Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅱ章 最終話~

 

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じっと写真と向かい合ってるテヤン。

動揺してるよね。

私は一刻も早くこの場からテヤンを連れ出したい。
カイとミオのことは、明日の話にしたい。

とにかく思いつくものを、どんどん鞄に入れてる。

背中から、テヤンの静かな声が聞こえてきた。

「はじめまして、ソン・テヤンです。
よろしくお願いします。」


        テヤン・・・・・


そのあと、何も言わずに、ただ写真の前に立って、
二人を見たり、目をそらせたり・・・・
大きく息をしたり、
でもそこに立ち続けてた。


「テヤン、荷造り出来たよ。行こう。」

「えっ・・・あぁ・・・・」



タクシーに乗っても、なんだかボーッとしてるテヤン。
さっきのタクシーでは、あんなにぎゅっと抱き寄せてたのに・・・
今は心ここにあらずの様子。
私に触れようともしないの?

テヤンの手を、そっと取って両手で包んだ。
テヤンは私を見て、ふっと笑顔を作った。
目はとても優しかったけど、さっきと全然ちがうよね。


テヤン、テヤン、テヤン・・・・・


やっと会えたのに、君の心をこんなふうに揺らしてしまった。
こんなのいやだよ。
テヤン、戻ってきて!

こんなことなら、なんの用意もしないで、そのままテヤンの部屋に行けばよかった。

今日だけは、テヤンが無事に帰ってきたこと、
それだけで満たされて、それだけを祝って
ふたり寄り添っていたかったのに。

カイとミオへの挨拶は、そのあとでよかったのに・・・・



写真って、残酷なもの。
その人が確かにそこに生きていたことを生々しく伝えて、
見る人を圧倒する。
そして、時に打ちのめす。

だから私は11年間、あの写真を見ることが出来なかったんだ。

今テヤンは、私とは全く違う意味でその生々しさに打ちのめされたのか。


私が包んでいた手をほどいて、
テヤンはその手で私の肩を抱いた。
だまって前を向いたまま、ぎゅっと抱き寄せた。

テヤン、少し痩せて、あごがとがって・・・・
それ以上テヤンの顔をのぞき込むことができなかった。

とても悲しい気持ちで、私も前を見ていた。
タクシーが、テヤンの部屋に着くまでずっと、
二人して前を向いたままだった。


部屋に入った時も、
彼はやっぱり、さっきみたいな情熱を見せることはなかった。

ただ、部屋を見て
「わー、アヤノ、ありがとう。」って言った。

掃除が行き届いて花が飾られ人の息づかいを感じる・・・・
そんな温かい空間が、テヤンは好きだから、
いつ帰ってきてもいいように、ちょっとがんばってたんだよね。

でも嬉しいのか悲しいのかわかんなくて、泣きそう・・・


バックパックをほどいて荷物を片づけたり
洗濯物を洗濯機に放り込んだり、
カメラをチェックして、手入れしたりするうちに
淡々とした時間が過ぎていった。

私はスパゲティーを作った。
出発前に、最後に作ったのもスパゲティーだった。
あの時は、テヤンがずっと後ろから私を抱いていて、
ずっとうなじにキスしてて・・・

今は、片づけてる途中に、
「いい匂いがしてきたね。」っていいながら荷物をもって通り過ぎるだけ。

いつものテヤンなら、
そのついでに、ほっぺにキスしたりするよね。
  
       
        なんだよ。もう・・・・


食後も、テヤンは口数が少なくて・・・・

こんなに大切な今夜が、なんでこんなに寂しんだよ・・・・

テヤンがちっとも私に触ってこないから、なんの脈絡もなく突然私から抱きついた。


「テヤン、会いたかった。ほんとに待ってた。
無事でよかった・・・・」

いっぱい言葉を並べて、テヤンのこと抱きしめた。

「うん、ただいまアヤノ。
僕も会いたかった。」

そう言って抱きしめてくれた。

なのに、全然違う。
遠慮がちな腕。
テヤン、はぁーーダメだ。
ほんとにヨレヨレなんだ、テヤン。


「テヤン、戻ってきて。」

「ん?」

「私のところに戻ってきて!」

「ん?」

「写真、そんなに気になる? 
テヤン、ごめんね。

私、今日だけは、二人っきりでいたかったのに。
テヤンが無事に帰れた、それだけを感じていたかったのに。

