Lusieta

 

シャボン玉 Ⅰ

 

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  ・・・・虹を閉じ込めて生まれ、一瞬で消える・・・・・・・



無数のシャボン玉が、

空に吸い込まれるように旅立ってゆく。

今日は風がちょうどいい。





シギョンが勝手に櫓の3階にあがり、、
降りてこなくて騒ぎになるのは、4度目だ。

一人で上ってそこに留まるには、
5才というのは、まだ小さすぎる。

      

      またかよ、シギョン

      またナヨンを独り占めだ。

      ずるいぞ・・・・



撮影のセットは、子役たちには格好の遊び場になりえる。

しかし、ほんとに遊び場にすることは決して許されない。

危険であることはもとより、

いくら5才であっても、
役を演じる以上はここが厳しい仕事場であることを伝えなければならない。

たいていの子は、大人の迫力に怖気づき
一度ビシッと言われたらすんなり従うのに、

シギョンだけは別だった。


反抗的なわけじゃない。

走り回るわけでもない。

いつもニコニコして、人をひきつける魅力にあふれた5才の男の子

そしてなんと言ってもその演技の才能

正直、彼に食われてると思う瞬間が何度もある。



天才子役    なくてはならない存在

そして・・・

櫓の上が好き・・・



大人の叱責にも脅しにもひるまずに、

いつのまにか、あの不安定で心もとない場所に行ってしまう。

もうスタッフたちもあきらめてしまった。

あの場所でのひとときが、彼にはきっと必要な時間なんだ。

そして、そのたび、高所恐怖症の母親の代わりに

大道具のナヨンが派遣されて、そのお守り役になるのだ。



シギョン

僕はお前が大好きだけど・・・

でも、ナヨンヌナも好きなんだ。

お前を好きな気持ちより、すこしだけたくさん・・・・

だから、独り占めするのはやめて、

僕にもヌナとの時間をくれよ。




ナヨン・・・・・

いつもその細い腰にぶら下げた、およそ不似合いな皮のポケットには、
 
かなづち、釘、小型のこぎり、ペンチ、ドライバー、ニッパ、スパナ、サンドペーパー・・・

重くない?

破れたデニムから白いひざがのぞく。



よれよれのシャツを無造作に着ていても
その容姿が醸しだす気品と透明感を隠せない。

それを見抜く監督やプロデューサーに、
女優への転向を誘われたのは、一度や二度ではない。

しかし、彼女には何の動揺もない。

「私、今のこの仕事が好きなんです。」



そして、あんなに華奢な肩で重い角材を担ぎ、細い腕で的確に釘を打つ。


    “なんてちぐはぐで、美しい映像だろう”


