Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅱ章 7~

 

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街は、クリスマスからいきなり一夜で、迎春の装いになった。



テヤンのことを思うたび、
私は首にかかったチョーカーを、そっと指でなぞって目を閉じる。
祈るように。
日に何度も何度もチョーカーにふれる。


     テヤン・・・
     元気に仕事してるんだよね。
     そうだよね。


触りすぎて、チョーカーの糸が切れそうだ・・・
          切れるまでに帰ってこい!


  


だけど、そんな私を裏切る大バカなテヤン。

テヤンのボスの事務所から電話があったんだ。

テヤンが、パスポートや携帯、PCなど一式が入ったバッグを盗まれ
パスポート再発行のためにひとり足止めをくって現地に残っていると。


             テヤン・・・・ 
             前から知ってたけど・・・
             ホント、なんてドジなの、マヌケなの・・・
             あーーーテヤンのバカヤロー!!

             他の人たち、みんな帰ってるじゃん。
             テヤンだけじゃん!!

             そんでもって、どこかで電話くらいかけられるでしょうが。

             テヤン、電話かけてこい!!
             かけてこーーい!

             テヤンのバカ!

             テヤン、
             心配しながら待つ身にもなってよ。
             もうこれくらいで勘弁してほしい。
             お願いだよ。

             テヤン・・・・
             バカヤロウすぎるよ。



仕事納めの日、
編集部に帰ってくると、
みんなが食い入るようにテレビを見てる。
    
どこかの国でテロがあった?・・・・
みんなの顔が緊張してる。

編集長が大声でがなるようにして電話を切った。
「まだ決まった訳じゃない。
最終確認はとれてないはずだから・・・・」

「なんのこと?」と聞こうとしたら・・・

ニュースのキャスターが変なことを言いだした。

「所持品などから、巻き込まれて死亡したのは
日本在住の韓国人カメラマン、ソン・テヤンさんと思われます。
ただ今確認のため・・・・」

サーッと顔から、血の気が引いていくのをはっきりと感じた。


              ・・・・・・なんのこと?
              
              ちがう。
              テヤンじゃない。
             
              なんのこと?
              なんのこと?

              いやだ。いやだ。

              いやーーー!!



遠くで声がした。
「僕は・・・ソン・テヤンはここにいまーす!!!」

            私、振り返るんだけど、

            目の前が白っぽくなってて・・・
            よく見えない

            テヤン?
            テヤンなの?
            
            私、なんだかふらふらなんだよ。
            もう、ふらふらで
            よく見えないよ・・・・


ぼんやりと痩せた背の高い人が見える。
バックパックをしょったまま、入り口に突っ立てる。
ヒゲも髪も長くて、なんか怖い人。



            誰?
            よく見えない。

            テヤン?
            そこにいる?
            もっとこっちに来て、
            顔をよく見せて
              
            暗くなっちゃって、よく見えない・・・・
            もっとこっちに・・・




            真っ暗になっちゃった
            ここはどこ?

            テヤンは・・・・
          
            どこ?





            ・・・・・・あっ、カイ!!


            テヤンだと思ったらカイだった?
             

            ミオは?
            寝てる?

           
            カイ・・・・・


            聞きたいことがあるの

            教えてほしい

            テヤンはどうしたの?
            変なんだよ、わけがわかんない。

             
            カイ、知ってるんでしょ。
   
            テヤンのこと、知ってるんでしょ。


            私が知らないこと。
            私が知らない世界のこと。

            カイが来てくれたってことは、
            どういうこと?
         

            テヤンがそっちに行ったの?
            ほんとに行っちゃったの?

            みんなそっちに行っちゃうの? 
            なんで?

            カイ。
            教えて。

            カイ!
            教えてって言ってるでしょ!



            カイ?
            なんでそんなに笑ってるの?
         

            カイ。 
            何か言って!
            お願い・・・・

            お願いだよ・・・・



            「アヤノ」

            はい。 

            あぁー、カイ。

            カイの声・・・・

            「大丈夫だよ」

            ん?
     
            なにが?
  
            カイ、何が大丈夫?


            カイ、どこ行くの?
            待って!
             
            カイ!!
       






「アヤノ・・・アヤノ・・・」

誰かが私の頬を撫でてる。

ううん、撫でてるんじゃなくて
涙を拭いてる。

カイ?

ううん、この手は・・・・テヤン。

テヤン?

