Lusieta

 

続・この場所から テヤンとアヤノ番外編  『兆し』

 

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「テヤ~ン! 早く早く!」


「ちょっと待って・・・」



「ダメ。」



「待って。」



「始まっちゃうよ・・・」



「メールした。」



「誰に?」



「どすこいさん。」



「え?」




「アヤノ、11時からだって言っただろ。

僕はほんとに11時半って聞いたはずだと思っから、確かめた。

それでさ、どすこいさん、確かに11時半だって。」


「へ?・・・・うそ・・・・」


「ほらね。夫の言うことを全く信用しないんだからな。

この頃こういうこと多いよ。

もっと僕を信じてほしいな。

っていうか・・・・アヤノ、このごろ集中力落ちてる。」



     あ・・・・気づかれてる


「・・・・」



「それに・・・

あんまり顔色よくないし、元気がない気がするんだけど。」



テヤンは、ぼーっとして夫の顔を見ている妻の頬を、両手でそっと包んだ。


「疲れてる? 今日は仕事じゃないんだし、やめておく?

こんな顔で行くと、かえってどすこいさんを心配させちゃうよ。」




「ダメだよ。テヤンに写真とってもらうの、みんな楽しみにしてるもん。」



「んじゃあ僕だけで行ってくるから。」



「もっとダメ!」



「なんでだよ。」



「みんなの餌食にされちゃう。」



「え・・餌食って・・・失礼だよ。」



「うふふ・・・」



「あ・・・やっと笑った・・・」



「え?・・・私?・・・」



「アヤノはこのごろあまり笑わない。

ぼーっとしてることが多いし。どうしたんだ。

仕事、特に今すごく忙しい時期じゃないよね。

なにか悩んでる? もしそうならちゃんと言ってくれよ。」



     テヤン、そんなにじっと見られると

     全部見透かされそうで怖いよ。



     私のおでこに手を当てて、心配そうにのぞき込む。

     その目に弱いよ。



     いつも三日月みたいに優しい和み系のまなざしが、

     今日は真剣で、ちょっと鋭くて・・・・

     ほんとに心配させてたんだね。



     君のそのまっすぐさの前には何も隠せない。

     バレるのも時間の問題だね。



     ごめん。今日こそ言うから。




・・・・・・・・



不思議・・・

会場のレストランに近くなるにつれてシャキッとしてくるのは、

編集部に向かう時と同じだ。


「なんかね、ちょうどオフ会に合わせたみたいに

会員が4000人になったんだって。」 
     

テヤンがパーキングの入り口を探しながら言った。



「知ってる。」



「え?なんで?」



「テヤンはね、サイトを見ないでどすこいさんからの情報のみでしょ。

私はちゃんとチェックしてるもん。」



「じゃあ時間も間違えないでほしいな。」



「ごめん。」



「もしかして、今もいろいろストーリー読んでるの?」



「え?・・・・あぁ・・・うん。まあね。」



「そっかぁ。じゃあ僕も読まなきゃ。」



「なんで?」



「だって・・・ほら・・・」



「あ・・vaiさんは最近書いてないから。」



「そうなの?」



「それに、あんなにハードなシーンはここんとこないからね。

うふ・・・ちょっとガッカリ?」



「あはは~!そりゃガッカリだ。」



「ふふ・・・・余裕な言い方しちゃって。

実際に会ったら、あんなに赤くなって何も話せなかったくせに。」



「なんだよ。それ。

僕は純粋に、編集長入魂の【イタリア紀行 by vai】のファンなだけさ。」



「ふぅ~~ん。」



・・・・・・・・・・・・・・・・



会場にはもう人がどんどん集まっていて、受付に行列ができていた。



そんな中で、どすこいさんはすぐにみつかった。

スタッフカードを首からぶら下げ、満面の笑みを浮かべながら、

会場の中をすいすい泳ぐように歩き回っている。



テヤンは受付の近くに来た時から、もうみんなの視線をいっぱいに浴びていた。

最近は、オフ会の度に「彼は今回は来るのですか?」と

わざわざ聞かれることが多くなったらしい。


     いいんだけどね。
   
     なんだかお姉さんたちに囲まれてニコニコ顔な彼

     別に、いいんだけどね。





どすこいさんがちょうど私と離れて準備していたテヤンに気づいた。


そんなに遠い距離でもないのに、両手を思いっきり振ってる。


テヤンの顔が輝く。

 


