Lusieta

 

続・この場所から バレンタインバースディ 前編-1

 

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今の俺って、テヤンの代役状態か?

まあいいさ。



腕組みをして、テヤンを見送るマミの横顔。

遠い目をしてるようで、表情が読み取れないと思っていたら、
クスッと笑って、急にべらべらしゃべり出した。



「ほんとに、ただのいたずらのつもりだったんだよ。
 悪いことしちゃったな。

 あぁ~ショックだったよね、彼女。
 どうしよう。

 たまたま来たらテヤンがいて・・・
 そこにテヤンじゃなくてサトちゃんがいたら
 サトちゃんにおんなじことしてたんだけど・・・・」


「あぁ、そうだろうよ。」


「ほんとだよ。サトちゃん、来るの遅いよ。」


「俺のせいかよ!
 お前なぁ、もういい年してそんないたずらしてんじゃねぇよ。」


「ごめん・・・・」


「メシ、食うか。」


「・・・・まだ5時だよ・・・・」


「お役所じゃあ、もう帰る時間だ。」


「ほぉ~、そうなんだ。世間一般はそうなんだよね。
なんか、すごく早いね。」


「それが普通さ。
俺らの世界は1日の終わりがねえからな。
今日は自分で終わりを作る。メシ、食おう。」


「仕事、途中じゃないの?」


「今日はいいんだ。ばっくれたってなんとかなる日だ。」


「ほんと?」


「俺、今日昼メシ食いそびれたんだ。
腹減りすぎて気が立ってるからよ、
これ以上なんか言ったら、お前担いで持って行くぞ。」


「ははぁ~、なにそれ?
わかりました。おとなしくついて行きます。
あ・・・でも、担がれるのもいいかも・・・」


「実は腹減りすぎて、そんなエネルギーねえんだよ。」


「ふふ、ラガーマン、情けないぞぉ~。」



     マミ、無理してないか?

     けっこう元気だな。

     事務所のこと、吹っ切れてるのか?



そのままエレベーターに乗ると1階のボタンを押した。


「サトちゃん、デスクに寄らないの?」


「ばっくれるんだぞ。そんなことするかよ。」


「そっかぁ~。なんかワクワクしてきた。」


「だろ~。」



いつもの居酒屋に連れて行った。

彼女はモデルのなかではかなり小柄な方で
わんわんと賑やかな満員の居酒屋の中だと、あまり目立たない。


お互いの声が聞こえないほどの喧噪だった。
背中を丸め、顔を近づけ話し込む親密さに
いい年をしてドギマギしていた。


    
「ほんとはね、知ってたんだ。テヤンが結婚したこと。

 知らないわけないじゃん。
 一度死んだことにされてテレビでニュース流れちゃって。
 そのうえ伝説の再会シーンでしょ!
 この業界の人間で、知らなかったらモグリもいいとこだもん。」


     やっぱりそうだったか・・・


「悪趣味だぞ、お前。」


「うん・・・
 あぁ~、ほんと、彼女に悪いことしちゃった。
 今頃ちゃんと仲直りできてるかな・・・」


「まだかもな。テヤンのヤツ、今日も仕事で泊まりだし。」

   
「えっ!ほんと?」


「あぁ。明日もな。」


「どうしよう・・・・」


「反省したか?」


「はい。」


「ならよろしい。心配すんな。
 あの二人、お前のいたずらくらいで揺らぐような、やわな絆じゃない。」
      
 
「ふ~ん、そんなにラブラブなんだ。
 よかった。でも、やっぱりちょっとだけ悔しいかなぁ~。」


     そうなのか。

     
「でもサトちゃん、なんだか二人のこと、よ~くわかってんのね」


     あぁ、よ~くわかってるさ。


「二人の友だち?」


「まあな。」


「私ね、へこんだ時にね、ごくたまぁ~にだけど、
 勝手にテヤンのところに押しかけてたの。
 もう何年も前のことだけど。
    
 あ・・・あの、男女の関係はなかったよ。
 でも、私はテヤンさえよければと思ってはいたけどね。うふふ・・・」



     マミ、こんなふうになんでも話してしまうのか。



「でも、テヤンったら
 『ごめんね、マミ。僕は仕事を一緒にする人とは
  そういうふうにはなりたくないんだ。』なんちゃってぇ~~。

 彼らしいでしょ。
 “まじめ”がメガネかけて歩いてるって感じよね、ほんとに。」


     そうだな。そのとおりだよ。

     あいつはやっぱりそういうヤツだ。
    


「でもね、よく考えたらその彼女だって、
“仕事を一緒にする人”だったわけでしょ。
 要するに、私は全く女として見てもらえなかったってことよね。
 へこむよ。

 んで、テヤンったら、あんなに慌てて彼女のこと追いかけて・・・・
 でもさ、なんだかかっこよかった。今日のテヤン。」


「まあな。」


「だからね、許しちゃう!」


「何を?」


「決まってるじゃない。二人の幸せだよ。
 テヤンったら“いいものだよ、結婚”だってさ。
 あんなに臆面もなく言われたら、参っちゃうね。

 だから、カンパイ!」

     
今日何度目かのカンパイをさせられた。



     マミ、テンション高いぞ。



電話が入った。
てっきり編集部からだと思ったらテヤンだった。


“マミは、あれからどうしましたか?”

