでこんなにプリプリがモコモコなのか?

うんうん、気持ちはわかる。」



「・・・はぁ~?・・・」



「道歩きながらポカンと口開けるな。

虫が飛び込んでくるぞ。」



「・・・ひどい・・・ひどい・・・・」




サカキ君、わかってるんだよね、私が変だって。

でも、実は君のおかげでかなり救われてるってことは、

わかってないよね。


早く帰って携帯をチェックしたい気持ちもほんとだけど、

最終日というこの一日を、

ちゃんと最後までまっとうしたいというのも、

ほんとの気持ちなんだ。




「プリプリがモコモコで悪かったね。」



「ふふ・・・着いたぞ。」






   ーーーー







テレビで見たとおりだ。

もともとは、ほんとに立派なお屋敷なんだとわかる。




広い庭のテラスの席を選んだ。


やっぱりお屋敷っぽく藤棚がある。

もうすぐこの花も終わりの時期だ。



こでまりの木は、うちのほうが大きいかもしれない。


サカキ君が、ガタガタとイスを引いて座らせてくれた。




テラスで食べるのにピッタリの季節なんて、

1年中で、ほんのわずかだと思う。

そして、今がその時。

庭の木々も花々も、今が盛りと言わんばかりに、

グングン自分の美しさとエネルギーを溢れさせてる。



庭に立つあの人の笑顔を思い出して、一瞬ボーッとする。

今日も会えない。




「お前、決まったか?」



「あ・・・うん、アフタヌーンティーセットのA。

レモンティーで。」



「あいよ。」



メニューを持つ手が、大きくてきれいだ。




「ここ、やっぱり高いね。」



「まあな。」



「大丈夫?」



「任せろ。バイト代入ったとこだ。

タカナシへのお礼は、こんなことじゃ足りないよ。」



ふっと目がまじめになって、背筋が伸びたと思うと、

メニューを持っていた手を膝に置き、頭を下げた。



「タカナシ、今回はほんとにありがとう。

お前の協力がなかったらできなかったよ。」



「え?・・・あ・・・

ご丁寧にどもども。びっくりしちゃうよ。

私も、楽しかったです。」




最終日もたっぷり子どもたちと遊んで、

いつもどおり午後の記録で眠くなった。

興奮と名残惜しさと少しの疲れを共有して、

この相棒と、もう少し一緒にいたい気分だったりもして・・・

今日はほんとに複雑だ。







私のメニューはさっさと決まったけど、

彼は自分のメニューが決まらなくて真剣に考え込んでる。



笑えてしまう。




眼鏡の奥で伏せられたまつげも、少し厚い唇も、

あの言葉遣いからは想像つかない上品さと静かさで、

女の子たちがうっとり見入ってしまう気持ちが、

ちょっとわかるような気がする。


かと思うと、子どもたちの中に入ったとたんに、

すぐにただの遊び虫になっちゃうんだ。


ほんと、不思議な人だ。







「終わっちゃったね。」


「うん。」


「5日間、早かったね。」


「うん。」


「子どもたち、楽しめてたよね。

お邪魔虫じゃなかったよね。」


「うん。楽しかったと思う。タカナシは?」


「ん?・・・」


「楽しかったか?」


「だから楽しかったって言ったでしょ。またみんなに会えたし。」



「うん。」



「サカキ君は?」



「楽しかったさ。

またあいつらに世話になった。

教わることばっかだった。」



「うん・・・」



「・・・・・」



「もう、行かないんだね。」



「そうだな。」



「みんな、寂しがるかな。」



「お前が一番、な。」



「・・・んふ・・・そうかも・・・」



「そうだよ。」



「んふふ。」



「ほら、食えよ。」



「うん。」





サカキ君が持つと、サンドイッチが小さい。

迷った末の彼の選択は、ライ麦パンの生ハムサンドイッチ。

アボガドが入っていておいしそうだ。



私のプレートには、

チマチマとかわいいスイーツが並んでる。

どれもおいしい。




「でもさ。」



「ん?」



「サカキ君も成長したよね。」



「はぁ?」



「2年の時の発達検査が始まりだったでしょ。

イチタニ先生とのバトル。

『付属の子どもたちは実験台じゃありません!』って。」



「あぁ・・その話、こないだ先生としたばっかりだ。

『懐かしいなぁー』って。

あの時もお前、そこにいたっけ。

あれは検査の内容そのものにひっかかったんだ。

付属の子も先生も、大学の研究対象にいろいろ使われて、

すっごい理不尽だって、あの頃は思い込んでたからな・・・。」



「今は?」



「今は・・・・うぅ~~ん・・・

ひとことでは言えない。

いい面もよくないって感じる面も・・・どっちもいろいろあると思う。

でも、子どもたちにとっては、刺激的な体験は多いかもな。

そうだ、あいつらは、俺たちに会えたぜ~! なんちってぇ・・・」



「ふふ・・・」




“なんちってぇ~”だって・・・

照れ笑いが上品すぎて似合わないよ。



この人は、5年後に出会ったら別人になってるんじゃないかな。

もうわざと粗野なふりしなくても、

本来のままの上品で静かな青年でいられる日が来て、

ほっとしたりするんじゃないかな。







「青いか、俺。」



「うん。まあね。

あ・・・ふふ・・・

コホッ・・・

しかし、サカキ君!」



「ん?・・・」



「青いことは大いに結構です!」



「おっ!・・・ハハ・・・」



「そのまま君は青くあってください。熱く理想を語ってください。

その青く熱い君たちからの提言に

きちんと耳を傾ける柔軟さを持つことも、我々の使命なのです。

イチタニ先生には私から言っておきます。大丈夫、なんとかします。

心配しないでこれからも信じたことを実践して結構!