     あぁ・・・テヤンはこういう100%愛情たっぷりな感じに、

     若い日のおかあさんを重ねてるのかも。



     テヤンのお母さんが

     彼の腕のなかで永遠の眠りについたのは40才・・・



     だからテヤンの中のお母さんは、永遠に若いままだね。
        
     そんなことをぼんやり考えながら、二人を見ていた。



テヤンとどすこいさんは、ハグをしてふたことみこと。

またハグをして・・・・



10年ぶりに会えたみたいに感激しあってる。

こないだ会ったばっかりなのに・・・

     

どすこいさんの唇が、

“アヤノちゃんは?”って動いた。



テヤンが振り返って私を手招きする。



感激の再会を邪魔したくなかったけど、

そろそろみんなの注目の的になってるから、

テヤンに本来の役目をさせなきゃだ。


でも、なんだかどすこいさんが変だ。

びっくりした目で私を見つめてる。


「アヤノちゃん・・・・

あなた・・・どしたの?・・・」




挨拶もなにもすっ飛ばして・・・・

それより、笑ってないどすこいさんの目に会うのって、

初めてかもしれない。




「へ?・・・・」



「その顔・・・何?・・・あなた、体の具合、悪いの?」



「あ・・・・」



どすこいさん、どこまでも直球だ。




「ただの疲れとかじゃないでしょ。」


「え?・・・」


テヤンが固まる。


「アヤノちゃん・・・」


「はい・・・」



どすこいさんと私は、あまりにも険しい雰囲気で見つめ合ってたんだと思う。



そして、なんとなくもうお互いにわかりあってしまったようだ。



そして、テヤンだけがわからないまま置いてきぼり。



ものすごくものすごく驚いてうろたえてると思う。


「なに? なんですか?どすこいさん。 

アヤノ・・・・どういうこと?」



テヤンは、口に手を当てて青ざめている。



普段あんなに穏やかで落ち着いてるのに、



こういうシチュエーションだと・・・こうなるんだ、テヤン。



私の肩を抱き、顔をのぞき込む。



その顔が、せっぱ詰まって倒れそうだ。



「ダイジョブよ、テヤン。私ね・・・」


「アヤノちゃん。あなた、おめでたなのね!・・・ そうでしょ!・・・そうなのね!」


「あ・・・・」


「え?・・・」


「やっぱりそうなのね! まぁ~~そうなのねぇ~~!!」



テヤン、私の肩を抱いたまま、固まっている。



     固まってる・・・・
 
     
     固まってる・・・・


     一生もどらないかと思うほどに・・・・




「テヤン・・・・」


「アヤノ・・・どすこいさんが・・・なんか、変なこと言ってるよ・・・」


「テヤン・・・・」


「アヤノちゃん、もしかして・・・テヤンに・・・まだ?・・・」


「はい・・・」


「あらま!・・・」



どすこいさんが口を手で押さえてる。



「アヤノ・・・ほんと?」



テヤン、まだ固まりが解けないまま、その目がもう潤んでいて・・・



でも、先に涙をこぼしたのは私だった。



「うん、ごめんね。すぐに言わなくて。」


かすれた声でやっと言うと、


「あ・・・そう。」



テヤンが一瞬ボーッと私を見た。


「ごめん・・・・テヤン・・・」


「・・・・・」


「ごめん・・・」


「あ・・・わ・・・」


「テヤン・・・」


「うわぁ~~~!」


いきなり私を抱きしめた。



その次の瞬間、

息を詰めてみつめてくれてたらしいギャラリーから、一斉に歓声が上がった。


そして私たちは、拍手と、たくさんの「おめでと~~~!」の声に包まれた。



「テヤン・・・テヤン・・・」




私を抱きしめたまま、顔をふせて動かなくなってしまった。



テヤンが・・・泣いてる。


「テヤン・・・苦しい。」


「あ!・・・」


はじかれたようにパッと離れて、



「ごめん。大丈夫?」



気づくと、どすこいさんがお友達にタオルをあてがわれて号泣中だった。


