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石の記憶 XⅣ  --From Roma ⑩

 

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XⅣ  --From Roma ⑩




アレクシウスとマロが消えたドアを、私は見つめていた。
遠ざかる足音の替わりに、重い静けさが館を満たしていく。
振り向くとジェイウスが私に手を差し伸べ、私はその手を握った…

『すまない、ケイディア。僕が不注意だった』
『不注意?』
『ああ、僕の書き方が悪かった。これほどのことになるとは思っていなかったんだ。
君の名前は出していないが、リディアは血眼になって僕の相手を探しているという。
もしなんらかの確証を得たら、そのとき彼女がどうするか…』

『ジェイウス、私が聞きたいのはそんなことじゃないわ。
私に言う言葉は別にあるでしょう?』

ああ、と、ジェイウスがやさしく私を抱き寄せた。

『愛している。ケイディア、愛しているよ。
どんなにこう言いたかったことか』 

『わかってたわ。でもなぜ言ってくれなかったの』
『アレクシウスのこともあった。
でも何より、言えばもうこの思いに歯止めがかからないことを、
僕自身が知っていたから』
私は顔をあげて彼の視線をとらえ、何度も首を横に振った。
『どんなにその言葉を聞きたかったか。どれほど待ちわびていたか。
愛してる。私もあなたを、愛しているわ…』
唇を重ね、もどかしく舌を絡ませあう・・・

そのとき、戸口からマロの咳払いが聞こえた。
『お取り込み中悪いわね。
アレクシウスはつかまんなかった。あいつ、大丈夫かしら?
恋敵のジェイウスを陥れたりしやしない?』
『マロ、アレクシウスはそんな男じゃないよ』

『どうかしらね。
これだけ情報を流しちゃってよかったのかしら。もう、おそいけど。
ところでケイディア、その服早く脱ぎなさい』

わけがわからずにいる私にマロがまくしたてる
『あんたもう叔父さんの家に帰んなきゃなんないでしょ。
代わりに私が帰ってあげる。
リディアがどこから嗅ぎつけるかわからないからね。
でも叔母さんにはジェイウスから一筆書いてよ。
ケイディアの身代わりだからしっかりもてなしてくれって』

『いいのか、マロ』
『もちろんよ、ジェイウス。
あんたたち、からからに喉がかわいてそうだから』

思わず頬を染めた私を、マロが隣の部屋に招き入れる。
私は黙って服を脱ぎ、それを手渡した。
マロは服を着替えると、ほんの一瞬だけ私を見つめた。

その目の奥に密かな悲しみがあった。
悲しみが覆っているのは… 愛…?
マロ… そうが呼びかけたときには、もう彼は私の目の前にはいなかった…

一人残された部屋の真ん中に、天蓋つきの大きなベッドがある。
窓からも壁からも離されて。
長く傾いた陽射しが、薄暗がりにベッドを浮かび上がらせている。
一歩、二歩…と近づき、下着を脱ぎ、シーツの下にもぐりこむ。

しばらくすると、髭をそり体も洗ったのか、
さっぱりとした顔でジェイウスが寝室に入ってきた。

『いいのか、と聞くのはマロにだけなの?』
『君にも湯をもってこさせようか?』ジェイウスが私の質問を無視して言う。
『ええ、お願いよ』

『ケイディアが体を洗うのを手伝って、その後は香油を塗ってやってくれ』 
湯を運んで来た奴隷にジェイウスが命じる。
『ここで?』 私は自分が承諾したのも忘れて問い返した。
『ああ、ここでだ。
僕はもう止まらないんだ。そう言っただろう?』

さあ、とジェイウスの指がシーツにかかる。
仕方なく私はベッドからすべり出て、盥に満たされた湯に体を沈めた。
奴隷が水差しから湯をかけてくれる。
しずくが肌を伝い、はじかれ、流れていく。
それらをじっと見つめるジェイウスの視線…

その視線が私の肌を舐める。
視線の愛撫に、しだいに呼吸が、速くなっていく…
『あとは僕がやる』 結局ジェイウスは奴隷を下がらせた。

ジェイウスも衣服を脱ぎ捨てた。裸身が眩しかった。

ベッドに横たわる私の傍らに、香油を手に取り、ジェイウスが膝をつく。
甘い花の香りが私をつつんだ。
『いい匂い。なんの匂いなの?』
『ミルテさ。マロからのプレゼントだよ』
ミルテ… アフロディーテの花。
『結婚の花冠の代わりにって』

結婚の… 花冠… 
私は体を起してジェイウスを見た。
『ケイディア、僕たち今夜結婚するんだ、そうだろう?』
その言葉に、私は黙ってうなずいた。

ジェイウスの手が膝をなで、すっと足先へ動く…
彼の指が私の肌をすべると、全身に震えが走る。
その手が足の甲、足の裏、かかと、ふくらはぎ、と、ていねいに香油を塗りこんで行く。
腿の外側から内側にも満遍なく、次はわき腹からお腹に輪を描くように…

彼の手が、土をこねるように私を形造っていく。
荒削りの土くれの肌を滑らかに整えていく。
新たな私が、生まれ出ようとしていた…

やがてその手は胸のふくらみに達した。
彼は私にまたがり、両手のひらで胸をマッサージし始めた。
首、肩、腕、わきの下、そしてまた胸…
私は、抑えても抑えてものどの奥からもれ出る喘ぎに唇をかみながら、
彼の手の動きに耐えた。

