Lusieta

 

続・この場所から  ブルーだけどブルーじゃない誕生日  後編

 

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アヤノが帰ってきたとき、もうユイルは眠っていた。



ユイルはあれからずっと上機嫌で、
朝僕が準備しておいたご飯も全部平らげてお風呂でも大はしゃぎ。
そして、あっというまに眠ってしまった。


きっともう朝まで起きない。


もともと機嫌のいい子だけど、
春から仕事に復帰した母のために頑張ってるみたいに、
ずっと元気でいる。


二度ほど熱を出したけど、
それはたまたまどちらかがオフの時だった。
ちゃんと親が休める時を選んでるみたいだねと話したけど、
一日で復活して保育園に行った。

ユイルがおりこうなおかげで、
早い時間からふたりきり。

気まずい空気が満ちる。






アヤノは・・

ただいまさえ言わなかった。

とても怒ってるのは当たり前だけど・・・





「アヤノ、今日はほんとにごめん。
ユイルの迎えを忘れるなんて、僕はどうかしてた。」


「・・・・・」


「探してたあの写真集、みつかったんだ。」


僕を見ないで動き回る背中が一瞬反応して動きを止めた。


「それで、つい興奮してチカにメールしたら飛んできて・・・」


手を洗ってうがいをする背中に向かって話していた。

アヤノはまるで僕なんかいないみたいに、
そのままユイルが眠るベッドルームに向かう。

あとに続く僕。



僕を無視しながらあちこち移動するアヤノの後ろに、
ただくっついて説明してる。
よくあるドラマのワンシーンみたいだ。




「アヤノ・・・」


「・・・・」


「アヤノ!こっち向いて!」


「・・・・」


「今日は、口をきかないつもり?」




無言のままシャワー。
戻ってくると、僕の枕と客用布団をリビングに持ってきた。



「今夜はこっちで寝てくれる?」


「え?・・・」




僕の言葉を待たずにベッドルームに入ってしまった。

バタンとドアが閉まる。



     ねえアヤノ・・・

     ほんとはどうしてほしい?

     僕を閉め出したけど、ほんとは・・・

     ほんとは強引にそのドアを開けて

     ベッドの上のひとりぼっちの背中を
抱きしめてほしい?

  
     それとも・・・

     あともう一回謝ってきたら許そうかなって・・・

     そう思ってたりする?



     アヤノ・・・

     ねえ、どっちをたくさん怒ってる?

     ユイルを忘れたこと? 
 
     チカと楽しそうにしてたこと?


     いや・・・どっちもだね

     ユイルを忘れるほど、誰かと・・・

     そんな時間を・・・


  
     ごめん。

     ごめん、ごめん、ごめん・・・








ーーーーー




   


丸一日すぎた。


今日も僕はリビングで寝るの?



アヤノは、ダイニングテーブルにノートPCを置いて資料を広げた。
なるべく仕事を持ち帰らないようにしてたのに、
今日はわざとかな・・・


背中に声をかけようかどうしようか、さっきからずっと迷ってる。



    “アヤノ、コーヒー淹れようか。”

    “エアコン、寒すぎない?
窓を開けたほうが気持ちいいかな。”

    “それ、どんな記事? 急ぎなの?”




あぁ・・・・


ユイルがいると、あれこれと話しかけるアヤノの声を聞ける。

ユイルが寝ちゃうと、もうどうしようもないよ。


カタカタとキーボードの音だけが響いてる。
驚くような早打ちだけど、
今日は入力ミスが多いことが、音を聞いてるとわかる。




ソファに座って、ネガの整理をする。

背中合わせだ。



アヤノの気配ばかり気にして集中できない。

もうすぐ日付が変わる。


よし!

