Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅱ章 2~

 

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チェストの上の写真に声をかける。

「行ってきます!」

「あ、そうそう。
今日はね、編集部にテヤンが来るよ。」

「カイ・・・
やっぱり、妬いたりする?」




・・・・・・・・・・・・・





       ・・・・・テヤン、やっと会えるね。
           “やっと”って・・・
           3日だけど。





外の仕事から編集部に戻ってくると、もうテヤンが来てた。


今日来るってわかってたのに、
編集長と笑いながら話してる横顔をみつけた瞬間、
息が止まりそうなくらいどきっとして、そんな自分に苦笑いだ。
       

テヤンが私をみつけた。

固まってる。
そんなにびっくりした?
テヤン、固まりすぎ。

編集長が写真に目を落としたまま言った。
「おおー、戻ってきたか。
おまえ、いいぞぉー。

そこらのモデルも女優も目じゃないぞー。
早く見ろ。」


その間テヤンが私を目で追ってるのがわかる。
編集長のそばで、二人は礼儀正しい挨拶をした。
握手した。

「タマキさん、先日はお世話になりました。」

「はい、こちらこそ。ありがとうございまいた。」

テヤン、タマキさんだって。誰?それ。
照れてるの?
タマキさんだって・・・・
ガチガチだよ。   

    ・・・・・・その間も編集長はしゃべりっぱなしだ。


「あー、でもこりゃ100%カメラマンの腕だな。
おまえはなんにも努力してないんだから。

テヤンに協力しようなんて、これっぽっちも思ってなかっただろ。
充分表情に出てるよ。

それを、こんなに風情たっぷりに撮るテヤンがすごいって言ってるんだ。
わかるか?」


   私以外の人が「テヤン」って呼ぶの、初めて聞いた。
   って、当たり前か。変なところに反応しちゃう。


「これとこれと・・・アヤノの分は、この5枚でどうだテヤン。

おい、アヤノ!
今回おまえには写真選ぶ権利なしだぞ。
客観的な判断ができないからな。 ハハハー」



     編集長、なんか、異常にテンション高くない?

     もういい!好きにして下さい。
     今日私は、明らかに編集者失格だから。
     だって、テヤンの隣に立ってるだけでドキドキしてる。
     テヤンで頭がいっぱいになってる。
     使い物にならないから。


「はい、いいと思います」なんてテヤンが言ってる。

テーブルの上を見た。

並べられた夥しい数の写真。


絶句した。

あのジェットコースターのように胸を揺さぶられた宿までの道のり、
その時の私が、山のようにこのテーブルの上にいる。

必死で川原を歩く足元や
あまりにも美しい景色に言葉を忘れた横顔

崖に立つ木にしがみつく腕の緊張
川に手を浸しながら、向こう岸の人と会話する背中
棚田の夕日に祈るように浮かぶシルエット

私でないようでいて、全てまぎれもなく私。


こんな形であの日の私が記録されるなんて・・・・
テヤンの手で残されるなんて・・・・


テヤンが撮ったあの日の私。
それは私だけじゃない。
私とテヤンとカイとミオ

私の胸の中で、4人が出会って
思いを交わして
やがて新しいそれぞれの場所に
出発していった

  
  ・・・・そんな日の、大切な記録になったんだね・・・


これ以上どこにも出さずに、全部持って帰らせてほしい。



・・・・いや

いや、やっぱりみんなに見てほしい。


だって、テヤンの写真、ものすごくいいんだもん。


あの道から見下ろした川原も
もみじ葉を浮かべて陽射しに光る川面も
棚田の夕日も
そして唯ちゃんの花のような笑顔も

あの日感じた美しさがそのまま映し出されてる。

すごいじゃないの、テヤン!


素直にそう言いたいのに、
でも、口がぱちぱち乾いて上手く言葉が出ない。
どうしたんだろう。


あの記事は6ページの特集になっていた。
写真がメイン。
うちの社内デザイナーといっしょに作る企画。
私だけが蚊帳の外に置かれて、
ただのライター&モデル状態だったことは、いくら考えてもやっぱり不満。
でも、まあいいか、この調子だと、すんごくいいものになりそうだし。

メインの紀行文はもうできてて、
最終的に写真が決まれば、
その写真につけるひとことは、いっしょに考えたい。
テヤンの言葉選び、好きだよ。



なんか、また編集長がへんなこと言ってる。

「しかし、カメラマンの腕といっても、
アヤノ、おまえもちょっとはいけてるかもしれんぞ。
こんど『アヤノが旅する○○○』シリーズなんてやつでいってみようか。
企画書、書いてみろ。

