Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 4~

 

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2006.1.16 夜


―――――― side テヤン

 
広いツインの部屋に一人いて
なんだか手持ち無沙汰だった。



オモニ、ごめん・・・・
オモニのことを考えて過ごすって言ったのに、
気がつくと彼女のことを考えてるよ。

ごめん、オモニ・・・・
今年は特別だから、許して・・・



アヤノが帰ってくるまで、
この落ち着かない気持ちがずっと続くのかと思って苦笑する。

『サトウさんに送ってきてもらえばいいよ。』

確かに僕がそう言ったんだ。
そして、ほんとの気持ちだ。

だけど・・・落ち着かないのもほんとの気持ち。



手帳に挟んで持ってきた母の写真を見る。

いつもこの日にはこうして神戸に持ってくる写真。
アヤノの、そのまなざしが母に似ていると感じたのは、
初めて会ったあの日だった。

一瞬、ほんの一瞬だけど、
母が、若い日の姿になって帰ってきたのかと思った。

そう、幽霊になって・・・・


炊き出しの後片付けをする手は完全にとまり、
僕は呆然とあなたを見ていた。

あなたは足場の悪い板を渡って教会に入ろうとしていた。
僕は駆け寄りあなたを支えた。

僕を見たあなたの目はうつろで、肌は真っ白、唇はむらさきだった。


小刻みに震える体には、ストンとしたワンピースの部屋着だけ。
素足にスリッパばきだった。


すばやくコートを脱いであなたに着せ掛けた。

あなたはそのことにまるで気づいていないように、
そのまま教会の中に入った。


そして、あの壊れた聖母子像を見たとたんに、
その場に倒れこんで叫んだんだった。


抱きかかえて支えようとした僕に

「イヤーーーイヤだーーーああぁぁぁーーーー!!」
と叫びながらつかみかかってきた。


僕はただ必死に・・・必死に・・・・
あなたを抱きしめた。

もがいて暴れるあなたを抱きながら・・・・
僕は泣いていた。

あとからあとから溢れる涙を止められなかった。


ふとあなたの目が、僕の顔に焦点を合わせた。


自分のぐちゃぐちゃの顔はぬぐいもしないで、
まだうつろなままのまなざしで、

あなたが僕の涙をぬぐった。


急におとなしくなって、僕の涙をぬぐい続けるあなたが、

ぽつんと言った。



「あのね・・・・あのね・・・・
            カイとミオがね・・・・・・・・死んじゃった・・・・」



はっと息をのんだ僕の頬を、あなたはまだぬぐい続けていた。


そのままあなたを抱きしめた。


きっと、大切な家族。
こんなふうに壊れてしまうほど、大切な家族を・・・・・・・


あなたはもう暴れることもなくて、脱力したように身を任せると、

やがて「うゎぁーーーーー!!」と、大声で泣き出した。


どのくらい泣いたのだろう。
僕の胸で泣きつくして眠ってしまったあなた。

抱き上げて僕の部屋に運んだ。


それから3日間・・・・

今思い出すと、遠い日に見た映画のシーンのようで、
現実とは思えない。


小さな部屋の小さなベッドで、あなたを抱いて眠った3日間のこと。

僕を『カイ・・・』と呼んで、
必死に何度も何度も僕を求めたあなたの声・・・

唇の感触、吐息、肌のぬくもり・・・・


やせて、白くて、そのまま透きとおって消えてしまいそうなあなたを
誰にも見せずに、誰にも渡さずに、そっとそのまま抱きしめていたかった。

カイさんと間違えたままでいい、
ずっと一緒にいたかった。



それなのに、あなたは突然消えてしまったんだ。



あれから、あなたを思い出すたびに
なんともいえない苦しさと愛しさで、胸がいっぱいになった。


"今どうしているだろう・・・また泣いてるかもしれない。
僕ならずっと抱きしめていてあげるのに"