 

目を開けると   

・・・・・・・目の前に、テヤンがいた


「テヤン?」

「アヤノ」

「これは夢?」

「ううん、夢じゃない。本物の僕だよ。」

「じゃあニュースが夢?」

「ニュースも夢じゃない。でも間違いなんだ。」

「じゃあ、君は・・・・テヤン?」

「そうだよ。ごめん、アヤノ。」

「ちゃんと顔をみせて。」

「見えた? これは誰?」

「テヤン」

「当たり。アヤノ、ただいま。
心配かけて・・・・」

「・・・・・・・」

「アヤノ・・」

「・・・・・・・」

「ごめん、アヤノ・・・・」

「バカ・・・・・・」

私は応接室のソファに寝かされたまま、
ひざまずいていたテヤンの胸を、グーで叩いて泣いた。

「ごめん・・・」

テヤンが私の肩を抱きしめた。

「遅くなってごめん。」

「・・・・・・・・」


ただただ嗚咽がこみ上げて、言葉にならなかった。

顔を覆って泣く私を、テヤンがかかえて起きあがらせた。
そして隣に座って抱きしめた。


こんなふうにされて
やっとほんとにテヤンに包まれてる実感が湧いてきた。

いつもの腕、いつもの胸、いつもの温もり・・・・

泣きじゃくりながら、やっと言った。
「遅いよ、テヤン・・・遅すぎる・・・・」

ぎゅっとしがみついた。
でも、すぐ手をゆるめて
もう一度顔を見た。

「ほんとにごめん。」

「ほんとにテヤン?」

「うん、ほんとに僕。」

やっぱりテヤンだった。


「パスポートも携帯も全部入ったバッグを盗まれたって話、聞いたでしょ。
大使館で再発行してもらってて遅くなっちゃった。

事件は飛行機の中で聞いたんだけど、まさか僕のパスポート持ってたなんて、
空港に着いたらニュースやっててビックリして、
携帯ないし、とにかく生きてる僕を見せなきゃと思って。

でも、目の前であなたが倒れた。
あと1分早く着けばよかったんだね。
ごめん。」

テヤンの胸に顔を押しつけたまま聞いていた。
いつもの、低くて静かな、ちょっと湿った声に包まれてる。

「そうだよ、タクシー降りてから、ちゃんとダッシュした?」

「ダッシュした。でもエレベーターが来なくて・・・」

「階段上れよ。」

「8階まで?」

「8階まで」

「すみません。根性なくて。」



テヤンの背中にまわした手に力をこめて、
もう一度テヤンの匂いを吸い込んだ。
汗とホコリの匂いだった。
遠い国のホコリと、働くテヤンの汗の匂い。


「許す。」

「えっ?」

「・・・・・・・」


「許してくれるの?」

「うん・・・・

素直でしょ。
待ちすぎて、憎まれ口たたく気力がない。」


「ごめんなさい。」


「ほんとはいっぱい言いたいの。

でも、もう疲れたの。

元気で帰ってきてくれた。
ほんとに、それだけでいい。」


「あーー、アヤノ・・・」


しがみついたまま、顔を見ないで言った。


「おかえり」


「ただいま」





    ・・・・・・・・・・・・・・・・





編集長が気を利かせてくれて、もう今日は帰れと言ってくれた。

でもまだすぐには帰れない。

私が残った仕事を片づけている間に、テヤンはデスクをひとつ借りて
あちこちにメールと電話で無事を知らせる作業をした。

編集長は、
「またこれでテヤンに貸しができたぞ!
アヤノ、早く例の企画書出せよ。」なんて言ってる。

あーーこれでみんなにも、しっかりバレバレだし。

テヤンはずーーっと謝りまくりで電話してる。
電話番号を調べるのが大変そう。
そうか・・・携帯も手帳もなくなったら、私にも編集部にも連絡できなかった?

いや、できたよ。ネットカフェで・・・・
あーーよそう。
無事に帰ってきたんだもん。


やっと二人とも一段落。
大掃除をパスして、「良いお年を!」って言って、早退しちゃう。

なんか、後ろめたい。
応接室からたっぷり30分以上出てこなくて・・・・
出てきたと思ったら、さっさと早退で・・・

でも、一旦ビルを出たら・・・・
あー、あらためてうれしさがこみ上げる。

ビルを出たとたんにお互いにすっと手をつないだ。
それだけで、身体の芯がビクンとする。

さっきは応接室で、さすがにキスはしなかった。
でも、今、この路上ですぐにキスしたい気分。

テヤンはどうなのかな?

