Lusieta

 

続・この場所から 1月の風 2008 後編

 

konobasyo2_title.jpg





テヤンのお父さんが語る「初めて会った時のテヤン」の話は
↓ここにあります。よかったらどうぞ♪
「二月のひだまり~テヤンの宿題~最終話」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

女性たちに突っ込まれて
「アハハー!」と大らかに笑うテヤンを見ながら、
お父さんは話を続けた。


「初めてテヤンに会ったとき、
あいつが言ったんだ。

自分の人生は、父親の僕より20年少ないけど、
今すでに、悔いが山のようにあると。

のたうち回りたいような、取り返しのつかない悔いがあると。

忘れられないから・・・

だから忘れないで、それも全部胸に大事に抱えて生きて、
そして今の自分は幸せになるんだと・・・

そう言い切ったんだ。

アヤノさん、
あなたにに出会ってからそう思えるようになったと、
あいつが言った。」



私は両手で顔を覆った。

お腹のなかで、もう一人の家族がムギュッと動いた。


「僕も・・・
あいつのように生きたいんだ。」



二人の様子に気づいたテヤンは、
さっきから何度もこっちを見てたけど、

我慢できなくなって、ついにやって来た。


「お父さん、どういうこと?
僕の愛する妻は、なんで泣いてるんですか?」


「夫が仕事ばかりしていて休みがないんだそうだ。

今も脳天気に他の女性たちと楽しそうに笑ってるし、
もう我慢できないから、僕のうちに家出してくるそうだ。

大丈夫、部屋はいくらでもある。」


「じゃあ僕も一緒にお世話になります。

あのジャグジーは最高だ。
妻と一緒に入らせてもらう。」


「テヤン、何言ってるのよ。」

「わかった。じゃあ赤いバラの花びらとシャンパンを用意しよう。」

「それはどうも。
でも、妻は妊娠中なので、熱いレモネードでお願いします。」

「テヤン!」

「かしこまりました。」

みんなでグフフ・・と笑いあった。


お父さんが急にあらたまって言った。


「テヤン、今日までなにも報告しないで悪かった。

僕は、今年中に彼女たちと家族になりたいと思ってる。
了解してほしい。」


「はい、了解しました。

初めはどっきりカメラかと思ったけど、
いっしょに過ごしててよくわかりました。

僕はうれしいです。
お父さんが、この人たちに心惹かれるような人で、うれしい。

この人たちも、お父さんを愛してくれて、
僕は、ほんとに・・・
とてもうれしいです。」


「ありがとう。」


見つめ合って微笑むそっくりな目が、どちらも潤んで光ってる。



隣の部屋のビデオが終わった。

笑い疲れた三人は、
テーブルに突っ伏すようにしながらボソボソおしゃべり。

なんだか急に家の中が静かになった。




満ち足りた、幸せな香りの夜だった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






夜中になって降り始めた雨が、
雪になってるかもしれない。

お風呂であったまって、テヤンの横に滑り込むと、
君はふんわり抱きしめて、くんくんと私の匂いを嗅ぐ。


「あぁ・・・いい匂い。」

「んふ・・・」

「アヤノ・・・」

「ん?・・・」

「今年は、あそこに僕達も花を植えよう。」

「うん、私もそう思ってた。去年植えてる人を見てからずっと。」

「近くにステキな花屋さんができてるよ。ネットですぐにみつかった。」

「ありがと。」

「カイさんが好きな花って、あった?」

「パンジー。」

「・・・すぐに・・答えるんだね・・・」

「・・・・うん・・・」

「・・・・・・」

「なに?・・・妬けた?・・・」

「妬けた。」

「ふふ・・・」

「大学のとき、彼のファンの子が訊いたの。
“好きな花はなんですか?”って。

即座にパンジーって答えてるのを聞きながら、私、ヤキモチ妬いてたわ。

ミオを産んで、実家からアパートに帰って来たとき、
カイは、小さな寄せ植えの鉢を買ってきた。

パンジーが入ってるのを見て、大学の時のことを思い出したわ。」


「・・・・・」

「・・・・私、しゃべりすぎたね。」

「パンジーを買おう。」

「・・・うん。」

「でも・・・訊かなきゃよかった。」

「・・・・・」

「僕がちっぽけな人間だって、また思い知ってしまうよ。
また、アヤノの思い出に嫉妬してしまった・・・」


そう言って、鼻と鼻がくっつくくらい近くで
じっと私の目を見る。


「やきもち妬きで、ごめん・・・」


言葉が終わらないうちに、私からキスをする。


「テヤン、ありがと・・・」

「なんで?」

「たくさん忘れられないことがある私を、
そのまま受け入れてくれて。」

「違うよ。
その“忘れられないこと”のおかげで僕たちは出会えたんだ。」

「・・・そっか・・・」


こんどはテヤンからキスをする。
唇をつけ、ついばむようにしながら話しつづける。


「お父さんと、何を話したの?
お父さん、僕のことなにか言ったの?」

「お父さんはね・・・・
テヤンのように生きたいんだって。」


テヤンが動きをとめて唇をすこし離した。


「僕のように? どういうこと?」

「自分で訊いてみれば。」

また私から唇を捕まえにいった。


