Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 3~

 

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―――――― side アヤノ


こじんまりした店だった。
「本日貸切」の札がかかっている。

扉を開けると同時に、『黙祷!』という大声が聞こえた。
サトウの声だった。
店主らしき人もカウンターの中で目を閉じている。

大きな体を詰め込んだ座敷いっぱいの人々が目を閉じて、
カイとミオのために祈ってくれている。

私は思わず両手を顔に当てて、立ちすくむ。
また洪水のように涙が出てしまう。

「黙祷終わり!」

そのとたん
「キャーー アヤノーーー!!」
女性の声がした。

「・・・・・・」

マチコだ・・・・でも、声が出ない。

マチコが、まだ呆然としてる私にタックルのようにしがみついてきて
二人で倒れそうになる。

「ふぇ・・・ふぇ・・・ふぇぇ~~~ん!!・・・ア・ア・アヤノ~~~」

ひしと抱きあって、私たちはオンオン泣いた。
同じ学科で同じゼミで、いっしょにマネージャーをしていた親友マチコ。

折に触れてはがきや手紙をよこしてくれたけど、
電話番号も、メールアドレスも聞こうとしないでいてくれた。
きっとサトウから私のことを時々聞いて近況は知っていたはずだ。

でも、私は、彼女が結婚したとか子どもがいるとか、
そんなことさえ知らなかった。
彼女も書いてこなかった。彼女の配慮だったろう。


きっとここにいるみんなが待っていてくれたのだろう。

私がいつか、自分から知りたいと思う日を。
みんなに会って、
みんなの"今"を知りたいと思い、自分の"今"を伝えたいと思う日を。


抱き合う私とマチコの周りで、大きな男たちが吠えている。

「アヤノが来たぞーー!!
 アヤノが来たーーーー!! ヤッターー!! 
 ウォーーーウォーーー!!」

いつか、二人の泣き声は笑い声に変わっていた。


それからはもう大騒ぎだった。
ひとりひとりとハグをして、
太っただの、おっさんになっただの・・・・

大学の頃の話をして盛り上がり、
私は大笑いしながらも、ちょっとしたことですぐに涙を流した。

「おーーよしよし・・・」と言って、
順番コに誰かがタオルでごしごし涙を拭いてくれた。
「ありがと、○○君!」って大げさに言うと、
たまに「バカヤロー俺は××だーー! アヤノ、俺を忘れたのかーー!」
なんて言われて平謝りしたり・・・       
       あぁ・・・・なんて楽しいんだろう。

カイとミオのこと、こんなにいっぱい話したのは、
二人を失ってから初めてのことだった。

アルバムを見て盛大に泣ける父母を見て、
なんであんなことできるんだろうって思っていたけれど、

やっと今わかった。
これはカタルシス。

いっぱい思い出していっぱい語って、そしていっぱい涙して・・・・
そうして胸にたまった悲しみの澱を、少しずつ薄めて流していくんだ。

語ることも、笑うことも、泣くことも・・・・
その全部が心地よくて・・・
こんなにも安心して自分をさらけ出せる場所だったんだね。

今ごろ気づくなんて・・・・
・・・・遅いよね・・・11年だよ。

この旅は、11年の長さを実感する旅でもあることを、つくづく思い知らされる。


でも・・・やっぱり私には、
11年たってからしかここに来ることができなかったんだ・・・・きっと。


もみくちゃになりながら、大声ではしゃぎながら、
脈絡なく、そんなことを考えていた。




ふと見ると、サトウがカウンターに一人で座っていた。

みんなの様子を見て、嬉しそうに笑ってるけど、
どこか、静か。

目が合った。

くしゃっと笑って「ここ座れ!」っていうしぐさで
隣のいすを指差した。 

すっかり出来上がってる大きな男たちをかき分けて
サトウの隣に座った。

「おまえ、すげー楽しそう。」

「うん。ほんとに楽しい。」

「よかったな。」

「サトちゃん、毎年ありがとう。
 ほんとに今日までいろんなこと・・・・・」



        だめだ、また泣けてくる・・・・



「ハイハイ・・・泣け泣け・・・」

いきなりタオルをぎゅーーっと押し当てられる


        ブザマだろうな、私・・・


でも、素直に・・・されるままに頭ごと揺すられながら
「ふぇ~~ん・・・」と泣いてる私。

「ワッハッハーーーおまえ、ほんと、さっきから赤ん坊みてぇ・・・」

「だってほんとに、いろいろありがと・・・」

「プーーーッ・・・」

「なによ!・・・・」

「おまえ、なんか、今ブサイク過ぎる・・・」

「あーーーひどい!セクハラだーー! ふぇ~~~」

「ほぉーほぉー・・・・」

そう言って、またサトウの手が伸びて顔を拭かれて
髪を直される。

そのとき一人がそれを見て声を上げた。

「おぉ~お二人さん、やっぱりそうなのか?
 こらサトウ、アヤノを独り占めしてると思ったら、
 ほんとにほんとにそうなのかぁ?!
 このやろーーー」


「違う!!」


「・・・!」


サトウが、あまりにも大きな声で否定して
みんなが一瞬シーンとした。

サトウ自身も、うろたえていた。
自分の行動に驚いているように。


「みんな、違うんだ。

 そうだな。
 いいタイミングだから言っちまうぞ、アヤノ。

 アヤノが今日ここに来れたのは、支えてくれる人ができたからだ。
 残念ながら俺じゃないんだな、これが。

 そいつが、いっしょに来てくれたんだ。

 そうだろ、アヤノ。
 あとは自分で言え。」


「えっ?・・・そんな・・・えっ?・・・・あと・・・私?・・」



        サトちゃん・・・
        いきなりこんな展開になってしまうなんて・・・
        サトちゃんは、やっぱり苦しい?

