Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅰ章 最終話~

 

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「テヤン、私はキス以外のことも、何かしたの?」

「いや・・・・
やっぱり覚えてないですよね。
すみません。覚えてない人にこんな微妙な反応して。
僕は間違ってますね。」


「あっ・・・あの・・・話がまだよく見えない・・・
それはもしかして、あの・・・キス以外のことを・・・

私が、あなたに・・・・なんて言うか・・その・・・
求めた?・・・っていうか・・・奪った?」

私の声は、後半どんどん小さくなった。

「はい。・・・いや・・・僕も・・・・
僕も求めていました。はじめからあなたを・・・

あなたの体を支えて教会に入ったときから、僕はあなたに夢中になっていたから。」

「・・・・・」

「あなたは、やせて白くて、息をのむほどきれいで、目がうつろで
・・・この世のものではないような。

一瞬でも目をそらしたら消えてしまいそうな・・・
あなたから目が離せなかった。ずっと見つめずにはいられなかった。」

「・・・・・・」


「あなたはウトウト浅く眠って、起きると僕をカイと呼んでしがみついて
ちゃんと目覚めると『ごめんなさい、間違えた』って言って泣いた。

また浅く眠って起きて、また僕を・・・・
あなたはあの日からずっとぐっすり眠っていなかったんですね。
薬で眠らされるばかりで。

そして・・・『カイが一緒に寝てくれないと眠れない』って・・・・・」

「ごめん」

「謝らないで。我慢できなかったのは僕の方です。
あんなふうに出会った人と・・・・

僕がもう少し強ければ、違う形であなたを癒せたと思います。
でも、僕はあなたとそうなりたかった。

あなたが望むことならなんでもしてあげたかった。
あなたに求められたら何度でも応えてあげたかった。

いや・・・・やっぱりそれは僕の欲望の言い訳かもしれません。」

「ごめん」


私は思わず立ち上がった。小さな彼女を抱いて。

毛布が、抜け殻のように丸い形をつくっている。


テヤンは、何とも言えない顔で私を見上げた。
途方に暮れたようでいて、でもその瞳はまっすぐに私を見つめている。
こんなにも思いのこもったまなざしを、この私に向けてくれる。
この人はいったい・・・

苦しくて目をそらせてしまう。

突然の思いもよらない展開に、言葉が見つからなくて
頭が真っ白になる。
テヤンを傷つけたくないのに、私の顔、今こわばっているだろうか。


テヤンは、苦しそうに息をはいた。

「言うべきじゃなかったのに。ほんとにごめんなさい。
なんで言ってしまったんだろう。僕の胸にしまったままでいなきゃいけなかった。

なんでこんなこと・・・・。
あなたを悲しませたり、混乱させたりしたくないのに。

こんなふうに今日あなたに会えたことで、僕はすこし舞い上がってしまったかもしれません。
ほんとに嬉しかったんです、あなたに会えたこと。
こんなふうに・・・・・あなたに触れられたことも。

