Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅱ章 6~

 

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12月に入って、テヤンとの企画がちょこっと評判になった。

今回、写真の存在感を際立たせた誌面作りだったが、
写真に添えられる言葉との相乗効果で
格調高い『紅葉紀行』になったと、
例のように有名文化人の方々が、
あちこちで、ちょこっと誉めてくださった。

おかげで部数がピュッと伸びた。


そして、この企画のカメラマンについての問い合わせが何件も入った。
テヤン、帰ったら売れっ子になっちゃってるぞ。

テヤンに、すぐに知らせたかった。
喜ぶだろうな。
写真、絶賛だよ。



なのに・・・・・



『アヤノ? もしもしアヤノ?・・・』

『テヤン?・・・・よく聞こえないよ・・・えっ?・・・何?・・』

『ごめん!クリスマスには帰れないんだ・・・ごめん・・・』

それで切れちゃった。
そしてそのあと音信が途切れてしまった。


メールもこない。
送っても返信がない。


私は、日に何度も、これまでに来たテヤンのメールを読む。

メールチェックをして、
また今日も来ていないことを確かめて、

そのあとはこれまでのメールを、暗記するほど読み続けてる。
プリントアウトして、手帳にも挟んでる。



テヤン、街はクリスマス一色だよ。



             「この川に流れるもみじ葉で錦を織って、私のマフラーを作ってちょうだい。」
     
             「承知しました。クリスマスには必ず織り上げてプレゼントします!」



「こら!うそつきテヤン。 マフラーはーー?!」

テヤンの部屋でソファーに座り、クッションを抱きしめながら、
声に出して言ってみる。

クリスマス、
去年まではどうしてたっけ・・・・



そうだった。
なんだか、編集部をまたいで
あちこちのひとりぼっちを束ねてくれるボスがいて、
女だけの大宴会するんだった。

前なんか、ホテルのスイート借りてドンチャン騒ぎしたこともあった。
みんな、大きな鞄にいっぱいお酒や食料隠し持って。

そしたら、支配人が来ちゃって、

「お客様、大変申し訳ございませんが、
近くのお部屋のお客様より、
こちらの皆様のお声がよく聞こえてくるとのご連絡がありました。

もう少々、お声の方のボリュームを落として、お楽しみいただけますと
有り難いと思いまして・・・・」

と言って、フルーツの盛り合わせをくれちゃった。

私たちはぽか~んとして、
そのあと、やたらごめんなさいすみませんを連発して、
恐縮しつつも、豪華なフルーツを有り難くいただいた。


私たちは急に声のトーンを落として囁きながら、
いったいどんな人が苦情を言ってきたのだろうという話になり、

「どっかの金持ちのバカ息子が、
バカ女をブランド品で釣ってクリスマスに連れ込んだんだ!」
とか、

「いやいや、定年退職を迎えた夫婦が、
今日までのお互いへのねぎらいを込めて、
大奮発のスイートルームかもしれないじゃないのよ。」
とか、

「いやいや、年の頃も同じくらいの、私たちみたいな女の集団かも。
でも、あっちはやたら暗くて静かなんだよ・・・」
とか・・・・

みんな妄想たくましく、好きなこと言いまくりで、
そのテーマだけでまた延々と盛り上がって、笑い転げてたっけ。


毎年、彼氏ができたり結婚したりで
抜ける人はあるけど、なぜか似た人数の新入りがいて
毎年なんとなく同じくらいの規模になるから不思議だ。

そうだ、いつもそれなりに結構楽しみにしていたんだった。
ボスのセンスは毎年なかなか良くて、お店のチョイスも・・・・

あっ、あのボス、夏に寿退社したんだった!

そうか、それで今年はこの話まだだったのか。
私ってば、気づくの遅い!


