Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 2~

 

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2006.1.16


―――――― side テヤン




「テヤン・・」

「ん?・・・」

「立てない。足しびれちゃった。」

「うん。」

しゃがんだまま花壇の前で泣き続けてたアヤノが、
顔を伏せたまま言った。

抱き起こすと、ゆっくり立ち上がったが、足が動かない。

「あーホントにしびれちゃった!歩けないかも・・・」
と言って、僕を見上げて笑った。


       アヤノ・・・
       これまでに見たあなたの泣き笑いの中で、
       今日の顔がダントツひどいよ。ぐしゃぐしゃだ。

       アヤノ・・・
       いとしすぎて・・・



こらえきれずに、あなたを抱きしめた。

あなたがかつて愛をはぐくみ、
そしてそれをもぎ取られた場所で、

あなたを抱きしめた。




「テヤン、もう足動くよ。」

「うん。」

「テヤン。」

「うん?」

「ちょっとだけ恥ずかしくなってきた。」

「あっ・・・」

「なんだよ、今気づいたみたいに。」

「うん、今気づいた。」

「ふふ・・・
 テヤン、ありがと。二人と話した。」

「えっ・・・そうなの?」

「うん・・・いっぱい。」

「そう・・・・」

「私ばっかりしゃべってた。」

「そう・・・・」


結局、人々が行き交う舗道の隅で、
僕たちは延々と寄り添い、泣き、語り合っていた。

"今日だけは、許してください"

そう言わなくても、みんなは許してくれる。
そんなふうに思えた。


「そろそろ時間になるね。サトウさんたちの会場に行こうか。
 ここ、離れられる? 」

「えっ? そんなに長くいた?」

「うん、まあね。」







― ― ― ― ― ― ― ― ― 




―――――― side アヤノ



奇跡みたいな幸せだ・・・

この場所が花壇になっていて、いつもいつも花に囲まれて・・・
きれいでにぎやかで、
毎日誰かがこの場所を見て『きれい』って思ってくれる。


 いいところ・・・

ほんと、奇跡みたい。

なのに、来るのがこんなに遅くなった。

ほんとに・・・・ごめんね。




しゃがみこんで二人と話をしたけど、
こんなに長い時間だったとは思わなかった。


『また来るね。』って言った。

ほんと、またすぐに来るよ。

今日は二人からは何の応答もなかったな。
二人の声が聞きたかった。
これから何度もここに来たら、ふっと声が聞こえたりするのかな。

いや・・・もう聞こえないのかも。
だって・・・あの日・・・
テヤンが日本に帰ってきた日に、
カイはもう私を、テヤンのところに行かせたんだと思うから。

きっと、二人でニコニコ笑って、私のこと、ただ見てるんだ。

何も言ってくれなくても、また来るから。


・・・・また来るよ。




・・・・・・・・・・・・・



テヤンとタクシーに乗った。

シートにもたれて、しっかり手をつないでる。
彼の肩にもたれてる。


「テヤン・・・」

「ん?・・・」

「また言っちゃうけど・・・・ありがと。」

「ん?・・・・うん。」

私の顔を覗き込んで、コツンとおでこを合わせて笑った。


「・・・・・」

「アヤノ、今夜はサトウさんにホテルまで送ってきてもらうでしょ。」

「えっ?」

「僕、迎えにいかないよ。
 なつかしい人たちと思う存分話して、
 そして、サトウさんに送ってもらったらいいよ。

 ホテルで待ってるから。」

「あ・・・うん」


それだけ言って、テヤンは黙った。
テヤンらしい心配り。

私だけじゃなく、今日はきっと、サトちゃんにとっても大事な日。
カイやミオのことを、私とどっさり語り合って、
そして彼は、きっと自分自身に区切りをつけるんだろう。

テヤンも、それをわかってる。
今夜は、そういう日だってわかってる。





1日目のホテルは、その集まりの会場のすぐそばだった。

予想以上に早くホテルに着いた。

「じゃあアヤノも一度部屋に上がって休憩してから行く?」

「休憩?」

「アヤノ、今『休憩』って言われて警戒したでしょ。
 ふふ・・・いくらなんでもこんな時にアヤノを襲ったりしないから安心して。」

「そんなこと思ってないよ。」


    いや・・・ちょこっと心配したかも・・・


「僕は部屋で、ゆっくり母のことを思う時間にするよ。」

「あ・・・・」



    テヤン・・・・・
    私は自分のことばかり。
    お母さんのこと、昨日まで覚えていたのに・・・
    なんてことをしちゃったの
    
    今朝からすっかり・・・
    忘れてしまってた。
   

「テヤン、私・・・・ごめん・・・・お母さんのこと・・・」

申し訳なくて、声が小さくなる。
テヤンは、ん?って感じで眉をあげて・・・・

「アヤノ、僕は毎年ここに来てる。

 毎年、教会に行って牧師さんと話をして、
 礼拝堂で祈って、お墓にも行って・・・
 この11年、ずっとそうしてきたんだ。

 そして、アヤノに母の話を聞いてもらって、
 もうすっかり落ち着いてるんだ。

 初めてのアヤノとは違うんだよ。
 何も気にしないで。
 ねっ。

 アヤノは、今回クリアしなきゃいけないことを
 いっぱい抱えてここに来てるんだ。
 まずは自分のことを考えて。

 母のことは、明日の午後から、
 いっしょに教会に行って、僕につきあってくれる?」


「うん。」


テヤンが、頷きながら静かに笑った。
包むように、労わるように・・・・



      テヤン・・・・
      どこまでも甘えすぎてる私を許して。
      
      君に手を引かれ、抱えられて、
      やっとのことでここに立ってる私を・・・・





「やっぱりちょっと部屋で休憩したいな。」

「ん? そう・・・・」

   

