Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 7~

 

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2006.1.17


――――――― side テヤン



       ごめん、アヤノ

       はじめからわかってたことなのに、

       アヤノがこんなふうになるかもしれないって

       なのに僕は、あなたをほったらかして、シャワーなんか・・・

       ごめん・・・ごめん・・・

       一番大事なときに・・・・ごめん・・・



まだ震えてる体を抱きしめながら

僕は後悔でいっぱいだった。

「アヤノ、今日は東遊園地には行かないことにしよう。

 チェックアウトまで、ずっとこうしていよう。」


「・・・・・・」


「あそこにはいつでも行ける。

 カイさんもミオちゃんも、あそこで待っていてくれるから。」


「・・・・・」


アヤノが胸の中で頷いたのがわかる。



床に座り込んで、ベッドのブランケットをひっぱり下ろして・・・
二人でくるまっていよう。

そしてこのままで迎えよう、その時を・・・



「アヤノ・・・こうなると僕は無力だね。

 なにも心配しないでって言っても・・・・

 僕がついてるって言っても・・・・

 あなたの胸には、きっとフラッシュバックのように

 二人の姿がリアルによみがえってるんだよね。

 苦しいよね・・・・」


「・・・・・・・」


「でもね、そんな二人と

 ちゃんと正面から会えたことは、よかったのかも。

 昨日、これまでずっとふたをしてた二人のこと
 たくさん思い出して、
 たくさん泣いたでしょ・・・

 二人はそれがうれしくて、

 アヤノが一人のときに、アヤノのところに来てくれたのかもしれないね。

 『今日、ここに来れてよかったね』って、

 『やっと来たね。待ってたよ』って。

 だから、会えてよかったのかもしれないよ。」


「・・・・・ん・・・」



       愛しい人・・・・

       僕はただ抱きしめるしかないね

       あなたに届く言葉を、
       あなたを癒せる言葉を、
       
       必死に探して並べても・・・・

       
       愛しい人・・・

       それでも、やっぱり・・・・
       僕は抱きしめるしかない。

       ただ愛してると、何度でも言うよ。

       

       それしかできない僕で、ごめん。


       アヤノ・・・
       愛してる。




「テヤン・・・」

「ん?・・・」


僕の胸に頭をくっつけたまま
鼻をズルズル鳴らしながら、アヤノがつぶやく・・・

       
「そうだね、テヤンが私を見つけてくれたから、

 このあと泣いちゃっても、
 そのまま思い切り泣かせてくれる胸があるから

 だから、安心して会いに来てくれたのかな?」



       アヤノ・・・・

       もう震えてない・・・



「そう? じゃあ僕はほんとに、カイさんに認めてもらえた?」


「もちろんだよ。言ったでしょ。

 カイはちゃんと私にそう言ったんだから。

 テヤン、信じるって言ったじゃない!」


「あ・・・そうだったね。
 そうだった。」


「私、もっと早くに
 こんなふうにちゃんと思い出して、
 そのたびに大泣きしてたらよかったんだね。

 そしたらもっと早くここにこられた。」


「そう?・・・」


「あ・・・

 でも、もっと早くには・・・

 テヤンの胸がなかったよ。」


「そうだよ。そうでしょ!

 だから、今年じゃなきゃだめだったんだ。」
  
  
「ふふ・・・・そうだったんだ・・・」


そう言って、モゾモゾと僕の胸の中で動いて・・・

どうするのかと思ったら、

もう一度、ちょうどいい姿勢をさぐって、

またしがみつきなおす、あなただった。 
       



「アヤノ・・・」

「ん・・・・・」


「もうすぐだ。」

「あ・・・・・」




一瞬、体を固くしたあなた。

ゆっくりと体を起こして、
僕の顔を見た。

ブランケットにくるまれ、
僕の足の間におさまったまま

あなたは僕の胸に両手をあてて
真正面に座ってる。



「テヤン、教えて。

 君は毎年この瞬間、どんなふうにするの?

