Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅳ章 サトウ 後編~

 

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「じゃあ駐車場で待ってる。」

「うん」



8階に戻るとサトウがまだその場所で待っていた。

「あいつ、みつかった?」

「うん」

「サトちゃん、いろいろごめんね」

「だから、謝るなよ。
 俺、謝られると惨めな気分になるんだって。マジでむかつく。」

「ごめん・・・」

「うそだよ。バ~~カ。
 あいつ、動転しただろうな~。俺、寝てるおまえにキスしたからさぁ。」

「えぇーーーーー!!」

「これもうそだよ! うそに決まってんだろ、早く行けー!」

「はぁ~~~。」

「行けって、ほら。」

「うん・・・・・・じゃあ・・・・じゃあね。」

「おぅ・・・またな。」

サトウが腕を組んだまま頷いた。





              夢かと思っていたけど、たぶんホントだったよね・・・・


エレベーターを待ちながら、アヤノは思い出していた。

眠りかけたアヤノの頬にサトウの手が触れたこと・・・・
そして静かに語りかけたこと・・・・


『おまえ、幸せなんだな。

 悩み事が、こんなつまんないやきもちだなんて・・・

 これまでありえなかったよな。

 おまえ、ほんとに幸せになれたんだ。

 わかってんのか?・・・・・


 よかったな・・・・・よかったよ。


 ふふ・・・

 こんなに、ヘニャヘニャなおまえ、11年ぶりだ。

 そうだ、こんなヤツだったよ、アヤノは。

 ちょっとしたことですぐ落ち込んだり舞い上がったりして、忙しいヤツなんだ。


 忘れてたよ。

 おまえも、忘れてただろ。

 やっと、元のおまえが帰ってきたんだな。

 あいつのおかげで。



 長かったな、今日まで・・・・


 よかったよ・・・・・


 アヤノ・・・・・』



    サトちゃん・・・・・




      - - - - - - - - 




車が発進した。

「あのね、コンビニでサトちゃんに・・・サトウ君に会ってね・・・」

「アヤノ」

「ん?・・・」

「少し眠って。」

「え?」

「お疲れさま。ほんとに疲れたでしょ。
 ちゃんと睡眠をとって、コンディション整えてから
 ゆっくり話しよう。時間はたっぷりあるから。」


「・・・・・うん。」


頭の中でいろんなことがぐるぐる回ってこんがらがって
ドキドキがとまらなかったはずなのに・・・・

目を閉じるとすぐに眠ってしまっていた。




     - - - - - - - 





目が覚めると、運転席に彼はいなかった。

ブランケットに包まれていた。
これはテヤンの部屋のもの。

はじめからこの遠出を計画してたんだ。

そうあらためて思いつつ、テヤンの姿を探した。


彼は車から少し離れた場所で、柵にもたれてタバコを吸っていた。

まだボーッとした頭で彼をながめる。
ほんとにきれいだなーって思う。

こんなにきれいな人が、私のことを好きで、
私がほかの人といっしょにいるのを見て、ショックで帰っちゃおうとするなんて
あらためて考えると、なんだかありえない話のような気がして・・・・

私、まだ寝ぼけてるのかな・・・・

テヤンがカッコよすぎるというそれだけで、うらめしい気分になるなんて。
本人にとってはずいぶん理不尽な話だ。


ふふ・・・ごめんね、テヤン。

テヤン・・・・
カッコよすぎて・・・・正直すぎて・・・・なんの計算もなくて・・・
ありのままの自分を必死に伝えようとする君。

テヤンの国ではみんなそんなふうなの?
それとも君オリジナル?



優しすぎる人の正直すぎる告白が、
時に相手を打ちのめすこともある。


そして・・・・


その人もまた、
今日目の当たりにした光景によって、打ちのめされてしまっただろうか?


そうだね・・・・
今日の光景も、ある種、あまりにも正直すぎる告白のようなもの。
今日までの時の積み重ね、サトウと私のありのままの関係だった。



ここへ来てから10年。
思えば、いつもいつも彼に見守られていたのだ。

彼はいつも、「我慢するな。泣けばいい。」と言ってくれた。

「ハードワークは、二人を忘れるためにするんじゃない。
 いいものを作るためにするんだ。
 自分を壊すようながむしゃらな働き方はするな。迷惑だ!」
そう言って叱ってくれた。


彼が私を友人以上に思ってくれていることに、いつか気づいていた。
だから・・・彼の前では泣かなかった。泣いてはいけないと思った。

まだそのことに気づかずにいた日の、最初で最後の一度以外は。


編集部への就職が決まって、実家から越してきたその日
夜になって、1日中手伝ってくれた彼が、そろそろ帰ると言った。

私は急に寂しさと不安がこみ上げて、
見送ろうとした玄関にうずくまって大泣きしてしまった。
せき止めていた涙のダムが決壊するように
いつまでも止まらない涙で、彼のシャツを濡らした。

