Lusieta

 

続・この場所から 1月の風 2007 Ⅱ

 

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いつもよりかなり急いで帰ってきた。


それでも8時だけど。



テヤンからの電話は何時頃になるのだろう。

一瞬、メールをしてみようかと思った。

ちがう・・・

そもそも携帯が使えないから家の電話なのだった。

ふうっと、ため息のような苦笑いのような声がもれる。




私たちのコミュニケーション、

やっぱり携帯に負うところが大きいと、つくづく思う。





      テヤン・・・・

      会いたい。

      バカだね、私。逃げちゃうなんて。





テヤンからの電話を待つ落ち着かない時間を、

結婚式の写真なんか見て過ごしてる。



テヤンも私も嬉しそうな顔・・・・


クニエダちゃんのカメラ

最高の笑顔の一瞬をとらえることにかけては、

テヤンの上を行くかもって、私は密かに思ってる。



あの日の、嬉しくてたまらなかった気持ちがリアルに蘇る。




      テヤン、早く声を聞かせて。




せっかく早く帰ってきたのに、ちっとも電話がかかってこない。

だからシャワーもできないで12時になった。

つまらないバラエティ番組のハイテンションなトークをBGMに、

うとうとしていたみたいだ。



     RRRRR・・・・・・



    ラグに寝そべってしまってすぐだったと思う。

    ものすごくびっくりして、一瞬なにがなんだかわからなかった。



        「もしもし」


     「アヤノ?」


        「はい」


     「起きてた?」

        「・・・・起きてたよ。」



     「ふふ・・・居眠りしてたでしょ。」

        「してないよ。」



     「いや、してたね。」

        「決めつけないでよね・・・」



     「じゃあ起きてたの?」
 
        「寝てたよ! 悪いの?」



     「んふ・・・・アヤノ、愛してる。」

    
        「・・・・・」



     「今日、会えなくて寂しかったよ。」

    
        「・・・・私も・・・」



     「ほんと?」

 
        「ほんとだよ。」



     「じゃあ、なんで逃げたの?」

 
        「・・・・」


     「アヤノだと思ったんだ。でも、すぐに違うってわかった。

      アヤノと違う香りがして・・・」


        「やめてよ。そういう生々しいこと言わないでよ。」



     「え?・・・・」

 
       「テヤンが他の人に香に包まれたなんて、なんか・・・イヤだ。」



     「それって、妬けたってこと?」


        「・・・・妬けたってこと・・・・」



     「んふ・・・なんか・・・・嬉しいかも・・・」


        「・・・逃げなきゃよかったな。」



     「でしょ! でも、気持ちわかるよ。」

 
       「ん・・・私も・・・去年の時のテヤンの気持ちがわかった。」



     「でしょーー。」

        「ふふ・・・」



     「アヤノ・・・」


        「ん・・・」



     「あなたも言って。」

 
        「ん?」



     「愛してるって言って。」


        「・・・・テヤン・・・」



     「うん。」


        「愛してる。すごく愛してる。

         だから他の人にくっつかれたりしないで。」



     「はい。背中に目がなくてごめんなさい。」

 
        「そうだよ。隙があるね、テヤンは。」


     「はい。10メートル離れてても、
      アヤノの匂いを嗅ぎ分けられるよう修行します。

      だから許して。」

 
        「ふふ・・・・許す。逃げちゃってごめん。」



     「うん、あさって、会おうね。新幹線で。」


        「うん、新幹線で。」



     「あ・・・スーツとか、もう宅急便で送ってあるよね。」


        「うん、法事のためのモノは全部。」



     「日本の仏教の法事は久しぶりなんだ。なんか、緊張するよ。」


        「大丈夫、黙って座って祈ってればいいから。」



     「お盆に帰れなかったから、ちゃんと挨拶するよ、
      カイさんとミオちゃんに」


        「うん。」



     「ちゃんと祈るよ。」


        「うん。」



     「アヤノ・・・」

        「ん?」



     「眠いの?」


        「ううん。」



     「ちゃんとごはん食べたの?」

 
       「うん。テヤンは?」



     「食べたよ。
      みんなとホテルの近くの居酒屋に行ってたから遅くなった。
      ごめんね。アヤノは何食べた?」
       
         「・・・・・」



     「ん?」

         「ちょっと、言いたくないかも。」



     「なんで?」 

        「テヤン、怒るもん。」



     「ふふ・・・怒らないから言ってみて。」

         「いや、怒るよ。」