「教えてくれないの?」

「うん。」

「なんで?」

「お父さん、ほんとは君に直接話したいんだと思うから。」

「そうなの?」

「ねぇ、テヤン。」

「ん?・・・」


大きな背中に腕をまわして固い胸に鼻をこすりつけてみた。


「ほかの誰かの話はもうおしまいにして、
ふたりだけの世界に行きたくなった。」


「ん?・・・ いいの?」

「うん。やさしく・・・して。」


やさしいテヤンの手の中で揺れながら、

私は、“ほかの誰か”のことを思っていた。


ごめん、テヤン・・・・


今日はどうしてもダメだ。
どんどんいろんな情景が、頭のなかにあふれ出す。


ミオを宿して、産むことも結婚することも反対されていた頃、
真夜中のあの教会で、二人だけの結婚式をした。


その夜のことを・・・
今、思いだしている私。


いたわるように、守るように、包むように・・・
そっと私を抱いたカイのこと。



ごめん、テヤン・・・・

今日だけ、許して。




     “アヤノと俺の子だもんな。きっと美人だぞ。”

     “なんで女の子って決めてるの?”

     “う~~ん・・・なんでだろ。”

     “やだな、もう・・・”

     “あ、スケベだからだっていいたいのか?”

     “そんな言葉いわないでよ!”

     “こら!痛いだろ。”

     “あっ・・・やさしくしてよ。
      赤ちゃんがびっくりするでしょ。”

     “あ・・・ごめん・・・”

     “ふふ・・・”

     “アヤノ。大丈夫だ。
      俺たち、ずっと一緒にいような。
      三人で、絶対シアワセになろうな。”




ごめん・・ごめんテヤン・・・

あとからあとから思い出す。

こんなふうに君とキスしてるのに。

こんなふうに君と触れ合ってるのに。


ごめん、テヤン・・・・


後ろからやさしくそっと分け入って来たテヤンに

私は全身で応えていた。

なのに、涙は溢れ続けた。





また新しい命を授かった私は、

ゼロからだけど・・・

    ゼロからじゃない。



ゼロからじゃない私を、テヤンが抱きしめて


「アヤノ」って呼んでる。

「なんでこんなに泣いてるの?」って。

「悲しくなったの?」って。



ううん、違うよ、テヤン。

悲しいんじゃない。



悲しいんじゃなくて、きっと・・・

ゼロからじゃない出発を、ちゃんと感じたかったから。

私の中にある全部を感じながら、

私はそれでもテヤンと生きる。

そんなふうに今、ちゃんと感じたかったから。



動きを止めて、心配そうに私のうなじを撫でる君。

私は向き直って君を仰向けにした。

驚いて目を見開く君の上に、今度は私が・・・

そっと降りていった。



「アヤノ・・・・どうしたの?・・・」

私の腰を支えたまま、戸惑うテヤンの上で、

ゆっくり動き始める。




私も、忘れられないよ、テヤン。

忘れられないものばかり。

テヤン、私もそれを大事に抱えて生きて、

君と一緒に幸せになれる?



「アヤノ・・・あぁ・・・ダメだよ・・・」

「お願い、このまま・・・このまま・・・」



のぼり詰める君を見届けた目から、

その胸にひとつ、もうひとつ・・・雫が落ちた。



テヤン、私も、君のように生きさせて。



たくさんの消せないものを抱えて・・・

ずっと抱えて生きていくと言い切る君のように。

そしてそのまま幸せになると、雄々しく言い切る君のように。

そんなふうに、私も言いたい。


君のそばで・・・・

   そんなふうに生きていきたい・・・


ずっと、

君のそばで・・・・






ゆっくりと横になり、シーツに埋まった私を

テヤンは正面から抱きしめた。

丸くなったおなかを撫でて、


「なんてママだろう。

赤ちゃんがびっくりしてるよ。」


「違うよ。

“もぉ~仲良しなんだからぁ~”って言ってるのよ。」


「ふふ、そう?・・・」


そう言いながら、長い指で頬の涙をぬぐった。


「どこも苦しくない?」


「うん。ダイジョブ。」


テヤンはこんな時、

気づいていても、きっとポーカーフェイス。


「ねえ、テヤン。」

「なに?・・・」

「ジャグジー、ほんとに行きたいな。」

「おぅ、行こう。お父さん喜ぶよ。」

「ほんとに一緒に入るつもり?」

「当然でしょ。」

「じゃあ、ほんとにお父さん、
レモネード運んでくれるのかな。」

「当然でしょ。」

「わぁ・・・」

「なに?」

「やっぱりやだ・・・」

「なんで?行こうよ。」

「やだ・・・やだやだ・・・恥ずかしすぎる・・・」

「ダメ!絶対行く!」



どっちに決まったかわからない。

途中で寝ちゃったから。



夜中のうちにうっすら積もっていた雪が

朝の光に照らされてあっという間に溶ける日、

私たちはまた今年も神戸へと向かう。



そのまっすぐな一本道には

またあの風が吹いているはずだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


阪神淡路大震災で失われたたくさんの尊い命に

心から哀悼の思いを捧げます。


 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