・・・・・ごめんなさい。言えば言うほど、あなたは混乱しますよね?
何も覚えていない人にこんなこと言うべきじゃなかった。

どうすればいいかな。」

「・・・・・」


      ・・・・・テヤン、伏せた睫毛がきれい。
             つらそうな横顔が、胸を締め付ける・・・・・

「・・・・・」


長い沈黙が苦しい。



「できれば・・・
なにか、言ってくれませんか」





「テヤン」

「はい」

「覚えてないんじゃないの。ホントは全部覚えてる。」

「・・・!!」

「でも・・・それはカイだと思ってたの。カイの夢を見たんだって・・・・

カイと求め合って一つになる・・・そんな夢を
最後に神様が見せてくれたんだと思ってた。
今の今まで・・・・そう思ってたの。

だから、どんなことしたのかわかってる。
その時、どんなに激しく私が君を求めたか、わかってる。

君は自分の欲望なんかじゃなくて、
ただただ私に優しくしてくれた。

今でもリアルに思い出せる。
だって・・・あれから何度も何度も繰り返し思い出して、胸に焼き付けてきたもの。

別れた日の記憶じゃなく、たとえ夢でも、睦み合った確かな記憶を
私とカイとの最後の思い出にしたかったから。」


「・・・・・」


テヤンは今、たぶん呆然としてる。
怖くて顔をみられない。


「私が『どこにも行かないで』って言ったら、
『大丈夫だよ。ぼくはここにいる』って言った。
『ずっと見ててあげるから、安心して眠って。』って。

私が『目が覚めたときもここにいて』って言ったら、
『わかった、約束する』って。
私は君に包まれて、すごく安心して眠った。

あってる?」


私はそらしていた目をテヤンに向けた。

テヤンが、じっと私の目を見てゆっくりうなずいた。


「・・・・・・」


「そっかぁ。夢じゃなかったのか。
カイじゃなくて・・・テヤンと過ごした現実だったんだね。」     


「アヤノさん、あなたの大切な思い出を壊してしまった。
そのままにしておくべきだったのに。
ひどいことしてしまいました。」

        ・・・・・ちがうよテヤン、ちがう、ちがう
                 そんなんじゃない・・・・


「テヤン。私、今ちょっと混乱してるだけだからさ。
切り替えるのに時間が必要なだけだから。少し待ってね。

テヤンは私の望みに、全力で応えようとしてくれたのに。
ごめんね、間違えたままで。」

「お願いだから謝らないで。僕が悪いんです。一生黙っているべきだった。」



重苦しい沈黙の時が流れる。




     ・・・・・カイ・・・・ 
          ちがったんだね。カイが来てくれたんじゃなかったんだ。
          11年も間違えてた。
          カイとは、やっぱりあの日が最後。
          それが事実・・・・なんだよね。
          
          もう耳にタコだろうけど
          あの時、水飲みになんか行っちゃって、ごめんね。
          カイとミオから離れちゃってごめんね。
          最後まで私のこと心配してくれてありがとね。
          
        カイ・・・・
         ずっと愛してる。ずっと忘れない。


         でもね・・・・

        今、目の前にいるこの人を、抱きしめたいの。

        いい?
  



壁にもたれ、あぐらのうえに組んだ両手をのせて、祈るようにうつむくテヤン。
そっとかがんで、彼の頬に触れる。
驚いたようにテヤンが顔を上げて私を見つめる。

張りつめた苦しそうな顔。
小さな彼女を抱いていなかったら、このままぎゅっと抱きしめただろうな。

見つめ合ったまま、お互い言葉がみつからない。

     
     ・・・・テヤン・・・・・・
       君を信じられる。若い日の君を。
       
       きっと君は・・・・
       あの教会で、泣く人に寄り添い、祈る人を見守り、眠る人に毛布をかけた。

       あの教会を訪れるたくさんの人のために、
       たき火をおこし、シチューを振る舞い、子どもたちと走り回って遊んだ。
       そして、疲れてあの小さな部屋で眠った。

       次の朝、元気に起きてまた忙しく働いた。次の日も、また次の日も。

       その包み込むような笑顔でたくさんの人を癒しながら。

       そうでしょ?


       テヤン、そして今の君を信じられる。
       その偽りのない心を・・・・
           
       心沈む人を笑顔にしたくて、顔を真っ赤にしながら
       自分のドジなエピソードをうち明けた君。
           
       そして・・・・
       人を傷つけるのがつらくて、自責の念にうなだれ、
       死にそうな顔をしてる、目の前の君を・・・
       信じられる。




「テヤン」

「はい」

「11年前に、私を抱いてくれてありがとう。」

「・・・・・・」

「私を泣かせてくれてありがとう。
泣き切るまで、終わりまで泣かせてくれてありがとう。」

「・・・・・・」

「あの時の私を、全身で受け止めてくれてありがとう。
次の一歩を踏み出す力をくれてありがとう。

あの時君に出逢えたから、私は二人のあとを追わずにいられた。

あの時テヤンに会えたから・・・・今テヤンの目の前に私がいるんだね。」

「・・・・・・」

呼吸をするのを忘れたようにじっと私を見ていたテヤンが「はぁー」と小さく息を吐いた。

そして私を抱きしめた。
そっと、大切な彼女をいっしょに包みながら。

しばらくじっとそのまま動かずに、ただ私たちは抱き合っていた。


今日何度目だろう、大きな温かい手で涙をぬぐわれる。
今度は私もテヤンの涙をぬぐった。
彼が、恥ずかしそうに少し笑った。

テヤン・・・・
君は、涙も温かい。

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