Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し テヤンとアヤノ番外編 ~ヌード~ 後編~

 

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「アヤノ・・・ごめん」

脱力のなかでまどろむあなたを、後ろからそっと抱く。

寒そうな肩にブランケットをかけて、その上から抱きしめる。

もういいや。午後からの活動は中止だ。

このままあなたと眠って、
目覚めたらいっしょに熱いシャワーを浴びよう。
あなたの髪をしっかり乾かして
そしてレモネードを入れて、許しを乞うよ。

あなたをこんなにしてしまった。



何度でも、溶けていくあなたを見たくて・・・
何度でも、その甘いかすれた声を聞きたくて・・・
何度でも、あなたに僕を注ぎ込みたくて・・・・


「もう許して・・・」と懇願するあなたを許さずに
唇と舌で責めたてた。

「ダメ、ダメ!」もきかずに、その胸に濃い印をつけた。

「恥ずかしい・・・」と、くるまるブランケットを剥ぎ取って
その白い体を真昼の光にさらしながらひとつになった。



「怒ってる?」

「怒ってる」

「ごめん・・・」

「テヤン」

「ん?」

「ほんとは・・・すごく・・・・よかった・・・・幸せ・・だね、私・・・」

「えっ?!」

「でも・・・もう・・・動けない・・・・」

「アヤノ・・・」

「・・・・・」

「アヤノ?」


アヤノ、眠っちゃった。


ふふ・・・
怒ってるって言って・・・よかったって、幸せだって言って・・・眠っちゃった。


抱きしめる・・・・
イトシクテ・・・いとしくて・・・愛しくて・・・・


「そうか、幸せだったのか・・・・よかったよ・・・・」


アヤノの背中を抱いて、僕も幸せだった。




・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・




僕も眠ったの?・・・・


気づいたら、腕の中にアヤノがいなかった。
仕事部屋で物音がする。


なんでだよ・・・
なんで僕より先にあなたが起きてるの?
「もう動けない」って言ったくせに。

なにしてるの?




見つけたんだね。
悪い子だ、あなたは。
床に座り込んで、今まさに"そのファイル"を開けようとしていた。


「見るの?!」

僕の声にひどく驚いたのか、びくんと体を震わせて、あなたはファイルを取り落とした。

秘密のいたずらをみつかってしまったね。
一瞬きまりわるそうだったけど、みるみる笑い顔になって、

「あ~~、もう少し寝ててよ。
 いっしょに見るなんて恥ずかしいじゃない。」


もう少し寝てて・・・だって?

なんだかもやもやとした感情が湧き上がってきてしまった。
なんで寝てなきゃいけないの? 
僕がいないうちに全部見てまたその箱に内緒で返そうと思ったの?


あなたは、わけのわからないことを言ってる。
しかも、もうシャワーを浴びてしまってる。
しかも、しかも、髪ももう乾いてる!


なんでだ・・・・
僕がせっかく・・・


「あぁ、もういいや!
 とにかく、見たいなら見ればいいよ。
 でも、ここで見ないで、仕事の続きするから。僕のいないところで見て。

 それから、その写真について、コメントはしないからね。」


ポンポンと予想もしないことが口から出てきてしまった。
いっしょに見て、写真に反応するあなたを見ようと思ってたのに・・・
感想を聞くのもひそかに楽しみにしてたのに。


あなたはポカンとした顔で僕を見て、

「テヤン、なんでそんなに怒ってるの?
 ちゃんといっしょに2時間休憩したのに・・・
 それに・・・あんなにふらふらになったのに・・・

 なんでそんなに怒るのよ!」


あなたのテンションも上がってきちゃった。

そうだったね、そうだった。
約束どおりだよね。いっしょに2時間休憩したんだ。

そしてアヤノ、あなたが「よかった」って言った。
「幸せだ」って言った。

なのに・・・どうしちゃったんだ?

僕は何を怒ってる?

