Lusieta

 

シャボン玉 Ⅱ 前編

 

shabon_title.jpg



数日前から目をつけていた。

ぼくの企みに、どうしても必要な小道具。



照明のソンファ、もうすっかりうち解けて弟のようになってしまった彼に

どうしても借りたいものがある。



それは・・・

かわいそうなくらいドロドロの・・・・

彼のステーションワゴン。




クリスマスの2日間だけ、僕のフェラーリと交換してもらう。


悪い話じゃないはずだ。




「えぇ~~!! あんな車とジュンssiのフェラーリを~?

す・・・すぐに洗車します!」



「ダメだ!!」



「は?」



「洗車したら意味がないんだ。、ドロドロのままじゃなきゃ。

できるだけ目立たなくて、『まさかこんなのに乗ってるはずがない』

っていうのがいいんだ。

頼む。これ以上は訊かずに貸してもらえないか。」



「あ・・・あぁ・・・はぃ。わかりました、ヒョン! メリークリスマス!」



ソンファ、事態を理解してくれたようだ。




メールと電話のやりとりしかできないまま1ヶ月が過ぎた。


ナヨンに会えない。




いや、会ってはいる。




君が作業しているすぐそばを、衣装をつけた僕が通り過ぎる。



待ち時間にディレクターズチェアーに座っていると

他のスタッフとぼそぼそ話しながら、目の前を君が横切っていく。



走り回るシギョンを追いかける君が、「シギョナー!」と叫ぶ声を聞く。



そんなふうだ。




同じ空間にいても、視線を合わせることもない。


表情を変えることもない。


ただ、時々君を目で追っている自分に気づいて


慌てて視線をそらすことはあるが・・・




そんなときは、うつむいて苦笑いをしてしまう。


ふっとため息をついて、たばこに手を伸ばす。




二人きりで会いたい・・・・




ドラマ撮影のあいだは、スケジュールなんて、あってないようなものだ。


その場でどんどん変わっていく。



何も、1日デートしようというんじゃない。

1時間でもいい、ふたりだけのひとときを持ちたい・・・

それだけなのに、そんな願いもかなわないのだ。


こんなに近くにいるのに・・・



ある日、監督の都合で撮影がぽっかりなくなった午後、

僕は、役作りをしながらセットの中をゆっくり歩いていた。

撮影スタッフは誰もいなかった。

もちろん役者たちもホテルに戻っていた。



僕はなんとなくセットの中で、もう少し役作りをしていたくてそこに留まった。

そこにいるのは大道具スタッフだけだった。



ナヨンのことが頭の隅になかったわけではないが、

役作りでの自分の課題が大きくて、そのことに没頭したい気持ちのほうが強かった。



その時の僕は多分、腕を組み、うつむきながらうろうろと

セットの中を行ったり来たり。



大道具スタッフもそれぞれの仕事に必死で、

僕をかまってなどいなかった。



そんな時だった。



「ナヨ~~ン! 何してるんだ。さっさと持ってこい!」



大声がセットの中に響いた。





あまりに驚いて、自分の体が今揺れたのではないかと思うほど、

全身で反応してしまった。




ナヨン、どこに?




「はい。」という返事が遠くから聞こえたような気がしたが、

心なしか、弱々しいように感じた。



大きな袋を抱えて歩くナヨン、

僕の十数メートル先を

華奢な体を反り返らせて運んでいる。



運ぶ先は、大道具のチーフの通称クマ男



彼に向かって、ナヨンが歩いていく。

僕のナヨンが、彼の元に・・・

ただの作業の途中なのに、

そんなことで小さな嫉妬を感じている自分をもてあます。



ただボーッして彼女の姿をながめていた。

すると急に彼女の様子がおかしくなった。


足下がふらついたかと思ったら

抱えていた袋とともに床に転がった。



「・・・!!!・・・」


「お・・・おい! ナヨン! どうしたんだ!」

クマ男が叫ぶ。


僕は反射的に駆けだして

ナヨンのそばにかがみ込んだ。



しかし・・・・

名前を呼ぶことはできなかった。




僕の目の前で、クマ男が彼女を抱きかかえ、頬や首筋に手を置いた。




僕はただ硬直してそれを見ていた。




「お前、ひどい熱だ。なんで言わなかったんだ。」



「すみません。」消え入りそうな声。



「バカか、お前は!」


そう言うと、クマ男は軽々とナヨンを抱き上げた。


「誰か~!毛布かコートを持って来てくれ~!」




「あ・・僕のこれを!」



やっとアクションを起こせた。

着ていたダウンのロングジャケットを、ナヨンにかけた。



「あ・・・ジュンssi。気づかなくてすみません。

大丈夫、スタッフの誰かのを使います。

ジュンssiのコートを使わせてもらうわけには・・・

おぉ~~い、早く!」




毛布をつかんだ若者が走ってきて、

僕のジャケットはすぐに返され、大事そうに毛布をかけらた。




“ジュンssi”という言葉に反応したのか、

ナヨンが目を開けた。

表情のない火照った顔のまま、大男の肩越しに僕を見た。

僕もただじっと彼女を見ていた。




彼の腕に抱えられて揺れながら




ナヨンが・・・

僕を見ていた。



そしてそのまま、遠ざかっていった。




それから僕はメールを送り続け、

彼女からの返信はないまま、数日がすぎた。




とうとう我慢できずに、

作業中のクマ男のところへ向かった。

なんて訊こうかと迷いながら・・・




声をかけようとした瞬間、携帯が振動した。

なぜか、ナヨンからだと直感した。



「ジュンssi・・・・」


「あぁ・・・大丈夫か?」


彼女の声を聴きながら、急いでクマ男から離れた。



「はい、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい。

あの日の荷物がずっとスタッフルームのロッカーに入ったままで、

やっと今日帰ってきたの。携帯も・・・

返信できなくて、ほんとにごめんなさい。

ありがとう。たくさんのメール。

うれしかった・・・・」



「ナヨン・・・・」



「はい。」



「会いたい。」



「・・・私も・・・」



 ←読んだらクリックしてください。

このページのトップへ