そして、いつからか思うようになっていた。
あなたが突然消えてから、どんなに探し回っても見つからないのは
やっぱり幽霊だったからだと。


そして・・・・・
この11年の間、僕はこの幽霊にずっととらわれ続けていたんだな、きっと。


誰とつきあっても、誰と抱き合っても、
心の奥の奥ではあなたを探していた。
あなたを消せなかった。


そんなあなたに・・・・
幽霊だったとあきらめていたあなたに、
もう一度会えたんだ。


だからもう二度と離れない。
もう絶対にあなたを離したりしない。

この気持ちが揺らぐことはないって自信を持って言えるのに・・・
あなたが僕を思ってくれる気持ちに、不安を感じたりしていないのに・・・


なのに僕は今、こんなにも落ち着かなくて


ベッドにうつぶせたまま、
無為に時間を過ごしてる。
さっきからずっと・・・・・


こんな僕を知ったら、あなたはなんて言う?

あなたを守って神戸に来たなんて言ってて、
こんなに情けないんだよ、ほんとは。


『テヤンのバ~カ・・・』

ふふ・・・バカだよほんとに。


僕だって、キスしたかったさ。

長いキスをして
『ちゃんと帰って来るんだよ。待ってるから。』って言って、
行こうとする腕をまた引き止めてキスをして・・・・



あなたには、『気負わずにそのままでいい』なんていいながら、
かっこつけて、思いっきり気負ってるのは僕のほうだ。

カイさんはあきれて笑っているかもしれないね。

やせ我慢するなよって・・・・

全部お見通しなんだろうな。

恥ずかしいよ。



あなたは今、きっと懐かしい人たちに会えて、
嬉しくてたまらないだろうな・・・・
盛り上がってるんだろうな・・・・

あなたのはじけるような笑顔が目に浮かぶようだよ。






・・・・・・・・・突然、部屋の電話が鳴った。



「サトウです。ソンさん?」

飛び起きて、ベッドの上で正座した。

「はいそうです! サトウさんって・・・・アヤノ・・・さんの・・・」

「そうです。お願いがあって、僕一人であなたを迎えに来ました。」

「はぁ?」



サトウ・・・・
たった今ぼんやりと頭の隅に浮かんでいた名前。

あまりの驚きで、
僕はすごくマヌケな返事をしてる?


「会場に来てもらえませんか?
 今から、アヤノとあなたのことを祝って、みんなで乾杯したいんです。

 アヤノから、あなたとの11年前の出会いも聞きました。」


「えぇっ?!」


いきなりすごい展開になってしまっている。
アヤノは、何をどこまで話したのかな。


しかし、僕がそこへ行く?