あぁ・・・
僕が怒ってるのは・・・・
      怒ってるのは・・・・

せっかく・・・・
いっしょに起きて、熱いシャワー・・・・ドライヤー・・・・レモネード・・・


バカだな、僕は。

あぁ・・・・バカすぎる。
何やってるんだろう。

どうしようか。



こんなときは、ただ素直に・・・

「ごめん、アヤノ。ちょっと予定が狂っちゃって、あわてたんだ。」

「予定? なんの?」

「アヤノを愛する予定。」

「なんだそれぇ?」

「はぁあ~~~ほんと、ごめん! こっちでいっしょに見よう!」

ちょっと強引に手をひっぱってリビングへ
しょうがないなぁって、あなたが素直にひっぱられてついてきてくれる。

ラグに座って、いつもの二人のポーズで見よう!


「あっ! ちょっと待って。レモネード作るから。」

「テヤンが? おぉ・・・それはすごいね!」

「僕が作ってくるまで絶対に見ないでね。わかった?!」

「はいはい、わかったよ。ふふふ・・・」

アヤノがうれしそうで、よかった。

これでひとつだけ予定どおり。

とほほだ、バカな僕・・・


   
「すっごくおいしい!」

「そう? よかった。」

ほんと、僕はバカだ・・・・

  


・ ・・・・・・・・・・・・




自分のヌード・・・・

見るのは何年ぶりだろう。
もうそんなものがあることさえも忘れていたのに。

僕の胸にもたれながら、アヤノが1ページ目をあける。
ふふ・・・緊張してるね。

「ぅわぁっ!」

そうだった。最初のページはこれだった。

いきなりベッドで微笑んでる僕。

「あぁ~~やっぱりやめよう!」

「だめだよ。わぁ~~なんか、すごいね!」

アヤノがうれしそうに、次々にページをめくる。

そうそう、水着もあったな・・・
汗が出てきたよ。

「これは何? これは・・・・メイク?」

体中にドーランを塗った。肩に大きな傷も作った。
コンセプトを決めて短いドラマを作り、僕が演じた。
セットも衣装ももちろん自分たちで作って。
みんなで時間をかけて16ミリも撮ったんだった。

懐かしい。

僕は、あの時・・・
朝陽の降り注ぐベッドで目覚める、無防備な若者だった。
あるいは、ゆっくりとシャツを脱いで胸板をあらわにするビジネスマンだった。
そしてまた、囚われた小部屋でうずくまる、極限の狼だった。

張り詰めた背中。
サンドバックを蹴り上げる瞬間の筋肉。
ひび割れすすけた鏡に映る、こけた頬。するどい眼。

どれもこれも、懸命に演じて作り上げた姿だった。


あらためて見てみると
これはこれで誇らしい僕の足跡。


「すごいね、テヤン。
 テヤンって、ほんと・・・すごいよ。
 なんか、このときだけの企画だったなんて、もったいない。
 どこかに出したら、賞がとれたんじゃない?」


「いや、賞は・・・・取ったんだ。
 2001年のミコンフォトコンテスト。
 新人部門の3位5作品に入ったんだ。」

「えっ?! えぇーーーー!!」

「クラスが受賞したんだ、個人じゃなくて。珍しいだろ。
 盛り上がったなぁー。大騒ぎだった。
 残念だよな~、僕も僕を撮りたかったよ。
 こんな被写体、なかなかいないからなー。」

「どれ?どの写真?」

「これ」

薄汚い小部屋の隅っこにうずくまる黒いかたまりが僕。

「はぁ・・・うずくまってるね。この写真だけが顔もなにもわかんない1枚なのに?!
 よりによって・・・あははーー!・・・」

「うるさい! このうずくまり方がよかったんだよ。
 このポーズ決めるのにすっごい時間かかって、ものすごい量撮ったんだから。
 でも、この写真の主役は僕じゃなくて、この小窓から差し込む陽の光で・・・・」