 私もおんなじようにしたい。」


僕は静かに、胸の前で十字を切って
両手を組んだ。

あなたもその通りにした。




そして・・・・

その時がきた。




目を開けると、アヤノはまだ祈り続けていた。

唇が、かすかに意思を持って動き続けている。

そして、はらはらと、涙も落ち続けている。



その頬をぬぐいたいけど・・・・

抱きしめたいけど・・・・

彼らに語りかけている、その懸命な祈りが終わるまで、

待っていよう。



やがてそっと目を開けたあなた

その顔を両手で包みこんで、頬をぬぐった。

こんなに近くで向き合って
僕の手に、されるままになりながら、

あなたが言った。


「カイとミオに、来てくれてありがとうって言ったの。」


「そう?」


「テヤンが、いくらでも泣かせてくれるから、
 いくらでも抱きしめてくれるから、

 何度でも来てねって言った。」


「うん、いくらでも泣かせてあげる。

 抱きしめてあげる。」


「だから・・・・
 テヤンがいるから、私は大丈夫だよね。」


「うん。大丈夫だよ。」


「だから・・・・
 今からになっちゃったけど、東遊園地に連れて行ってほしい。」


「あ・・・・」


「テヤンと一緒なら、行けるよね。」


「あぁ、行けるよ。
 すぐに行こう。」




   ・・・・・・・・・・・・・・・・・





その場所は、とてもたくさんの人で溢れていた。

その時刻から式典が始まっていたようで、

詰襟をきた中学生の男の子、今年の遺族代表だろうか。
マイクの前で、ちょうど話を始めようとしていた。



             ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




      僕は、阪神・淡路大震災で、お父さんとお母さんとお兄ちゃんを亡くしました。

      僕は、震災の時二歳だったので、みんなのことを覚えていないけど、
      後で話を聞いたりビデオを見たりして、
      お父さんとかがどんな人か少しだけ分かったと思う。
      だけどビデオとか話だけで勝手に想像して、僕が思っているお父さんが、
      本当のお父さんじゃないかもしれない。
      でも、小さい時からおじいちゃんとおばあちゃんに育てられてきたので
      あまりそういうことを気にしないで生きています。
 
      僕は小学校二年生ぐらいまでは、暗いところがこわくていつも、
      トイレとかおじいちゃんやおばあちゃんについてきてもらっていました。
      だけど三年生になったときには友達がたくさんできて、
      暗い所がぜんぜんこわくなくなってきて
      もう今では震災の話とか友達にふつうにできるようになりました。

      僕は震災のことをいつまでもひきずっているとその人のふんいきが暗くなって、
      いつまでも友達ができないと思うから、
      悲しくてもいつも元気でいることが一番いいと思うし、
      震災で亡くなった人たちもみんながいつも元気だと、
      たぶんうれしい気持ちになると思うから、
      今まで震災のことをひきずって暗くなっている人は、
      これからは元気で生活してほしいと思います。

      僕は暗くなったことはないけど、それはみんながいてくれて、
      みんなで一緒に笑ったりしてみんなの元気をもらっていたからだと思います。

      最後に、僕もみんなに元気をわけてあげたいと思います。
      いままでありがとうございました。これからもよろしくおねがいします。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





両手で顔を覆って、嗚咽をこらえながら、
彼の言葉を聞いていたあなた・・・・


そのあと、震えのとまらない手で、
必死に記帳して、菊の花を一輪受け取った。


モニュメントの小さな池に、
そっと投げ入れて祈った。


6600本の竹筒の一本に、
ろうそくを浮かべて灯をともした。
そしてまた、祈った。




夜明け前・・・
こんなにたくさんの人が集まって、
それぞれが、静かに、亡くした人のことを思い、
祈りを捧げていた。


「アヤノ・・・」


「ん・・・・」


「3人に、会いに行こう。」


「ん・・・・」


そこは、モニュメントの池の真下にあたる「瞑想空間」だ。

震災で亡くなった神戸市民の名を刻んだプレートが
円形の空間の壁を覆ってる。


ゆっくりスロープを降りていく。
つないだ手に力がこもり、あなたの緊張が伝わる。

その空間にもたくさんの人がいた。



ただ立ちすくみ、見つめている人

そっとプレートをなでる人

白いハンカチで磨く人

プレートに指をおき、目を閉じて祈る人

ただすすり泣く人

花をたむけ、しゃがみこんで嗚咽する人



つないだ手にいっそう力を込めて、あなたが言った。



「ここにいるんだね」


「うん、ここにいる。」



その壁の前に手をひいてくると、

あなたはすぐにみつけた。



     玉城 快    玉城 澪



「あ・・・あぁぁぁ・・・・・・」 


あなたの、かすれた声が漏れた。 

手を伸ばして、その二つのプレートにふれた。

言葉もなく、長い間じっとみつめていた・・・


「ここにも・・・・遅くなっちゃったね・・・

 今・・・・来たよ・・・」 


そう言って、プレートをなでた。


「誰かが、来てくれた? 
 きっと来てくれたよね。こうしてさわってくれたよね。

 カイもミオも人気者だったもんね。」


泣かずに、静かに、語りかけるあなた。
何度もプレートをなでながら。


大泣きしてしまうと思って心の準備をしてた僕は、
少しおどろいた。



そっと後ろから肩を抱く。



「テヤン・・・」

「ん?・・・・」

「お母さんはどこ?」


カイさんとミオちゃんのすぐ左側の列を指差す。


「ここだよ。」

「えっ?!」

「近いでしょ。
 あいうえお順だから、おとなりさんだ。

 母も喜ぶよ。」



     孫 美 栄




「あ・・・あぁ・・・
 はじめ・・・まして・・・

 あ・・・アヤノです・・・・」


カイさんとミオちゃんをみつけて泣かなかったあなたが


母のプレートを前に、

大粒の涙をこぼして嗚咽した。

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