大声で泣きながらしがみついて離れない私を
ただじっと抱きしめていてくれた。
私が眠るまで、そばにいてくれた。


私が彼に見せた最初で最後の涙。
その後、何度も「泣きたいなら泣け!」って言ってくれたのに、
私はもう泣かなかった。

彼の思いを知っていて、その胸に飛び込めない私が
そんなふうに甘えてはいけないと思ったから。


「俺の前で絶対泣かない。それがおまえの意思表示か。
 『ありがとう。大丈夫だよ』って、そればっかりかよ。

 俺は寂しいよ。
 なんでそんなに一人でがんばるんだ。

 なぁ、そんなに俺はダメなのか。
 おまえを守ってやれないのか。
 俺は、おまえを守って・・・愛して・・・いっしょに生きていきたいんだ。」


『ごめん』ばかり言っていた。
彼の気持ちに応えられない自分が辛かった。

いっそその胸に飛び込んでしまえば、
そこはきっと暖かくて安心で、
私を穏やかな幸せで包んでくれただろう。

でも、どうしてもそこへ行くことはできなかった。

誰かを好きになったり、失いたくないと思ったりするのが怖かった。
何も得ないで何も失わないで生きていきたかった。


「苦しませて悪かった。
 もう二度とこういうこと言わないから安心しろ。

 これから先は、もうただの友達だ。
 だから俺を、避けるなよな。」

そう言ったのは5年前。

「最後のハグだ。」って言って、私を抱きしめた。


思えば、そんな彼の潔さに甘えていたのかもしれない。

あれからもずっと変わらずあの調子だったけれど、
この5年、ずっと見守られているのを感じていた。

会えば軽口をたたきあい、時に真剣に仕事の話をするが、
あれ以来、一度も二人きりで食事に行ったりしなかった。

彼らしいけじめのつけ方だった。
ひとつふたつ、恋の噂も聞いたけれど、今がどうなのかは知らない。


テヤンに出会い、あっという間に恋に落ち、
社内で、派手な再会ドラマを演じてしまった私を
彼は、どんな思いで見ていたのだろう。


そして今日、またこんなことに巻き込んでしまった私を
「早く行け」と言って送り出してくれた。



サトウ・・・・
もう彼に謝ったりしない。
つまらないこと考えてグジグジ悩んでないで、
ただ、幸せになろう。
テヤンが好きだから。

テヤンを好きになれた嬉しさ、
好きで好きでたまらない気持ちが、
私の中に溢れてる・・・・それだけでいい。

さっき、そのことを喜んでくれたんだ、きっと。


そして・・・・
メグという女性
その人も、ひとりだったテヤンの日々を支えてきた人。
行き場のない思いを抱えながら、彼の孤独に寄り添ってきたはず。


私がサトウを大切に思うように、
テヤンも、メグという女性を大切に思ってる。

だけど、私たちは、お互いに他の誰でもダメなんだ。
私にはテヤンじゃなきゃ、テヤンには私じゃなきゃダメ。

それがすべてなんだ。

もうあれこれ迷ったりしない。
私はテヤンを、誰にも渡せないんだから。
まっすぐテヤンに向かっていくだけだ。




遠くをみつめていた物思いの横顔が、
ふいにこちらを振り返った。

目が合った。

ふっと口元をほころばせたテヤンが、
タバコをもみ消して、静かにこっちへ歩いてくる。

まっすぐこっちを見たまま歩いてくる。

ドアを開けたとたんに抱きしめてほしい。




テヤンがドアを開けたとたんに・・・・

私がテヤンを抱きしめていた。いや、抱きついていた。

口から勝手に言葉が飛び出した。
「テヤン、誰にも渡したくない。二人で・・・幸せになりたい。」


「うわぁ・・・・」

テヤンが私を包んで
「アヤノ、ずるいね。」と言った。

「僕も同じことしようと思ったのに。
 同じこと言おうと・・・・ふふふ・・・なんで?・・・なんで?・・・すごいね!
 アハハーー!」


テヤン、急に笑い出して・・・・止まらない。

私を抱きしめたまま、ずっと笑ってる。

「こういうの、以心伝心っていうんだよ。アヤノ、知ってる?」

「知ってるよ。」

「そうだよね。 あ~うれしいな・・・くくく・・・」

こんなに笑うテヤン、初めてだ。

テヤンの胸が嬉しそうに揺れてる
笑い声に揺れてるテヤンに抱かれて
私も揺れてる・・・あぁ、いい気持ち。

テヤン、そんなにうれしかった?