「ねぇ、クラスには女の人もたくさんいたんでしょ。
 その人たちがテヤンを撮りたいって言ったんでしょ。」


「アヤノ・・・・僕の話、聞いてない?・・・
 もしかして・・・・やきもち?・・・ふふ・・・
 いや、撮りたいっていったのは、男たちもだった」

「えっ、そうなの?・・・・あ・・・えっと・・・はい、やきもちです。」


「おぉ、大変正直ですね。いい傾向です。」



            アヤノ・・・僕はうれしくてしょうがない。
            あぁ~なんて幸せな時間だろう・・・

            こんな何気ない言葉のやりとりでも、
            あまりの幸福感で泣きそうになってしまう・・・

            こんな僕を悟られたくない・・・
            いや・・・やっぱり気づいてほしい。
            あなたのそばにいるだけで、
            僕が・・・こんなにも満ち足りて、
            胸が苦しいほど幸せだってこと・・・



「僕、このとき兵役が終わって日本に戻ってきたばっかりだったんだ。
 筋肉がすごくなっちゃってて、
 みんながおもしろがって撮りたい撮りたいって言って・・・」

「それで、逃げ回ってたの?」

「うん、でも結局はやってよかった。勉強になったよ。
 被写体を経験したことは、今撮る側にいて、すごくプラスになってると思うよ。」


「う~~ん、なるほど・・・・
 なんか、こんなの見ちゃうと被写体しないのはもったいないかもって思っちゃうね。
 なんて・・・うそ・・・やっぱり誰にも見せたくない。ふふ・・・」


「アヤノのためだけの被写体になるから、今度撮ってみて。」

「えっ、私が撮るの? 才能ないからなぁ。
 せっかくの被写体が・・・

 あっ! でも、あの時、すごく撮りたいって思ったんだよ。
 はじめて会った日にね、
 『こんなかっこいい人、被写体でしょ、フツウ・・・』って思って、
 私が撮る側なら、絶対このモデルを逃さないって思った。ふふ・・・」

「あの日に?」

「うん。山道に入ってタクシーから降りたとき。
 テヤン、すーっと立ってて・・・・なんかその・・・
 そこだけ空気が変わっちゃって
 立ってるだけで、映画のヒーローみたいだった。」



突然僕の目の前に、ぱーーっとあの日の光景が広がった。
紅葉、谷川の流れ、険しい崖、寂しそうなあなたの横顔・・・・

胸の中に、温かさと苦しさがよみがえる。

後ろからあなたを抱く腕に、思わず力がこもる。
あなたがファイルから顔を上げて振り返った。

手を伸ばしてファイルをぱたんと閉じた。
そしてもう一度抱きしめる。


「ほめてくれてありがと。
 映画のヒーローか・・・・ 

 うん、そうかもしれない。
 だって、あのとき僕は・・・・
 あなたにもう一度会えた喜びで、きっと光り輝いていたはずだから。」


「テヤン・・・・・」


「アヤノさん、あなたも、映画のヒロインのようでした。
 まぶしかったよ。

 僕はおおっぴらにあなたを撮れるのがうれしくてたまらなかった。
 すばらしい被写体でした。
 セットもメイクも照明も、なにもいらない、そのままで・・・・
 ほんとにきれいだったよ。」


「・・・・・・」

あなたの髪に頬をつける。


「あなたは、11年前と変わらず、あんなに必死で立っていました。
 この11年、ずっとこうして涙をこらえて、
 明るい声で笑って、背筋を伸ばして、いい仕事をして・・・
 がんばって生きてきたんだなと思った。

 あなたがいとおしくて、体が震えるくらいの感動でした。」

「・・・・・・」

覗き込むと、頬にぽろんと落ちていた。
そっと親指でぬぐうと、またひとつ。
今度は唇ですくいとった。


「あぁ・・・あの時僕は舞い上がっていました。
 あなたのことをあんなにもいとおしく思っていたのに、
 なのに、崖の途中にほったらかしにしてしまった。

 あなたの運動神経が、あれほどまでに鈍いと思わなかったんだ。
 ぐふふ・・・途中からほんとにどうしようかと思いました。」


「ひどい!!」

「ごめんなさい。」


「ふふ・・・」


「アヤノさん、あの時は、ほんとにごめんなさい。
 今からでもよければ何度でも謝ります。

 今日もごめんなさい。
 怒っちゃってごめんなさい。
 その前は、あなたをフラフラにしてしまってごめんなさい。」


「ふふ・・・んふふ・・・

 テヤン、あの日からたくさん謝ってもらいました。
 もみじのマフラーももらいました。
 遠い国からステキなラブレターももらいました。
 そして、遠い国から元気に帰ってきてくれました。
 そして、そして・・・さっきも・・・・いっぱい幸せにしてもらいました。

