AnnaMaria

 

青いプロフィール 1

 

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くすんだレンガ色の壁に囲まれた、大学のピロティ。

朝からの冷たい風が止んで、冬の光が開口部から斜めに射し込み、
ぽっかりと日だまりを作っている。

何人かの学生が集まり、一つの雑誌に載った名前を何度も確認していた。



「ほらこれ!
 今年の『広通賞』個人の部の一位、綿貫さんが取ったんだって!」

「俺も聞いた。去年、グループで3位に受賞しただろ?
 普通は同じ人間が取るってありえないだろ。」

「それだけ、他と違ってたって事なんだろう。
 すっげえ、力入れてたみたいだし・・・。
 賞金が出るわけでもないのに、
 卒業前の大事な時期に、あそこまでやるかって位。」

「あら、だって去年の受賞で『広通』に入れるのは、
 ほぼ決まりだったんでしょ?
 夏に、OJTに通ってたみたいじゃない。
 就職が決まってたようなものだから、できたんじゃないの。」

「どうかな。
 一位を取ってから来いって言われたとか、そうじゃないとか・・。
 正式な内定じゃなかったみたいだし、もし採用じゃなかったら、
 エラいことになったんじゃないか。」

「今までに一人で、同じ賞取った人なんて『広通』でもいないって話だよ。
 これで、入社してからのコースは決まったようなものだな。」

「何にしても、すげえよ。」

「ああ、綿貫さんはすげえ・・」





綿貫直人は、学生時代「広告研究会」のサークルに所属し、
卒業後は広告業界での仕事を目指していた。


業界第一位の広告代理店「広通」では、
学生対象に広告論文の募集を行っており、
広告活動に興味のある学生には一つの登竜門ともなっている。

毎年12月初めに募集を締め切り、翌年の2月に結果を発表。

綿貫は、3年生の時にゼミのグループで応募し、3位に入賞。
4年生になり、もう一度個人で応募したが、今回は見事に一位を受賞し、
第一希望だった「広通」に入社を果たした。






広通賞はたかが学生の論文と、社内ではそれほど重く見られていなかったが、
グループで3位、個人の部で1位というダブル受賞者は過去にはいない。

それだけに、入社当初から綿貫の名前は社内だけにとどまらず、
広告通のクライアントの中にまで密かに知れ渡っていた。




入社してしばらくは、褒め言葉の枕に付いて来た。


「すごいね。広通賞をダブル受賞したのは、過去にも例がないよ。
 グループで取ったら、普通、個人では避けられるところなのに、
 よっぽど出来の良さが抜きん出ていたんだな。」

「学生のうちから独自の視点を持った方が、
 仕事先においでなのは、とても心強いです。
 僕も雑誌で読ませてもらいましたが、
 学生離れした視点と、分析力だと思いました。

 この世界は実力ですから、若いからと遠慮せずに、
 どんどん意見をおっしゃって下さい。」


営業研修先のクライアントにまで、名指しでそう言われ、
その度に、リーダー格のプランナーはともかく、
一緒に行った営業担当者や、同期の新人、すぐ上の先輩などが、
愛想笑いに疲れたような顔をするのに、間もなく気がついた。


マイナスだったかな・・・


綿貫の中で何かが警戒音を発していた。






広通では、新入社員200名全員が最初の半年間、営業研修を受ける。

先輩の後ろにくっついて広通の出入り先に通い、
文字通り、仕事の現場を体で覚えるためである。

一番隅で引っ込んでいなければならない新人の名前が
クライアントの口から、イの一番に出る状況が続いて、
同僚や先輩たちが面白い筈がない。

クライアントの中には、好奇心から最初に綿貫を指名して、アイディアを出させ、
その中から使えるものを選んでみたいとまで言い出すものがいた。

日頃の地道な努力で、何年にも渡る信頼を積み重ねてきたチーム内で、
歓迎される発言ではなかった。

しかしこの業界、クライアントの意向は絶対である。

大学を出たばかりの山出しの猿の案を出せと言われれば、
その通りにしなければならない。


「綿貫。いいか、あちらからのご指名だ。
 3日間でアイディアを持って来い。
 半端なものを持って来るなよ。」


そんな事情で、入ったばかりの新人には
顧客の好みも市場の方向性も満足にはつかめない状況のまま、
企画に加わって案を出せ、という命令が出された。



営業研修で、夜も昼も、土日も休日もない中で
何とか時間をひねり出しては、アイディアをまとめていったが、
出す度に、鼻であしらわれ、
今まで、苦労してやってきたプロの仕事との違いを力説され、
綿貫のアイディアの甘さを徹底的にこきおろされた。