     「おにぎり?」 
         「ちがう。」



     「サンドイッチ?」

         「ううん。」



     「なに?」 
 
         「・・・・う~ん、コロッケだけど・・・」



     「なんだ、それじゃ普通じゃない。それから?」

         「・・・・それ・・・だけ」



     「え? どこで?」 

         「・・・・」




     「もしかして、ミドリ屋?」 

         「・・・うん」



     「もしかして、1個買って歩きながら?」

         「アタリ・・・」



     「はぁ~~最悪だ・・・」 

         「・・・・だから言いたくないって・・・」



     「そういう問題じゃないでしょ。自分の体のことどう思ってるの?」

 
        「ほら、やっぱり怒った。」



     「あのね、仕事をするオトナとして、体調管理も仕事の一部だよ。」

  
       「はい。」



     「わかってるの?」


        「わかってるよ。」



     「いや、わかってないね。
      こんなんじゃ、昨日もちゃんと食べてないでしょ。

      せっかくどすこいさんやクニエダさんに教えてもらったのに。」


        「テヤンがうちにいるときはちゃんと作ってるでしょ!」



     「いつでもちゃんと食べなきゃ意味ないよ。

      僕がいなきゃ、とたんにこんなになっちゃうなんて、

      じゃあまた僕が長く家をあけたらあなたはどうするの?

      またクニエダさんやどすこいさんに頼るの?」

 
         「なんでそこまで話がいっちゃうのよ!  
          そんなに怒らなくてもいいじゃない!!」



     「あのね・・・、
      あなたはこれから妊娠して出産しなきゃいけない体です!」 

        「・・・・・え?」



     「“え?”じゃないだろ。あなたはそういうことに無頓着すぎるんだ。」


        「・・・・」



     「新しい命を宿すって、大変なことなんだ。」


        「・・・・・」



     「アヤノはそういうこと、どう考えてるの?」

 
        「・・・・・」



     「アヤノ?」 

        「・・・はい・・・」



     「何か言って・・・」

        「・・・・・」



     「いつか・・・

      あなたと僕の赤ちゃんを・・・・産んでくれるでしょ。」


     「あ・・・・・」


     「・・・・・・」

   
     「・・・・・・」



     「アヤノ・・・・」  

         「・・・そうだよね。それが・・・自然です。」



     「アヤノ・・・ミオちゃんのこと、考えた?」

         「・・・う~~ん、よくわかんないけど・・・」



     「ごめん、唐突だったね。 こんどゆっくり顔を見て話そう。

      なんだか、こんなに大事な話を中途半端に出しちゃってごめん。」



        「避けてるわけじゃないの。   
         そうだよね、私もいい年だし・・・・」




     「うん、今日はもうやめよう。今度話そう。ねっ。」



        「テヤンは・・・・赤ちゃん・・・欲しい?」



     「アヤノ・・・・今度、ゆっくり話そう。」



        「・・・ん・・・・」







     ーーーーー







     テヤンがいなくて、ただただ広いベッド。

     寝る位置が決まらなくて、もぞもぞ動き続けてる。



     お互いまだ話し足りないけど、でもそれ以上話せなかった。

     もう何を話しても、煮詰まってしまう気がした。



     “あなたと僕の赤ちゃん”

     十三回忌の前に、テヤンの口からこぼれた言葉。




     私は、もう一度母になれるんだろうか。

     テヤンと私の・・・・



     あの、柔らかくていい匂いがして、

     くんくんとおっぱいを飲む小さな小さな存在を、

     またこの胸に抱く日が来るのだろうか。




     考えてなかった訳じゃない。

     欲しくないなんて思ってない。

     ただ・・・怖いだけ。



     いつもそれだ。

     いつもいつも、その“怖い”を乗り越えるのが大変で・・・

     いや、大変なのはテヤンだね。

     また私の心の揺れに付き合わなきゃいけない。



          テヤン、ごめんね。


          私といて疲れない?


          私は・・・・


          なんだかちょっと疲れるよ。


          こんな自分に。



     ミオのこと、思い出さないで眠りたい。


     泣くと、明日の朝、目が腫れてしまうから。



     テヤン、君の胸が恋しい・・・・



     こんな夜は、君のぬくもりに包まれて眠りたい。





          なんでいないの?



          テヤン・・・・

 

          明日もいない・・・

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