Lusieta

 

続・この場所から 三月の別れ・五月の花嫁 4

 

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3月○日



To アヤノ

ーーーーーーー from テヤン



アヤノ、元気にしていますか?


バンコクに着きました。


今日はここで一泊し、明日カンボジアに入ります。





あんまりおかしいから、早く報告したくて・・・


すぐにPCを開きました。


実はまだシャワーもしていないんだよ。


いったいどうしたんだって思うでしょ!


     
     

僕が見た夢の話です。




飛行機に乗ったとたんに眠ってしまったよ。


ゆうべは一睡もしなかったからね。




それでね、夢を見たんです。


あなたの夢。




今でも思い返すとリアルで・・・・


ちょっと苦しくて、でも笑ってしまう。


今朝の、あなたのあのブラウス・・・・


あんなの見ちゃったからだよ。
           
     
     



僕は必死で走ってどこかに駆けつけたんだ。


そしたらあなたがいて、


あなたは今朝と同じスーツなんだけど、


ブラウスの胸元がもっともっと開いてるんだ。


そして、白い胸がむき出しになっていた。




ぼくはすごくびっくりして、あなたに必死で言うんだ。


「ダメだよ! 早く隠して!」って。


でも、あなたはニコニコして誰かと話をしてる。


僕の声も聞こえてるみたいなのに


全然言うこと聞いてくれないんだ。




その男性はあなたの顔をのぞき込んでる。


あなたはニコニコして・・・・


「ダメだ! アヤノ! 早く隠して!!」


そう言おうとするのに、うまく声が出ない。


なにか、その胸を覆うものを探そうとするんだけど、見つからないんだ。


何もなくて、手を伸ばすのに届かなくて・・・


その男性、顔はわからないんだけど、


とても嬉しそうにしてることだけはわかるんだ。


誰?




アヤノ、ヒドイよ。何で無視するの?


僕は無力で、つらくてね、寂しかったよ。




それでね、僕はどうしたと思う?


ここからがすごいんだ。


大声で寝言を言ったんだ。


「行くぞ!! アヤノッ!!」って。


自分の声で目が覚めた。




びっくりでしょ。


恥ずかしかったよ。


飛行機、飛び立ってまだ間がなかったんだ。


眠ってる人なんて誰もいないよ。僕だけだ。


自分でもすごく大声だったってわかるんだ。


近くの人たちが驚いて、身を乗り出して僕を見てたよ。


「すみません」って謝った。


あ~恥ずかしい・・・





それにね、びっくりはまだある。


「行くぞ!!」なんていう日本語、


僕、使ったことなかったんだ。


日本に来てから今日までまったく。





僕がそんな言葉を使うなんて・・・


よほど逆上したのかな(笑)




笑えるけど・・・・


つらいよ・・・・・


書いてるとね、今もつらくなる(笑)





目が覚めてから思ったんだ。


あなたの胸にかぶせるものが何もなかったけど、


よく考えると、僕のシャツがあったんだ。


シャツを脱げばよかったな。


夢の中で、思いつきたかったよ。


くやしいな。





朝、あなたの胸に、ちゃんと印をつけておけばよかったな。


そしたらあんな夢見なかったかもしれない。


くやしい(笑)





アヤノ、急に寂しくなっちゃったな。


僕は寂しい。


あなたを置いていくのが、ほんとにつらかった。


今、あなたに会いたい。


あなたに触れて、あなたを確かめて、この胸に閉じこめて、


誰にも見せたくなくなってしまったよ。





僕だけのアヤノ・・・・


急にやきもち妬きになってしまった僕を許して。


僕が帰るまで、もう胸の開いたブラウスは着ないで。


わかった?


これから、できるだけ毎日メールします。


どんなに短くても、ひとことでも足跡をつけたいと思っています。


日記がわりに。


じゃあね、風邪ひかないようにね。


             あなただけのテヤンより






ps.ふふ、メールっていいね。


   こんな恥ずかしいことも言えてしまうよ。







   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








4月○日


To アヤノ


    ーーーーーーーFrom テヤン



アヤノ、元気ですか?


