Lusieta

 

続・この場所から テヤンの宿題 1

 

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2006,2

   ―――――――― side アヤノ




牧師さんから、私あてに返事が来た。

お母さんのお墓の前で写した3人の写真、

プリントして私の名前で送ったから。




牧師さんってば、ほんとにずっと陽気でテンション高かった。

テヤンも楽しそうで、

いつもより少し声も大きくて、はしゃいでたみたい。

お墓参りだってにぎやかで、しんみりしてる暇なんてなかった。



あのどすこいさんっぽくテヤンとウマが合う人を、

ここにもう一人みつけてしまった。ふふ・・・・



ふたりには、話題が尽きるということも、

テンションが下がるということもないらしい。



テヤンのおかあさんのドジぶりを思い出して笑いあい

ドジという点で、それがいかに息子に遺伝してるか、

親子ドジエピソード対決になってたよ・・・・



震災のあと、世話をしてくれたテヤンに恋をして、
しつこく付きまとっていた女の子のストーカーぶりを二人で思い出し、
それも大笑いのネタになってたっけ。

私は目を白黒させて聞いていた。


そして、彼女はもう結婚して、
おなかの赤ちゃんは臨月を迎えていたのに
先日テヤン死亡の誤報が流れたとき、わんわん泣きながら教会に来て
誤報だと聞いたとたんに産気づいて大騒ぎになった話とか・・・・


無事に生まれたかを一番にたずねて、
「あ~~よかったぁ!」と言ったときの、

テヤンの顔がまぶしかった。


人の幸せをまず一番に気にして、
そして、こんなにもほっとして喜ぶテヤン、

きっと、こんな笑顔にこれからもいっぱい出会って
私はそのたびに、幸せな気持ちになるんだね。

しみじみと、胸がぽかぽかする3人の“団欒”だった・・・・



そんなことを思い出しながら読んだ牧師さんの手紙、

陽気な牧師さんの、もうひとつの心の声だった。




        『アヤノさん、
         写真をありがとう。

         いい顔した3人だね。うれしいです。

         あなたが来てくれて、3人で過ごせたこと
         私がどんなにうれしかったか、

         言葉ではうまく表現できません。

         アヤノさん、

         私はあんなにうれしそうで幸せそうなテヤンを見たのは初めてです。

         いつも穏やかで優しくて明るいテヤンでしたが、
         その胸の奥には、ぬぐえない孤独と悲しみがあると感じていました。

         もうテヤンから聞いておられるそうですね。
         テヤンの出生のことも、私たちのいきさつも。

         私は、彼が幼い頃に、彼から母親を奪ってしまったことを、
         今でも申し訳なく、そのことを思うと今更ながら胸がつまります。

         妻にもほんとにかわいそうなことをしました。
         私のために、大切な息子を捨てさせてしまった。

         神はお許しにならなかったのかもしれません。
         でも、罰を下さるなら私のはずなのに、
         神は妻をお召しになったのです。
         テヤンには、二度も母親を失わせてしまいました。

         その悔恨を背負って生きていくことが
         私に与えられた罰でしょうか。


         なのに彼は、そんな私を許し、大切にしてくれるのです。
         過去のいきさつなんて何もなかったかのように。

         毎年、妻の命日に、テヤンは必ずここに来ます。

         いっしょに墓に参り、妻の思い出を話し、
         近況を語り合って別れますが、
         別れたあと、いつも私は苦しくなりました。
         
         いくら楽しそうに笑っていても、
         その奥に彼の孤独を感じてしまうからです。


         でも、今年は違った。

         アヤノさん、あなたに出会えて、
         テヤンは変わりました。

         ほんとに心から笑っているのがわかるんです。

         ありがとう、アヤノさん。



         あんなふうに、強くて優しい男ですが、

         一方では、
         繊細で、いつも愛されたいと願って、
         それを確かめて安心していたい

         そんな面を隠し持っているはずです。

         それをあなたが包んで満たしてくれたのですね。

         アヤノさん、

         あなたに会えて嬉しかった。

         そして、あなたのそばで笑うテヤンに会えて嬉しかったです。


         私の大事な息子、テヤンを、どうぞよろしくお願いします。


         1月だけでなく、ぜひまた訪ねてください。

         待っています。

         私の大事な娘、アヤノさんへ。 



         追伸

         テヤンはこれから、自分の人生のあれこれ残された宿題に
         立ち向かっていかなければならないかもしれません。
         彼がその宿題に正面から向き合おうとした時、
         支えられるのはあなただけです。
         その時は
                アヤノさん、頼みますね。 』