        やっぱり、今、私はサトちゃんに・・・
        辛い思いさせてる?

        サトちゃんにとって、今日はそういう日?

        だったらほんとに、私はちゃんとその思いに応えないとね。



「みんな、毎年こうしてカイとミオのために集まってくれて
 ほんとにどうもありがとう。

 今日までここに来ることができなくて、
 ほんとにすみませんでした。

 私はどうしても神戸という場所に足を踏み入れることができませんでした。
 そういうことに全部ふたをして、考えないようにしないと
 生きてこれませんでした。

 思い出を誰かといっしょに話したり、写真を見たりしたら
 もう自分が壊れて立ち直れなくなりそうで、怖くてできませんでした。

 サトちゃんにはずっと、いっぱいお世話になってきたけど、
 カイとミオのことだけは、語り合わずに今日まで来てしまったんです。

 サトちゃんにはほんとに・・・・・」


急にサトウが割って入った。


「アヤノ、そんなことはいいから。
 なんでここに来れるようになったか、
 その話、してくれ。

 みんなは安心するよ。喜ぶよ。
 俺も聞きたいんだ。みんなといっしょに。」


「あ・・・・」


『みんなといっしょに聞く』
そこに、サトウの思いが感じられて、
また泣きそうになる。

これを話したら、いよいよサトウは
『自分の役目は終わりだ』なんて言って
みんなの前で大げさに私を送り出すマネをするのだろうか。
そんな儀式を、今始めようとしてるのだろうか。

私を送り出す・・・それは断ち切ること?・・・
そんな不安がよぎって、
急に、寂しさがこみ上げる。

やっとみんなのもとに帰ってきたけど、
私は、ここにいてはいけないのかも・・・

仲間にしかわからない話題で盛り上がって、
なんのためらいもなくオイオイ泣かせてくれる場所に
私は、とどまっていてはいけないのかも・・・


でも、それならそれで、甘んじて受けなければならない。

11年ものあいだ私を見守ってきてくれた人にとって
その思いを終わらせるために必要なことなら、
ちゃんとそれに従おう。
それが私にできる唯一のことだと思うから。





みんなに話した。

秋に仕事で出会ったカメラマン。
カンタベリーのリュックに反応してついラグビーの話題を向けてしまったこと。
彼は関東の大学のクラブチームでプレーしていたこと。

彼がラグビーの話をするのを聞いてるうちに、
カイのことを思い出してその場で大泣きしてしまったこと。

そして、実は彼とは11年前に会っていたこと。
震災のあと病院から抜け出してさまよっていた私を保護し、
泣きたいだけ泣かせてくれた人だったこと

カイとミオのあとを追いたい気持ちでいっぱいだったけど、
その出来事をきっかけに、
神戸を離れて生きていこうと思えるようになったこと。

そして、彼も震災でお母さんを亡くしていること

そんな彼との再会に、深い縁を感じていること。



一気に話した。


みんな、絶句していた。

最初に口を開いたのはサトウだった。

「おまえ、なんでもっと早くそのこと言わねえんだよ。
 それって、めちゃめちゃぶっとい赤い糸で結ばれてんじゃねえかよ。

 なんだよ、それ・・・・
 あいつ、11年前の・・・おまえの命の恩人ってことか・・・
 ウヘー、そんなんじゃあ、おれなんか全然かなわねえよ。

 アヤノの運命の男じゃん!
 これで俺もあっさりあきらめられる。
 ワッハッハーー。もう信じられねぇ、すげぇ話!」


「サトちゃん・・・・」


「よっしゃ! あいつをここに呼ぶぞ!」

「えーーーー!!」


サトちゃん・・・サトちゃん・・・・
何言ってるの?


「サトちゃん・・・何言ってんの?
 そんなの無理だよ。ここに呼ぶなんて無理だよ。

 ここはそういう場所じゃないじゃん。
 何言ってんのー?!」


「いや、いいんだ。
 今日は最初からそのつもりだったんだ。
 こんなにすごい運命の男じゃなくても、呼ぶつもりだったんだ。

 なあ、みんな! 
 第1部はいつものようにカイとミオちゃんを偲ぶ夕べだった。

 でも、今日は第2部があるんだ。
 アヤノの新たな一歩を祝う夕べだ。
 いいよなー!」


「オーーーーッ!!」


「よし満場一致で決定だ。

 アヤノ、俺があいつを呼びに行くからな。」


「ちょっと・・・・待ってよぉ・・・・」


ちょっと待ってよ・・・・
サトちゃん、私を思い切るための儀式じゃなかったの?

私をここから送り出すんじゃなかったんだ・・・
私ってば、恥ずかしい。
うぬぼれてる

それに何より、サトちゃんはもっとでっかい人間だったってことだね。
恥ずかしいよ、ほんと、ごめん。


テヤンをみんなに紹介してくれるんだね。

カイの思い出を大切に持ってるみんなが、
新しい人との人生を作る私のことを、
認めて受け入れられるように・・・

そういうこと・・・なの? 



サトちゃん、参りました。

だから、言うとおりにするよ。



だけど・・・・

やっぱり、やっぱり・・・・

困るなぁ・・・・

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