どすこいさんの肩を、そっと抱いた。


そしたら、その10倍はあるかと思う力でギュッと抱きしめられた。


「よかったね。よかったね・・・・」


彼女の胸の柔らかさを感じながら、


「どすこいさん、ありがと。

今日まで、いっぱい・・・」


彼女はただ



「うん・・・うん・・・うん・・・」



ただ、そればかりだった。







・・・・・・・・・・・・・・・







窓から差し込む、まだ少し強い午後の光が、

レースのカーテンにまろやかにされてベッドまで届く。



そうだった。

こんな陽射しの季節に、私たちは出会った。

もうすぐ2年になる。


私は背中いっぱいに彼の温かさを感じながら、

一瞬まどろんでいたみたいだ。



まだぺったんこのお腹をテヤンの大きな手がなでている。


「ここに、いるんだね。」


「うん。」



みんなのスナップや集合写真を撮り終えて、

はじめの1時間で切り上げるのがいつものパターン。



まだウルウルと涙目のどすこいさんに見送られて早々に家に帰ったが、

到着したとたんに気分が悪くなった私は、

慌てたテヤンに無理やりにベッドに寝かされた。


あれこれと、なにか口に入れろとうるさい彼のいいなりになって、

やっとのことでスープを飲んだ。


なんだかやっとテヤンに言えたと思うと、

安心してつわりがどっとやって来たみたい。



「テヤン、ごめんね。何度も言おうと思ってたの。」



「いいさ。派手なカミングアウトも悪くない。

あんなにたくさんの人に祝福してもらったしね。」



「そう? ならよかった。」


「アヤノ・・・」


「ん・・・」


「ちょっといろいろ複雑な気持ちになったんでしょ。」


「え?・・・」


「だからすぐに言えなかったんでしょ。」


「・・・・・」


「そうでしょ。」


「うん・・・」


うしろからぎゅっと抱きしめなおして、私のこめかみにキスをする。


テヤン、お見通しだった。



「あれから、ミオちゃんの夢、見た?」



いきなりの質問に驚いた。


「あ・・・ううん。あの時から一度も。」


「僕、見たんだ。」


「え・・・」


「たぶん、ミオちゃんだ。」


「どんな?」


「女の子がいたんだ。

どこかの住宅街の広い道の隅で、大きなバスケットを覗いてた。

覗いてたっていうか・・・守ってるみたいに。」


「・・・・」


「それだけなんだ。」


「ん・・・・」


「それだけのことなんだけど、
そこを通りすぎたあと、『あっ!ミオちゃんだ!』って思った。」


「・・・・」


「その、ひらめきみたいなものがリアルだったんだ。

夢のなかで、『絶対そうだ!』って確信を持ってた。

だけど、振り向こうとしても、どうしても見えないんだ。

もう振り向けないっていうか、見ようとしても見られなかった。」


「・・・・」


「それで終わりなんだけど・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


テヤンが今度は私の髪をそっとなでる。

気持ちがいい。


「・・・きっと、ミオだね。」


「うん。」


「きっと、そうね。」



振り返って、テヤンの大きな胸に、鼻をこすりつけるようにして埋まる。



「アヤノ、きっと誰もが大喜びしてるよ。」


「うん。」


「カイさんも・・・」


「うん。・・・お母さんも・・・」


「うん。」





テヤンの胸は温かい。

トクトクと、テヤンが生きてるリズムが聞こえる。


安心する。とても・・・


大きな背中に腕をまわす。



こうして、隙間なくぴったりくっついていよう。



トクトクと、ふたりが生きるリズムが重なるように。。




     いや・・・・

     3人だね・・・・

     


     3人が生きてくリズムが、


           今重なり始めた・・・

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