涙をぬぐった指をハンカチで拭いてから

手紙を大切にしまった。

そして、タクシーを飛ばしてテヤンの部屋に向かった。


さっき、
『今日はもう遅いから明日行くね』と、メールしたばかりなのに・・・


テヤンに会いたかった。

テヤンを抱きしめたくてしょうがなくなってしまった・・・

そして・・・
追伸の言葉が気になった。

      残された宿題・・・・



    ・・・・・・・



玄関のベルを何度も押すのに返事がない。

少しのためらいのあと、合い鍵を挿した。

部屋には明かりがついている。

      バスルームかな?


リビングに入ると、テーブルの上に手紙があった。

牧師さんから?

私がもらったのと同じ封筒だった。


テヤン・・・・


ベランダでたばこを吸っていた。


息をのんだ。
体がこわばる。


なんて思い詰めた暗い横顔・・・

柵にもたれ、まるまった背中、
全然似合わなくて



       テヤン・・・・

       どうしたの?

       テヤン、ドキドキする・・・

       テヤン・・・・


       
月のない夜、遠くの闇を見つめて物思いに沈んでいる。

今日まで、こんなにも深くて暗い横顔を見たことがない。

  
      牧師さん・・・・

      “残された宿題”って

      なんですか?

      こんなにもテヤンをつらくさせること?

