Lusieta

 

続・この場所から  1月の風 2009  後編

 

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あのとき、この礼拝堂のベンチは全部外に持ち出して、
炊き出し用のテントの下に並べた。

なにもなくなった礼拝堂の床一面にシートを敷き詰め、その上に毛布を敷いた。
少しでもたくさんの人が横になって眠れるように。


「ベージュの毛布一色って、殺風景だなあ」
ふとひとりごとを言ったら、

「避難所はどこもそうやん。」
誰かが答えた。


そこにいきなり小学生の女の子が
「あっそうや!」と手をたたいた。
今日初めて来た子?


いかにもいいことを思いついたような得意顔でかけていくと、
自分の腕に抱えられるだけの座布団を抱えて戻ってきた。
小さな体は反り返ってる。


ベンチを出す時に、とりあえず隅に積み上げていたことを、
僕はすっかり忘れていた。


女の子はその座布団を迷いなくどんどん並べていった。
中心から外に向かって大きな円が出来ていく。

見事だった。


「あのな、お正月にスペイン村に行った時に、
道がこんなんやったんやけど・・・
タイルがはまっててな、きれいやった。

交差点のとこな、こうやって円くしてあって。
なんやったかな、こういうの。
パパが教えてくれたんやけど・・
なんやったかな?」


「石畳?」


「そうや!イシダタミや!」


そう言った彼女、うれしそうだったのに、
そのあと唐突に涙をこぼした。

お父さんは当日のうちに亡くなり、
お母さんは入院していることをあとで知った。
おばあちゃんと一緒にここに来たばかりだった。

ハッとして見つめる僕を残して
また小走りに座布団を取りに行き、
たくさん抱えて戻っては、また並べる。

僕は黙って座布団運びを手伝った。


そして、ついに彼女は完成させた。

そこはいっぺんに豊かな色に満ちた空間になっていた。

パッチワークのように、石畳のように、
座布団を敷き詰めてできた円から、
一列に並べた座布団が棒みたいに何本も突き出ているふうだ。

それを見ていて、すでに僕は胸がつまっていた。

でも、聞かずにはいられない。


「これは何?」


「太陽ぉ~!」


涙を拭いて、顎をあげて彼女が叫んだ。

今度は僕が泣く番だとでも言うように?

僕は・・・

素直に従った。


「そうか、すごいな。
僕の名前もね・・・太陽なんだよ。」


「え?・・・」


やっとのことでそう言って、
僕は泣いた。

こんなに大きな“太陽”が、
僕を圧倒して、
泣かせようとするのか。


女の子が驚いて

「泣かないで。」と小さな声で言った。


「泣かないで。泣かないで・・・・」

女の子は座り込んだ僕の肩に手を置いて、
トントンと、なでるように叩いていた。

「お兄ちゃん、泣かないで。」

そう言いながら、とうとう自分も泣き出した。

そんな彼女を膝にのせ、
僕はいつまでも泣いていた。



『テヤン・・・・
テヤンっていう名前は私がつけたの

太陽のようにいつも明るく輝いていてほしい。
そして、その陽射しで、
あなたのまわりをやさしく照らして温めるような人になってほしい。

そんな気持ちでつけたの。

テヤン、ごめんね。
あなたを置いていってごめんね。

ごめんね、ごめんね・・・・

テヤン、テヤン、私の大事なテヤン・・・・

テヤン、テヤン・・・』


あの時、最後の力で僕の腕を掴んだ母の爪痕が、
だんだんと色を失い、
いよいよ消えようとしていた。


荼毘に付すため、自衛隊のヘリで京都の斎場に運ばれるのを
牧師さんと一緒に見送った。
立ち会うことはできなかった。
教会でみんなが待っていたから。

二人とも、泣いている時間はないと思った。



もう泣いてもいいと、マリアが許してくれたのか。



その日初めて会った女の子と二人、嗚咽が重なりあっていた。
泣き止もうとすることもやめていた。

今はこうべじいじとなった牧師さんが、
「テヤン、手伝ってくれ!」と大声で呼ぶまで。




僕の腕の中で母が息絶えてから5日後、
アヤノに出会う1ヶ月前の出来事だった。







マキちゃん、僕と君は今同じことを思い出してる?