しかし私の中心、すでにジェイウスの手によって加えられる刺激によって、
目覚め、うねり、高まり、求めている私のその部分にだけは触れようとしない。

ジェイウスがそんな私をじっと見つめている。
彼の手が、両肩から腕を伝い、私の手をつかんだ。
彼の唇が私の唇めがけて降りてくる。
それを待ちかねてわたしが捉えようとすると、彼の唇は私にほんの軽く触れ、さっと逃げる。
その唇を追いかけるように体が浮き上がるが、
両手で押さえつけられているので肩が少しあがるだけだ。

ジェイウスの唇が、欲しい。
彼の舌が欲しい。
あまりに欲しくて、涙が滲む。

ジェイウスが私を見た。
またしても視線の愛撫だ
こらえきれずに、私は目を閉じた。
目を閉じても、その視線が執拗に私を追い求めて来るのが、わかる…

彼の唇がいきなり私の乳首に触れた。
思わず漏れ出る声… これが、私の声?

弾力のある舌先によって、円を描くように乳輪を弄ばれると、
投げ入れられた小石に放射状に拡がっていく水面の輪のように、
私の声が、空気を震わせ、部屋の壁をすり抜けて、果てしなく増殖して行く。

硬くとがった乳首を、ジェイウスが柔らかく咬んだ。
あまりに的確な刺激に、拡がっていった私の声は瞬く間に戻ってくる。
鋭く、薄闇を切り裂くように。

もはや私の体は、一個の楽器だった。
彼の思いのままに音を奏でる楽器だった。

やがて彼の指や唇や舌が、くまなく私の体をさまよいだした。
自分の造り上げたものを、心ゆくまで味わうために。
望みのままに、躍らせるために。

つま先から、髪の毛から、閉じたまぶたから、皮膚の末端から、
体の中心めがけて、めらめらと燃える炎が伝わっていく。
それが伝わって、私の体の中心が大きな炎に包まれたのがわかった。
そこに触れて欲しかった。
自分ではどうしようもないほど、ジェイウスが欲しくて欲しくてたまらなくなっている…
そこに、触れて欲しかった。

僕が欲しい?
ええ。

彼の唇が、もう一度私の唇を覆った。
自由になった手で、私は彼の肩を、背中を、髪を、腰をまさぐった。もどかしかった。
どうしたら彼を私のものにできるのだろうか。
どうしたら私の全てを彼に与えられるのだろうか。

彼の指が、私の腰を伝い、
ついに、私の、彼を求めて、求めて、その思いが溢れ出ている場所に触れた。
彼の指がそっと、私の感じやすい部分に触れると、
それだけで私は忍び泣き、のけぞった。

ケイディア、素敵だよ。
耳元でささやくジェイウスの声が、さらに私を狂おしい高みに誘う。

力を抜いて。
ジェイウスの指が、私の中にゆっくりと入ってきた。
私の中で動く彼の指にあわせて、私の全身がしなり、叫ぶ。
指は深く、奥まで達し、私の子宮を撫でる。

彼の指を貪っている私がいた。
味わっている私がいた。
自分から、歌い、躍っている私がいた。


さらに彼の唇が、私の中心に降りて行き、指と舌で、私は絶え間なく刺激され、
今まで感じたことのない快感の波に襲われ始めた。
ジェイウス、私…。
そのまま、体を預けて。僕に全部預けて。
私は彼に全てを委ねた。自分の全てを手放した。
やがて大きくうねる絶頂がやってきた。
そのとき、波の頂点で痙攣している私めがけて、
ジェイウスが彼自身を埋め込もうとしていた。快感の中心めがけて。

彼が、甘美な痛みと共に、静かに私を貫いた。
痛みが、次第に私を征服して行く。
その痛みの奥に別の快感が生まれ、渦を巻き、もう一度私を押し上げて行く。

ケイディア、僕たちひとつになったよ。
ジェイウス…
愛してる。
私も…

彼の動きが激しくなり、私のからだはもはや自分のものとは思えなかった。
けれども、彼が追い求める宇宙が、私なのだということが、誇らしかった。
彼に与えてしまって、もう自分には何もないということが嬉しかった。
突然炎が、ただよう気体に引火したように燃え上がった。
炎はゆっくりと体を這い、包んでいく。
その炎の中、二人、灰となって燃え尽きていくのが、わかった・・・

まだ残る浅いまどろみにゆれながら、
ジェイウスの腕の中で目覚めるのはなんと心安らかなことか。
ミルテの香りはかわらずに部屋を満たし、二人を包んでいる。
『ケイディア… あの詩、覚えている?』 
霞のような眠りをまとった声で、ジェイウスが言った。
『何の詩?』
『君への初めての手紙をはさんだページの…』
『ああ、ジェイウス。そのことを訊きたかったの。私本をすぐ閉じてしまって… 』
『それじゃ今教えてあげるよ』 
ジェイウスが耳元でささやく…

   遠い日 海辺の砂に君の名前を書いた
   波がそれを運んでいく 海の底の 森に

   梢の上から 君の名前を呼んだ
   風がそれを運んでいく 空の底の 夜に

   眠りの淵で 君の名前を見た
   夢がそれを運んでいく 石の底の 記憶に

   めぐりめぐって
   時が君の名前を満たしていく 僕の底の 太古の井戸に

   降り積もる 花びらのように
   花が散ってもまだ残る 花の香のように

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