Lusieta

 

続・この場所から 三月の別れ・五月の花嫁 3

 

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眠るつもりはなかったのに



いつのまにかまどろんでいた。



となりにテヤンがいない!







ベッドから跳ね起きてリビングへのドアを開けた。



ちゃんと君の気配がして、心から安堵する。



「あ、起きたの?」



コーヒー、かりかりベーコンにふんわりオムレツ、ちゃんとサラダもあって・・・



野菜ジュース、ヨーグルト・・・・



二人の休日が重なった朝に、よく作ってくれる君のメニュー。



イスを引いてくれる。



「さあどうぞ。」



「ふふ、ありがとう。」





ぼさぼさの髪に、さえない格好のままイスに座る。





「顔も洗ってないよ。」



「いつものことです。」



「野菜ジュース、おいしい。」



「それはよかった。



僕が作ったんじゃないけどね。」



「あ・・・」



「アハハ、そんなに慌ててオムレツ食べてくれなくていいです。」





ケチャップがついた口元に、長い指が伸びてくる。





肩ひじをついて、じぃ~と私を見てる。





「どう?」



「すっごくおいしい!」



「よかった!」



「テヤンも食べて。」



「うん。」





ほんとは食欲なんてなかった。



時間が迫ってる。



でも、食べる。



もう涙は落とさない。



ちゃんと食べて、4日分の笑顔で君を見送るんだから。






「あんまり進まないみたいだね。」



「そんなことないよ。おいしいもん。」



「アヤノ、ゆうべ何食べたの?」



「えっとぉ・・・・コンビニの照り焼きバーガー」



「それから?」



「ツナマヨのおにぎり」



「それから?」



「それだけ」



「お昼は?」



「サンドイッチ。」



「コンビニの?」



「うん、だって会社の隣がコンビニなんだもん。



時間がないとね、こうなっちゃうの。」





「アヤノ、家でご飯作るときは、あんなにちゃんとバランス考えるのに、



一人の時はなんにも考えないよね。」





「そんなことないよ。



いや・・・・やっぱりそうかな。」






「ジャンクフード大好きのアヤノさん、お願いがあります。」



「えぇ~、なに?」



「夕食でジャンクフードを食べるのは、せめて週3回にしてください。」



「え?・・・」





「ほっておくとあなたは毎晩編集部で



仕事しながらおにぎりかじるだけになりそうだ。」



「う・・・そうかも。」





「それから、週に1回はクニエダさんところ、


あと1回はどすこいさんところで晩ご飯をごちそうになってください。」





「えぇ~~~なんだそれぇ~~~!!