テヤン、疲れてるよね。
テヤン、わがまま言ってほしい。
私に甘えてほしい。

今日だけ、写真のこと忘れてほしい。
テヤンと私、二人だけを感じて!」

「ふふっ・・・・・」

「ん?  なんで笑うの?」

「僕、そんなに落ち込んでるように見えた?」

「うん。」

「そうなのか。ふふ・・・僕もまだまだだね。ダメだね。」

「ん?」

「そうです。僕、やられちゃった。」

「えっ?」

「カイさんって、カッコイイね。」

「えっ?」

「ミオちゃん、かわいくて・・・あなたがすごく・・・」

「・・・私が・・・・なに?」

「あなたの、あんなに弾けるような笑顔、見たことなかったから。
あなたはこんな顔するんだって思ったら、苦しくなった。」

「テヤン・・・・」

「あーー僕はまだまだだ。大人げないヤツだ。
せっかくあなたが、やっと写真を飾れるようになったのに。
それはスゴイことなのに。

僕は素直に喜べないで、こんなに動揺してる。
ちっぽけな男だ。

アヤノ、ごめん。」

「テヤン・・・」


ただ、じっと抱き合っていた。
私はぎゅっとしがみついてるつもりなんだけど、
テヤンはふんわり抱いていて、なんだか心許ない。


           寂しいよ、テヤン・・・・


「アヤノが、やっと過去と向かい合えるようになったのに、
僕はその過去に嫉妬してる。」

「・・・・」

「カイさんに、『アヤノさんを下さい』ってお願いしたんだ。」

「えっ?!・・・・・カイは・・・なんて?」

「笑い飛ばされた。」

「ふふっ・・・そうだね。とびっきりの笑顔でね。

でもカイは、ちゃんとOKって言ったはず。聞こえなかった?
そして、あなたのことずっと守っててくれたはず。」

「・・・・・」

「エリカちゃんと会った日に、テヤンのこと、ちゃんとカイに説明したんだ。

愛してる人がいるって。
その人が、危ないところに行って仕事してるって。
どうか守ってほしいってお願いした。

それから毎日、声を出して写真にお願いしてた。

だから絶対守ってくれたんだ。

テヤン、私、そう信じたい。

さっき、私が気を失ったとき、カイが出てきたの。

そして、初めてカイが話したの。」

「えっ?・・・」

「今日まで何度もカイの夢を見たけど、
夢の中で、カイの声聞いたことなかった。

でも、カイが言ったの。
テヤンのこと、『大丈夫だよ』って。

笑ってそう言った。

そして行っちゃった。背中をむけて。

そしたら今度はテヤンの声がして、
私、目が覚めたの。」

「・・・・・・・」

「信じる?」

テヤンの目をじっと見つめた。
テヤンの瞳に私が映って・・・・

「うん・・・・・信じる。信じるよ、アヤノ。」


           うん、「信じる。」って言う君を信じられる・・・



「それでね・・・・」

その先を言おうとすると、急に涙が溢れた。

「多分・・・・・もう・・・
もう、夢の中に・・・・カイもミオも・・・・来ないかも・・・」


「アヤノ?・・・」


「カイは、多分テヤンを守ってくれたのに・・・

私、今日、テヤンに写真を見ないで欲しいって思った。
今日はただ二人だけで見つめ合って過ごしたいって、

すっごく思ったの。

たぶんその瞬間、私は二人のことを脇へ押しやっちゃった。
ジャマ者みたいに。

テヤンが大切で・・・
テヤンが欲しくて・・・

・・・・私は・・・
カイよりミオより、テヤンのほうが大切だって思っちゃったんだ、きっと・・・

だからもう・・・
夢の中に・・・・来てくれないかも・・・」


唐突に訪れた苦しさに
どうしていいかわからずに泣いた。

自分の中で、二人がその存在の形を変えてしまう。
その気配を、急に自分自身の中に感じて・・・・


テヤンを元気にしたくて、
もとのテヤンに戻ってほしくて
言葉を尽くして伝えようとしていたはずなのに、

それは結局、自分自身の気持ちの大きな変化に、
気づくことになった。


私はカイとミオを忘れてしまう?・・・・


罪悪感と、寂しさと、怖さ・・・・


それは、二度目の喪失?
それとも開放?

忘れたい?

忘れたくない。
忘れるなんて出来ない。


テヤンと出会ったことで、やっと、カイとミオに向き合えた。
でも、そうやって向き合うことは、やがてその不在をしっかりと認めて、
二人をほんとに送り出すことになるということ?


