Lusieta

 

シャボン玉 Ⅴ 後編

 

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深夜の電話は、君の何気ない近況報告から始まった。


「それでね・・・」


「・・・・」


「・・・ジュン?・・・」


「え?・・あ・・なに?・・・」


「・・・・」


「ごめん、なんて言ったの?」


「もう、言わないわ。」


「言って。」


「言わない。」


「じゃあいい。」


「え?・・・」



いつもならこんな言い合いも、
ただじゃれあってるだけの楽しいものだ。

なのに、今の僕はこの苛立ちを抑えることができない。



「ナヨン・・・」


「はい。」



君が僕のひどい態度に何かを感じ取って
少し緊張したのがわかる。

あのクマ男の前では、こんなふうに緊張したりしないんだろうな。
リラックスして、言いたいことを言い合ってるんだろう。


そんなことを思う自分に嫌気がさす。





「いや・・・なんでもない。」


「うそ。言いたいことあるんでしょ。今日は変よね、ジュン。
ちゃんと言って。」


「別にないよ。」


「うそだ。さっきから話しててもうわの空だし、どうしたの?」


「・・・・」


「ジュン?・・・」


「明日は、早い?・・・」


「ん?それ、さっき話したけど・・・
午後からだって。」


「そうか・・・ごめん。」


「ジュン・・・」


「今から会えない?」


「え?・・・」


「来てくれないか、ここへ。」


「・・・・」


「だめ?」


「・・・・行く。」






  ーーーーーーーーーーーーー






「待って」という言葉もきかなかった。

「優しくして・・・」と言う唇を
切れそうなほどに激しく塞いだ。

震える君の顔に恍惚を確かめても、まだ足りなくて何度も責め立てた。

何が足りない?

僕は何を欲してる。
何がこんなに不安なんだ。

ナヨン・・・

この白いしなやかな体中にしるしをつけて、僕のものだと言いたい。



いつもよりずっと強引で乱暴な僕を、
君が潤んだ目で見つめる。


ねぇ、ナヨン・・・教えて・・・
僕は何を怖れてるの?
こんな僕は、君の目にどんなふうに映る?


昇りつめたあとも離れがたくて・・・
君をかかえたまま動かないでいた。

こんなにも優しくない僕を見つめて、
それでも、頬を少しあげて君は笑顔を作る。

僕の髪をくしゃくしゃ弄りながらつぶやいた。




「DVD、見たの?」

「え?・・・」

「見たんでしょ・・・」

「・・・見た・・」



僕の髪の先をいじり続ける君から体を離した。

一瞬宙に浮いた君の手が寂しそうだ。




「あの人・・・プロデューサーさん、
『ジュンにすぐに見せたいと思ってるの。』って言ってた。

『あなた、きっと彼の好みよ。ひと目で気に入るわ。』だって。
ふふ・・・」


「・・・・・」


「ジュン?・・・」


「あぁ。見たよ。」


「感想なんて、言わなくてもいいからね。」


「あぁ、言わない。」


「・・・んふ・・」


「・・・・」


「あの人、とっても誉めてくれたわ。」


「・・・・」


「実はね・・・」


「ん・・・・」


「ちょっと嬉しかったりしたわ。」


「・・・・」


「あ・・でも、もちろんすぐに断ったわ。
まったくその気がないって。」


「あぁ、聞いたよ。」


「でも・・・嬉しかったの。」


「・・・そうか。」


「あのね、あれを見たとき、
消去してくださいって言ったけど、
ほんとは・・・・」


「・・・・」


「ほんとは・・・」


「なんだ・・」



     “ほんとはやってみたいと思った”

     そう言われたら、
     僕はどうすればいい?



「あなたに、見てほしいって・・・・
思っちゃった。」


「・・え?・・・」


「消去してほしいけど、
でも、あなたが見てからにしてほしいなって。
へへ・・・」


君がぺろっと舌を出して笑った。
君にとっては、そんなふうに笑うようなことなのか?

いたずらを自分から白状した時のように。
屈託なんてなにもないみたいに。



ナヨン・・・
君にはまいってしまう。

そうなのか。
こんなふうに笑っちゃうような・・・

そんな取るに足らないこと?

僕はこんなに苦しいのに。


こんなに苦しいと言ったら、
それも笑い飛ばしてしまう?



