Lusieta

 

続・この場所から  たまには駄々っ子の誕生日 2012 前編

 

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「ママァ~」

「はいはぁ~い。」



モッツァレラチーズ。
包丁を入れた時のぷにゅっとした心許なさが、
いつも買うのより、かなり本物っぽいなと思う。


「ママァ~。ユファがすぐ来てって。」

「あら、そう? ちょっと待ってね。」

今日の生ハムとモッツァレラチーズは、
いつも「見て楽しむ」だけの、ちょっと高級なお店で調達した。
値段はいつもの3倍。
なんてったって誕生日だ。


スパークリングワインもそのお店。


トマトは保育園の帰り道で調達した。
大きな農家の門の脇の無人販売。

もし運良くそこのお家のおばあちゃんに出会ったら、
“ボーイフレンド”のユイルのおかげで特別サービスがある。

ユイルってば・・・

ちょうど玄関から出てきたおばあちゃんに、
「あぁ、おばあちゃん!」と言ってうれしそうにピョンピョン跳ねた。


「ユイルね、今日はおばあちゃんに会えるような気がしてたよ。
やっぱり今日はいい日だ。
だってね、今日はパパのお誕生日だから。」


今日この一言で、ゲットしてしまったのは、
キラッキラに光るナスと、
いかにも栄養満点そうな濃い緑色をしたモロヘイヤ。


ユイルってば、年上の彼女があちこちにいるらしい。

そして、こんなふうにその恩恵に預かっている私たち。





「ママってばぁ~」


「はいはい。今行くから。
今日は特別なごちそうだから大変なのよ。
ユイルお兄ちゃんがたよりです!」


このヨイショの効果はいかに?


「よし!わかったよぉ~。」


うふふ。


タイマーがピピピと鳴って、圧力鍋の火を止める。
サムゲタンが出来上がり~・・・の、はずだ。

トマトとチーズのカプレーゼとアボガドの生ハム巻き以外は、
今回ぜんぶ韓国料理。


せっかくもらったモロヘイヤ、
茹でてブレンダーでトロトロのネバネバにして豆乳スープに入れて
・・って妄想したけど、
今日だけは韓国の誕生日の定番、わかめスープにしなくちゃだ。

