Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅰ章 1~

 

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今日のカメラマンとは、いきなり駅のホームで初対面となった。

泊まりの取材日程を確保するために、
出発当日までスケジュールがいっぱいになってしまった私は、
どうしても編集長を交えて事前の顔合わせができなかったのだ。

待ち合わせたホームには10分前に着いた。

もちろん自分の方が先だと思っていたから、
ベンチに座ってスケジュールを確かめていた。

明日の帰り道に、もう1件取材の打ち合わせが入ったために、
今日は早朝の出発になった。
眠い。
うつむいて手帳を見ている視界のはしに、使い込んだトレッキングシューズの先が見えた。

「タマキ・アヤノさんですか? 」
「はい」

「はじめまして、ソン・テヤンです。よろしくおねがいします。」
「あ・・・よろしく」

見下ろされ、まっすぐに目を見つめられた時の感覚をうまく表現できない。
初めて会った人間に、なんでこんな笑顔を見せることができるの?

いきなり無条件に好意100%全開みたいな・・・
あーこういうタイプ、苦手かもしれない。

ぼーっとしながら立ち上がって握手
そのひょうしに手帳とハンカチが膝から落ちた

彼がすばやくかがんでその2つを拾い上げ「はい」と手渡してくれる。
まだぼーっとしながら受け取って
「ありがとう」

「なんで私がわかったんですか?」
「編集長に写真を見せてもらいましたから。」

「はぁ?」


   **************



私がいる編集部で作ってるのは、ちょっと異色でマニアックな季刊誌
ひとことでいうと文化芸術系「暮らし提案マガジン」?
気に入ってる。

組んで仕事するカメラマンの中には
ギャラの安い仕事をいくつもこなして走り回ってる若者もいる。

でも、編集長のカメラマンを選ぶ目は確か。

その時はまだ若くて、ただ受けた仕事をがむしゃらにこなしているように見える彼らだけど、
数年すると、名高い賞を取ったり、
戦地から独自のまなざしのレポートを届けて話題になったりする。

その度に「編集長の目は確かだったね」と言うと、
決まって「だろぉ」と答えて目だけで笑う。

最近あたまに白髪が交じってきたものの
タバコを吸いながら原稿をチェックする横顔はなかなかセクシー。
50才をすぎたとは思えない。

一度そう言って冷やかしてみたいけど、
絶対「俺に惚れるなって言っただろぉ」
なんておやじくさいこと言うに決まってるから言ってやらない。



ところで、今回の相棒はこれまでと全く違う点が1つある。
日本人ではないらしい
編集長の友人の大御所カメラマンがいるのだが、
彼のアシスタントをしているのだそうだ。

編集長はどこで彼の写真を見たのか
季節を瑞々しく切り取った風景写真に惚れ込んで
「ちょっとレンタルさせてくれ」と頼み込んだらしい。
そして既に二人は、一晩酒を飲みながら写真談義に花を咲かせた仲だそうだ。


「アヤノ、今回おまえは何も言わなくていいから。
コンセプトは十分伝わってる。すまんが今回だけは
あいつのアシスタントになってくれ。

あいつが行きたいというところに行って
撮りたいものをばんばん撮らせてやってくれ。
とにかくあいつを止めるなよ。
それから・・・拒むなよ!」

     ・・・・拒むなよって・・・なんだよそれ・・・・


「今回は、はじめにあいつの写真ありきだ。
あいつの写真にキャプションつける形でメモを残しておいて。
おまえが言葉を添えること、あいつは楽しみにしてる。

あいつが紅葉を撮ったら紅葉を、
滝を撮れば滝を、
アマゴを撮ればアマゴを、とにかく言葉にしてみて・・・。
それから、言わなくてもいいよな、おまえメモ魔だから
その辺は安心できるし。
行程を詳しくのせてみようと思うんだが、
どんなふうにするか、ちょっとまだ考え中なんだ。」


   ・・・・はぁー、ページふえるってこと?考え中? 私となんのミーティングもなくて?
                   いまごろそんなこと言ってて・・・趣味か、これ?・・・・


「あーこんな仕事、つくづくおまえにしかできない。
よろしくな。
あーそうそう、最後の宿だけはおまえ主導でいつものように。
そのことはあいつにも言ってある。」

それが編集長からの指示の全てだった。

「それから、言葉の心配はないぞ。
日本に来てからもう10年以上経たつ。
大学は日本文学専攻だし。
この国の同年代よりよほど難しい言葉知ってる。
もしかして、おまえより知ってる。」


あーそうかそうか。
そもそもこの企画・・・・
いつもの見開き2ページ分のユニークな宿紹介のはず。
いつものクニエダちゃんが骨折しちゃったから、そのピンチヒッターじゃないの?

ピンチヒッターのカメラマンに何撮らせたいわけ?
でもってレギュラー企画がなんで二の次なわけ?

それに・・・アマゴってなんだっけ?