「私の最初で最後のPVということね。
ふふ・・・
なかなかの出来だったでしょ。」


「感想は言わなくていいって言ったぞ。
言わせるのか?」


「あ・・・そうよ。言わなくていい。
言わないで。
・・・言わないで・・・」


     ほんとに慌てたようすがおかしくて、
     
     思わず君の頬をつまんだ。



「痛い!」


「はは・・・」


「あ・・・やっと笑った。」


「え?・・・」


「ジュン、今日の顔、怖すぎるよ。」


「え?・・・」


「逃げ出そうかと思ったわ。」


「・・・そうなの?・・・」


「そうよ。」


「ごめん・・・」


「いいわ。許してあげます。」


「ナヨン・・・」


愛しさがこみ上げる。


「ふふ・・・」



今度は君が僕の頬をつまんだ。

「痛いよ」と言いながら、
そのまま君の顔を抱え込んだ。

顔を見たら言えないことを言うために・・・





「よかったよ・・・」


「え?」


「すごくきれいだった。
映画のワンシーンのようだった。

君が美しすぎて・・・
僕はとても苦しくなった。」


「ジュン・・・」


「だから・・・
怖くなった。」


「何が?・・・」


「よくわからない。
君が・・・
まぶしすぎて・・・」


「・・・・」


「まぶしすぎて・・・」


「私が女優になりたいとか言うかもって?」


「いや・・・」


「その気になったらどうしようって思ったりした?」


「いや・・・」


「んふ・・・
言ったのにな。
なんども言ったのに。

あなたと一緒に生きていくって。
女優なんてあり得ないって。」


「うん。」


「私、そんなに信用ならない?」


「いや、そうじゃない・・・
ごめん・・・」



そうなんだ。
ダメだな、僕は。

情けないよ。

何があっても揺れない君は
実はこんなに揺れてる僕を、笑っているかもしれない。

気にもとめないふりをしながら。


僕はどうしてこんななんだ。

他のことなら、何でも自信を持って進められるのに。

仕事でも、
僕の周りのたくさんのスタッフや友人たちにも、

僕の生き方、僕の信念。、
みんなが揺れていても、僕だけは揺れないでいられるのに。

照らすべき基準のようなものが、僕の中にできた・・・
このごろ、そんな気がしてるのに。


なのに・・・


ナヨン・・

君のことだけは、そうはいかないんだ。

こんなにも自信がなくなる。
こんなにも不安になる。

笑ってしまうよな。

君が愛しすぎて、君が大事すぎて・・・



君が輝きながら動く姿を見てしまうと、
そのまぶしさについ目を閉じる。

目を閉じたらなにも見えなくて、
ついでに自分自身も見失う。

君が他の誰かと親しげに会話を交わすだけで、
君のほんとの居場所は他にあるのかもと・・

君を失う恐怖にかられる。

怖くて・・・
途方にくれてしまうよ。



「ナヨン・・・」


白い肩を引き寄せた。



すぐに君が応えて細い腕を僕の背中に巻き付ける。

あぁ・・・
ただそれだけで、僕の胸に安堵が満ちる。


鼻先を僕の首筋に押しつけながら
「うん?・・・」とつぶやく。


「愛してる。」


「私も・・・愛してる、ジュン・・・」




泣きそうだ。

ほんとはこんなに単純なんだ、僕は。





「ナヨン・・・」


「ん?・・・」


「もうすぐ僕の誕生日だ。」


「ふふ・・知ってるよ。
あなたが自分から言うなんて、へんなの。」


「頼みがあるからだ。」


「頼み?」


「プレゼントをリクエストしたい。」


「わぁ~、リクエストだなんて、うれしい!
ジュンはいつも“なにもいらないよ”と“なんでもいいよ”だもん。」


「だって、ナヨンがいてくれれば何もいらないんだから。
いつもなにも思いつかないんだ。」



     ほんとにそうなんだから、しかたがない。

     君だけでいい。
     他にはなにもいらないんだから。



「それなのに・・・思いついたってこと?
すごいね。なんか、怖いかも。」


「怖いか。」


「なに?」


「君への出演依頼。」


「ん??・・・」


「僕が君を撮る。他の誰かじゃなくて。
そして観客は僕ひとり。

僕のためだけに君が動いて・・・
僕のためだけにカメラに笑いかける。」


「あ・・・」


「どう?」


「うん、ステキ・・」


「これからの誕生日には僕がずっと・・・
君を撮り続ける。
来年も、その次も・・・」


「あなたの誕生日なのに?」


「そう。」


「ふふ・・・へんね・・・」


「へんじゃないよ。
君が僕のいちばんの趣味につきあうってこと。
女優として。
僕の注文に君が応えて・・・」


「あなただけの女優?」


「そう。」


「ステキ・・・」


「ナヨン。」



「ん?・・」


「今すぐ撮りたいな。」


「わかったわ。
なんでも言うこと聞くわ、監督。
だからステキに撮ってね。」


「ほんとに、なんでも言うこと聞いてくれる?
なんでも?・・・」


「ん?・・・」


「・・ヌード・・・」


「ダメ!!」


「やっぱり・・・」


「絶対ダメ。」


「じゃあいいよ。
しょうがないから、僕の目だけに刻みつけておくことにしよう。」



わざと乱暴にシーツを剥いだ。


「わ・・・」



僕のせいだ。

夢中で君を愛した名残が、
傷跡のように白い体のあちこちに浮き上がっていた。


そっと指先でなぞる。


「ごめん・・・」


「こんなにいっぱいしるしつけちゃったんだから、
責任とってよね。」


「え?・・・」


「消えたらまたつけてね。
それで、また消えたら、またつけて・・・」


「ナヨン・・・」


「ずっと・・・
あなたとしか生きられないように。」


シーツを元に戻して
その上から今度はそっと抱きしめた。



「あぁ、消えないようにまたつけるよ。
何度でも。何度でも。
僕から逃げられないように。」


「えぇ、そうして。」



シーツから覗く肩先に歯を立ててみる。


「そこはダメよ。」


「なんで?」


「タンクトップ着るもん。」


「ちゃんと責任とるから。」


「ふふ・・・そういうことじゃなくて・・・」


わざと噛んでみる。


「ジュン!痛い!」


「責任とります!」


「ダメ!」


「うそだよ。
しないよ。しない・・・」


そう言いながら、
唇を下降させる。


「ここならいいよね。」


また淡く色づきはじめた柔らかなふくらみに、
どんなふうにしるしをつけようか。



しっかりとその胸にしるしがつく頃には・・・

クスクスといたずらな笑い声は、甘い吐息に変わるだろう。

閉ざされていた扉はまた開いて、僕を受け入れ温めるだろう。



ナヨン・・・


誕生日、必ずその日のうちに会いたい。

だから必死で駆けてきて。





準備を整えて待ってるよ。


ドアを開けた瞬間から・・・

僕だけのアクトレス。



待ってる・・・



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