次にボスを引き継ぐ人も出てこなかったってことね。
仕切ってくれる人がいなかったら、
「ハイ、それまでよ」っていう集団なんだよね、こういうのって。


テヤンと過ごすとばかり思ってたクリスマス。
今年はいよいよひとりぼっちなのか? 私・・・・




携帯が鳴った・・・・・
クニエダちゃんだ。



彼女が骨折してくれたおかげで、テヤンに会えた。
ひそかに感謝してるけど、本人には言えない。

ギブスがはずれてやっと本格的な仕事復帰らしい。
編集部に挨拶に行きたいけど、
明日くらい行っても大丈夫かと聞いてきた。

忙しくてみんなが殺気だってる時に来たって、ジャマ者状態だ。
来たのかどうか、覚えてもらえてないこともあるくらいだから。


ついでにお互いの近況報告なんかしていて、
クリスマスの話になった。

「今年は完全に1人かも」と言うと、

「じゃあ、うちに来なよ。」って。



    ・・・・・・・



彼女はシングルマザーで、小学5年生の娘さんがいる。

報道番組のディレクターだった御主人は
現場で取材中に、事故で亡くなっていた。



面倒見がよく、気さくな人柄の彼女、
仕事の帰りなど、年に何回かは
「うちでご飯食べてってよ。二人じゃ寂しくってさ。
にぎやかだと、チビが喜ぶのよ。」と誘われる。

でも決まって私はなんやかや理由をみつけて辞退してきた。

でもほんとの理由は別にあったんだ。

クニエダちゃんちの娘さんは、ミオと一週間違いの誕生日。
ミオが生きてたらこんなふうだという生々しい姿に接するのは怖かった。
耐えられないんじゃないかと思った。

だから・・・会いたくなかった。



・・・・・・・・



「じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。」

   
   ・・・・・あれっ! 言っちゃった!