「いやだ・・・どうしよう・・・・
どうしよう・・・・」

両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ私をテヤンが包む。


「アヤノ・・・・
ごめん、またあなたを泣かせたのは僕だ。」

フローリングの上にへなへなと座ってうずくまる私を
テヤンが両足の間にすっぽり入れて抱いている。
いつもの・・・私を一番安心させる二人のポーズ。

どのくらいそうしてたのか・・・
私が泣きやむまで・・・
テヤンがずっと私の髪をなでていた。


「アヤノ、行こう。
1月に、その日に神戸に行こう。」

「・・・・・・」

「二人でその場所に行こう。
カイさんとミオちゃんを感じてこよう。

忘れなくていいし、でも、無理に思い出さなくてもいい。
いつもアヤノの胸の中にいるんだって感じられるように。

二人はアヤノの胸にもいるし、写真にもやどってる。
そして神戸の街に行っても、きっと二人を感じられる。

そうしよう。ね。」

そう言って、この部屋に戻って初めて、
テヤンが自分からぎゅーっと抱きしめてくれた。

テヤン、汗とホコリの匂いがする。
そして、そっと私のおでこにふれる頬に、ヒゲ。
不思議な感触。



神戸・・・・
      
あの日以来、足を踏み入れていない街
全てを失った街
でも、テヤンと初めて出会った街

私は行けるのだろうか。


こうして抱かれていると、
テヤンと一緒なら行けそう・・・そんな気がしてくるけど・・・
でも・・・・やっぱり行きたくないと思ってしまう。


          こんなふうに、ひとつひとつフタが開けられて、
          そのひとつひとつに、動揺して、泣いて・・・

          私には、あといくつ泣いたら、安らかな日がくるんだろう・・・・
          ん? 来ないのかな・・・

          ずっと、こんなふうに、
          思いがけないことに反応して唐突に涙が出たり、
          神戸と聞いただけで気持ちが萎えたりするのかな。

          そして、そのたびにテヤンがこうして抱きしめてくれる?
          テヤンが一緒なら、乗り越えていけるのかな。

          もしかしてほんとにそうなのかもしれない。
          テヤンと一緒なら・・・・

          テヤンって不思議。

          だって・・・今日だって、私がへこんじゃったせいで、
          テヤンはしっかり立ち直ってしまった。
          テヤンにいつもの笑顔が戻ってきちゃった。
          そしてこんなに安心させてくれる。

          私がピンチになると、テヤンは張り切ってがんばっちゃうのかも。
          スーパーマンみたいに?
            いや、こんなにドジでマヌケなスーパーマンはいないか。

          これからずっと、こんなふうに、
          ドジでマヌケなスーパーマンといっしょなら・・・・
          私は頑張れる?
          


「行くのは怖い?」

「うん」

「僕が一緒でも?」

「うん、多分・・・
あそこに行っても、今みたいにずっと抱きしめていてくれる?」

「もちろん!」

「ずっとだよ。」

「ずっと、ずっと、ずーーっとアヤノを抱きしめて歩く。」

「テヤン。ありがと。・・・・・行ける・・・かな。」

「よし! 行こう! 」

テヤン、嬉しそう。

「テヤン。」

「ん?」

「私がへこむと、テヤンが元気になった。」
            

「えっ? あ、そう?・・・・・うん、そうかも。」

二人クスクス笑いあった。
テヤンのヒゲ、引っ張った。
「痛ててーーー、痛いよ!」

テヤンが口とんがらせてヒゲを撫でる。

「ヒゲ、結構カッコイイよ。」

「そう? 一度も剃ってないんだ。
どうしようかな。今日剃っちゃおうかな。」

「今日はもったいないよ。
もう少しの間、こんなビジュアルのテヤンを見ていたい。
髪も伸びたね。
なんだか、ちょっと悪っぽいミュージシャンみたい。」

「なんだそれ。」

「ふふっ、ヒゲは、髪切るときに一緒に剃ってもらえば?」

「はい、じゃあアヤノさんの言うとおりにいたします。」

「ふふっ・・・・」

「テヤン。」

「ん?」

「ありがとう。」

「ん?」

「ドジでマヌケなスーパーマンで、ありがとう!」

「なに?それ。」

「いいの。」

「ドジでマヌケは余計だ。」

「いいの。」

「ふふっ・・・」

テヤンの唇が降りてくる。
最初はそっと触れて、見つめ合って、またそっと触れて・・・


急にテヤンが私を離した。
「あーーダメだ! これ以上こうしてたら止められなくなる。
シャワーしなくちゃ。
僕・・・クサいでしょ。」

「まあね。」

「アハハーー、やっぱり。我慢してた?」

「ちょっとね。ふふっ。
でも嫌いじゃないよ、この匂い。
テヤンの勲章。遠い国で汗を流して働いた証。」

「ありがと。じゃあこのまま、いい?」

「それはダメ!!」

「アハハーー。」と笑いながら、テヤンがわざとらしくシャワー室に飛び込んでいった。


飛び込んだと思ったら。すぐに顔を出して、
「アヤノ、今から、ただいまとおかえりのやり直しだからね!」

「ん?」

テヤン、あーーテヤン、なんて嬉しそうな、弾けるような笑顔。

やっとテヤンが帰ってきた。
テヤンが帰ってきた!