しかし、社内でどんなにもめようと、社内から出た案は案である。
綿貫のアイディアは原型をとどめない程、直され、いじくられた後、


「彼のアイディア自体は斬新な視点でしたが、
 そのままでは少し足りないようなので、
 こちらで少し補足した形で提案をさせていただきます。」


と言った、耳障りのいい言葉を添えて、
プレゼンにかけられることが続いた。

プレゼンが通れば、


「修正して良かったなあ。
 最初のままの方向で出してたら、今頃、負けてたよ」


と言われ、
プレゼンで負ければ、


「お前の案は、顧客を知らずに建てた夢の城だ。
 相手の望むものを立ち上げなければ、
 いつまでたっても空き家のままだぞ。」


などとくさした。


綿貫にとって快適な状況とは、とても言えなかったが、
言われた言葉に頭を下げて、ただ黙って従っていた。

営業も企画も、現場を知らない身で言えることは何もない。

まして、この営業研修が終わった後で、
ようやく本当の配属が決まるのである。

東京か、大阪か、あるいは、という勤務地だけの問題にとどまらず、
営業か企画か、総務や人事などの後方部門に配属される可能性もある。

綿貫自身は企画のコピーライターの希望を出していたが、
それが通るかどうかなどわかる筈もなく、
広通賞をダブル受賞したことさえ、考慮されるのかも不明だった。




綿貫の性格も、愛想がいいとは到底言えない。

新人らしく明るく元気に、失敗は忘れて・・、
と流すには、あまりにプライドが高過ぎた。

営業とは、とにかく粘り強く強引で、
泣き落とし、お世辞、他社のこきおろし、
その他、法律に触れないあらゆる手段を使って、
クライアントから仕事をもぎ取るのが仕事である。

どこの世界でも同じだ。


「バカやろう!
 こんな企画で先方を納得させられると思ってるのか!」


それだけの気迫と執念を持って仕事を取ってくるのだから、
甘い企画を出したプランナーが怒鳴られている場面を見ることもある。


「ふふん。最初から僕のとこを指名して来てる仕事でしょ?
 君たち、営業する必要なくて楽だねえ・・」


と、逆にプランナーながら、営業顔負けの弁舌で相手を口説き落とし、
ビジュアル関連の絵まで描いてみせて、マルチな才能を発揮し、
営業を無能呼ばわりする豪の者もいた。



多才で個性の強い人間が多くいる会社だ。
ぶつかるのも当然だろう・・・。

時には、ファイルを投げ合ってまでやり合う、チーム内の打ち合わせを見て、
ここで生き抜いていくには、強くならなければならない、と
綿貫は感じていた。






「よう・・・お前、やっぱり来たのか。」


白々しく入社半年も経った頃に、やっと声を掛けて来たのは、
同じ大学の広告研究会で2年先輩の木下だった。

綿貫が入学してきた年、3年生で広告研究会の部長だった木下も
広通の学生論文に応募し、グループ研究で3位に入賞していた。


高校時代にラグビーで鍛えたがっしりした体格と、
豪放磊落で明るく、皆を引っ張っていくリーダーシップがありながら、
人に対する細かい気配りも忘れない。

繊細な神経も持ち合わせていて、
学生論文を一緒に仕上げたメンバーが、
木下がつけた注文の細かさに、辟易したくらいだった。

綿貫は、木下の広告に対する真剣さや、
豪放と繊細さの巧みな使い分けに感心していたが、
結局、彼のゼミには入らなかった。


木下の方は、この尖った下級生をどう扱っていいのか、
つかみかねているところがあった。

綿貫が新入生の時には、


「綿貫、これを見て来いよ。
 このイラストレーターの仕事は文句無しに面白い。」


広告ポスター展の無料鑑賞券をくれたり、


「この本を読んだか?
 読んだら俺にレポートを出してみろよ。一年生・・・」

などと、私的に宿題を出したことさえあった。


アドバイスには素直に従い、
誰よりも真剣に話を聞いてはいても、
他の下級生のように、盲目的な信頼を寄せてくれていない、と
感じていたのかもしれない。


綿貫が2年になり、木下が4年になると、
卒論や広通賞の応募の準備などに追われ、
あまりサークルに顔を出さなくなっていた。

その頃、綿貫が、同い年ながら一学年上の幸田かおりと付き合い始めたことで
木下が少なからず、ショックを受けたらしいことは、
他の人間から、後でそれとなく知らされた。