コーヒーを淹れよう。
そして、思い切って声をかけよう。




そう思って立ち上がり、
「アヤノ、コーヒー飲む?」
アヤノの背中に、そう話しかけようとした時だった。




アヤノがいきなり両手を高く上げた。

「うぅ~~~ん!!・・・あぁ・・・」
大きく伸びをして、パッと僕を振り向いた。


その笑顔・・・
すっごく久しぶりな気がする。


アヤノがわざとらしく僕を睨んで言った
「さてと・・・
このくらいにしといてあげるわ。」


「え?・・・」


「ちょっとはへこんだ?」


「あぁ・・・へこんでへこんで・・・もう壊れそうだった。」


「そう。いい気味だわ。」


「はい。ほんとにごめんなさい。」


腰に両手をあててわざとらしく胸を張るあなたがおかしいよ。

そして、かわいい。

あぁ・・・ありがとう。



「ほんとはもう少し長くこらしめてやろうと思ったのに、
テヤンって、ほんとに運がいいよね。」


「なんで?」


「年に一度の誕生日にケンカなんかしてられないもん。」


「たん・・・誕生日?・・・あ・・僕の?」


「そうだよ。」


「忘れてた・・・」


「そうよね。」


そう言ってキッチンに向かったアヤノは、
奥のストッカーの下にしゃがみ込んだ。

抱えられた大きな箱は、マットで深いブルー。

リボンは同系色のチュールレースで豪華だ。



「誕生日おめでとう。」


大きな箱を胸に抱いて、
いつもの笑顔でアヤノが祝ってくれる。

あぁ・・・

プレゼントなんていらない。
あなたの笑顔だけでもう充分だ。


「あぁ・・・ありがとう・・・
アヤノ、僕・・・ほんとにごめん・・・」


チュールレースをほどいてふたを開けると、


「!!!!・・・これ・・・」


あの昨日の写真集が、ここにもあった。


「うん、ダブっちゃったね。」


「アヤノ、これ、どうやってみつけたの?」


「クニエダちゃんのツテ。
できればこれを贈りたいんだけどなぁ~って言ったら、
とんとんっと見つかったわよ。
あの人の人脈はすごいよ。
持つべきモノは、親友兼お姑さん。うふふ。」


「・・・・」


胸がいっぱいになる。

昨日、写真集なんてみつけなければよかった。
なんでみつけちゃったんだ。


抱きしめたいけど、2人の間にある箱には、
まだなにか入ってる。


「あとね、これはなんでしょ~。」


「これ、青写真の・・・もしかして、アヤノが一つづつ調達したの?」


「うん、薬品もたぶん全部そろってると思うよ。
感光紙にする紙は、自分で好みのを買い足したらいいと思うから、このくらいにした。
このピクチャーフレームはね、ネガや葉っぱや・・・いろいろ挟むためには、
こういうのがちょうどいいんだって。

あ、この、薬品を塗るためのスポンジのポンポンは私の手作りです。
ネットでポンポンの作り方まで載ってて・・・」


こらえきれずに、箱を挟んだままアヤノを抱きしめた。


「調べたの?」


「うん、ネットでね。」


「ありがとう・・・
ステキだ。最高のプレゼントだ。」


「気に入ってくれた?」


「うん、とても。
嬉しくて、なんて言ったらいいかわかんない。」


「でも・・・写真集、ダブっちゃったね。」


「あぁ、昨日買ったのはチカに渡す。」


「・・・」


「アヤノ・・・チカはほんとになんでもないんだ。
ボスの姪っ子だって、知ってるよね。
芸大で青写真もピンホールカメラも経験済みだ。
ほんとに、写真の話しかしない。

あのとき、どんなふうに見えたかわかんないけど、
僕らはなんでもないんだ。
信じてくれてる?
僕が愛してるのはあなただけだ。

あなただけ愛してる。」


「ほんと?・・・」


「ほんと。」


箱をスライドさせてラグの上に座り直し、
アヤノをすっぽりと足の間にいれる。

ふぅーっと息を吐いて、あなたはやっと体の力を抜いた。


「知ってるよ。」


「ん?・・」


「知ってるの。テヤンが私だけ愛してるって。」


「んふ・・そう?よかった。
ほんとだよ。何度でも言う。世界の中心で叫んだっていい。」


「あは・・・」


「アヤノ・・・」


髪に、おでこに、頬に、目に・・・
何度もキスを贈る。



「でもね、あんなに若くてかわいい女の子と
映画のワンシーンみたいなことしてる場面にでくわしたら、
普通じゃいられないでしょ。」


「はい、そのとおり。」


「しかも、ユイルのお迎えすっぽかしと、
プレゼントするはずのものを、直前に自前でゲットされちゃって、
この三重苦はいったいなんなの?って・・・
映画なら、奥さんはその場で気を失っちゃうね。」