    ・・・・・・・・・・・・・




毛布にくるまったテヤン、

私がシャワーから帰ってくると、もう寝ちゃってる。
あー、寝ちゃってる!

やっぱり疲れてたんだね。
目を閉じて・・・長いまつげが、今日はかわいいんじゃなくてセクシーだと感じる私。
きっと今テヤンを求めてるから?
テヤンが欲しいから。

テヤンにも、私を欲しいと言ってほしかった。

なのにテヤン・・・・寝ちゃった。


テヤンの横に滑り込んで
彼を抱きしめる。
頬にキスをひとつ・・・
首にキスをひとつ・・・
肩にひとつ・・・
胸にひとつ・・・

テヤンの胸をなぞってみる。
やっぱり痩せた?
見上げるとあごも少しとがって・・・

テヤンの胸に手を回して、もう一度抱きしめて、
「テヤン、痩せたね。頑張ったんだよね。」
小さくつぶやく。

急に広い胸が動いて私に覆いかぶさってきた。
「うん、頑張った。」

「うわぁー! 起きてたの?!
なんだよーイジワル!」

「アヤノが待っていてくれたから、頑張れた。
アヤノに出会って、アヤノのことを愛したから
これまで素通りしてたことに、いっぱい気づくことができた。
いままでなんとも思わなかったことに、新しい発見があった。

そして・・・・
ちゃんと元気に帰って来られた。
うれしい・・・あーうれしい・・・

ずっとこうしたかった。
こうしたくてたまらなかった。
わぁーーーアヤノーーーー!!」


            テヤン、うっ・・・苦しいよ・・・
            そのハイテンションは何?

            狸寝入りまでして・・・
           

急に私の顔をのぞき込んだテヤン、
「我慢できないんだ。
アヤノ、いきなりでもいい?」

「ふふっ・・・今日だけ許す。」

「ありがと。」

テヤンの手がそっと触れた場所は、もうとっくに準備が整っていた。
テヤンの顔がほころぶ。
恥ずかしい・・・・・

「テヤンを待ってたんだもん。」

「うん、待っててくれてありがとう。
・・・・ありがとう・・・」

そう言ってテヤンがホントに私の中に帰ってきた。

「あぁ・・・・アヤノ・・・
今日は、何度も・・・いい?・・・」

「うん、私も・・・・何度も・・・こうしたい・・・」

食べられてしまうかと思うほどに唇も舌も吸われ、噛まれて、
こんな激しさは初めてだった。

胸にも、痛いほどテヤンの唇がぶつかってくる。
ヒゲの感触は未知の刺激だった。
私はすごく感じて思わず腰が動く。

「あっ、アヤノ、動かないで・・・
ダメだよ・・・うっ・・」

「テヤン・・・我慢しないで・・・
何度でも・・・あぁ・・・
何度でも・・こうしてあげるから・・・」

そして、激情のままにテヤンが激しく動き出した。





     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・





毛布の中で、ぴったりと隙間なく抱き合ったままじっとしてる。

ちょっぴりのけだるさと

また次に訪れる情熱の波、その予感のなかで・・・・


「あっちで、あなたとこうしてただ抱き合ってる夢をみた。
何もしないで抱き合って、じっとしてた。
目が覚めたら寂しくて、早く帰りたくなった。」

「私も、テヤンの夢、何度も見た。
テヤンの夢を見たくて、このベッドで寝たりして・・・」

「あーーうれしいな。明日もあさっても、アヤノといっしょにいられる。

アヤノ・・・・・

あさっての、ずっと先も、そのずっとずっと先も、
僕はあなたといっしょに生きていきたい。
あなたといっしょに、二人の未来を作っていきたい。」

「・・・・・・・・」

「ねぇ、アヤノ、聞こえた?」

「・・・・・・・・」

「寝ちゃった?」


             テヤン・・・・
             いつも思ったまんま、そのまんまだなー
             自分が何言ってるのかわかってるのかなー


「テヤン、いきなりそんな大切なこと。
話の続きみたいに言わないでよ。」

「あ・・・ごめん・・・
じゃあ、もう1回。

アヤノさん・・・・
これから先の人生を、ずっとずっと、
あなたといっしょに生きていきたいです。
あなたの過去も大切にいっしょに抱いていく。
そして、ふたりの未来をいっしょに作っていきたいです。」


テヤンの胸に押しつけてる頬から、熱いものが流れだして
彼が慌てて私の顔をのぞき込んだ。


「アヤノ?」

「はい・・・・私も・・・・私もです。」


「はぁ・・・・」と小さく息をはいて、テヤンが愛しげに私をみつめる。

そして、涙をすくい取るように・・・

何度も何度も・・・・何度も、キスをした。

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