それではまた。」



「by プロフェッサー・ハタナカ」
「by プロフェッサー・ハタナカ」



「ぐふふ・・・、お前、その時もいたっけ?・・・アハハ・・・」



「うん。縁があるね。」



「はい、ハタナカ先生には頭があがりません。

先生のおかげであの発達検査の単位、落とさずにすみました。

実験の手伝いでもなんでもします。

一生の師匠です。」



「ふふ・・・

はい、サカキ君、それはありがたいです。

これからもよろしくお願いしますね。」



「はい。了解です。」



サカキ君、親指を上げてみせる。

みんな、このさわやか100%の笑顔にやられちゃうんだな。




「しかし、サカキ君」



「はい?」



「今回の実験で、

君はかなり子どもたちを引っかき回しましたね。」



「あ・・・はい・・・」



君がそんなに大げさにうなだれると、

私もシュンとなるじゃない。




「はぁ・・・」



「なんだよ急に。」



「ほんとは、あの子たち、

私たちが来なくてホッとしたりして・・・」



「おい・・、

寸劇は終わり?」



「終わり。」



「こんなとこで終わるなよ。

そりゃホッとする部分もあるかもな。

激しい刺激だったはずだから。

ヨッちゃんにもアツシにも安らかな夜が来るよ。」



「うん・・・・」




サカキ君がいきなり前屈みになって、

秘密っぽく囁いてきた。




「タカナシ。」



「なに?」



「急に話が後ろ向きだ。」



「・・・ほんと・・だ・・・」



「大丈夫だ。彼らはそんなにやわじゃない。

月曜日も俺は行く。お礼参りだ。

心配すんな。」



「じゃあ私も・・・」



「お前、授業あるだろ。

先週休ませちゃったんだ。

ちゃんと出ろ。

また違う日に一緒に行こう。」



「うん・・・」



「タカナシ」



「ん?」



「話題を変えよう。」



「・・うん・・・」



「せっかくのデートなんだからさ。」



「デ・・・デート?!・・・」



急に大きな声を出してしまった。



「え?・・・

あ・・・うそだよ・・・

お前・・・そんなにうろたえるな。

マジになるな・・・・冗談だから・・・」



「あは・・・あは・・・」





まあ、はた目から見たらデートだよね。





ケーキもあと少しになった。







「俺さ・・・・」
「記録の集計終わったら大学院の・・・・」



「あ、ごめん、何? サカキ君言って。」



同時に言葉を発していた。




「いや、なんでもない。」



「言おうとしたこと、あるでしょ。」



「ない。」



「うそ。今・・・」



「いや、あった。」



「なに?・・・」



「お前、さっきからさ、どっちだ。」



「へ?」



「また俺の手を見てるのか、

それともサンドイッチ狙いか・・・

どっちだ。」



また・・・バレた。

つい、その指、我慢できなくて見てしまう。




「あ・・あのね、私アボガドが大好物なの。」



「あ、そうなのか。やるよ。」



一切れまるごとくれちゃった。



「んで・・・俺も・・・」





カトラリーケースから新しいフォークを取って、

あっという間に私のプレートから、

この店の一番人気のクリームチーズタルトを突き刺し、

一口で食べてしまった。



「へ?・・・え?・・・な・・なんで?・・・

一番好きだから最後に残してたのにぃ~~!」



「え?・・・ダメ・・だった?・・・」



「・・・あんまりだ・・・」








ーーーーー








ウキウキの顔で店を出る。



サカキ君に食べられてしまったおかげで、

レギュラーサイズの大きなクリームチーズタルトを買ってもらった。

しかも、一つじゃかっこつかないかも・・・という私の言いなりで、

さっきのプレートにはなかったアップルパイも。




「あぁ~、なんだかとっても幸せだわぁ~~。」



「ハハ、喜んでもらえてうれしいよ。