ちょっと顔を上げてテヤンを見る。
それと同時にテヤンの唇が降りてきて・・・


        ・・・・ほらね、テレパシーだから・・・

  
歩きながらにしては、長すぎるキス。
何にもぶつからなくてよかった。


タクシーに乗り込むと、テヤンは私の肩を抱き寄せて、
もう片方の手で私の手を握ってる。


「テヤン、荷物を作ってテヤンのうちに行くから先に帰ってて。」

そう言って、ドライバーに私の部屋の場所を告げた。

ちょっと疲れた顔のテヤン。
肩を抱き直しただけで、何も言わない。
 

            テヤン・・・・・
            『僕も行く』なんて言わないでね。
            ちゃんと先に帰ってね。

            今日だけはダメだから。
            私の部屋にはカイとミオの写真が飾られてる。
            
            今日だけは君に見せたくない。
      
            今日だけは、ただ二人がやっと会えた、そのことだけで
            君をいっぱいにしたい。
            ほかのことは全部あと回しで・・・

            君は部屋に入ってしまったら、すぐに私を求めるはず。
            
            二人の写真の前でそんなふうになりたくないの。

            でも、私は拒みたくない。

            だからお願い、一緒に降りるなんて言わないでね。

            ちゃんと君の部屋に先に帰って・・・



タクシーが私のマンションに近づいた。

「僕も降りるよ」

「ううん、先に帰ってて。ほんとにすぐに行くから。」

「ほんとにすぐなら一緒にいようよ。待ってる」

「お願い、今日はダメ。」

「なんで? 誰かいる?」

「は?」

「冗談。とにかく降りるから・・・」


テヤン、疲れてるね。
顔が笑ってない。
甘えたいんだね。
そしたらお願い、写真をしまうだけの時間をちょうだい。

私、写真の前では
・・・・・どうしても、ダメなんだよ。


しかし・・・・

テヤンは、やっぱり扉を閉めたとたんに、
腕をつかんで引き寄せた。

すぐに走っていって写真を引き出しに入れようと思ってたのに。

壁に追い込まれて、両手で顔を包まれ、延々とキスが続く。
テヤンの息づかいが激しさを増す。

         テヤン
         お願い、やめて・・・
         二人が見てるから・・・

         お願い・・・


必死に身体を押し返したが、テヤンの胸はビクともしない。

私はいたたまれない気持ちになって、

「やめてっ!」と言ってしまった。

ビクッとテヤンの身体が止まった。
テヤンが驚いた顔で私を見た。

「ここでは今日はダメ。
テヤンの部屋で、ねっ。」

「アヤノ、僕もう我慢できない。
ここで、アヤノの部屋で・・・あなたを今すぐ抱きたい。」


そう言って、テヤンはまた私の首に顔を埋めてきた。

「テヤン、ダメなの。」

「なんで? なんで?」

そう言いながら、もう手がセーターの中をさまよいだしてる。

たまらず言ってしまった。

「写真が・・・・二人が見てるんだよ。」

「えっ?!」


テヤンが、顔を上げた。
そしてすぐに写真と目が合った。


テヤンの手が、すっと私から離れた。

「あ・・・」と小さく言って。
写真を見た。
呆然としているように見えた。

「写真。飾れるようになったって話したよね。
その写真、これ。」

「はい。」

        ・・・・テヤン、『はい』だって・・・・


「テヤン、この話は今度ゆっくりね。」

そう言って、写真を片づけようとした。
その手を取って、テヤンが言った。

「気にしないで。アヤノは荷造りして。
ぼくは二人と少し話をします。
会わせてもらえてよかった。」

そう言って笑った。
でもいつもの笑顔じゃない。

なんだか急によそよそしい。
あんなに甘えてだだっ子みたいだったのに



             ・・・・・テヤン、そんな顔しないで!
             君、すごく疲れてるのに・・・
    
             だから今日は、だだっ子のままでいさせてあげたかったのに
             私だってテヤンのこと、すごく求めてるのに・・・

             テヤン・・・・



「テヤン、無理しないで・・・」

「僕は大丈夫、だから早く荷造り!」

「・・・・・」
  
         テヤン・・・・

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