 だからもう許してあげます。」


「はぁ~~アヤノ・・・愛してる・・・」
後ろから抱きしめたままラグの上に転がった。


「私もだよ。愛してる・・・テヤン。

 でも・・・今日はもうベッドには行かないから。
 今日は帰らなきゃ。ねっ。」


アヤノ、そんなかすれた甘い声で、残酷な予防線をはるの?・・・・


「はい・・・・・わかりました。
 寂しいけど・・・・・しょうがないと思います。」


ラグの上で、ころんと転がったままのふたり。

はぁ~、MAXだった"愛と感動"が、急に行き場をなくしてしょぼくれてる。

この腕をゆるめたら、あなたはさっさと僕の胸から抜け出して、
帰り支度をするの?


イヤだな。

イヤだな。

イヤだ。



そうだ! 送り狼になればいい。
今夜はアヤノの部屋の狭いベッドで眠ろう。
もちろんあなたがいやなら何もしないよ。
ただいっしょに眠るだけだから。

いや、僕は眠れなくたっていい。
一晩中抱きしめてあなたの寝息を聞いてるだけでいい。

そうしよう。いい考えだ。

アヤノ、お願いだから、あなたにずっと触れていたい僕を許して。





アヤノの携帯が、無粋な音を立てた。

いやな予感・・・
アヤノ、出ないで。


この腕から、何のためらいもなく出て行くあなた。
僕はラグの上においてきぼりだ。


「やったぁ~! 綾小路さんが、今から会えるって言ってくれたから、すぐ行くね。
 多分そのまま編集部に泊まりだわ。」

僕はガバッと跳ね起きた。

「えっ、綾小路さんって・・・ワォ~、どすこいさん?! じゃあ僕も行く!」

「エッ、なんで?」

「だって、久しぶりだから。僕も会いたい。」

「テヤン、今日はカメラはいらないから。」

「いっしょにいるだけだよ。きっと彼女も喜んでくれるよ。」

「あのね、あなたたちが気が合うのは知ってるけどね、今日のこれは仕事だよ。」

「絶対、黙って座ってる。」

「テヤンが来ちゃったら、どすこいさん舞い上がっちゃって取材にならないよ。
 それにね、テヤン。今回は女性特有のデリケートな部分に踏み込んだ追加取材なの。
 だから君の同席は、ありえない。」

「じゃあ、運転手するよ。ずっと車の中で待ってて、終わってから彼女に挨拶する。
 ならいいでしょ!」

「今日って、事務所の車、乗って帰ってたの?」

「あ・・・・今日は・・・なかった。」

「うふふ・・・。はい、この話はおしまい! 
 テヤンが会いたがってたって伝えるから、今度車で連れてって。

 じゃあ準備して行くね。」


「・・・・・」



僕はまたラグに転がった。

小さな声で言う。

「・・・車、買うぞ!・・・・」



アヤノ、いま仕事モードに切り替わっちゃったね。
いいんだ。そんなあなたも好きだから。

でも・・・寂しいよ・・・

なんだか、今日の僕はほんと、情けないヤツだね。




転がったまま、ぱたぱたと動き回るあなたの足先を見ていた。

そこに踊る淡いピンクのさくら貝を。



行っちゃうんだね。

今度いつ会えるの? さくら貝に訊いてみる。



『ちょっとわかんないわ。徹夜が続くかも・・・』

そう言うんだよな。きっと。



アヤノ・・・・


あなたは、ほんとに・・・・


爪の先まで、エディターだから。

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