行きたいような・・・行ってはいけないような・・・
あぁ・・・・冷静にならなきゃ・・・・


「ソンさん、僕は一人であなたを迎えに来ました。
 どうか、いっしょに来てください。

 アヤノは、ほんとはみんなにあなたを紹介したいはずなんです。
 そうさせてやってください。

 店でみんなが待っています。

 この場所に・・・僕らの元に
 あいつを連れてきてくれたあなたを。」


「サトウさん・・・・
 今下りていきます。」



焦って靴がうまく履けない・・・
          冷静になろう・・・・




      ・・・・・・・




大柄な男が二人、夜の商店街を歩いている。

「ほんと、いきなりですみません。」

「いえ。でも、緊張します。
 まだ心の準備ができません。」

「でも、もう着いちゃいますね。」


「あの・・・サトウさん、
 ちょっとここで、5分立ち止まってもいいですか。
 すこし、質問させてほしいです。」


「えっ、あぁ・・・いいですよ。
 実は僕も、もう少しあなたと話したかったんです。
 でも、きっかけがうまくつかめなくて。

 それで、もう着いてしまうなぁと思ってて、
 どうしようかなと・・・
 ハハハ・・・」


サトウさんが、無理して笑っている。
彼も緊張してるんだな。


わざわざ、アヤノを置いて僕を迎えに来てくれた。
話したいことがあるからに決まってるのに、
言い出せないでいる・・・


「あの・・・
 あそこの皆さん全員が、
 11年前のことをご存知だということでしょうか。」


「そうです。
 ソンさん、アヤノを助けてくれたんだそうですね。

 保護してくれて、泣きたいだけ泣かせてくれたって。
 暴れてあなたを殴ったって・・・

 はぁ・・・もうかなわねぇよ。そんな運命的な話されちゃあ。

 これで、安心してアヤノを託せるよ。

 ソンさん・・・・
 見てたんでしょう、こないだ。8階で・・・」


「えっ?!」


「そうなんだ。俺はずっと・・・・
 カイがかっさらって行く前から、あいつのことが好きでね。」


「・・・・・!」


「あーー、つくづく俺はひどい運命だよ。
 惚れた女を2度もかっさらわれて・・・・

 こんなにいい男なのになぁ・・・・。」


「サトウさん・・・・・」


「でも、ソンさん、あんたならいいよ。

 別に、今日アヤノから話きかなくても、
 あんたならいいって思ってたんだ。

 旅行記の写真見たから。

 あいつを、ありのままに、あんなにきれいに撮れる男だ。
 それだけで、あんたを信じられるような気がしちゃって。

 なんだろうな・・・こういうのって、理屈じゃないんだ。
 俺の勘だ。
 あの写真、ほんとにすごかったよ。」

「あ・・ありがとうございます。」

「ソンさん。」

「はい。」

「アヤノを・・・・、よろしく頼む!」

いきなりそう言って、僕にむかって深々とお辞儀をするサトウさん。

涙がでそうなのを必死にこらえた。


「はい。僕を認めてくださってありがとうございます。
 彼女をたくさん愛していきます。

 彼女が幸せでいられるように、僕はがんばります。」


こっちも90度のお辞儀をした。


「アハ・・・ハッハハハーーー!!」


彼がいきなり笑い出した。
なんで?


「ソンさん、あんたって、きっとものすごくいいやつなんだろうな。
 なんか、純なやつなんだな。

 そんなせりふ・・・・
 いや、めちゃめちゃかっこいいよ。

 なんだかなぁ~
 あぁ~~、テヤンって呼んでいいか?」


「あ・・・ハイ、どうぞ、そう呼んでくださると、僕も嬉しいです。」


「ぶふっ・・・ぐふふ・・・
 なぁ、テヤン、天然だとか、言われるだろ。」


「はい、よく言われます。

 アヤノ・・・さんには、
 いいやつ丸出しとか、笑うツボがずれてるとか、
 冗談を真に受けるとか・・・ドジでマヌケとか・・・

 いろいろ言われます。」


「ぐぁはははーーー! あいつもひでぇこと言うな~。
 全部当たってんだろうけどなぁ、はははーーー!

 それからさ、アヤノでいいよ。

 てめぇの彼女だろうが。
 俺の前で気つかうなよ。」


「はい。」


サトウさん、なんだかどんどん言葉遣いが・・・


「テヤン、あんないい写真撮って、こんなイケメンなのに・・・
 天然で、いいやつ丸出しで、ドジでマヌケか・・・
 ますます気に入ったぞー!

 ぐははぁ・・・あはははーーー!!!」


サトウさん、ツボにはまっちゃったか?

それとも、これは僕を受け入れるための、
彼なりの心遣い・・・


きっと、そうだな。


どちらにしても、
サトウさん、あなたも・・・・
いいやつ丸出しだ。



「サトウさん。」

「おぅ・・・・
 なに? テヤン、いきなり怖えぇ顔すんなよ。
 おぉ?・・・・なに?」


「サトウさん、

 今日までアヤノを大切に守ってくださって、
 ありがとうございました・・・」


最後は声がかすれてしまった。
腰を折って深々と頭を下げた。


「お・・おまえ・・いきなりそんなこと言うなよ。
 俺は勝手に好きでしてきたことだ。

 しかも、おまえに礼なんか言われる筋合いはないぞ!!

 それに、大して守ったりなんかしてこなかった。
 あいつが勝手にがんばりやがったんだ・・・

 やせ我慢ばっかしやがって、
 バカみたいに・・・・
 バカみたいにがんばって生きてきやがったんだ!

 俺は、なんにもできずに見てたんだ。

 クッソーーーー!!

 悔しいけど、おまえに渡す!

 あいつを・・・・幸せに・・・・」


サトウさん、言葉が続かなかった。

くるっと後ろを向いて、腰に手を当てた。


「幸せに・・・してやってくれ。」


「はい。」


僕は、流れる涙をそのままに、

仁王立ちの背中を見ていた。

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