Lusieta

 

シャボン玉 最終章 後編

 

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わぁ・・・

眠ったらまた夢の続きを見られることがあるんだな。

ほら・・・
君がいる。
僕の腕のなかに。
君の手がそっと頬に触れる感触がリアルだ。

「ジュン・・・」
君が僕を呼ぶ。

声を出してこたえてしまうと、
目をあけてしまうと、
この夢は終わってしまうよな、きっと。

このまま終わらないで・・・

ナヨン・・・

いつまでもここにいて。

僕のそばに・・・

僕は夢の中でも君を抱いてる。
いつもいつも・・・
君を抱いてるよ。


「ジュン・・・
    ねえ起きて。」


鼻をつままれる頃には、
夢じゃないことを感じていた。

でも・・・
やっぱり怖かった。

目をあける瞬間、
僕がどんなにドキドキしていたか・・・

何年も何年もたって、
僕と君がおじいさんとおばあさんになってから告白しよう。
だから、その時まで一緒にいて。


「ナヨン?・・・」


そう言いながら目をあけた。
10㎝の距離で君が笑っていた。


ただ抱きしめた。

抱きしめながら思わず吐いたため息の大きさに
自分でも驚いて、笑いがこぼれた。


「何?・・・」



「ん・・・死ぬほど嬉しいときのため息って、
こんななんだなって。」


「ほんとに、死ぬほど嬉しい?」


「うん、すでに一回死んでた気分だけど。」


「私も・・・
もう死んじゃいそうだったよ。」


「ナヨン・・
僕たち、生きてる?」


「うん、そうみたい。
生きて・・・すっごくくっついてる。」


そう言ってナヨンが背中に腕を回して、もっとしがみついた。
胸に顔を埋めてしまった。


「こら・・・
顔見せてよ。」


顔を埋めたまま言った。


「あのあと、どこに行ったと思う?」


「う~ん・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


「屋台で焼酎飲んで・・・」


「違う。」


「クラブで踊り狂って・・・」


「違うから・・」


「カラオケ歌いまくって・・・」


「こら!
マジメに言ってるの。」


「オールナイトのハンジュンマクでマッサージして、
そしたらすぐに居眠りして・・・」


「もう知らない・・・」


ナヨンがしがみついていた腕をほどいて
背を向けようとした。


「ごめん・・・ナヨン・・・
怒らないで。
嬉しすぎて・・・
ふざけてないと泣いてしまいそうだ。」


「ジュン・・・」


「・・・・・」


ナヨンがすぐそばで僕をみつめた。


「それで・・・
いびきと歯ぎしりがひどくて、
ハンジュンマクを追い出されて、
行くところがなくて帰ってきたんだ・・・」


「もう!・・・」


わざとプーッと頬をふくらませた頬はすぐにゆるんで、
泣き笑いの顔になった。

僕の頬を包んだ両手はまだ少し冷たかった。



「・・・んふ・・・そうよ。
どこへ行っても、きっとここに帰ってくるわ。
帰るところはここしかない。」


「・・・・」