こんなふうにしてるうちに、
その胸のわだかまりがすっかり溶けていくといいな・・・・




「さっきから起きてたの?」

「うん。」

「何してたの?」

「考えてた。」


抱き合ったまま話してる。


「何を?」

「たぶんテヤンと同じこと。」

「へぇ~、そう?」

「テヤンは?」

「たぶんアヤノと同じこと。」

「ふ~ん、そっか。」

「ふふふ・・・」

「んふふっ・・・」



「ねぇ・・・」

「ん?・・・」

「ここ、どこだと思う?」

「そんなこと全然わかんないよ。
 え~目の前に広がるのはテヤンの大胸筋です。」

「ふふ・・・では、こちらへどうぞ。」

テヤンが私の両脇に手を入れて抱き上げるようにして四駆から降ろした。


「あっ!」



車の後ろに回ると、目の前に海が広がった。

冬のピーカンの空を映して青く光る、美しい海だった。

「はぁ~・・・・・きれい・・・」

1月の冷たい海風を、胸いっぱいに吸い込む。
手をつないで砂浜に降りた。



砂に足を取られて、ゆっくりゆっくりすすむ。

「アヤノ・・・」

「うん・・・・」

「サトウさん、ステキな人だね。」

「うん・・・・」

「あなたを守るナイトみたいだった。」

「・・・・・」

「あなたをずっと見守ってきたんだね。」

「うん・・・・」



「そして、あなたのこと愛してきた。」

「・・・・・・うん・・・」



「アヤノ、でも僕はあなたを渡せない。
 あなたを絶対離さない。

 この11年のあいだサトウさんが、ずっとあなたを愛してたって知っていても、
 そしてその気持ちが痛いほどわかっても、
 僕はあなたを渡せないんだ。」


テヤンが、ぐっと私の体を引き寄せて、胸に抱いた。


「だから、迷ったりしない。
 僕はあなたを、こうやってずっと抱きしめて、誰にも渡さないで、
 愛し合って生きていく。」

「テヤン・・・・」

「いいでしょ。」

「テヤン・・・・」

「ねぇ、いいでしょ・・・」

「うん・・・・
 私も・・・・私もおんなじだよ。おんなじこと言いたかった。」



それが、あの二人の思いに応えることだって・・・・
黙っていても感じあっていた。




     - - - - - - - - 




夕焼けを見てからチェックインしようよって言ったのに・・・
テヤンは辛抱の足りない子どもみたいだ。
海辺のホテルは、ベランダからも夕焼けが見えそうだから、許してあげる。


私はそんなにテヤンを拒むようなオーラを出していたの?

「はぁー、やっとアヤノが帰ってきた。アヤノ、おかえり。」
なんて言う。


子どもみたいに、早く早くとチェックインを急いだのに・・・

いざとなったら、テヤンに性急さはなくて、
私の髪をていねいに乾かしたあと、そっとやさしくハグして、
髪をなでたり、うなじに顔をうずめたり・・・・

「どうしたの?」

「なにが?」

「あんなに急ぐから、すぐにベッドなのかと思ったよ。」

「アヤノ、このごろ発言がどんどん大胆になっています。」

「そう?・・・ふふ・・」

「いい傾向です。ふふ・・・
 ちょっと味わってたの。」

「何を?」

「アヤノだなぁ~~って。」

「なんだそれ?・・」

「アヤノ・・・・
 僕は寂しかった。
 いっしょにいるのにあんなに寂しいなんて・・・・

 こんなこと、もう二度とイヤなんだ。
 苦しいときは、なんで苦しいのか、ちゃんと僕に教えて。
 怒っても泣いてもいい。

 ちゃんとアヤノの気持ちを教えて。
 お願いだから・・・・」


そう言って、テヤンは私を胸に引き寄せた。


「うん・・・ごめん、テヤン・・・・

 メグちゃんの気持ちがわかって苦しかった。

 でも、もう黙ったまま悩んだりしない。
 ちゃんと怒って泣くことにする。」


テヤンが、またぎゅーっと抱きしめた。


「だからテヤン・・・キスして・・・・」

「はい、喜んで・・・・」





・・・・・・・・・・・





「テヤン、夕焼け、きれい・・・・ねぇ・・・見てる?」

「見てるよ。」



少しのけだるさが残る体をぴったりとくっつけて
背中にテヤンの鼓動を感じながら、
窓いっぱいの夕日を見ていた。

「テヤン、撮りたいでしょ。」

「うん、でも今日はカメラなしで来た。」

「えぇ?! なんで? ひとつも?」

「うん。」

「どして?」

「今日はカメラは要らないの。アヤノに集中するから。」

そう言って、テヤンがまた私の肌をさぐり始める。

「うれしいな。明日の朝、別れなくていいんだ。
 だから一晩中アヤノを愛してもいいんだ。すごいよね。
 アヤノ、寝坊しようね。」

「ふふふ・・・・なんだか・・・かわいいぞ!」

「はい、かわいいテヤンをこれからもよろしく・・・・」

そう言って、ブランケットにもぐっていった。



ブランケットをそっと浮かせて訊いてみた。

「ねぇ、テヤン、夕焼けは?」

「今日はもういい。アヤノのほうが大事だから。」

「そうなの?・・・・ふふ・・・・
 ・・・あ・・・んぅ・・・・」




ねぇ、テヤン・・・・

二人が出会うのが必然なら、
それぞれの長い孤独も必然だった。
そして、孤独の日々を支えた出会いも必然だったんだよね。




そしてそして・・・・・

潜るテヤンのちょうど顔の辺りで
私のおなかが、今からグーッと鳴るのも・・・・必然だよね。


だって、朝のおでんから、何も食べてない・・・・
しかも、テヤンのせいで、おでん半分しか食べてない・・・・


ねぇ・・・
必然・・・・だよね。

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