 
  トロトロのネバネバは明日。





「ユファがね、もうすぐ泣くところ~。」

褒め殺し作戦も限界か。


「そうなの? ユイル、得意のギャグで笑わせて。」


「あ、そうだね!」


ユイルは、最近ワイルドで売ってるタレントの真似をする。


「おかしいなあ。いつもは笑うのに。」


“そろそろ泣く気マンマン”の時には効果ないよね。



「ねぇ~~、まだ?」


「あと少しぃ~」


「あと少しってどのくらい?・・・あ、泣くよ~もうすぐ泣くよ~~。」


「はぁ~~~い。」


それでもすぐには行かない私。


ごめんね、ユイルもユファも愛してる!
でもね、今日は、今日だけは優先順位がいつもと違うの。



「ママァ~、ユファがね、早く来てって言ってるよ。」

「はぁ~い。」

「ママァ~~。ユファがね、オニババって言ってるよ~~。」

「・・・・」

「ママァ~~、ユファがね、ママのこと・・・えっとぉ・・」


「・・・・」


「ヤマンバだってぇ~。」


そう来たか。



「ママァ~。」


「はぁ~~い」


「ねずみばあさんで、オロチでトロルで・・・ えっとぉ、ロッテンマイヤーさんだってぇ~!」


みなさん総動員で。


「はいはい、ユイルありがとう。
ユイルのおかげで・・・
あら、ユファ・・・全然楽しそう・・・」


ピコピコと手足を動かして、
アッアッと声をあげている。


「え?・・・おかしいなあ。
さっきまで泣きそうだったんだけどぉ~~。」


「ふふ、そうなの?
ユイル、ほんとにありがとう。
お兄ちゃんのおかげで、
ママはパパのお誕生日のごちそう作れたよ。」


「ケーキも?」


「ケーキは買ってきたから冷蔵庫。」







去年はお父さん一家といっしょに行った海で、テヤンの誕生日を迎えた。
にぎやかで楽しかった。


でもあの頃、私はまだボーッとしていた。
3月のあの日からの自分がどんなだったか、
それをあらためて自覚した海だった。


あれから新しい命を授かった。
そして1月に神戸に行った数日後、
私はやっと、無意識に出していただろう“どこにも行かないで”オーラを封印し、
彼を東北に送り出した。


だから、ユファが生まれそうな時、またまたテヤンはいなかった。
今度は北の街。
ユイルの時と違ったのは、陸続きってところかな?
そう、嵐でもなかった。


お義父さんが言った。

「あいつはほんとにこういう時に、
アヤノさんのそばにいられない運命なんだね。
きっとまた身悶えしてるよ。
許してやってね。」


プレハブの仮設住宅が立ち並ぶ丘で、
「早く帰ってやれ」と急かされ、わいわいと見送られて、
テヤンは私たちのところに帰ってきた。


そして、「また来て」とは言わない気遣いを感じながら去った街を、
1ヶ月後にはまた訪れていた。







玄関のチャイムが鳴って、ユイルが転がるように走っていった。

テヤンは最近の忙しさの中では相当の努力をしたのだろう。
7時に帰宅。

“パーティー”の間じゅう、超ハイテンションの息子に合わせて、
私たちはいちいちオーバーアクションで反応した。

その反応が嬉しくてどこまでも弾けちゃった彼は、
とうとうケーキを口に入れたまま舟をこぎだした。



洗面所まで担いでいってむりやり歯を磨かせて寝かせ、テヤンが戻ってきた。


「ユイル、重くなったな。」

「うん。大きくなったね。」



ドアを開けたままの隣の部屋では、ユファが眠っている。



カプレーゼもアボガド巻きもワインも、
これからの時間のためにあった。

ソファを背にしてラグの上に並んで座った。

ちいさな乾杯。


「お誕生日おめでとう」

「ありがとう」


その時、「ふあぁ~~~」とユイルの声がした。

反射的にさっと立って部屋に向かうテヤン。

「寝言だったよ。ちょっと興奮しすぎたかな?」


「今日ね、ずっとユファの面倒見てくれてたの。
ただユイルがお話してくれるだけでユファはごきげん。
だからお料理作れたの。」


「そっか。えらいな、にいちゃん。」



ユイルはユファに夢中だ。

ずっと眺めてる。ユイルが話しかけるとピコピコ動く手足。

テレビで覚えたギャグをひとつひとつ披露して、
偶然生まれたユファの笑顔に驚喜していた。

でもこのごろは、ユイルの顔を見るだけで、
ユファはほんとによく笑うようになった。

蜜月のふたり。

かわいそうなのはテヤンだ。

ユファの“お気に入りのオトコ№1”の座は、
最初からユイルに奪われたままだ。

「ユファは僕よりユイルのほうが好きだろうな。」


「あは。」

グラスを持ったままテヤンにもたれかかってみる。
慰めてるつもり。



「そりゃそうね。こんなにも毎日みつめられて優しくされたら、
どんなオンナもイチコロよ。
そのうちお兄ちゃんと結婚するって言うわよ。ふふ。」


「う・・・ユイル、おそるべし。
たまに早く帰ってくるとユイルがすぐに遊ぼうって言ってくるし、
ユファの顔をゆっくり見てる暇もないよ。
もしかしてユイルはユファを愛するあまりに他のオトコを遠ざけているとか?」


「ふふ。」


「え?、やっぱりそうなの?」


「違うよ、バカねテヤン。
ユイルはね、あなたを独り占めしたいのよ。」

「へ?」








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