Lusieta

 

続・この場所から 1月の風 2008 前編

 

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「あと少しだよ。」そう言いながら、

テヤンはカップルつなぎの手をギュッと握り直して脇を締め、

ぶら下がる私をひっぱってくれる。

クニエダちゃんの古いマンションはエレベーターがない。

4階までの道のりは、妊婦でなくても長い。


ここで全体重をかけたらテヤンはどうなるだろうかと、

いたずら心が湧いてくる。

ほんとはそれほどフラフラじゃないんだ。

久々に連れだって出かけるテヤンに甘えてる。



このごろますます売れっ子になって忙しい彼、

二人ゆっくり一緒にいられる時間はどんどん減っている。

そして私は拗ねてばかりだ。



年末、イヴも帰れないとテヤンが言った時、

私は大げさにがっかりして

「クニエダちゃんちに行くからいいもんね!」

と言って1日口をきかないって決意した。

ずるいテヤンの太陽作戦で、5分ともたなかったけど。

とにかく最近の私は情緒不安定気味で、
ヒステリックに感情が爆発しそうな自分をもてあます。

前はこんなことで拗ねて怒ったりしなかった。

妊婦ってこんなになるんだ。


テヤンは私の子どもじみた拗ねっぷりが楽しいらしく
さして困る様子でもない。


「アヤノさん、お茶淹れました。
機嫌なおしておまんじゅう食べましょう。」

「アヤノ、ちょっとこっちに座らない?
いっしょにDVD観ようよ。」


そして・・・・


「アヤノ・・・
ね、もう終わりにしよう。時間がもったいないよ。

いっしょにいる間は、ずっとあなたに触れていたいのに・・・

こんど絶対にたっぷり埋め合わせするから。」


そう言って後ろから抱きしめる。


「僕を一人にしないで。

アヤノが怒ると、2対1じゃないか。

僕は不利だな。」


そっとお腹に手をやって


「早く出てきて、僕の味方になってよ。」


「ふふ・・・」


笑ったら負け。


「一緒にDVD観る?」

「うん。」


テヤンの温もりに包まれてDVDを観ながら


「アヤノ?・・・」

「・・・・」

「ねちゃった?・・・」


テヤンの胸は気持ちよすぎて、

せっかくの二人の時間なのに、

私はすぐに眠ってしまう。

妊婦はなぜかいつも眠いのだ・・・・



クリスマスもお正月もなく12月から働きまくったテヤンは、
12日から20日までお休みをとった。

こんなの初めてだった。

それに合わせて取れた私の休みは17と18。

でも、土日と祝日を入れると7日も重なる。

すごい!!

こんなの結婚以来初めてだった。


「ほんとにダイジョブだったの?」


「うん、マイホームパパになっちゃったんだ。」

そう言ってウィンクして笑った。


わぁ・・・・


そういうセリフも表情も
心から「かっこいい。」って思ってしまう。



テヤン・・・・

私は今・・・

         すごく幸せ




神戸の牧師さんには、16日に行くことを伝えた。

残念だけど今年は身重だし、
週末のさとちゃんたちの集まりはパスした。

17日のうちに実家に帰ってお墓参りをしたら、
18日にはもう戻ってくることにした。






たっぷり休みが取れたことをどこかから聞きつけて
クニエダちゃんがパーティーやろうって言い出した。


「どすこいさんも呼ぶからね。

最近がんばって嫁さんしてるんだよ。

じっちゃんが倒れちゃったから大変みたいでね。

あなた達の休みに合わせて、ぱっと息抜きさせたいの。」



テヤンはすでに大サービスモードになって、
ビデオカメラの準備までしてる。

またこないだみたいに二人だけの撮影会でもするのかもしれない。





やっと4階に辿りついてチャイムを押した。

パタパタと足音がして、
パッと弾けるようなエリカちゃんの笑顔に答える準備をしてた。

なのに・・

ドアを開けたのは・・・・


「・・・?*:・'☆・!+%&☆::$#*:・'★.。・:*:・'☆・・・」



クニエダちゃんでも、エリカちゃんでも、どすこいさんでもなかった。


「やあ、こんばんわ! アヤノさん、4階まで大変だったね。

今日は寒いね。早く入って。」



多分、私もテヤンもポカンと口を開けていたと思う。



そこに奥からエリカちゃんの声がして・・・・

「シュンちゃ~~ん、早く早く!これ持っててよ!!」

「はぁ~い、わかった!
さぁ、ふたりとも入って。中に。」

ちょっと照れながらそう言って、
小走りで奥へ引っ込む後ろ姿をみながら、テヤンが言った。



「アヤノ・・・今の人・・・誰?」

「笑った顔も・・声も・・・君にそっくりな人・・・」

「シュ・・・シュンちゃんって?・・・」

「たぶん、ミタニシュンスケさん・・・」

「それって・・・・誰?・・・・」

「たぶん・・・・君のお父さん・・・・」

「・・・・そうか・・・・」

「・・・うん・・・」

「ちょっと頭を整理しよう。」

「うん。」



すると今度は・・・

玄関で並んで棒立ちの私たちの間、
ちょうど脇のあたりに、ラグビーのタックルのように
ブホッ!と誰かの頭がめりこんだ。

そして、腰に腕が回ってきてがっちり抱えられた。

多分テヤンの腰も。


「わぁ~~!会えたわぁ~~!