だから、社内で会った木下にそれ程、先輩としてのアドバイスを、
それ程期待していたわけではない。

しかし、木下の次の言葉は、
日々の逆風の痛点を真っ向から突いてくるものだった。


「お前が広通賞のダブル受賞したことで、舞い上がって、
 新人の分際で企画にアイディアまで出して、
 迷惑かけているって本当か?」

「舞い上がってアイディアを出した訳ではありません。
 クライアントから、どうしても、と乞われたからです。
 それをチームのメンバーに修正して頂きました。」

「○○さんが言っていたよ。
 お前の妙な視点がなかったら、もっとプレゼンがやり易かったってな。
 お前のせいで、二重手間だったって。」


綿貫は黙っていた。

そう思っているメンバーがいるのも事実なのだろう。

仕方ない。
早く、そんな手間をかけさせずに済むように、なるたけ努力するだけだ。


自分に向けた固い眼差しから、綿貫の考えを読み取った木下は、


「お前は相変わらずだな。結局、自分が正しいと思っていやがる。」


舌打ちするような口調に、綿貫は思わず木下の横顔を見た。


「かおりとは、まだ付き合っているのか?」


さり気なく真っ直ぐに切り込んでくる。


「ええ、まあ。」

「かおりがお前にベタ惚れだったからな・・・」


その言葉の苦い調子に気づかずにはおれない。


「だからってあいつへの態度は酷かった。
 お前は女が嫌いなのかと思ったくらいだ。」

「そんなわけではありません。」


かおりに対する態度に批判的なことを言われたのは、
これが初めてではない。

綿貫自身、何とかしたいと思っていた部分はあるのだが、
サークルの中でベタつくような気持ちは全くなかった。

それに、しょせん二人の問題だ。
傍からあれこれ言われる筋合いはない。

綿貫の考えがまたも、目に現れたのだろう。


「サークルの他のメンバーへの対応と比べても、特別に冷たかった。
 お前はそれでいいと思ってるかもしれないが、
 見ているだけで不愉快になった人間もいるんだぞ。俺だけじゃない。」