はじめてそんな場面に出会ったとき、僕は目が離せなかった。

そして・・・・

すごすぎて・・・・つい笑ってしまった。    

ほんと、そこにある、君の存在そのものが

笑えるくらい僕を圧倒したんだ。

姿カタチの美しさと、今していることの無骨さの

そのあまりのアンバランス・・・



視線を感じたか・・・

「ん?・・・」という表情で振り返ったナヨン。

顔や首筋に、汗が光っていた。

そのまぶしさに、一瞬僕は目を閉じた。




・・・・・・それが、二人の始まりだった。






そして今、僕たちがいるのは櫓の上。

二人きりじゃない・・・・

シギョンと3人だ

なんでこうなるのか・・・・

櫓の上から3人でシャボン玉を飛ばしている。




ナヨンを独り占めするシギョンに、今日は本気でいらだった。

おとなげないとわかっていたけど、

足が勝手に動いていたんだからしょうがない。

気がつくと、タムトクの衣装のままここにいた。



しかし・・・・

ここはなんて心地いい場所だったんだ。



真っ青な空に、刷毛でさっと白を拭いたような雲。

一週間前に撮影で上ったときは、もっとジリジリ暑くて

長居するのがつらい場所だった。

今日は、心地よい風が、疲れた体をなでてゆく。



シギョン、ほんとにお前はずるい・・・

こんなにいい場所といい女を独り占めにして・・・




シギョンを挟んで座っていた。

ふと、家族ならこんな感じかと思った。

そう思うと、胸のなかに

いつもあきらめようとして、閉じこめてきた思いがよぎる。



僕に、ほんとにそんな日がくるのだろうか。

そんなことを望んでもいいのか。

そして・・・・

始まったばかりのナヨンとの未来に

そんな日を思い浮かべてもいいんだろうか・・・・




「ヒョン・・・」

「ん?・・・」

「シャボン玉、きれいだね・・・」

「そうだな・・・」

「でもぉ・・・すぐ消えちゃうね・・・」

「そうだな・・・すぐ消えちゃうな、シギョン・・・」



夢中でシャボン玉を飛ばすシギョンの背中のうしろで、

そっとナヨンの手をとった。

ふたり、前を向いたまま、しっかり指をからませていた。



エアポケットのような、特別な時間。

目を閉じて、ただ君の手のぬくもりを感じていたい。


もうしばらくでいいから・・・・





「ジュンssi! 
そろそろ出発しないと、パーティーに遅れまーす!

降りてきてくださーーい!」


君は、はじかれたように手を離した。

ふたり、顔を見合わせた。

ぎこちない照れ笑いの、その頬にキスしたかった。





ナヨン、君は当然のように、

シギョンとここに残るつもりでいるんだね。

寂しいよ。



"ヒョン、ばいばい! 終わったらまた来てね。"

    "おおわかった。絶対戻ってくるから待ってろよ!"



シギョン、いったい何時に終わると思ってるんだ。

あぁ・・・




パーティーは、ほんとはこじんまり小さいものにしたかったけど、
今回は、ドラマの関係者の親睦もかねてにぎやかなものになった。

それはそれで大切な僕の役割、無事に終えられてよかった。



しかし・・・



ナヨンがみつからない。

シギョンはもうとっくにホテルにもどっているのに。



「・・・・・!!」

いや・・・まさか・・な・・・・



"おおわかった。絶対戻ってくるから待ってろよ!"



あれはシギョンとの約束だったんだから・・・

そう思いながら、もう足はそこへ向かっていた。





静まり返ったその場所に、

人の気配なんかない。



でも・・・

ナヨンはいる・・・・


ここへ向かって走るうちに、確信が湧いてきた。



息を整えながら、その場所を見上げると・・・・

夜空を照らす常夜灯が、光の扇を作っていた。

その中にふわふわと浮かんでいるのは・・・・



僕だけにわかる暗号を閉じ込めた・・・

シャボン玉。



はしごを上っていく時間がもどかしい。

やっと到着すると、

ナヨンは背を向けて、まだシャボン玉を吹き続けていた。



「遅くなってごめん。」

「気づいてくれないかと思った・・・・」



後ろからぎゅっと抱きしめると、夜露のにおいがした。



「誕生日、おめでとう・・・・」

「ありがとう。」

「実は、プレゼント、用意できなかったの。」

「そんなの、わかってるよ。休みがつぶれてばかりで
3週間、ここにカンヅメなんだから。」

「よく知ってるね。」

「ああ、おかげで二人っきりになれないままだ。」

「ごめんなさい。」

「プレゼントなら今からもらう。」

「え?・・・・」



あぁ、この星空の下で君の全部をくれないか・・・

なんてな・・・・



両手でそっと君の頬を包む。

まっすぐに僕を見たナヨン、

やがて静かに目を閉じながら、僕のシャツをぎゅっとつかんだ。

そっと重ねた唇は、シギョンからもらったチョコの香りだ。

分け入って君をとらえようとする舌に、

君は熱く応えてくれた。



どこまでも深く長くなってゆくキス・・・



「だめだナヨン、これ以上は・・・」


「こんど見回りがくるのは朝の4時です・・・」

そう言って、胸に顔を埋めた。



     ナヨン、それは・・・・

     なんの暗号?・・・・
   
     ナヨン・・・・

     それは・・・・

   








             今夜の月は鎌のように細くて・・・

             空に浮かぶ小島で、そっと重なる僕たちに

             最小限の照明をくれる。

             あぁ、このくらいがちょうどいい。



             浮かび上がる白い肌

             はやる思いを抑えて、

             ゆっくり君を溶かしていきたい。




             月に見守られて、
 
             まるで誓いを立てるように、

             君の体に僕を刻む。
 
             君の中に、僕の全部を注いで

             閉じこめてしまえたらいいのに。




             ナヨン・・・
 
             僕の虹は、君そのもの。

             お願いだから、

             シャボン玉のように

             一瞬で消えたりしないで・・・




            そして・・・・

            言ってくれないか・・・




            もう僕は、一人じゃないと・・・

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