こっちはとても暑いよ。


日中は40度になる日も多い。           


もっと涼しい冬(と言っても24度くらいらしいけど)に来ればよかったと


珍しくボスが弱音を吐いてる。




でも、日本のような湿気はなくて、


陽射しを避ければなんとか凌げる。


大きな木の陰に行くとホッとするよ。




空はどこまでも青い。




遺跡の圧倒的な大きさと存在感に、毎日ひるみそうになるよ。


でも、ひるみながらも、力を与えられてることを感じるんだ。




気の遠くなるような長い時を重ねて静かにそこにあるたくさんの芸術と、


生命力に溢れた亜熱帯の常緑樹


そして、そこで出会った子どもたちに。






アヤノ、ごめんよ。


僕はガールフレンドができてしまった。


リットって言うんだ。


小学校5年生か6年生くらいだと思っていたら15才だった。


栄養状態がよくなかったんだね。


とても小さい。



彼女だけじゃなくて、たくさんの友だちができたよ。


6才から15才までの7人のグループでね、           


アンコールワットの観光客に毎日土産物を売りに来るんだ。


毎日昼食をとる食堂で仲良くなってしまった。



何も買わなかったんだけど、持っていたビデオカメラで彼らを撮って


その場でモニターを見せたらすごく喜んでくれてね。


カメラを向けると、とても楽しそうに商品の説明をするんだ。


陽気で楽しくて・・・


でも、いつもお腹がすいている。





毎朝、朝日を背にして、楽しそうに歌を歌いながらやってくる。


出勤してくるんだ。


学校には行っていない。


リットは一度も学校というところに行かないで15才になったんだ。





一日中土産物を売り歩いて、


そして、夕日が辺りを染める頃にやっと、


そのオレンジ色を背中に浴びながら帰って行く彼ら。




リットは小さい子どもたちの面倒をよくみて、みんなのリーダーなんだ。


小さい子が騒いでしまって、食堂のおばさんに怒られて追い払われると、


ちゃんとおばさんに謝って、また明日も来れるようにお願いしていた。


そして、拗ねて泣く子を慰めて、たしなめて、


物売りの仕方も、礼儀も教えているんだ。


とても賢くて、優しくて、


僕は彼女にたくさんのことを教えられている気がするよ。







リットにはね、8才の弟がいるんだ。


ハンっていうんだ。


彼の右足は、膝から下がない。


6才の時、みんなと遊んでいて地雷を踏んでしまったんだそうだ。


子どもたちが走り回って遊ぶ、そんな場所にも地雷は埋まってる。


それがこの国の現実。




ハンはね、7人の中で一番元気で、ニタニタ笑ってて、声が大きくて、


いつも僕にくっついてくる。


お父さん手作りの松葉杖と義足で、


みんなと一緒に毎日歩いて来るんだ。





一緒にサッカーもしたよ。


彼はもともとすごくスポーツのセンスがあるんだと思う。


松葉杖で体を支えて、左足ですごいシュートをして


そのあとは必ずドスンと倒れる。


大の字になって「やったー!」って顔して吠えてたよ。


でも、倒れ方が激しいから、


何度もシュートすると、体にダメージが大きいんだ。




それに、小さな石ころがあるだけでもひどい傷になっちゃう。


抱き起こそうとしたら、「OK!OK!」って言って、


全然平気だから大丈夫って。


すごく痛そうなのに、自分で起きあがる。


青空に向かって、「ウォ~~~!!」と一声吠えてから立ち上がる。





これからどんどん大きくなる体に合わせて、


義足も松葉杖も変えていかなければならないけど、


専門的なケアと資金援助の手は、圧倒的に不足していて


この地域まで届くのはいつになるかわからないそうだ。






アヤノ、地雷は、ほんとに卑怯な武器だ。


貧しい地域の、戦う意志を持たない人を傷つけるためのものなんだ。


それは、細々と田畑を耕す人の手をもぎ取り、


輝くような笑顔で飛び回る子どもたちの足を吹き飛ばす。


もちろん命も。


そして、今こうしてキーボードを打つ僕からたった数キロのところに


数え切れない数のそれが埋まっている。


この瞬間にも、誰かを傷つけているかもしれないんだ。





ハンの未来はどんなだろうか・・・・






一週間、毎日会っていたんだけど、


僕らは、アンコール遺跡群のなかの別な遺跡を撮りにいくことになった。


30キロ離れてるから、多分もう会えないと思う。


今日が最後の日だったんだ。





朝、そのことを話したら、一瞬、みんなぼーっとしてしまった。


そして、リットが泣いた。


なんでもっと早く言ってくれなかったのかって。