「そうですか・・・」


綿貫が素っ気なく返事をすると、
木下はファイルをバンっと叩き付けて行ってしまった。


ただ見ていたわけじゃないだろう・・・。
かおりに言い寄ったことがあるんだろうか。


かおりに聞いてみようかとも思ったが、即座に打ち消した。

聞いたってどうしようもないことだ。

綿貫は営業の報告書作りに再び集中した。





研修が始まって何ヶ月か経ち、
別のクライアントを担当しているチームの面々と一緒になった時に、


「綿貫ってお前?」


と声をかけられた。


「はい、そうですが・・・。」


また、広通賞に関する嫌みかと覚悟したが、そうではなかった。


「お前、新人なのに、Q&G社のプレゼンでお前がコピー書いたんだって?」

「クライアントから、たまたまそうするように言われただけです。」

「ライツ薬品を担当してた○○さんが、
 俺のコピーの引き写しだって怒っていたぞ。」


「そんな覚えは全くありません。
 必要なら、下書きその他をお見せして
 説明したいと思います。

 学生時代に自分が書いたコピーから引いた箇所もありますし、
 そのノートも残っています。」


綿貫は即座にきっぱりと否定した。

声をかけて来た先輩は、綿貫の真剣な顔を見て表情を和らげ、


「そうか、誤解なら悪かったな。
 だが気をつけろよ、誤解はマイナスにしかならない。
 悪いイメージが定着しないように・・・。」


綿貫は少し考えたが、元々の○○さんのコピーすら見たことがない上に、
綿貫のコピーは、別の人間によって原型をとどめない程、
徹底的に書き換えられていた。


あれは、俺のコピーとは言えない・・・


もし、引き写しだと言われるような箇所があったとしたら、
手を入れた人間が、そういう言い回しを引用してしまったのかもしれない。

手柄は先輩が、汚点は新人が引き受けるのは仕方がない。

手を入れなければ使えないようなコピーしか書けない者に、
文句を言う資格はないのだ。

綿貫はそれ以上何も言わなかった。




綿貫に対する嫌がらせのような悪口は、それからも続いた。

企画会議の時に、生意気な発言をしてクライアントを怒らせた。

先輩に依頼されたコピーを勝手に書き、たまたま採用になったが、
チームの先輩がカンカンである。

営業の接待の席で、クライアントの不興を買った。


などなど、全くの事実無根とまでは言わないものの、
汚らしくねじ曲げられた風評が伝わっているらしく、
同期の新人の中にも、それとなく
綿貫を敬遠するものが出始めているくらいだった。

綿貫がまた一切、弁解をしないので、
事の真偽を計りかねている者もいたようだ。




綿貫の怜悧で端正な容貌も、彼には逆に作用した。

女性社員の間でひそかに「ファンクラブ」が結成されたとか、
取引先の女性の間でも、大変な人気があることを伝えられても
綿貫には困惑しかない。


「クライアントの飲み会にお前が出られるのかどうか、
 何度もしつこく確認して来るんだよ。
 誰かお前に熱を上げてて、上司に泣きついた女性がいるらしい。

 あの強面の○○女史もお前には何となく甘いしな。
 お前、今度のプレゼンも必ず同行しろよ。」


取引先の宴会を断れる立場では全くないが、
微妙な力関係を反映する、仕事がらみの宴席を、
綿貫は得意とは言えなかった。

おまけに必ずと言っていい程、同席している女性から、


「綿貫さんは彼女がいるのですか?」

「どんなタイプの女性が好みですか?」

「休日はどんな風に過ごしているの?」


仕事がらみの宴会で、立て続けにそう聞かれても、
新人の身では答えに窮するばかりだ。

適当な返答をしていると、さらに突っ込まれる。

取引先との付き合いに、神経をすり減らしている先輩の立場を思えば、
学生時代のように、無下に切り捨てる返事はできない。

かと言って、柔らかい拒絶を繰り返しても、帰り道や、宴会の合間に、
密かに電話番号を渡されたり、携帯の番号を聞かれたりする。


「思いついた時に連絡してくれると嬉しいわ。」

「今度は別の機会を作って、飲みに行かない?」




社内の逆風の中で、それとなく綿貫を庇い、味方になってくれていた先輩の態度が
急に冷たくなったことがあった。


「あいつ、クライアントの○○さんに密かに憧れていたんだよ。
 ところが、お前を連れて行ってから、彼女、お前ばかり見てる。

 お前が如何にも気がなさそうに彼女に接するのも
 見ていて腹の中がじりじりする、とこぼしていたよ。」


別の先輩が面白そうに教えてくれ、綿貫はため息を漏らしそうになった。


じゃ、一体どうすればいいのか?