「座布団、相変わらずカラフルやね。」

「うん・・・」


ほらね。



かすかに頷き合う二人の胸に、
同じ画像が浮かんだはずだ。

どうしようもなく色とりどりであたたかな、
一幅の絵が。




ーーーーー




「・・・そうだったの・・・」




ホテルに到着したのは、日付が変わるギリギリだった。

それぞれがそれぞれの物思いの場所にとどまって、
エレベーターの中も静かだった。


「明日は、日が昇って暖かくなってから東遊園地に行こうと思っています。
ユイルが起きてから。
そのあとは、あの花壇に花を植えてきます。」

僕がやっと口を開くと、

「そうね。今日はユイルには超ハードだったね。」

クニエダさんが答えた。
彼女にも今日はハードな夜だっただろう。


「僕たちは式典の時刻に行くことにしたよ。
二人がどうしても行きたいと言ってくれるから。」


父さんの穏やかな笑顔は、いつも僕をホッとさせてくれる。
よく似た親子の僕も、年をとった時、こんなふうに笑えるのだろうか。


「じゃあね、おやすみ、ユイルくん。」

エリカちゃんが、眠るユイルの頬をつんつんと押した。


「おやすみエリカちゃん、大急ぎで寝るのよ。」


「了解!」




ーーーーー





「・・・そうだったの・・・
マキちゃん・・・だっけ?
今日会えて、よかったね。」


「うん。」


アヤノを抱きしめなおした。


部屋は和室を希望した。
二つの布団をくっつけて川の字になったけど、
結局アヤノは僕の布団の中だ。


「でも・・・私より先に、テヤンをそんなふうにした女性がいたなんて、
ちょっと妬けちゃうわ。」


「そう?」


「うん。」


「それはちょっと嬉しいな。もっと妬いて。」


「ふふ・・・
その子は、私が教会に行ったとき、いた?」


「いや、もういなかった。
あなたが来たころは、みんなそれぞれの場所に移って、
誰もあそこに寝泊まりしてなかったよ。
礼拝堂にベンチが戻ってたでしょ。」


「そんなこと、覚えてないわ。」


「そりゃそうだね。」



そりゃそうだ・・・
あの日、アヤノの目に見えていたのは、
崩れかけて、自分の体と一緒に我が子をもぎ取られた
マリア像だけだった。




「テヤン・・・」


「ん?・・・」


「風の音がする。」


「うん。」


「明日はちょっとあったかいみたいね。」


「うん。」


「よかったね。」


「うん。」


「テヤン・・・」


「ん?・・・」


「風が吹いてる。」


「うん・・・・」


「テヤン・・・」


「ん?・・・」





風が吹くと、

カイさんとミオちゃんが来てるかもって思うんでしょ。

風の音が聞こえると、つい耳を澄ますね、アヤノ。



どうかこのまま、幸せな夢を見て。

ちょっと妬けるけど、二人に会えるといいね。






ユイル・・・

ママはもう寝ちゃったよ。


ママはとっても疲れてるみたいだ。

だから朝までゆっくり眠らせてあげてほしいな。


パパが抱いても泣きやんでくれるかい?



明日は、

ママと一緒に花を植えようね。




ユイル・・・

パパも眠いよ・・・



・・・おやすみ・・・

     ユイル・・・




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阪神大震災をはじめ、不慮の事故で失われた尊い命に、

心より哀悼の思いを捧げます。



この1年、みなさんの心が安らかで温かく、

幸せでありますように。



〈東遊園地〉
神戸市役所の南側にある、遊園地という名前の公園です。
かつて居留地に住む外国人がスポーツに興じた場所だったため、この名前がついています。
神戸ルミナリエをはじめ、各種行事の会場として使用されます。
毎年、1月17日に遺族・ボランティア・神戸市によって、
「阪神淡路大震災1.17のつどい」が開催されています。


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