そういう仕事ぶりだからいつも社長に『廃刊』の二文字で脅されてるんだ
なのに悠々として、結局自分のやり方をとおしてしまう

まあね、社長も結局そういうところに惚れちゃってるみたいだし、
会社の上層部になんやかや言われても、ほんとに廃刊にならないのは社長のおかげ
他の部がドル箱のメジャーな月刊誌出してるお陰

それと、なぜか有名ないわゆる文化人にこの雑誌のファンがいること
彼らの発言の中に時々登場するので、その時だけピュッと部数が伸びたりするもん。

私はこの企画が好き。このページの取材の時はワクワクする。

いつもの取材でも、チームを組むライターやカメラマンは気心の知れた仲間が多いんだけど
この企画だけは私がただのライターとしてカメラマンと組んで取材。
・・・って、出張経費やなんやかやの節減のためでもあるんだけど。

息のあったクニエダちゃんと女二人旅みたいになって、内緒だけど大事な息抜きの旅だったんだなー。
クニエダ~ 骨折るなよ~



それにしても・・・・
私がアシスタント? はじめに写真ありき? はぁー?
うちは写真集出すの? 
絶対なんか企んでるよね。

・・・こんな仕事、つくづく私にしかできない・・・のね。
わかったわ、誉め言葉だと思ってあげる。
でも、何企んでるか言わないと、いくら誉めてもあとが怖いからね



   ******************



電車の中に入ると、彼はすぐに指定の座席を見つけて
ここです・・・と目で合図。
目が、下弦の月って感じになってる。三日月ふたつ、ふふ、かわいい。

    ・・・・ちがうちがう・・あれ?・・・・


言葉もなく目だけで合図して
さっさと私のリュックを背中からはずし、網棚に載せて窓際の席に促す。
私は素直に黙って従うばかり。
周りからみるとずっと前からの知り合いのよう?
いやカップルに見えるかも。

そのくらい静かで自然な振る舞いが
かえって私をぎこちなくさせる。
静かな中にエネルギーが感じられる、声、話し方

いい年して、何どぎまぎしてんだか、私。

とにかくこの2日間、二人だけで仕事するんだから
いい関係でいたい。

二人並んで座って、簡単な自己紹介と今日の段取りを打ち合わせた。

あれ?もう話すことがなくなった。

彼も手持ち無沙汰な様子で、まだ空けてない缶コーヒーをいじってる。
緊張してる?

大きな手。指、長いなー。

さっき自分の分と一緒に私のコーヒーも買ってきてくれた。
ちゃんと好みを聞いてくれるんだね。

「何がいいですか?」
「えっ?」

ハァ―― 調子狂って、つい言っちゃう。
「ソンさんと同じ物を」って・・・レストランの注文みたい。

「テヤンって呼んでください。」って、ニコッと笑って行っちゃった。

結果、二人がいじってるコーヒーはブラック。

「ブラックでよかったですか?」
「えぇ、いつもブラックだから。」
  
 ・・・・えそつけ!砂糖&ミルクたっぷりでしょうが・・・

「よかった。」
  
 ・・・・私、ほんとに何やってんの?・・・


「風景を撮ることが多いんですか?」

「いえ、何でも撮りますが、
ほんとは人を撮るのが好きです。
編集長は人を撮った写真も見て下さっています。
アヤノさんは写真を撮りますか?」

「好きだけど、上手じゃないんです。私も何でも撮ります。
なんのポリシーもテーマもなく、ですが。」

「フフッ。それも楽しいですよね。」
 
     ・・・・ちょっとバカにしてる?・・・・
   
「ちょっと失礼」
彼がリュックを下ろしてごそごそ。

・・・えっ、「カンタベリー」?・・・・

私の胸の奥がピクッと一瞬だけ固まって、すぐにもとに戻る。
11年もたったら、このくらいでやり過ごせるようになった。
最初の頃は、前触れもなく訪れるこんな事態のたびに
自分の全部が持って行かれそうで、必死に踏ん張って耐えなければならなかった・・・

    ・・・私、もうかなり大丈夫・・・

    ・・・こんなにマイナーなブランド、ラガーマンかな?・・・

ふと、聞いてみたくなった。あの日以来、自分からこのことに触れるなんてなかったのに。

「『カンタベリー』ですね。日本では、あまり持ってる人いません。
ラグビーなさってるんですか?」

彼はビックリして、でも嬉しそうに

「はい、学生時代に。大学のチームにいました。
同好会サークルですが。
アヤノさんこそ、よくご存じですね。

『カンタベリー』で『ラグビー』とわかる女性はなかなかいません。
チームのマネージャーか、ラガーマンの恋人、もしくは家族、それくらいです。」

そう言って、いたずらっぽい目をして笑う。

「アヤノさんは、そのうちの何でしたか?」

「さあ、なんだったんでしょうねぇ」

・・・そう、その全部だったんだよ・・・

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