もう一度、今度は僕がナヨンを胸に閉じこめた。
涙を見られるのが恥ずかしくて。


「あのね・・・
焼酎もクラブもカラオケも・・・
マッサージも、みんな魅力的だけど、
行ってきたのは違うところ。」


「どこ?・・・」


「うち。
私の実家。」


「え?・・・」


「話してきたわ、あなたのこと。
家族にも心の準備がいるでしょ。
・・・っていうか、家族に話すことで、
私が覚悟を決められるって思ったから。」


「ナヨン・・・」


「両親も、弟も妹もぽか~んと口あけて、
しばらくみんな無言だったの。
うふふふ・・・・」


おかしそうに笑いながら、でも目が濡れてる。


「母が、早く連れてらっしゃいって。
みんなでもみくちゃに大歓迎するからって。」


「あぁ・・・」


「ジュン・・・大丈夫?・・・」


「あぁ、ナヨン・・・君ってほんとに・・・」


お互いの泣き笑いの顔をからかうように、
涙を拭き合った。


「お父さんはなんて?・・」


「ふふ・・・
『イングンニムに我が娘を捧げるのか。
これは驚いた・・・』
以上。ふふふ・・・」


「あぁ・・・」


なんて言えばいいのかわからない。




「明日行こうか。もう今日だけど。」


「ダメよ。」


「なんで?」


「今日はダメなの。
これからの時間はここで・・・
ずっと二人きりでいたい。」




あぁ、そうだね、ナヨン・・・

二人きりでいよう。

はじめからやり直そう。

二人の大事なイヴを。






薄くあいた君の唇をやっとつかまえに行った。


ナヨン・・・
   ナヨン・・・
      ナヨン・・・


密着した唇から、
夢中で抱きしめる腕から、
僕が君に呼びかける声が聞こえるか、ナヨン・・・


僕の甘えもわがままも、
結局こんなふうに包んでしまう。
君っていったいどこまですごい人なんだ。


僕より100倍強くて100倍優しい君に、
こうして呼びかける以外、
もうなにも言えない僕を許して。



君がたまらず顔を離して息継ぎをするから、
ついおかしくて笑ってしまう。

僕がその唇に送り込んだ想いが強すぎた?




「ナヨン・・・」


「ん?・・・」


「ありがとう。」


「ん?・・・・」


「愛してる。」


「知ってる。」


「・・・・・」

「愛してる、ジュン・・・
言葉にできないくらい。」


「ナヨン・・・」


「あのね・・・」


「ん?・・・・」


まっすぐに僕を見る君の目は、
さっきから潤んだままで、乾くひまがない。


「これからはそのことに向かってちゃんと準備を始めるわ。
私の心の準備も・・・

だから、ジュン・・・焦らないで。
私の準備が整うまで、待っていてほしいの。」


「あぁ、わかった。
ごめん、僕はどうかしてた。」


「そうよ・・・
   ひどいね・・・
      ジュンは。」


急にこみ上げてきたものを止めようとして、
ナヨンが顔を歪めた。
またその目に涙が盛り上がって溢れた。


「あぁ・・・
   ナヨン・・・」


抱きしめるくらいじゃダメだよね。
僕はどうしたらいい?