態度を柔らかくすれば、ますます攻め入って来られそうなのを
何とか躱しているのに。


「綿貫さんのお話、視点が面白いわ。
 もっと伺ってみたいんです。これから場所を変えてどうでしょう?」


一見おとなしそうなその女性の誘いのしつこさと、巧妙さに
いい加減、忍耐が切れかけてきていたところだった。

綿貫の苦境を気の毒そうに見ていた同期の新入社員の中にも
社内での飲み会に、やたら綿貫の都合ばかりが聞かれる、
とへそを曲げる者もいる。


「お前はハンサムだからいいよなあ」


ため息まじりに言われても、綿貫には上手く返すことができなかった。




女は厄介だ。

そうでなくとも、やっかみや中傷を引き寄せ易い立場にいるのに、
これ以上のごたごたを殖やしたくはない。

綿貫は現在営業預かりで、今の上司はやり手だが少々強引な男で、
事ある毎に、営業の大変さを力説する。

綿貫は企画に行くものと信じ切っているので、
営業の大切さを叩き込んでおこうと考えているらしい。


「いいか、広告が企画で保っていると考えるのは幻想だ。
 仕事を取ってこなくちゃ、企画も制作も、まして、
 それで賞を取る事だってできやしないんだから・・・。

 覚えておけよ!」


営業活動はクライアントとの付き合い方を学ぶには絶好と言えるが、
綿貫の社内での微妙な立場まで気遣ってくれる人ではなかった。




この半年近くで、綿貫は体重を6キロ近く落としていた。

定期的な休日というものが殆どなかったので、最初の4ヶ月近く、
かおりに会うどころか、毎日出勤するだけで精一杯。

わずかな暇に、仕事で必要な本を何とか読みこなすと、
仕事以外の大きな展示会を回る余裕もほとんど無かった。

かおりは心配して、時々電話をくれたが、
真夜中まで仕事中とあっては、自由に話すことさえままならない。




結局、卒業してから、まともにかおりに会うことができたのは、
8月に入ったある日だった。



ニッパチと呼ばれる、閑散期は今もあって、
年中無休の百貨店でさえ、改装のための休館日を2月と8月に取ることがある。


新宿のコーヒーハウスで待ち合わせたかおりは、
直人の変わり様にショックを受けたようだった。


「直人・・・」


そう言ったきり、口元を覆って、黙ったまま、
しばらくテーブルの脇に立って、こっちを見ていた。

同情されたような眼差しが痛くて、


「立ってないで座れよ・・・」


最初にそんな言葉が出てしまった。


「あ、ごめんなさい。」


何故、あやまるのだと直人は思った。
悪いのは自分の方ではないか・・・。


「ずいぶん、痩せたわ。どのくらい体重落ちたの?」

「4キロくらいかな・・・。」


実際に失った体重を言えば、もっと彼女が心配するだろう。


「前に広通賞の論文を書くために
 徹夜してた時より、もうちょっとだけ落ちた・・・。」


かおりは重病人を見るような目つきで直人を見ている。
その視線も、直人をイライラさせた。


「そんなにひどい顔をしてるか?」

「そんなことないけど・・・。」


ようやくかおりは目を逸らせて、うつむいた。

しまった・・・。

かおりを心配させない為に、
もうちょっと気を使ってくるべきだった。

久しぶりのオフだと思って、
すっかりゆるんだ服装で来た自分に舌打ちをしたい気分になる。

かおりのあでやかなサマードレス姿を見るにつけ、
自分のすり切れたジーンズとTシャツ姿との落差を見て、
彼女が気の毒になった。


久しぶりに会えたのに、悪かったな。


直人は自分の胸の中でつぶやいた。




かおりは相変わらずきれいだった。

暑苦しい新宿の街中でさえ、かおりの周りだけ涼しい風が吹いているように、
汗もかかずに、清楚に座っている。

それに何だか、また女っぽくなったかな・・・。

直人は、かおりのうなじの白さや、
冷房除けにはおった薄手のストールから覗く、
ほっそりした二の腕のしなやかさを見ると
今、初めて目にしたような驚きがあった。

だが、かおりの顔には、自分を哀れむような視線がある。


「かおり・・・。
 久しぶりに会えたんだから、そんな顔するな。」


ごめんなさい、とかおりがうつむいて、また謝る。

いっそ笑い飛ばしてくれればいいのに、

と直人は思った。






「かおり、悪いがちょっと本屋に付き合ってくれ。」


かおりは素直にうなずいて、微笑んだ。


地下道を歩いていけば、いくらか涼しいのはわかっているが、
直人は久しぶりに街を歩いてみたかった。

強烈な陽射しが照りつけて、アスファルトから
焼けるような熱気が上がって来ているのに、
歩道は相変わらず人で溢れている。

休日の新宿は、いつもよりさらに雑多な人間が行き交っているようだ。


傍らのかおりを見ると、外へ出た一瞬、
まぶしそうに強い陽射しを手でさえぎるような仕草をし、
ストールから白くしなやかな腕がむきだしになって、
直人の体の奥を鋭くうずかせた。


陽に焼けさせてしまうな・・・。


柄にもないことを考えていると、
かおりの視線が自分に向けられたのを感じて、
何となく照れくさく、思わず目を逸らす。

そのまま、視線を交えずに、駅に近い大型書店へと向かった。

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