これで今回のお礼は果たせたでしょうか。」




「はい、充分です。満足です。

また何かありましたら、卒論と試験以外なら承ります。

ご遠慮なく。」



「そうですか・・・・」



古くからある住宅街の道はやや狭い。

車が通る度に私を守るように歩いていたサカキ君が足を止めた。




石塀に肩をつけるほど端により、

振り返って私の目をみつめた。




「それじゃあ、さっそくですが、

お願いしたいことがあります。」



「ほぇ・・・なに?・・・」



「タカナシ、お前が好きだ。つきあってほしい。」



「へ?・・・」




急に足をとめた私たちをよけようと、

自転車がふらつきながら通り過ぎていった。






「へ?・・・・」




きっと・・・

聞きまちがいだ・・・・




    聞きまちがいだ・・・





「あ・・・あ・・・」




「お前、そんなアホみたいな顔するなよ。

やっぱ、ほんとに気づいてなかったんだな。

ずっとそれなりに信号送ってたつもりだったんだけど・・・

ハハ、ここまでくるとその鈍感に敬意を表するよ。」




「・・・・・・」




「いや、違う。

俺の信号が中途半端だったんだ。

だから今から、考えてくれよ。

俺、本気なんだ。」




空気が・・・薄い・・・




「タカナシとなら、なんにも気取らないでそのままの自分でいられる。

なんていうかな、タカナシといるとさ、すげえうれしくなるんだ。

自分がそのままでいられて、お前もそのままでいるのがわかる。

すげえ気持ちいいんだ。」




私・・・今、告白されてる。


空気が・・・薄い・・・




「お前って“あぁ~しあわせぇ~”とか、すぐ言うだろ。

簡単なヤツだなって思ってたんだけど、

あぁ、こんな感じのことかなぁって、お前と一緒にいると思うんだ。

お前といると、俺もすげえシアワセ。

だから、お前とずっといたいなって・・・

そう・・・・思ったんだ。」




・・・どう・・しよう・・・




「んで・・・・

今日みたいにお前の調子が変で、寂しそうな時はさ・・・

そばにいて、俺が元気にしてやりたいって・・・

そう思う。」



「・・あ・・・」






どうしよう。

どうしよう。








「びっくりしたか。そんなに固まるなよ。大丈夫か?」




サカキ君、ずっと言おうとしてた?




「俺、ずっと言おうと思ってたんだ。

でも、どういうタイミングかわからなくてさ。

自分でもこんなところで言うなんて思ってなかった。

でも、全部ちゃんと言ったぞ。

我ながらがんばった。ハハ・・・」





ふいに、あの人の言葉が蘇る。





     “アズは鈍感で、意地悪で、

      救いようがない。”






そう、私は救いようがない。

鈍感で意地悪で・・・・

救いようがない。





「サカキ君・・・」




「返事はすぐじゃなくていい。

そんな顔してるヤツからすぐ返事もらおうなんて思わないから。

これ持ってってジョーセンで続きやるよ。

あとで先生と合流する。

この5日間、ほんとにありがとな。

んじゃあ。」




そう言って軽く左手を挙げてニッと笑って背を向けた。






ぼーーっと後ろ姿を見たまま、

しばらく動けなかった。





サカキ君・・・

やっぱりあなたが持つと、

アタッシュケースが小さいな。     




サカキ君・・・

私、救いようがないほど鈍感なんだよ。





ごめんね。

ほんと・・・

ごめん。






角を曲がって、駅に続く坂道を下りて行った。

ケーキがふたつ入った箱は完璧におしゃれな風情で、

取っ手が少し持ちにくい。



その持ちにくさが、逆に存在を主張している。

だから苦しい。



サカキ君が買ってくれたケーキ


さっきまでうれしくてしょうがなかったのに・・・





今はこうして私を責めている。

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