Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅳ章 メグ 1~

 

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ここか・・・・

その出版社は9階建てだった。
見上げる無機質なビルのバックに、真冬の空の淡い青が突き抜けて、合成写真のようだ。

小さく吐くため息が白い。

さっきから背筋を伸ばしていようと意識しすぎて腰が痛くなってきた。

ここに来て、どうしようというのか。
ただ確かめるだけ。
それだけでいい。
ほんとに?




  * * * * * * * * * * * *



あの日・・・・・


『死亡したのは、日本在住の韓国人カメラマン、ソンテヤン氏と思われます』

ニュースが誤報だったと知っても、
一旦彼が死んだと思ったときの恐怖がぬぐえなかった。
どうしてもどうしても会って確かめたい。
顔を見て安心したい。
寝付けない夜をすごした翌朝、師走の街に出て行った。

まっすぐに彼の部屋に向かった。
ドアを開けたのは・・・
ひげが伸び、頬がこけ、長い髪を無造作にかきあげるその人だった。

一瞬、呆然とした。

「わぁー、メグ! 来てくれたの? ごめん、心配かけて・・・」

やっぱり彼なのか・・・

自分がそんなふうになるなんて思ってもみなかった。
ただ確かめるだけだって思ってたのに。

なのに勝手に・・・
こちらの意思を待たずにあとからあとからあふれる涙

「あ・・・あの・・・ちょっとさ・・
 確かめようと思って、ほんとに生きてるのかって・・・
 よかったよ。生きてて。よかったよ。」

「メグ・・・」

彼が、その声で私の名を呼ぶ。
それだけで、しゃがみこむほど苦しい。

この4ヶ月、自分で連絡を絶ってみて
あらためて、自分の心の中のどれだけ多くの部分を
彼が占めていたのか、痛いほど思い知らされた。


しがみついて泣きたい。
前みたいに、なんのためらいもなく腕をからめてくっついて
よしよしって髪をくしゃくしゃにされたい。


でももう、できないんだ。


あんなこと言わなければよかった。
好きだなんて・・・
妹のままじゃイヤだなんて・・・

私は何のためにここに来た?

うつむいて涙を拭いた一瞬、視界に飛び込んだ女性の靴。

「・・・・!!
 ごめん、お客さん? 彼女?」
  
彼の答えを聞く間が待てなかった。
思わず部屋を飛び出した。

「メグ、待って!」

そのあと彼が続けた言葉・・・

「アヤノー! ちょっと出てくる!」


アヤノ・・・・
アヤノ・・・・

アヤノっていうんだ。
彼女に、あんな言い方するんだ。
特別な人、なんだね。




・・・・・・・・・・・・




あれは夏の終わりだった。
あれから4ヶ月、私はまだ抜け出せないでいる。

彼の休日、気ままな撮影にくっついて行ったあと、
台風直撃で足止めをくらい、帰れなくなった。
彼の部屋に泊まった。出会ってから初めてのことだった。

嵐の夜に二人きり。
でもやっぱり彼は私に触れようとはしない。
私はもう溢れる想いを止めることができなかった。

   
聞きたくなかったな・・
     『メグは僕の大事な妹だから・・・』

最初からわかってたけどね・・・
     『ごめん、メグの気持ちにはこたえられないんだ。』
 
きついよな・・・
     『今、好きな人がいるわけじゃない。でも・・・メグは・・・妹だ』


そして、この4ヶ月のあいだに、
あんなふうに声をかけるような特別な人が現れてしまった?



・・・・別にいいけどさ
私にはもう関係ないんだから。
どこまで行っても妹なんだから。

    
      関係ないけど・・・

      苦しいんだよ。

      いやなんだよ。

           いやなんだよ

               いやなんだよ!!





・・・・・・・・





「仕事で出会ったんだ。正確には11年ぶりの再会で・・・
 昔、ひと目惚れした人。
 今・・・・心から愛してる人なんだ。」

彼がそう言った。



彼の部屋近くの喫茶店、まっすぐ私を見て、目をそらさずに。
そして私の言葉を待っていた。


心から愛してる人・・・
彼らしい言葉の使い方。

全然照れないでこういう言葉使う。
そういうところが好きだった。
ほんとは・・・今も好きなんだ。


「ふーん、そうなんだ・・・・
 オッパもついに本命現る!!ってか?
 よかったじゃん。」


「・・・・・うん。」


「・・・・・・・・・」


「メグは、元気だった?・・・」


「見ればわかるじゃん。元気じゃないよ。
 結構ひきずってるんだから・・・なんつってぇ~~

 ただ生きてるか確かめに来たのに、
 ほかのことまで確かめちゃったよ。

 ・・・・うーーん・・・彼女、部屋で待ってるよね。
 ・・・・・・・帰るよ。じゃあね。」


「メグ」


だからその声で私の名前を呼ばないで!!


冷めたコーヒーに一瞬目をやって店を出た。




  * * * * * * * * * * * * * *





とりあえずビルには入ったけど・・・・

変な目で見られつつ、エレベーターを3度見送った。

なんで私はここにいる?
私はなんのために来た?

何を確かめたい?


    『アヤノー! ちょっと出てくる!』


アヤノ・・・

あの名前を聞いてから何日たっただろう。



結局エレベーターに乗れないまま、ロビーのソファに座る。

でもここも居心地がいいわけじゃない。
受付の女性の視線が気になって落ち着かない。


行動を起こさないならさっさと帰ればいいじゃん!
なんでしつこくここにいるんだ。



「・・・・・あっ、これ!」


早々と品切れになったと聞いたその季刊誌があった。
カバーをかけられ、この出版社の最新号たちが恭しく並べられているその中に。

特集記事に今回彼の写真があることを、つい先日まで知らないで見逃していた。

その仕事で知り合った編集者と付き合ってるって、噂をきいたのは昨日。
帰国したときに、編集部で派手な再会ドラマを演じたとか。

それを聞いただけでこのビルにきてしまうなんて、
ほんとにどうかしてる。



手にとって特集を見た。



息を飲んで見入った。
写真、圧倒的な存在感でそこにある。

深い谷の静けさ。
川面におどる光のまぶしさ。
そして圧巻の紅葉。


「・・・!!」



―― 旅人・タマキアヤノ ―― 

―― 写真・ソンテヤン ―― 
  


アヤノ・・・

深い谷の岸辺に佇むその人。

この写真の人なんだ。きれいな人。
すぐにわかる、この人だって。



彼が写した彼女の写真、すごくよくて、息が苦しくなるほど。

紅葉の山道、切り立った崖、澄んだ谷川の岸・・・
ここをずっと二人でたどったのだろうか。

彼女、編集者のはずだ。
モデルじゃないのに、こんな表情するなんて・・・・

憂いをたたえた横顔、こんな遠い目・・・
ファインダーの向こうの被写体を見つめるのは彼
そのまなざしの熱さがここまで届くようで、正視できなくなる。

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