      教えてください・・・・




こんな背中に声をかけられない。

今夜はこのまま帰ったほうがいいのか。

いや、帰りたくない。


        テヤン・・・

        理由なんか何も訊かないから、

        私に、君を抱きしめさせて・・・



もう一度部屋の外に出て、携帯で呼んでみよう。

『やっぱり会いたくなったんだけど、行ってもいい?』なんて。

そして、しばらくしてから、今着いたみたいにベルを押す・・・

うん、そうしよう。


もう一度まるまった背中を見て、そっとリビングを出た。



靴を履こうとしたら、後ろでドタドタ音がして・・・

振り向こうとしたのと同時に、ぐっと腕を捕まれた。

みつかってしまったんだね。


「アヤノ! どうしたの?・・・」

テヤン、ものすごくびっくりしてる。

「あ・・・うん・・・なんかね・・・
会いたくなった。」

ポカンとした顔で私を見てる。

「それで・・・なんで帰ろうとしてるの?」

「あ・・・ちょっと忘れ物したかなって・・・」

「何を?」

「あの・・・あ・・・あの・・・
あっ!下着!・・・とか・・・じゃなくて・・・着替えとか・・・あ・・」

「んふふ・・・へんなウソ。」

「ウソじゃないよ。今日はお泊まりしようかなと思って。」

「それはうれしいな。気が変わったってこと?」

「だからぁ、会いたくなったんだってば。」


テヤン、いつものように
「はぁ・・・」って息を吐いて私を抱きしめた。


「僕があんまり暗い顔してたから、
声かけられなかった?」

「えっ?・・・・」



     テヤン、図星だ。



「アヤノ、僕も会いたかった。
ほんとは・・・
今日すごく会いたかったんだ。
僕が呼んだの、聞こえた?」

「えっ?・・・」

「テレパシー・・・」

「あ・・・・ふふ・・・
うんうん、聞こえたよ。
アヤノ~早く来て~~!って。」

「アハ・・・そんなにフニャフニャじゃないよ。」

「ふふ・・・」

「でも・・・・やっぱりフニャフニャかも。」

「テヤン・・・」

「・・・・・・」


私を抱きしめたまま廊下の壁にもたれて、

ただじっとしてるテヤン。

私の髪をなでながら、黙ってる。

ゆったりとした呼吸で上下する胸に頬をあてて
君の鼓動を聴いている。


      テヤン・・・・

      もう前みたいにしつこく聞き出したりしないよ。

      いやなら言わなくていい。


テヤンの広い背中に腕を回して
精一杯抱きしめる。


「テヤン・・・」

「ん?・・・・」

「愛してる。」

「ん。」


「・・・・・・」

「アヤノ・・・・・・」

「ん?」

「どうしたの?って訊かないね。」

「・・・・・」

「アヤノ・・・」

「ん・・・」

「僕は・・・・弱虫かな。」

「弱虫?・・・・なんで?」

「勇気が出ない。」

「なんの?」

「・・・・・」

「テヤン?・・・」

「僕に会いたいって言ってるんだって。」

「・・・誰が?・・・・」

「僕の・・・・お父さん・・・」

「・・・・!!」


「ほんとに、いるんだね。お父さん。
僕をこの世に送り出した人。

ヘンな感じだ。

母と恋をした人。
きっとすごく愛し合って・・・
そして僕が宿ったはずなんだ。

だけど・・・・」


      テヤン・・・・


「だけど・・・
その人と僕は今日まで、
一度も会わないで生きてきた。
一度も交わらないで別々の人生を生きてきた。

それでも、お父さんだなんて・・・

へんな感じだ。

それでも、そっくりだなんて・・・

へんだよね。」
   

「え?・・・・」


「牧師さんもひどいよ。

ふふ・・・なんでこうなっちゃうかなぁ・・・

11年もあったんだから、もっと小出しにしてほしかったよ。

こんなに一度にドバーッと出されて・・・・
ちょっとまいっちゃった・・・・

牧師さんらしいけど。

でも・・・
大丈夫・・・かな・・・
アヤノといっしょだから・・・」


独り言のようにぼそぼそつぶやくテヤン。

私を胸に閉じこめたまま。


「テヤン?・・・・」


腕を解いて、私の顔をのぞき込んだ。

ほんのちょっと微笑むと、私の手をひいてリビングへ戻った。

そして1枚の雑誌の切り抜きを差し出した。



「ウソッ!・・・」


「これは、12年前の写真らしい。40才過ぎくらい?
母が大切にとっていたそうだ。」


奥さんらしい人とならんで微笑む紳士。
テヤンと同じ笑顔。

怖いくらいに・・・似てる。


「びっくりした?」

「うん・・・・」

「僕も・・・・」

「・・・・・・」

「牧師さんの手紙。読んで。」

「いいの?」

「うん。読んでほしい。」

    
  

      牧師さん・・・

      このことだったのですね。




ダイニングテーブルを囲んで座る。


手紙を持つ手がかすかに震えた。

テヤンは、テーブルの上で両手を組んでいた。

何かを考えたり、すこし緊張すると、
彼は無意識にこのポーズをとる。

背筋を伸ばし、祈るように下を向いている。
端正な横顔に翳りがさして、
こんな時まで、「きれいだな」なんて思ってしまうよ。

もう今は、さっきみたいに背中がまるまっていない。
ほんとはもう、心を決めているのかも。

お互いをちらっと見合って眼が合った。
テヤンの口元がほんの少しだけあがる。

その少し苦しそうな笑顔を見ると思い出す、
二人でたどった過去への旅を。



あの再会の日から、ほんとにたくさんのことがあった。
半年しかたっていないのに、
もう10年分くらいジェットコースターに乗った気分。


そしてようやく旅装を解いて、
これから二人の、明日ばかりを思って暮らす日々が始まる・・・

そう思ったのだけれど・・・


まだ足りないのかな。

二人が超えなければいけない宿題、これがほんとの最後?

そしてその最後の宿題が、
テヤンの笑顔をこんなにこわばらせてる。


「アヤノ・・・読んでみて。」

「うん・・・・」


かすかな手の震えを、おさえられないままだ・・・


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