今の俺って、テヤンの代役状態か?
まあいいさ。
腕組みをして、テヤンを見送るマミの横顔。
遠い目をしてるようで、表情が読み取れないと思っていたら、
クスッと笑って、急にべらべらしゃべり出した。
「ほんとに、ただのいたずらのつもりだったんだよ。
悪いことしちゃったな。
あぁ~ショックだったよね、彼女。
どうしよう。
たまたま来たらテヤンがいて・・・
そこにテヤンじゃなくてサトちゃんがいたら
サトちゃんにおんなじことしてたんだけど・・・・」
「あぁ、そうだろうよ。」
「ほんとだよ。サトちゃん、来るの遅いよ。」
「俺のせいかよ!
お前なぁ、もういい年してそんないたずらしてんじゃねぇよ。」
「ごめん・・・・」
「メシ、食うか。」
「・・・・まだ5時だよ・・・・」
「お役所じゃあ、もう帰る時間だ。」
「ほぉ~、そうなんだ。世間一般はそうなんだよね。
なんか、すごく早いね。」
「それが普通さ。
俺らの世界は1日の終わりがねえからな。
今日は自分で終わりを作る。メシ、食おう。」
「仕事、途中じゃないの?」
「今日はいいんだ。ばっくれたってなんとかなる日だ。」
「ほんと?」
「俺、今日昼メシ食いそびれたんだ。
腹減りすぎて気が立ってるからよ、
これ以上なんか言ったら、お前担いで持って行くぞ。」
「ははぁ~、なにそれ?
わかりました。おとなしくついて行きます。
あ・・・でも、担がれるのもいいかも・・・」
「実は腹減りすぎて、そんなエネルギーねえんだよ。」
「ふふ、ラガーマン、情けないぞぉ~。」
マミ、無理してないか?
けっこう元気だな。
事務所のこと、吹っ切れてるのか?
そのままエレベーターに乗ると1階のボタンを押した。
「サトちゃん、デスクに寄らないの?」
「ばっくれるんだぞ。そんなことするかよ。」
「そっかぁ~。なんかワクワクしてきた。」
「だろ~。」
いつもの居酒屋に連れて行った。
彼女はモデルのなかではかなり小柄な方で
わんわんと賑やかな満員の居酒屋の中だと、あまり目立たない。
お互いの声が聞こえないほどの喧噪だった。
背中を丸め、顔を近づけ話し込む親密さに
いい年をしてドギマギしていた。
「ほんとはね、知ってたんだ。テヤンが結婚したこと。
知らないわけないじゃん。
一度死んだことにされてテレビでニュース流れちゃって。
そのうえ伝説の再会シーンでしょ!
この業界の人間で、知らなかったらモグリもいいとこだもん。」
やっぱりそうだったか・・・
「悪趣味だぞ、お前。」
「うん・・・
あぁ~、ほんと、彼女に悪いことしちゃった。
今頃ちゃんと仲直りできてるかな・・・」
「まだかもな。テヤンのヤツ、今日も仕事で泊まりだし。」
「えっ!ほんと?」
「あぁ。明日もな。」
「どうしよう・・・・」
「反省したか?」
「はい。」
「ならよろしい。心配すんな。
あの二人、お前のいたずらくらいで揺らぐような、やわな絆じゃない。」
「ふ~ん、そんなにラブラブなんだ。
よかった。でも、やっぱりちょっとだけ悔しいかなぁ~。」
そうなのか。
「でもサトちゃん、なんだか二人のこと、よ~くわかってんのね」
あぁ、よ~くわかってるさ。
「二人の友だち?」
「まあな。」
「私ね、へこんだ時にね、ごくたまぁ~にだけど、
勝手にテヤンのところに押しかけてたの。
もう何年も前のことだけど。
あ・・・あの、男女の関係はなかったよ。
でも、私はテヤンさえよければと思ってはいたけどね。うふふ・・・」
マミ、こんなふうになんでも話してしまうのか。
「でも、テヤンったら
『ごめんね、マミ。僕は仕事を一緒にする人とは
そういうふうにはなりたくないんだ。』なんちゃってぇ~~。
彼らしいでしょ。
“まじめ”がメガネかけて歩いてるって感じよね、ほんとに。」
そうだな。そのとおりだよ。
あいつはやっぱりそういうヤツだ。
「でもね、よく考えたらその彼女だって、
“仕事を一緒にする人”だったわけでしょ。
要するに、私は全く女として見てもらえなかったってことよね。
へこむよ。
んで、テヤンったら、あんなに慌てて彼女のこと追いかけて・・・・
でもさ、なんだかかっこよかった。今日のテヤン。」
「まあな。」
「だからね、許しちゃう!」
「何を?」
「決まってるじゃない。二人の幸せだよ。
テヤンったら“いいものだよ、結婚”だってさ。
あんなに臆面もなく言われたら、参っちゃうね。
だから、カンパイ!」
今日何度目かのカンパイをさせられた。
マミ、テンション高いぞ。
電話が入った。
てっきり編集部からだと思ったらテヤンだった。
“マミは、あれからどうしましたか?”