久しぶりね~~。

アヤノちゃん、おなか大きくなったわね。

4階までおなか運ぶの大変だったでしょ。

取り外せたら私が担いであげるのにぃ~~。」


どすこいさん、タックルしたままの姿勢でしゃべらないでよ

顔が見えないじゃん。

ん?

どすこいさん?



どすこいさん、タックルしたまま・・・

泣いてる?



テヤンが抱き起こして肩を抱くと、

「あははーーわははーー!

ごめんごめん・・・」

鼻をずるずるっとすすり上げてニッと笑った。




「安心するとゆるんじゃうんだよなぁ。

病院からね、直行してきたの。

じっちゃん、眠ってるだけだからね、
もう何もすることないんだ。

目、開かなくてさ、ほんと・・・・

なんか、緊張しちゃってね。

でも、もうなるようにしかならないんだから、
一晩くらい違う世界に来て泊まってけって、
クニエダちゃんが言ってくれたの。

イケメンに接待させるからって。うふふ。

家族もOKくれたから、今日はここに泊まっちゃう!

イケメンのことは内緒だけどさ。

あぁーー今日はパラダイスねーー。

さっ、手洗ってうがいしよっ。」


そう言って、トントンと私たちの背中を叩くと、
さっさと先に入っちゃった。



再び取り残された私たち。



「アヤノ。」

「はい。」

「どすこいさんちのおじいちゃんと、将棋の約束してたんだ。」

「そうだったね。」

「早く来いって言われてたのに。1年たっちゃった。」

「テヤンは忙しかったもん。」

「忙しすぎると・・・よくないね。」

「そうだね。」

「約束を・・・果たせなくなる。」

「・・そうだね・・・」



奥からまたどすこいさんが出てきた。

「何やってんのぉ~。

渋いほうのイケメンが、早く入ってきなさいってぇ~。」



いつものニコニコ顔になって、両手で手招きした。





・・・・・・・





飲んで食べて笑って、いっぱい写真撮って・・・


段々みんなハイになってきて、
誰かがなにかするたびに、ただ笑ってた。

もうこうなったら、まともに話したくても、
ただおかしくておかしくてしゃべれない。

頬の筋肉も、お腹も痛い。

ほんとはあんまり飲んでないどすこいさんのこと、
みんなわかっててはしゃいでるけど、

楽しくてしかたないのはホントのこと。



みんなで片づけをしたあと、渋い日本茶を入れた。

テヤンはビデオで撮ったばかりのパーティー風景を
テレビ画面で再生させていた。


それを見てまたまた大笑いしている和室の4人にお茶を運んで

私は、お父さんが座るダイニングテーブルに
二人分の湯飲みを持って行く。



「今日はみんな最後までこのテンションでしょうか。」

「そうだね。今日は僕も何年分かを笑ったような気がするよ。」

「ええ。お父さん、ほんとに楽しそうでした。」

「そうだった? ならそれは、君たち二人のおかげだ。」

「え?」

「君たちに会えたおかげで、僕はこんなふうに笑う人間になったよ。」

「お父さん・・・」

「君たちの結婚式のために、
彼女たち親子と何度も会うようになったでしょ。

僕は彼女たちの力になりたいなと思うようになっていたんだが、
実は結局、あの親子に会いたくてしょうがない、それだけだった。」


お父さんも正直者だ。誰かといっしょ。


「彼女たちはね、とてもおもしろいよ。」

「どんなふうに?」

「知ってると思うけど、僕はそこそこ大きな会社をやっている。」

「ふふ。はい、知ってます。」


あの、広い広い社長室を思い出す。


「だから、彼女たちの望むことは
おおむね何でもかなえてあげられると思っていたんだ。

欲しいものや行きたいところや・・・

これまでいろいろ我慢しながら
慎ましく暮らしてきたんだろうからと。」

「ええ。」

「でも、そんなふうに考える自分が恥ずかしくなるほど、
彼女たちはなにも欲がなくてね。

そのままで豊かに生きる人たちだった。」


隣の和室で騒ぐ彼女たちを見るお父さんは、とても幸せそうだ。

その横顔には、初めて社長室を訪ねた時の、
あの寂しそうな陰はない。



「エリカちゃんが言ってくれたんだ。

“シュンちゃん、あんな大きなうちに一人でいたら寂しいでしょ。
うちに来てもいいよ”って。

“お手伝いさんのご飯もおいしいかもしんないけど、
うちのママのもおいしいよ”って。」


内緒話のように小声で言って、お父さんは照れたように笑顔を作った。

あっちで、エリカちゃんの笑い声がひときわ高く上がった。

私はもう涙を堪えることができなかった。

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