“おう、ここにいるぞ。いっしょにメシ食ってる。”

“え? すぐそばですか?”

“いや、席はずして取った。なんだ、聞かれるとまずい話か”

“はい。僕、全然知らなかったんですが、
 彼女、今大変な状態らしくて。”

“おう、そうらしいな、昨日ちらっと噂聞いてたんだ。”

“サトウさん、知ってたんですか? 今日の鉢合わせも?”

“鉢合わせってなんだ? 
 後輩かばって事務所クビになった話じゃねぇの?”

“はい、それだけじゃないんです・・・”



     面倒見のいい彼女は、後輩モデルからよく相談を受ける。

     事務所スタッフのセクハラとスケジュールのハードさが
 
     彼女から見ても、その後輩は気の毒な状況だったようだ。

     それを一人で社長に直訴したらしい。

     そしたらそのスタッフは違う部署に配属され、

     マミは今後のスケジュールを一切白紙にされた。

     彼女は後輩モデルの無傷に安堵しながら、

     昨日事務所に退職願を出した。

     そして今日が最後の撮影。


     そこまでが、俺の知ってる話。

     そして、このあとが、ひどかった。


     この業界は狭い。

     モデルとカメラマンの恋愛沙汰なんて、掃いて捨てるほどあるが

     マミはつい2~3日前、手ひどいふられ方をしたらしい。

     ビジュアルの良さもあって、

     その男はマスコミからもひっぱりだこのカメラマンだった。

     よりによってかわいがっていた事務所の後輩に、

     恋人を持って行かれてしまった。

     数ヶ月前から、自分の恋人の話だとも知らず、

     その後輩の恋愛相談にのっていたのだ。

     もちろん後輩のほうは、

     わかっていてわざとらしく芝居してたんだろう。


     そして今日の撮影で、3人が鉢合わせしたらしい。



“マミはほんとに後輩の面倒をよく見るんです。
 仕事のフォローもするし、ちゃんと礼儀も一から教えてる。

 事務所ではいつのまにか
 若いモデルの教育係のようにもなってたみたいです。
 そして、今回のその相手が、彼女が大事に育てた後輩だったんです。
 だからよけいショックは大きいと思います。”


“そうか。”


“はい。”


“今が旬の男ってのは、何してもいいのか。これじゃ、あんまりだ。
しかしマミもマミだ。なんでそんなヤツに引っかかる。”


“はい。”


“カメラマンもいろいろだな。
お前みたいな一途ヤローもいるかと思えば・・・”


“はい。”


“・・・・・認めるのか。”


“はい、僕は一生アヤノだけを愛していきますから。”


“ほいほい。そりゃめでたい。
よし、話はわかった。マミは任しとけ”


“お願いします。”


“そっちも、アヤノの機嫌、ちゃんととれよな。”


“はい、任してください。”




席にもどろうとしてハッとした。 マミが見えた。

あれが今の彼女のホントの姿か。


ぼーっとしていた。

なんの表情もなく、ただボーッとして・・・・放心していた。

目はうつろで、箸が指からこぼれたままだった。



     マミ・・・・

     バカヤロウ。



「なにをボーッとしてんだ?」


「わぁ~!びっくりした。」



     体全部がガクンと揺れるほど驚いていた。



「お前、びっくりしすぎ。さっきからちゃんと食ってるか?」


「うん。食ってる食ってる。

この揚げ出し豆腐、メチャウマです。」


   
     無理すんな。

     

「でもさ。」


「なんだ。」


「さっき思ったんだけどさ、
サトちゃんって、ものすごくおいしそうにご飯食べるね。」


「そうか?」


「うん。あんなにおいしそうに食べる人、初めて見た。」


「そうか。」


「うん。なんか、パクッパクッパクッパクッて感じ。
 気持ちよさそう~。
 そんなふうに食べる人を見てるのも、気持ちいいもんだね。」


「マミ。」


「ん?」


「俺、今日は腹減ってて、ガツガツ食い過ぎた。」


「そうだね。」


「カロリーオーバーだ。」


「うんうん。そうかもね。」


「だから、脂肪燃焼運動をせにゃならん。」


「ふむふむ。」


「マミ、一緒にやろう。」


「えっ?・・・・え?・・・」


「ばぁ~か。お前、今スケベなこと考えただろ。
バッティングセンターだ! 安心しろ。このやろう。」


「なっ!・・・別になんにも考えてないよ。なに言ってんのよ。」



マミの髪をぐしゃぐしゃにかき回した。

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