・・・・・・・・・・・・・・




ツインの部屋だった。
ゆったりと広くて落ち着いていた。

「ダブルじゃないんだね。」

「ふふ・・・アヤノ、僕ならダブルにすると思ったの?
 ダブルがよかった?」

「うん。」

「えっ?」

「ダブルがよかった。くっついて眠りたかった。」

「そんなことしたら、くっついてるだけじゃすまなくなるよ。」

「いいよ・・・・」


荷物の整理をしながら驚いて手を止めたテヤンを
後ろから抱きしめた。
いや・・・正確には、抱きついた。


「テヤン、私をこの場所に連れてきてくれてありがとう。
 抱きしめていてくれて、甘えさせてくれてありがとう。」


君が振り向く。

「アヤノ・・・・はぁ・・・」

広い胸に、苦しいくらいぎゅっと抱きしめられる。


「神戸にいる間は、
 アヤノにキスしたりしないでおこうって思ってるんだ。
 もちろんその・・・・メイクラブもなしだ。
 そういう旅じゃないから。

 だから僕を誘わないでよね。
 我慢するって決めたんだから。」


「えっ、そうなの?」


「そうだよ。今日は・・・・ん・・・」


背伸びして、テヤンの唇をつかまえにいった。
君の頬を両手で包んで・・・・
長いキスが始まるはずだった。



     テヤン・・・
     我慢なんてしないで。



いきなり大きな手にがっちり腕をつかまれて、
テヤンの顔が離れていった。

 
     テヤン・・・・
     なんで?



「アヤノ、母のこと、気にした?
 もしかして、僕にすまないとか思ったの?
 それでこんなふうに・・・」


「そんなことないよ。そんなんじゃない。

 テヤンにくっつきたくなった。
 キスしたくてたまらなくなっただけ。」



だめなの?テヤン。
拒まないで・・・


「あのね、アヤノ。 僕も緊張してるんだ。わかってよ。」


「え?」


「この旅は、僕たちにとって大事なセレモニーだと思ってる。
 ほんとの意味で、カイさんとミオちゃんに、
 アヤノとのこと許してもらいたいんだ。

 最後までちゃんとあなたのこと守って、エスコートして、
 二人に僕のこと認めてもらいたい。」


「そんなこと・・・・
 もうカイもミオも、とっくにテヤンのこと認めてるよ。」


「でもそうしたいんだ。そうさせて。ね、アヤノ。」


「・・・・・・」


テヤンの目が真剣だった。

もう一度その胸に頬を寄せながら言った。


「わかった。
 そんなふうに真剣に考えてくれて、すごくうれしい。

 でも・・・
 こんなふうにハグするのは、いいでしょ。」


「もちろんです。 泣きたいときにもどうぞ。
 そのために胸も分厚くしてあります。」


「ちょっと分厚すぎて、かたすぎます。」

「アハハ! すみません。やりすぎですか?」


「はい、やりすぎです。ふふ・・・

 でも・・・
 この分厚さとかたさじゃなきゃ、
 ダメになっちゃってます。

 この胸じゃなきゃ泣けません。
 この胸じゃなきゃ、眠れません。」


「はぁ~~つらいな~~。」


「ん?・・・・どしたの?」


「こんなときにも、キスできないのかぁ~。」


「テヤン、バカだ・・・」

「ほんと、バカだね。」


「じゃあ、『さっきの決意は撤回します! すみません!』って、
 天井に向けて叫んでください。」


「さっきの決意は~~・・・・いや、ダメだ。
 やっぱり、ダメだ。」


「えぇ~~、なんでよ。」

「やっぱり守らなきゃ。」

「あ~ぁ~、頑固者!」

「そんなにキスしたいの?」

「うん。したい。」

「・・・・・」

「・・・・・」

「アヤノ、時間です。たぶん遅刻だ。サトウさんが待ってます。」



「・・・・テヤンのバ~カ・・・」

「はい、はい、ほんとにバカです・・・」




      ・・・・・・・・・・・・・・・




ホテルを出て少し行くと、もう200メートルほど先にその店の看板が見えている。

「じゃあね、楽しんでおいで。」

「うん、行ってきます。」



       テヤン・・・・
       今だって、ハグしてほしい・・・・
       キスしてほしい・・・


       テヤン・・・・、
       行ってきます。

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