「ごめん・・・」



「愛してる。これからどんなことがあっても、
ジュンが一緒なら耐えられる。

だからもう、二度とあんなふうに私を帰したりしないで。」


「うん。」




「解決するために一緒に考えることをあきらめたら、
私たちはもう・・・
二人でいる意味なんてなくなっちゃうでしょ。」


「ナヨン。」


「そんなんじゃあ、
二人で生きることなんてできないでしょ。」



君の目にあとからあとから
湧き上がっては溢れるものをぬぐう。
でも追いつかない。



「うん、君の言うとおりだ。
僕は君の強さと優しさに甘えすぎだ。」



「私は強くなんかないわ。
全然・・・強くなんかないのに・・・」


「・・・あぁ・・・ナヨン・・」


「・・・・・」


ナヨンが顔を埋めたシャツの胸のあたりが
濡れていくのを感じる。



「ナヨン・・・
もっと言っていいよ。
僕に恨みごとを言ってくれ。
怒ってくれ。」


「ジュンは・・・・私を追い出したわ。」


「はい。ごめんなさい。」


「最低よ。」


「ごめんなさい・・・」


「あなたはあんなふうにしても私がまた戻ってくるって思った?
ずるいよね。

あぁ・・・
せっかくだから、1週間くらい音信不通にすればよかったな。
こんなに早く戻ってきちゃった。」


「そうだな。
そのくらいの罰は受けなきゃな。」


「悔しいな。
そんなの、きっと私が我慢できない。」


「ナヨンが我慢強くなくてよかった。」


「そうよ。私の根性のなさに感謝してね。」


「はい。」


「ふふ・・・」


「んふ・・・」



ナヨン・・・
その笑顔に、二度と会えないかと思ったんだ。



「ふふ・・・ちいさい子みたいでかわいいから
もう許してあげる。」


「はい、ありがとうございます。」


「だから明日はジュンが朝ご飯作ってね。
ぜ~んぶできてから私を起こしてね。」


「はい、了解しました。」


「ふふ・・・」


そう言って笑いながら、
でも涙はまだ止まらないんだ。


いいさ、全部僕が唇でぬぐうから。







ーーーーーー






やっと夜が明けた。

君がいる。



腕のなかのぬくもりを確かめてホッとする。

確かに君がいる。



僕は眠らなかった。

夜が明けて、陽のひかりの中で君を確かめるまでは
眠ることなんてできなかった。



闇の中で目を閉じてしまったら、
次に目を開けたときに君に会えないような気がした。


あれから何度も君とひとつになったのに。



僕の指に応える君の吐息を、声を、耳元で聞いたのに。

君の中に沈んで、君に包まれる幸せに震えたのに。

それでもまだ不安だった。


僕の頬を両手で包み、激しく唇を押し当てながら、
「私を離さないで・・・」と言った。



僕の動きに揺られながら
「ジュン・・・ジュン・・・」と何度も僕を呼んだ。


君が愛しすぎて、大事すぎて、
僕はどうにかなってしまいそうだった。



キスをすれば、君の唇を切るほどに。

白いふくらみに、たくさんの赤い花が散るほどに。



唇が足先まで届くと、
その桜貝のような爪にキスをした。


「もう・・・なにしてるの?」


困った君が、吐息が混じる声で訊く。



「確かめてる。」


「何を?」


「君の全部。」


「そうしてると、
私の全部がわかるの?」


「いや・・・まだわからない。」


「もう私は私の全部を見せてるのに?
ジュンは、私の全部を知ってるのに?
もう、あなたに見せてないものなんてなにもないよ・・・」


「そうかな・・・」


「まだ心配?」


「心配・・・」


そうなんだ。
永遠に、僕は心配。



それは君のせいじゃない。
君をこんなに愛しすぎる僕のせい。


情けないよね、ナヨン。

僕を笑っていいよ。


僕を笑ってていいから・・・

ずっとここにいて。
僕のそばに。



離れないで。
お願いだ。




「私はずっとここにいる。」


「・・・・」


驚いたな。
僕の声が聞こえた?



「だから私を離さないで。
私があなたから離れる時があるなら、
それはあなたが私を遠ざける時だけ。」


「二度としない。」


「ほんと?」


「ほんと・・・」




足先にあった唇をもとにもどして
また10㎝の距離で君を見る。



「あのさ・・・」


「なに?」


「発表しても・・・いい?」


「・・・・・」


「いい?・・・」


「だから・・・準備を待ってって言ったわ。」


「準備はいつできる?」


「・・・・・」


「ナヨン・・・」


「そうね。実はもうできてるわ。
これ以上の心の準備なんて、ほんとはないよね。

あとは仕事のこと。
あなたの準備のほうが100倍大変だわ。」


「うん。」


「・・・いいわ・・・」


「ん?・・・」


「ジュンはいつがいい?・・・」


「ソルラル(旧正月)が終わったら。」


「・・・すごく・・・すぐね。」


「やっぱり・・・早すぎる?」


「・・・いいわ。」


「え?!・・・」


「いい。」


「ほんと?」


「ほんと。」


「ほんとに?」


「ほんとだってば。」




最後のひとことを
こともなげに君が言った。



「ナヨン。」


「なに?」


「君ってやっぱりすごいね。」


「そう?」


「お願いだ。
朝になって、覚えてないって言わないで。」


「言わないわ。
ふふ・・・ほんとに今日は心配性。」


君が僕の鼻をつまんでひっぱった。
痛いから・・・
夢じゃないよな。



抱きしめると、
「ほんとよ。」って
胸のあたりで、小さな声が聞こえた。





ーーーーーー






目を覚ましたナヨンが、
「そんなこと知らないわ・・・」
そう言わないように祈ろう。


祈りながら・・
君を目覚めさせよう。


昨夜とは違う、優しいキスをおくる。
そっと、白い肌をなでて、温かなふくらみを包む。


ねえ、ナヨン・・・
早く起きて。

もうとっくに朝ご飯できてるよ。
あんまり眠ると、ゆうべのこと忘れちゃうよ。





さあ早く

    起きて




ナヨン・・・

   メリー・クリスマス



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