テヤン、何言ってんのよ!そんなこと出来るわけないじゃない!」





「もうお願いはしてあるんだ。



二人とも、あなたが来なかったら強制連行して食べさせるって。」







         あのぉ・・・・



私って、そんなに頼りなかったっけ?・・・



         そんなに一人にしておくと危ない人間だったっけ?・・・



        テヤン、ちょっとへこむよ。






不満げな顔でレタスをつつく私の髪に、そっと触れながら君が言った。



「もう、何も話せないまま行かなきゃいけないかと思ったんだ。」



「・・・・・・」






思わず顔を上げると、君の目が潤んでいた。






「だから、僕が出発したあとのあなたが心配だった。



こんなに辛い気持ちにさせて、ほんとにごめんね。



帰ってから、思いっきり埋め合わせするから、



アヤノの言うこと、何でもきくから。



だから・・・・お願いだから・・・・



僕が帰るまで、ちゃんといいもの食べて、ちゃんと寝て、



元気に笑って暮らしてて。



ねっ・・・」






君の静かな低い声が、胸に染みわたっていく。






         もう絶対に泣かないって決めたのに、



         笑って送り出すって決めたのに・・・



         テヤン



         ずるいよ。



         最後にまた泣かすんだね。









私はもっともっとふくれっ面になって、



涙をふきふき、鼻水をすすりながら



朝食のプレートをガツガツ平らげた。



テヤンがイスごとくっついてきて



フォークを持ったままの私を抱きしめた。



もう、“素直”のかたまりみたいになっちゃった私は、



そのままふにゃふにゃと身を任せて、



やっと言った。




「テヤン」



「ん?」



「不思議」



「ん?」



「テヤンが大丈夫って言うと絶対大丈夫って思える。



テヤンが、帰ってくるって言ったら



絶対帰って来るって思える。



ごめんね、素直になれなくて。



こんなにテヤンのこといじめて、心配させた。



成長しないやつでごめんね。



もう大丈夫だから、頑張っていい仕事して来てね。



私は、ちゃんと食べて寝て、



元気に笑って暮らして、



テヤンのこと待ってるよ。」



一気にそれだけ言って、またずずっと鼻をすすった。





「あぁ・・・アヤノ・・・・」




苦しいほどギュッと胸に閉じこめられた。











    ・・・・・・・・・












他愛ない言葉をぶつけてじゃれ合いながら



二人で食器を洗い、片づけた





着替えをして・・・・



私の出勤時間が迫る。



テヤンの飛行機は昼過ぎだった。



その時間さえ、さっきまで知らないでいた。



結局見送られるのは私だった。





テヤン、



ジーンズのポケットに手を突っ込んで壁にもたれ、



バタバタ準備する私を眺めてる。







いつもと変わらない朝だけど



いつもとはまるで違う朝。




君のバックパックや、キャリーをつけた機材のケースが



ひとつひとつ存在を誇示しながら、廊下に並んでいる。








もう行かなきゃ・・・・



もう・・・・行かなきゃね。







今日は大物小説家さんに連載をお願いしに行く日。



だからスーツにヒールだ。



「そんなの履いて、転んじゃダメだよ。」



「ふふ・・・何言ってんの・・・」



「そのブラウスの胸、ちょっと開きすぎ・・・」



「その先生、こういうのが好きなの。」



「なに?」



「大丈夫、今日は編集長と一緒だから。」



「編集長もそういうのが好きかも・・・」



「うん、好きなの・・・・」



「カンボジア、やめようかな・・・・」



「うん、それがいい!」



「・・・・・・」



「・・・・・・」



「んふふ・・・」



「ふふ・・・・」



「では、魔除けのおまじないを。」



「ん?」





テヤン、いきなりかがんだと思うと、



ブラウスの胸元にキスをした。



「わぁ!」




そして、頬にもひとつ。



そして・・・



テヤンの飛びっきりの笑顔で、



「アヤノ、行ってらっしゃい。」



「・・・・うん・・・行ってきます!」



ニッとひとつ笑って、振り切るように玄関を飛び出す。







いつものように、ドアを閉めて、それで終わり。



振り向かない。






私も、最後に思いっきり笑顔でいられたよね。



久々に、ヨッシャーー!!と気合いを入れる。



スタスタと、いつもより大股で坂道を下りて駅に向かった。









   ・・・・・・・・・・・・・











昼休み、ビルの外に出て深呼吸していた。



早い春の透明な風を、体いっぱいに吸い込みたい。



そろそろテヤンが飛び立つ時刻・・・・



ほら、メールだ。







       『これから離陸します。

     

        アヤノ、愛してる。



        だから、ジャンクフードは週3回までだよ』







        なんで『だから・・・』なの? ふふ・・・







コンビニに入ろうとした足が止まる。



いや、週3回までというのは“夕食で”ってことよね。



これはお昼ごはんだもんね。







でも・・・・



今ふっと思いついてしまった。



そうだ、明日からはお弁当を作ろう。






テヤンが言ったこと、



ちゃんと守ってがんばってたら、ちゃんと無事に帰って来る・・・



そんな気がした。



なんだか・・・・願掛けみたいだ。









         『明日から、お弁当作ることにしたもんね!



         エライ?



         テヤン、愛してる。



         行ってらっしゃい!』





やっと言った。



「行ってらっしゃい」って。








そうだ、クニエダちゃんとどすこいさんに料理を教えてもらおう。



いい考えだ!



テヤン、あっと驚くごちそうで、「お帰りなさい」をしてあげる!







         だから・・・・・


  
         元気に帰って来るんだぞ・・・・     






         テヤン・・・・・



         





青一色の三月の空に、



飛行機雲が、一すじの糸をひいてゆく。


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