“おう、ここにいるぞ。いっしょにメシ食ってる。”
“え? すぐそばですか?”
“いや、席はずして取った。なんだ、聞かれるとまずい話か”
“はい。僕、全然知らなかったんですが、
彼女、今大変な状態らしくて。”
“おう、そうらしいな、昨日ちらっと噂聞いてたんだ。”
“サトウさん、知ってたんですか? 今日の鉢合わせも?”
“鉢合わせってなんだ?
後輩かばって事務所クビになった話じゃねぇの?”
“はい、それだけじゃないんです・・・”
面倒見のいい彼女は、後輩モデルからよく相談を受ける。
事務所スタッフのセクハラとスケジュールのハードさが
彼女から見ても、その後輩は気の毒な状況だったようだ。
それを一人で社長に直訴したらしい。
そしたらそのスタッフは違う部署に配属され、
マミは今後のスケジュールを一切白紙にされた。
彼女は後輩モデルの無傷に安堵しながら、
昨日事務所に退職願を出した。
そして今日が最後の撮影。
そこまでが、俺の知ってる話。
そして、このあとが、ひどかった。
この業界は狭い。
モデルとカメラマンの恋愛沙汰なんて、掃いて捨てるほどあるが
マミはつい2~3日前、手ひどいふられ方をしたらしい。
ビジュアルの良さもあって、
その男はマスコミからもひっぱりだこのカメラマンだった。
よりによってかわいがっていた事務所の後輩に、
恋人を持って行かれてしまった。
数ヶ月前から、自分の恋人の話だとも知らず、
その後輩の恋愛相談にのっていたのだ。
もちろん後輩のほうは、
わかっていてわざとらしく芝居してたんだろう。
そして今日の撮影で、3人が鉢合わせしたらしい。
“マミはほんとに後輩の面倒をよく見るんです。
仕事のフォローもするし、ちゃんと礼儀も一から教えてる。
事務所ではいつのまにか
若いモデルの教育係のようにもなってたみたいです。
そして、今回のその相手が、彼女が大事に育てた後輩だったんです。
だからよけいショックは大きいと思います。”
“そうか。”
“はい。”
“今が旬の男ってのは、何してもいいのか。これじゃ、あんまりだ。
しかしマミもマミだ。なんでそんなヤツに引っかかる。”
“はい。”
“カメラマンもいろいろだな。
お前みたいな一途ヤローもいるかと思えば・・・”
“はい。”
“・・・・・認めるのか。”
“はい、僕は一生アヤノだけを愛していきますから。”
“ほいほい。そりゃめでたい。
よし、話はわかった。マミは任しとけ”
“お願いします。”
“そっちも、アヤノの機嫌、ちゃんととれよな。”
“はい、任してください。”
席にもどろうとしてハッとした。 マミが見えた。
あれが今の彼女のホントの姿か。
ぼーっとしていた。
なんの表情もなく、ただボーッとして・・・・放心していた。
目はうつろで、箸が指からこぼれたままだった。
マミ・・・・
バカヤロウ。
「なにをボーッとしてんだ?」
「わぁ~!びっくりした。」
体全部がガクンと揺れるほど驚いていた。
「お前、びっくりしすぎ。さっきからちゃんと食ってるか?」
「うん。食ってる食ってる。
この揚げ出し豆腐、メチャウマです。」
無理すんな。
「でもさ。」
「なんだ。」
「さっき思ったんだけどさ、
サトちゃんって、ものすごくおいしそうにご飯食べるね。」
「そうか?」
「うん。あんなにおいしそうに食べる人、初めて見た。」
「そうか。」
「うん。なんか、パクッパクッパクッパクッて感じ。
気持ちよさそう~。
そんなふうに食べる人を見てるのも、気持ちいいもんだね。」
「マミ。」
「ん?」
「俺、今日は腹減ってて、ガツガツ食い過ぎた。」
「そうだね。」
「カロリーオーバーだ。」
「うんうん。そうかもね。」
「だから、脂肪燃焼運動をせにゃならん。」
「ふむふむ。」
「マミ、一緒にやろう。」
「えっ?・・・・え?・・・」
「ばぁ~か。お前、今スケベなこと考えただろ。
バッティングセンターだ! 安心しろ。このやろう。」
「なっ!・・・別になんにも考えてないよ。なに言ってんのよ。」
マミの髪をぐしゃぐしゃにかき回した。