Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅳ章 メグ 5~

 

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そして、その日から音信不通の4ヶ月だった。

苦しかった。

一日のうちに、こんなにも何度も彼のことを考えてたなんて、気づかなかった。

写真雑誌を見ると
"この写真、いいな。オッパ知ってるかな? 今度訊いて・・・・"

街を歩いていても
"わーこのアングル、いただき! オッパに報告・・・"

誰かの写真展を見に行くと、つい彼の姿を探してしまう。

友達と映画を見ても、美術館へ行っても、「オッパと行きたかった」と思ってしまう。

いい写真が撮れても、行き詰っても、本を読んでも、メイクを変えても、新しい服を買っても、・・・

いつもいつも彼に会いたかった。


信号を待っていて、
突然、もう会えないことの苦しさにしゃがみこんでしまいそうになる。

満員電車に乗っていて、
急に訪れた喪失感に、涙があふれて止まらなくなる。



オッパ・・・・

オッパが宙吊りになった空き地に、ある日突然ブルドーザーが来たよ。

宅地になって、たくさんの家が建つんだって。

オッパはなんて言うかな。

『なんか、寂しいね・・・』とか・・・言うのかな。

あの場所が変わっていく様子を、またベランダから撮ってるんだよ。

なんでかな。あとでオッパに見せたいから?

ふふ・・・多分そうだね。



オッパ・・・・

オッパの毎日から私が消えて、

オッパは、寂しかった?

"メグはどうしてるだろう"って、ちょっとは思ってくれた?



わたしは・・・・・私の毎日からオッパが消えて・・・・・

寂しかったよ。

苦しかったよ。


オッパ・・・・・
今だって会いたいよ。

会いたいよ・・・オッパ。



でも、オッパは・・・・寂しくなかったかもね。

だって、彼女に出会えたんだもんね

ずるいな、オッパだけ・・・

どこまでずるいヤツなんだ!



でも、よかったかな、私がふられたあとに、その出会いがあって。

オッパがある日誰かに心をもってかれちゃうところなんて、
リアルタイムで見たくないもんね。

そうだ・・・・よかったんだよ




    ・・・・・・・・





あれこれ思い出しながら、どのくらいぼーっとしてたんだろう。

ますます受付けのおねえさんに怪しまれそう・・・


その季刊誌のファイルを元の棚に戻して立ち上がった。

もう充分だった。
これで充分確かめられた。

彼ばかり見つめて、彼のあとを追いかけて、

写真だって、今日まで夢中でやってきたのは、
ただ彼に近づきたくて、彼に認められ誉められたかったからかもしれない。


いつも目指すもの、好きなものがいっしょでいたかった。
絵も、文学も、映画も、音楽も、もちろん写真も・・・・
なんでも彼の後を追った。


彼のそばにいたから、たくさんの"本物"に出会えたと思う。

今日までの日々にたくさんのことを教えられた。
それだけで、なんと得がたい宝物だろう。



オッパ、今日からは、ぜんぶ私オリジナルの
「観たい・聴きたい・知りたい・行きたい・・・・・撮りたい」で行かなきゃだね。




今はもう、ひとりのフォトグラファーとして先をゆく彼の背中は
ずいぶん遠くなったけど・・・

でも彼に育てられた私のアンテナは、感度がいいにちがいないから。


そうだ、オリジナルな私が撮るオリジナルな写真、
彼に胸を張って見せられるように・・・





彼は私のことをいつも"命の恩人だ"って言ったけど、
ほんとは違う。

オッパこそが私の命の恩人。

17才の春、
私をあの6畳の宇宙から救い出してくれた。

死んだようだった私の心に、命を吹き込んでくれた。
明日を思うことの喜びを与えてくれた。


彼といっしょに過ごした日々を思い出すたびに、この胸におとずれる温かさと苦さ。


これを両方を大切に抱いて生きていけばいいんだね。

そうだよね、オッパ・・・



オッパ、ほんとにほんとにオッパから卒業する時が来ちゃったみたいだ。

いつかきっと、前みたいに会える日が来るかって言われると、今はまだよくわからない。


でも、ひとつだけわかってることはある。

それは、あの時オッパが私を受け入れて、一度だけ抱いてくれてたら・・・・

もう二度と会えなかったってこと。

オッパの言うとおりだったってこと。



あぁ・・・・
今日なら、「今まで、ありがとう」って素直に言えるのにな。



     

「さあ、もう行かなくちゃ。」


自分に喝を入れるように、大きく息を吸って背筋を伸ばし、
勢いよく大股で歩き出す。

今度このビルに足を踏み入れるのは、一人前の仕事をしに来る時だ。
彼女とだって、いつか・・・・



コツコツと自分の靴音がロビーに響く。

私が向かうのは出口。
エレベーターではない。


ちょうど自動ドアのあたりに、
コンビニの袋をそれぞれにぶら下げた男女が入ってくる。
朝から疲れた顔で、緊張感なくボソボソと遠慮のないやり取りをしながら。

すれ違いざま、
「なにしょぼくれてんだよ。お前も二晩徹夜がひびく年になったかぁ~」

大げさに女性の顔を覗き込んだ男性の体が揺れて、
ぶら下げた袋が、メグの足に当たった。

「あっすみません!」
「あっ!いえ・・・・」

その時、顔をあげた女性と目が合った。


「・・・・・・!」


視線が合っていたのはどのくらいの時間だろう。
一秒? それとも・・・二秒・・・三秒・・・

二人とも足を止めずに・・・・
まるでスローモーション


遠ざかりながら視線を絡ませた一瞬。


すべては一瞬のこと
彼女は気づかない。
「衝撃の出会い」は私だけのもの。

何もなかったようにそれぞれの歩調を取り戻して離れていった。



「ふふ・・・
 案外フツーの女じゃん。」



ビルを出た。 右?左?

うん、右にしよう!

くるっと向き直って、また大げさに背筋を伸ばす。

そして

「メグ・オリジナルの明日」へのスタートは、

やたら大股でハイスピードだった。

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