「もちろんユファのこともかわいいし大好きだけど、
でも、ユファが生まれて、ママとパパの関心がユファに行っちゃって、
今ちょっぴり寂しいっていうのも、たぶんユイルのほんとの気持ち。」
「あ・・・」
「オトコゴコロは複雑よ。っていうか、お兄ちゃんゴコロ。」
「うん。」
「ユイルはね、パパが帰ってきたら、
ユファを探す前にいつも一番にユイルのことみつけて、
抱っこしてほしいって思ってるのよ。」
「・・・・」
「昨日ね、ユイルがユファに話して聞かせてたの。
“日曜日は、ユファもパパと遊んでもいいよ。
でもね、パパが僕といっしょに『ゴーバスターズ』見て、オセロして、
ジェンガして、本を2コ読んだあとだよ。”
って。ふふ。」
「ユイルが?」
「うん。それでね
“ちょっと時間かかるから、
おっぱい飲んでメリーちゃんのクルクル見て遊んでたらいいよ。
そしたらちょうどいいよ。”
だって。」
「わぁ。そうだったんだ。
そうか・・・
気づかなかったな。ユイル・・・
あぁ~~、そっかぁ・・・」
ドサッとソファに背を預けた。
「ヨシッ!『ゴーバスターズ』でオセロでジェンガで本2冊だな。
わかった。」
「ふふ。」
「帰ってきたらまずユイルと男同士の話をするよ。」
「ユイルが起きてるうちに帰れたらね。」
「あ・・・はぁ・・・
だけど僕、ユイルがいつも楽しそうで元気だから、
そんなこと思ってもみなかった。」
「しょうがないよ。
テヤンは大事に大事にかまってもらった末っ子だからね。
お兄ちゃんの屈折した心持ちはわかりませんよね。」
「ひどいな。実は自分だけ兄弟じゃなくて甥っ子だったていう、
そういう複雑な末っ子の屈折なら知ってるよ。」
「あらま。」
「それに・・・」
「ん?」
「いや、いい。」
「なによ。」
「いいって。」
「いやだ。気になるじゃない。
テヤン。言って。」
ん?と顔をのぞき込んでみる。
「今日はテヤンのお誕生日なんだからね、
言いたいことはなんでも言ってみて。」
わざと、小さな子に言うみたいに聞いてみる。
「誕生日じゃなかったら、言いたいこと言っちゃダメなの?」
「え?・・」
ほんとに駄々子みたいに返されると、びっくりしてしまう。
「いや。冗談だよ。ジョーダン・・・」
なんか、へんな感じになってきちゃった。
「テヤン・・・・
なんか、言いたいけど我慢してることある?」
その、慌てた感じはなに?
「いや・・・」
「なんなの?教えて。
テヤン・・・」
テヤンが私に言いたくて、でも言わないでいること?
ふふっと笑って、テヤンが私を引き寄せた。
「じゃあ言うよ。」
「うん。」
妙にドキドキする。
「僕の屈折はまだあるよ。」
「うん・・・言ってみて・・・」
「愛する人がママ業に忙しくて、
かまってもらえない夫の屈折。」
「え?・・・わぁ・・・」
すごくびっくりして・・・
なんて言ったらいいか、わからない。
「子どもの気持ちには、そんなふうに気づくんだから、
夫の気持ちにも気づいてくれない?」
「テヤン・・・・」
ほんとに、そうかも。
私はユイルとユファばかり見て暮らしてるかも。
それに、寝不足でいつも眠い私は・・・
このごろテヤンと・・・その・・
「なんてね。今日は誕生日だから、ちょっと甘えちゃった。」
「テヤン・・・ごめんね」
「だから、今から気づいてくれたら嬉しい」
急に唇が迫ってきて、
私はなんでうろたえちゃったのかな?
ほんのり開いた隙間に、咄嗟にチーズを放り込んでしまった。
テヤンはあっけにとられ「ん~~」と言いながらモグモグしちゃって苦笑い。
「誕生日の男をいじめないで。
でも・・・おいしいから許すけど。」
「ふふ。テヤンの大好きなモッツァレラ。
私の唇とどっちがおいしい?」
「こっち。」
テヤンが自分の口を指さす。
「わ、ひどい!」
「仕返しだ。」
テヤン・・・
ちょっと情けなさそうな苦笑いの顔も、好きだよ。
モグモグしててもやっぱり上品なその唇も、大好きだよ。
「ふふ。」
「チーズもおいしいけど、
サムゲタンもチャプチェもナムルもわかめスープも、
ほんとにみんなおいしかったよ。
アヤノ、すごいね。全部僕の好きなものばかり。
ありがとう。」
「いえいえ、なんのなんの。」
「ん?ナンノナンノ?」
テヤンには、まだ意味不明な日本語が存在する。
「“どういたしまして”ってことだよ。」
「わぁ・・・“どういたしまして”が、ナンノナンノ?」
「うん。」
「・・・・アヤノ。」
「ん?」
「このごろ忙しくて、毎日夜遅くてごめんね。」
「なんのなんの。」
「いつもユイルとユファのこと、ありがとう。」
「なんのなんの。」
「誕生日のお祝いに、チーズよりワインより妻を食べたい僕でごめんね。」
「・・・なんのな・・んの・・・」
そう来たか。
かわいいテヤン。
今日は誕生日だから・・・
「ここに座った瞬間から、
もう押し倒すことばかり考えていた僕で、ほんとにごめんね。」
「あは・・・なんのなんのなんの・・・ふふふ・・・」
テヤンが口に含んだワインを、私に注ぎ込む。
シュワシュワと、口の中がスパークする。
今日は誕生日だから・・・
なんでも許してあげるよ、テヤン。
「いきなりあなたの中に飛び込みたい僕でごめんね。」
「なんの・・・なんの・・・」
そんな間にも、テヤンの指は性急に動き出す。
いきなりのシチュエーションにもかかわらずちゃんと潤ってることを自覚して、
私は少し恥ずかしい。
「1回目は・・・ダッシュで駆け抜けちゃいそうな僕で・・・
ほんとにごめんね・・・」
「そうなの?
なんのなんの・・・2回目は・・・ゆっくり・・・ね・・・」
「ワォ!・・・ナンノナンノ・・・」
「それ・・・使い方違うよ・・・」
「・・・そう?・・・」
「テヤン・・・」
「ん?・・・」
「大好きだよ。」
「ナンノナンノ」
「だから違うでしょ!」
「あは・・・
僕も。愛してる。アヤノ。」
一度目のテヤンを受け止めたあと、
テヤンは私から出て行かなかった。
「くっついていたいんだ。」
やっとゆっくりキスをした。
やっとゆっくり服を脱がせ合って、
今度はゆっくりゆっくり、抱き合った。
そんな二人を満ち足りた脱力が包むまでには、
今日は少し時間がかかった。
そのあいだ、スヤスヤと深い眠りの森で遊んでいてくれた小さな二人。
それがきっと、二人からのパパへのプレゼントだね。
誕生日おめでとう。
テヤン、愛してる。
ずっとずっと。