ちゃんとお別れの贈り物をしたかったのにって。


彼女が涙を流すなんて、驚いて、僕はとてもうろたえてしまった。




それまで、あまりにも気丈で賢くて、みんなのお姉さんで、


いつも背筋をのばして凛としている、そんな感じだったんだ。


感情の起伏があまり感じられなくて、笑顔も静かだった。


あんなに体がちいさいのに、僕よりも年上かと思うような、


そんな静かな落ち着きを持っていたから。





彼女が泣くと、みんなもワーワー泣き出して


僕も、涙がとまらなくなってしまって困ったよ。





でも、昼にまた食堂に来た時は、もう涙はなかった。


もじもじしながら、みんなからの贈り物だと言って寄せ書きをくれたんだ。


大事な売り物のポストカードを1枚使って。





唯一、独学で簡単な字を覚えていたリットが、鉛筆で書いたクメール語。


ひとりひとりの名前と


“私たちを忘れないで”の言葉。


あとはそれぞれが描いてくれた絵。


豚、にわとり、仏像、おひさま、自画像、家・・・・


とてもうれしくて、一人ずつ絵の説明を聞いて握手して


僕からの贈り物は、一人一人をインスタントカメラで撮った写真。


みんなとてもいい顔をしてた。


その裏に、僕の名前を書いた。


「きっとまた会える。その時まで、元気で。」って、


通訳の人にクメール語を教えてもらって書いたんだ。


いつか彼らに、その字を読める日が来ることを祈りながら。






アヤノ、子どものしごとは何?


それは遊ぶこと、学ぶこと、そして大きくなること。


あんなふうに朝から晩までモノを売って歩くことじゃない。


ほんとは遊びたいし、学びたいし、お腹いっぱい食べたいんだ。


なのに、彼らはあんなに明るくて、毎日元気に歌いながら現れて、


逆に、僕らにたくさんのものを学ばせてくれた。


そんな彼らに、大人の僕は何をして報いればいい?





アヤノ、僕はこのごろよく考えるんだ。






僕が今日まで生きてきて、


出会ったたくさんの人や、経験したたくさんの出来事。


その貴重な縁は、なんのためにあったんだろうと。







韓国を出て初めて経験したのはチベットの学校作りだった。


そこで祖国の子どもたちのための学校作りに奔走するミョンジンさんに出会った。




震災のあとの教会は、


毎日子どもたちの遊び場でもあり学校でもあり、眠る場所でもあった。




アフガンで出会った彼女は、


「この子たちが教育を受けることだけが、私の望みだ」と言った。






人が皆、何かしらの使命を帯びてこの世に生まれ落ちるなら、

僕の使命はなんだろうと、そのことを考えています。

いつも心の隅にあって、気になっていること。


それをみんなに伝えたい?


それが僕のしたいこと?


撮ることが僕の手段なら、


その何かをテーマに撮ることが、僕のするべきことなのかな。




僕は、どこに行っても、そこに生きる子どもたちが気になるんだ。


壮大な遺跡、豊かな自然・・・・・


胸打たれる毎日だけど、


気づくと、いつの間にか視線が向かっているのは、子どもたちなんだ。





アヤノ、あなたを連れて行きたい。


あの場所に。


そして、僕の小さな友人たちにあなたを紹介したい。


一緒に行ってくれる?










帰ったら、あなたに話したい。


今、こんなふうに僕の頭のなかでぐるぐる回っていること。


それを、どうか聞いてほしい。




あぁ・・・今、話したくてたまらないよ。


あのラグに座って、あなたを後ろから抱きしめて話したい。


いっぱい・・・・


一日中話しても足りないよ。






あなたが


「うん。」「そうなの?」「わぁ、すごいな・・・」って言うんだ。


そうして、僕の胸にからだを預けて聴いてくれる。


僕はあなたの匂いを感じながら、あなたの髪にに頬をくっつけて話す・・・






あぁ・・・






ちょっといろいろ想像しすぎちゃった。


せっかくまじめな話をしていたのに。







アヤノ・・・


困ったことになった。





今すぐあなたと、抱き合いたくなってしまった(笑)






ダメだね、僕は。


なんでこうなるの?


あなたが恋しくて、


どうにかなってしまいそうだ。






アヤノ、今夜、僕の夢に来て。


知らない誰かと話したりしないで、


ちゃんと僕だけに会いに来て。


僕だけのためなら、そのブラウスの胸を・・・


もう少し開けてもいいよ・・・





だから・・・


アヤノ・・・


早く来て。



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