Lusieta

 

続・この場所から テヤンの宿題 5

 

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20006.2

       ―――――――――― side アヤノ




「ごめんなさい。

お待たせしてしまいましたか?」



「いいえ。楽しく過ごしていました。」



うそつきテヤン。

ただただ緊張して、じっとしてたくせに。



「ミタニシュンスケです。」


「ソン・テヤンです。

こちらは・・・・あ・・・」



ごめん、テヤン。

私、すでにボロボロだ・・・・



すぐにテヤンがハンカチをくれた。

なんか、すごく用意がいい。


「タマキアヤノさんです。」

「はじめまして。タマキです。」



あとが言えない。



「はじめまして。

今日はご一緒してくださってありがとうございます。

お会いできて、うれしいです。」


ぐじゃぐじゃの私に向かって、

ニコニコしながらそんなふうに言ってくれた。


「・・・はい・・・」



私ってば、最低だ。

涙止まらないし、口もきけないし・・・

二人に気遣いさせちゃうし・・・・

こんな大事な時に、ホント最低だ。

やっぱり来るんじゃなかった。



テヤンが言ったんだ。

      「絶対に一緒に来て!

       だからアヤノが時間とれる日にしたんだから。

       ちゃんと言ってあるんだから。

       僕の妻になる人と一緒に行きますって。」



“僕の妻になる人”なんてサラッと言うテヤンに目を白黒させながら、

その真剣な顔に「行かない」なんて言えなかった。

でも・・・今、ホントに後悔してる。



そっと背中にテヤンの掌がふれた感触・・・・

指が2回、トントンとして、

そのままその掌から、テヤン優しさが流れ込んでくる・・・



        テヤンの、こんなに大事な時なのに
        
        彼にこんなことさせてる私。
        

         




「あっ!・・そうだ。」

テヤンのお父さんが、コートのポケットを探る。


        あ・・・


左のポケットから二つ、右から一つ、

缶コーヒーが出てきた。


「僕の好みと同じにしてしまいました。

砂糖もクリームも入ってますが、

もしかして、ブラックでしたか?」


そう言って微笑みながら、

私の目の前にコーヒーを置いてくれたお父さん。


      “私もこれが好きです・・・”

      言いたいのに、まだグジュグジュで・・・

      言えない・・・

      情けない・・・



ハンカチを顔に当てたまま、頭を下げた。


「ありがとうございます。

彼女は砂糖もミルクもたっぷりが好きなんです。」


そう言って、テヤンが私の缶のプルトップを開けてくれた。

見上げると、君は思いっきり優しい目をして頷いた。


       テヤン・・・・

       ごめんね・・・・



そして、二人もそれぞれの缶を開けて・・・・

みんなが飲んでいて・・・・

無言だった。


“あぁ、しずか・・・”なんて、飲みながら思う。


テヤンのハンカチを膝に置き、

私は赤い目と鼻をむきだしにした恥ずかしい顔で飲んでいる。

甘くてあったかい液体に、ホッとする。

でも、ドキドキしていて、なんだかつい一気に飲んでしまった。

また二人の視線が私に集まっている?