「うん・・・」


「いや、夫のほっぺをひっぱたく?」


「うん、そっちのほうがリアリティーはあるかな。」


「そして、女の子もひっぱたくわ。」


「え・・・そうなの?・・・」


「そうよ。
あのね、あの子がどんないいい子でも、
これから1年くらいは私、無理だから。」


「あぁ。」


「たぶん、どこかで出会っても無視するから。」


「はい。出会いませんように。」


「出会わせないでね。」


「はい、極力。」


「はぁ・・・
こういう場合、一週間くらい口きかなくたって普通だよね。」


「それを一日で切り上げてくれてありがとう。ほんとに感謝するよ。
ほんとに僕は・・・どうやってこれを返せばいい?・・・」


「こうしてくれるだけでいい。
そしていっぱい愛してるって言って。」


「うん。愛してる。アヤノ・・・あなたを愛してる。
僕が愛してるのは、あなただけ。」


「この写真集、ほんとにきれいね。」


「見たの?」


「うん。
テヤンは昨日、彼女と一緒に見たんだね。」


「ごめん・・・」


「チクッといじめてみました。」


「いいよ。いじめていい。」


「青が、ほんとにきれいね。」


「うん、そうでしょ。いろんな青があるんだ。
あ。。。だからプレゼントのラッピングも青?」


「そうよ。今頃気づいたの?鈍感ね。」


「ごめん。」


「鈍感なところも愛してる。
うろたえて説明するところも、必死で謝るところも、
しょんぼりしてる情けない横顔も、
ぜんぶ・・・ぜんぶ愛してる・・・テヤン・・・」


顔を上げながらつぶやく、その唇を捕まえた。


「ステキな告白をありがとう。」


「どういたしまして・・・」


「ふふ・・・」


「ねえ、テヤン・・・」


「ん?・・・」


「こんなすごいキス、久しぶり。」


「あは・・・
もっとすごくしてあげる。」


ラグの上にあなたと一緒に倒れ込む。
唇を重ねたまま。


「なんだか・・・」


「ん?・・・」


「初めての頃みたいね。」


「僕も今そう思った。」


「やっぱり・・・」


「アヤノ・・・」


「ん?・・・」


「このまま・・・いい?」


「そんなこと訊かないで。」



シャワーのあとの部屋着のあなたは、
あっけないほど無防備で、
僕の指はあまりに簡単に、目指す場所に行き着いてしまう。


ユイルが生まれて、少しふっくらした体は、
春からのハードワークで、またもとの華奢なシルエットに戻っていた。

どっちも好きだよ。


アヤノの唇から甘い吐息が漏れると嬉しくて、
もっと聞きたくなる。

もっと夢中になってほしい。

僕の指で、僕のキスで、
あなたがもっと溶けていくのを見たい。


もっともっと・・・その声を聞かせて。

もっともっと僕の愛を、溺れるくらいに全身に浴びて、
ほら、もっと幸せな顔していいんだ、アヤノ。
恥ずかしがらないで。


そのときの、あなたの顔を見せて。
そのときの、あなたの声を聞かせて。


そして、最後の最後に僕を迎え入れたら・・・


急がずに、一緒にゆっくりと昇りつめて行くんだ。

同じ高みを目指して。


「あぁ・・・テヤン・・・もう、来て・・・」


知ってるよ。もうあなたが僕をとてもほしがってること。

だって、僕もあなたの中に入りたくてたまらない。


そう、僕たちは、タイミングが一緒だから。



愛したくて愛したくて・・・

我慢できなくなるタイミング。




「テヤン・・・・」


「ん?・・・」


「テヤン・・・」


「うん・・・」


「誕生日おめでとう。」


「ありがと・・・」





レースのカーテンが揺れて、

夜の風が忍び込む。



今年は、秋が来るのが早そうだ。

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