つい、勢いで言っちゃった。

クニエダちゃんは喜んで、

「ついにアヤノが、うちにご飯食べに来るぞ。
あんた、変なところで気遣ってんだかなんだか・・・
いくら誘っても来ないんだもん。
やっとだよーほんとに。

食事の方は全部作って待ってるからさ、
アヤノはケーキ担当、よろしくね。」



はぁー、どうしよう。
エリカちゃんだっけ。

前に、クニエダちゃんから写真見せられただけで、
胸がぐっと苦しくなっちゃった・・・・
生きてたらこんな感じ?って、どうしても思ってしまうから。



でも、今はあんなふうな苦しさはない。

なぜって・・・
それは、テヤンがフタを開けてくれたからかな。
ちゃんと、カイとミオの笑顔の写真を見られるようにしてくれたからかな。


少し緊張するけど、大丈夫。
会ってみたい。


生きてたら、11才になったミオはどんな感じ?
うん、きっと気が強くて、でもキュート、そんな感じ?
そして・・・・・私に似てるはず。


そうだ、クリスマスプレゼントも買わなきゃね。

うーーーーん。

ふふっ、私ってば、マフラーしか思い浮かばない。苦笑。




       ・・・・・・・・・・・・・・・・




エレベーターのない古いマンションの4階は、かなりキツイ。
毎日この親子はこんな運動をしてるのか。
エライ!
ダイエットにいいよなぁ。

一瞬の躊躇のあと、玄関のベルを押す。
ドアの向こうで足音が聞こえる。
ドアが開いて・・・・
やっぱり、迎えてくれたのはエリカちゃんだ。

ちょっとはにかんだ笑顔。
「こんにちは。エリカちゃん?」
「はい。こんにちは。」

もっとイマドキのキャピキャピした女の子かなと思ってた。
恥ずかしがり屋さんなんだね。
かわいい・・・・

「おぉーー来たぁ?!
こっちに入って入ってぇーーー!!」

クニエダちゃんは豪華料理の最後の仕上げをしていた。

「今日はお招きありがとう。
スゴイね! これみんなクニエダちゃんが作ったの?
おいしそうだねー。」

母と娘の好物を、全部作っちゃいましたーって感じの
バラバラな組み合わせ。

ローストビーフにちらし寿司、カルパッチョに八宝菜、ポテトサラダ、カナッペ・・・・

「スゴイよ、クニエダちゃん、
たった3人に、このごちそう・・・」

「だから言っただろ。いつも作りすぎるんだよ。
私、料理好きだから。
だからあんた誘ってんのに、全然来ないし。」

「いやあ、こんなにごちそう食べさせてもらえるんなら、
もっと早くに押し掛ければよかったなー。
惜しいことしちゃった。」

「そうだよ。
じゃあ、並べよう。
エリカー、セッティング、セッティング!」

ハイハーイと、エリカちゃんがやってきて、
どんどんテーブルにお皿やお箸、コップを並べていく。
二人の阿吽の呼吸というか、コンビネーションがよくて、
見とれてしまう。

「コップは今日はこれにしようか」
「うん」

「あれ?3人とも同じお皿にしようよ。」
「これ?」
「うん、それそれ・・・・・」

「ママ、ここ、ソースがたれてる・・・」
「え? どこどこ?」
「ここ、ここ・・・」

きっと毎日繰り返される何気ない光景なのだろう。

とても幸せなシーンだと思えた。
そして、この光景を、落ち着いてほほえましく見ることができる自分が
とてもうれしい。

そうか、小学校5年生って、こんな感じなんだ。
ママと話しながら、お客さんの私を意識していて、
時々ちらちらこっちを見てる。
目が合うとニコッと笑うけど、恥ずかしくてすぐ目をそらしちゃう。

エリカちゃん、かわいい。



          ・・・・・・テヤン、君に報告したい。
              エリカちゃんて、かわいいんだよ!
     
              君と私の出会いをもたらしてくれた
              “隠れ”愛のキューピットがいます。
              そして、その娘は
              とっても愛らしくて、ミオと同い年。

              テヤンが約束破ったおかげで、
              素敵な女の子に会っちゃったよ。              
              



テヤンのメールを思い出す。

こんな何気ないひとときをシアワセだと感じられる、そんな平和と豊かさを
遠い国の彼女は、一生味わうことはないのだろうか。





わいわいとおしゃべりしながら、3人でぱくぱく食べて飲む。
クニエダちゃんの手作り料理はどれもおいしく、
食べ過ぎそう・・・

シャンペンもおいしい。
エリカちゃんは、アルコールなしの、甘いヤツ。

「ヘーッ!こんなシャンペンあるんだ。」

「甘いだけの炭酸だよ。
イベントだからね、ポンッて栓とばして開けるのがうれしくて、
それだけのために、これ買うのよ。」

「なるほどーー」

さっきの、栓を開けるときのエリカちゃんのドキドキの表情は、
もうかわいいなんてもんじゃなかった。
すごく緊張しながら、指先に神経を集中させて・・・
その緊張の顔がすごくて・・・
笑えるくらいくしゃくしゃで・・・

楽しいな。

               テヤン、
               君がいなくても、こんなに楽しいぞー。
               フン!だ・・・・

               ウソだよ・・・

               テヤンは今、どんなクリスマス?
               きっと、それどころじゃないんだろうね。
               帰ったら、私が腕をふるって
               こんなごちそう作ってあげる。 
            