カメラマンはテヤンだ。
テヤンじゃないと、
こんな10割増しみたいな写真写りにならんからな、

もしかしてテヤン、アヤノに惚れたかぁ、ハハハー!」


     ・・・・・あー倒れそう
        編集長、これが天然だから、タチ悪いよ・・・


かなりご機嫌でしゃべり続ける彼に、電話がかかった。



バタバタと人が行き交う編集部の喧噪の中で

テヤンと二人、写真を前にして並んで立ってる。
変な感じ・・・・

「写真、すっごくいいね。」

「アヤノさんがですか?」

「もちろんそれもそうだけどね」

「ふふ・・・アヤノさん、ステキですよ。

山も川も夕日も、
アヤノさんといっしょだったから、
こんなふうに撮れた。」


写真に目を落としたまま、テヤンが言った。
あの低くて深い、ちょっと湿った声で。

「元気でしたか」

「うん」

「連絡できなくて・・・、我慢するのが大変でした。」

「・・・ぐふっ・・・・」

「なに?」

「電車が出るとき・・・・」

「あぁーーー、恥ずかしい。あれはあの後が恥ずかしすぎた。
あんなに恥ずかしかったのは・・・
フェンスに足つっこんだ時以来です。」

「アハハァーーー!!」

      ・・・・あ、ちゃんと笑えた・・・

「笑いすぎだ。」

「ごめん。」


       あー、テヤンが口とんがらせてる。
       またこの笑顔に会えたんだね。

       それだけでこんなにうれしいなんて・・・
       苦しいくらいうれしいなんて・・・

       やっぱり変になっちゃったんだね、私。

      連絡とれないこの数日、

      我慢するのが辛いのは、

      私も同じだったんだよ、テヤン。

      こんなに会いたくなるなんて。



写真を仕分けする振りしながらテヤンが小声できく。

「今日このあといっしょに帰れますか?」

「うーん、そうねぇ。」

「まだ仕事があるなら手伝って待ってます。
いっしょに晩ご飯食べてください。」

「でもすごく遅くなるかもよ。」

「言ったでしょ。僕は猛烈なアプローチするって。」

「・・・・・」

      私、なんで言葉がでない? 
      なんで顔が熱い?
      

「アヤノさん、聞こえてますか?」

「聞こえてるよ。」  

「さっき、びっくりしました。」

「なにが?」

「街で会うの初めてで。
アヤノさん・・・・すごく、きれいで。」

「・・・・・・」   


編集長が戻ってきた。

デザイナーを交えてあーでもないこーでもないの打ち合わせが終わり
全部引き渡して会社を出たら8時だった。
8時なんて、上出来だった。

テヤンは、テキパキと仕事をサポートしてくれた。
まるでずっと前からこの職場にいるみたいに。


「すごく手早いね」と言うと、

「早く二人っきりになりたいから」って・・・

      テヤン、たのむよ。
      いちいち顔が赤くなるようなこと言わないで。
      ・・・って、なんでいちいち赤くなってるの?


編集長がさっさと帰っちゃった。
そんなはずない。テヤンがいるのに。
普通『おーテヤン、飲みに行こう!』でしょ。


「テヤン、編集長に何か・・・・」

「アヤノさんにアプローチしたいから、二人にさせて下さいって。」

「・・・・・」


     ・・・・あーーーーテヤン
      あなたのやり方はどこまでもストレートで・・・・
      明日からどんな顔して仕事するのよ!



「今日はどうしても二人じゃないとダメなんです。
大事な話があるから。
アヤノさん、時間がもったいないから、機嫌悪くしないで。」


     ・・・・・君には勝てない・・・



「大事な話って何?」

「まずはご飯食べなきゃ。
お腹すいてると、考えが悲観的になるからね。」

「それって、悲観的になりそうな話ってこと?」

「うーーん、とにかくご飯食べましょう。
僕お腹すいて死にそうなんだ。」

顔を見合わせて笑った。

またテヤンに会えた。
こうして笑い合えた。
そして、こうして並んで歩いてる。

それだけで、胸がいっぱいになる。



    ・・・・・・・・・・・・



韓国料理店だった

「僕のうち、すぐ近くなんです。
だからこの店、週3回くらい来てます。」

テヤンの行きつけの店、
こんなふうにして、だんだんテヤンの今を知っていくんだろうか。




    ・・・・・・・・・・・・




           ・・・・・テヤン
               とっくにご飯終わったよ。
               おなかいっぱいだよ。
               大事な話は?




「テヤン」

「アヤノさん、ごめん、もったいぶってるわけじゃない。
この話をしたときのあなたの反応がこわくて・・・・
僕はほんとに意気地がない。」

「私の反応?
それってなに? どんなこと?

うーーーん、
たとえば
『実は、僕には妻がいます』とか?」


「・・・・・・・・
ごめんなさい、アヤノさん。
今は笑えない。」


     ・・・・・テヤン、なに? そんなにとんでもない話?・・・
    


「僕、しばらく日本を離れることになりました。」

「えっ?」

       
     ・・・・テヤン

        だから、ジェットコースターは

        ・・・・・

       きらいなんだってば・・・
         
     

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