テヤンが、口を開いた。

「西口入ったところの自販機ですか?」


「いや、これは、アスレチック脇の売店のです。」

「あ・・・さっき通った時は、おじさん居眠りしてたけど・・・」


「そう! 居眠りしてた。僕が起こしてしまった。

寝込みを襲われて気の毒だったから、

おつりはいらないって言ったんです。

そしたら、すごく無愛想だったのに、

いきなりニヤッと笑って、『そう?』だって。」


「ハハッ、目に浮かびます。」


「ぐひゅ・・・」


つい、つられて笑ってしまったら

鼻かんだみたいな声になっちゃった・・・・


二人がまた同時に私を見て、笑顔になった。



「すみません・・・」

「いえいえ・・・」とその人が言い、

「もう大丈夫?」とテヤンが言った。 

うんうんと頷いた。



「それはよかった。」と、その人が言った。

そんな時の笑顔がテヤンといっしょで・・・

なんだか私は、どうしていいかわからない。




「梅、咲いてましたね。もう撮りましたか?」

「ええ、あとで撮りに行こうかと思っています。
今日は梅を目当てに来てる人、結構多いみたいです。」

「そうですね。立派なカメラ持ってる人、何人か見かけました。
ソン・・・さんの、今日のカメラはどんなですか?」

「あ・・・、テヤンって呼んでください。」

「あぁ、はい。」

「今日はこんな、普通のデジカメです。
撮ることに集中する気は全くなかったので。」

「あ・・・そりゃそうですね。」




二月の陽射しは、この時間もまだがんばっていて、

テヤンと私の背中を温め、

テーブルを囲んで直角の位置に座ったその人の、

右の横顔を照らしていた。



テヤンにそっくりだけど、

年輪を重ねた違いはくっきりとある。

でも、その目尻のしわや、少しこけた頬からは、

大人の奥深さと気高さを感じる。

そして、まなざしの温かさも。




「・・・・・・」

「・・・・・・・」






     なんだか・・・・

     会話が途切れた・・・

     ほんとは、本題に入るべきなんだと思うんだ。

     そして、入りにくくしてるのは、絶対私。


     こういう時、お見合いの時の仲人のおばさんみたいに

     ころあいを見計らって、

     そっとさりげなく出て行かなければならないはずなんだ。

     「それじゃあこのあとは、お二人水入らずで・・・」

     って感じでね。

     あぁ、だれか・・・電話でもかけてきてくれないかなぁ~

     うまい口実に使うのに。

     でも、いざとなったらお芝居なんかできないかな。





RRR・・・・RRR・・・RRR・・・・

     ウソッ!! ほんとにかかってきちゃった。



「すみません」

あわてて東屋を出て、携帯を開ける。



「おぉ~~アヤノ!

今どこだ?!」


編集長の大きな声が聞こえて

思わず携帯を耳から離す。

今いる公園の名を告げた。



「おぉーーいいぞーー!! そこからなら、かなり近いじゃねえか。

怒るな! 怒るなよ、アヤノ!

休みだってのは重々承知だ!

だけど、絶対断るな!!


頼む!今すぐ成田に向かってくれ!

イタリア紀行が飛んじまう!!


vaiちゃんが、急遽トラブル処理でイタリアに飛んじまう。

メールで送ろうとしても、なんでだか返ってくるんだと!

プリントアウトしたが、

ファックスがちゃんと届くまで見届ける時間がないからって、

持ったまま成田に向かっちまった。

急いで行って受取ってくれ!

頼む!!頼む!! すぐだ!」



       編集長ってば~

       なんていいタイミングなの!

       ありがとうって言いたいくらいだ・・・・

       もちろん言わないけど。

       しかし、「vaiちゃん」って呼ぶのはやめた方がいいのに

       こないだだって、「松川です!」ってクギさされてたでしょ。

       懲りないヤツだ。

       




わざと、ちょっとムッとしてため息ついて・・・

「はぁ~、わかりました。

彼女の携帯?知ってます。

はい、はい、は~い、はい・・・・

じゃあ、すぐに向かいます。」


緊張した顔を作って、小走りに帰った。

いや、ホントに切迫した事態なことは確かなんだから。


「すみません!

すぐ成田に向かわなければならなくなりました。

記事をお願いしてる方が飛行機に乗る前に、

彼女の原稿を受け取らなきゃいけなくて。

お父さん、せっかくお会いしたのに、

私、はじめからこんなに失礼ばかりでホントにすみません。

またお会いしたいです。」



「えぇ、ぜひ僕もあらためてお会いしたいです。

大変なんですね。

どうぞ、気をつけて行って来てください。」



「はい!

ありがとうございます。」



テヤンが立ち上がった。

思わず手で制した。

『えっ?・・・』と、問いかけるような顔をしたテヤンに、

「行ってきます。」とだけ言った。


目を合わせてうなずくと、

君も、うなづいて・・・



「行ってらっしゃい。

電話待ってる。」


「うん。」




もう一度お父さんにお辞儀して、

くるっと振り返って土の道を走り出した。






        もしかして、私が走っていく後ろ姿を

        二人して見送ってくれたりなんかしてるのかな?

        だったら、恥ずかしすぎるな・・・

        私にしては全速力で走ってるつもりだけど、

        テヤン命名の“スローモーション走り”なんだろうな・・・・

        運動大好きなところもそっくりな二人に、見送られつつ退場していく、

        運動神経ゼロのアヤノであった・・・

        あぁ・・・・

  


       それにしても、私・・・・
 
       さっき、どさくさに紛れて

       “お父さん”って、呼んじゃった。

       今頃ドキドキしてきたよ。



       テヤン・・・・

       私のほうが先に呼んじゃって、ごめんね!

       気づいてた?




       ・・・・テヤン・・・・

       置いていって・・・

       ごめん。

       でも、きっとこのほうがいいんだよ。

       絶対、そうだよ。




       テヤン・・・・

       きっといいことになる。



       お母さんのこと、

       君が生まれる前の、二人の恋のこと

       お父さんの思い、

       そして、君の今日までのこと。



       きっと・・・・

       この二人なら・・・

       長い時を超えて、同じものを感じあえる・・・

       そんな確信が持てる。


 
       
  

       だから・・・
      
                ・・・・・ファイティーン!!





       がんばって・・・・

                    テヤン・・・・

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