               クリスマスのやり直し、しようね。




「ではエリカちゃんに、クリスマスプレゼント!」

赤いチェックのマフラー、
「わぁー、ありがとう!」
すごく、うれしそう。
よかった・・・

「ママ、このマフラーして今から行ってきていい?」

「どこに?」

「だからぁー、あれだよ。」

「あーあれ? 今日も行くの?
もう夜になっちゃったし、危ないから明日にしなよ。」

「えーー!
・・・・・・・行きたい。」

親子の会話に割って入った。
「なになに? どこ行きたいの?」

エリカちゃんが恥ずかしそうにしてだまり、
クニエダちゃんが答えた。

「DVDをレンタルしたくて行くんだけど、
いつも全部借りてあって、なかなかゲットできないもんだから、
毎日毎日行ってるんだよ。」

「へぇー、何のDVD?」

エリカちゃんが、
「『ハリーポッター』の、アズガバンの囚人」
って答える。

ママが補足、
「北海道の友だちがね、エリカのことかわいがってくれて、
『ハリーポッター』のⅠとⅡをDVDにして送ってくれたのよ。

彼女ね、最新のプリンターでDVDの表に
ハリーポッターのジャケットをプリントしてくれたりして、
買ったDVDみたいなんだよ。

それ見たらこの子、ハマッちゃって・・・
Ⅲの『アズガバンの囚人』を見たくてしょうがなくて・・・・
それで、毎日通ってがんばってるわけ。」

そこで、まだちょっとはにかみが残っていたエリカちゃんが、
急にイキイキ話しだした。

「今、Ⅳの『炎のゴブレット』の映画やってるんだけど、
友だちが、『アズガバンの囚人』見とかないと、
つながりがわかんないっていうんだよ。」
って。

「サンタさんが、今日映画の前売りチケットくれるのに、
まだ見れてないから、映画行かれない。」

クニエダちゃんと私は、顔を見合わせた。
ママは、ポーカーフェイスをがんばってる。
じゃあ私も。

・・・・そうか、エリカちゃんのところには、
まだサンタさんが来るんだね。
そうか、そうか・・・・


「そっかぁ、エリカちゃん、そりゃあせるよね。
ねえクニエダちゃん、私、エリカちゃんといっしょに
行ってきていい?」

「え? いいの? ついてってやってくれる?
じゃあ私、ケーキの用意しとくわ。」

やったーというエリカちゃんの嬉しそうな顔!
「おばちゃん、ありがとう!」

お・・・・おばちゃん?
うん、おばちゃんも嬉しいよー。

4階から、トコトコと二人で下りていった。
夜道を並んで歩いてく。

エリカちゃんが、顔の前で手を合わせて
「きっと、ありますように!!パパお願い!」

「ふふっ、いつもパパにお願い事するの?」

「うん、いつもするの。ママも私も。
ママなんかしょっちゅうしてる。
お財布なくしたとか、車のキーがどっか行っちゃったとか、
今日の仕事、上手くいきますようにとか、
こないだなんか、夜中に仕事しなきゃいけない時に、
眠くてしょうがないって言って、
『パパお願い、私の目を覚ましてーーー』だって。
それで濃いコーヒー作って、仏壇にお供えしてから
飲んだりしてんの。
エリカよりママの方が、パパに頼りすぎだよ。」


エリカちゃん・・・・
おばちゃんは、泣いてしまうぞ・・・・



「あっ!!あったぁーー!! やったーー!」
『アズガバンの囚人』ゲット。

エリカちゃん、ほんとにほんとにうれしそう。


帰り道はずっと飛び跳ねてるみたいに歩く彼女、
いつの間にか私の手を握ってる。
すごく自然に手をつながれて、私はドキドキしていた。
つないだ手を引っ張って先を歩いたり、
引き寄せて体をくっつけたり・・・・

こんなふうなんだね。
11才の女の子。
ミオ、きっとあなたもこんな女の子になったんだろうな。

したいことや欲しいものがはっきりあって、
「お願いします!」って手を合わせたり、
願いが叶うとうれしくて、こんなにぴょんぴょん飛び跳ねたり・・・

きっとミオも、こんなに楽しい女の子になったんだろうな。




テヤンに、今日のこと話したい。
早く話したい。
エリカちゃんといっしょに手をつないで歩いたこと。
ミオを重ねても、私は笑顔でいられたこと・・・・

カイとミオの写真に
声を出して
「テヤンを守って!」って、お願いしようと思えたこと・・・・


話したいなー。

テヤン、早く帰ってこい!!

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