AnnaMaria

 

セピアの宝石  13-4  「お台場デート」

 

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正面のガラスウォールに面した
細長いテーブルに、二人、並んで座る。

外は更に暗くなり、今やおぼろな輪郭を残すのみ。

代わって、海の周り一面から、
星のようにイルミネーションが浮かんでくる。

目の前の赤ワイングラス越しに、光が透けて見えた。





「・・・・
 同期で仁のこと知らない人なんて居ないわよ。
 
 入社と同時にレギュラーで、
 1年も経たないうちにスタンドオフになって、大活躍してたじゃない。」


「へえ、知っててくれたんだ・・・」


「誰だって知ってるわ。

 その上飛び切りでかいし、
 でかい男たちと一緒に廊下をドコドコ歩いてるし、
 男と一緒じゃなきゃ、きれいな女の子と一緒だし・・。」



「そんなに恵まれた環境にいなかったよ。」


仁がしらっとしたまま、ワインを飲んだ。


「でも、同期会の時の仁は気取ってなくて、
 ぴりっとお話が上手で楽しくて・・・好きだったわ。」

「そんな頃から俺に惚れてたのか。
 もっと早く気づけば良かった。」

「違うわよ。同僚として・・よ。」


佳代子はちょっとふくれてそっぽを向いた。

仁が笑う。


「俺は・・・佳代子が可愛くていいな、と思ってたんだけどな。」


ワイングラスを回しながら、仁が何げなくつぶやいた。


「佳代子は、俺にもラグビーにも全く興味なさそうだったし・・。
 俺のことなんか、筋肉バカだと思ってたろう?」


佳代子はびっくりして、顔を上げた。


「そんなことないわよ。
 むしろ、頭がいい人だな、と思ってたわ。」


あやしいもんだ・・・。


「あの頃、佳代子は髪がストレートで、
 肩のあたりで、こう、さらさらっと揺れて、清純乙女って感じだった。
 声をかけたかったんだけどね。」


今度は、佳代子が疑わしそうな目つきになった。



「うそ、仁はまどかが好きだったんじゃないの?」


「まどかか・・・
 まどかは脚がきれいだったなあ。

 うん、あの脚はいいと思った。
 けど、かなりきつそうで、俺にはちょっと怖い時があったよ。」



佳代子は、神待里と一緒のまどかを思い浮かべて、
おかしくなった。



「彼と一緒のまどか見たら、驚くわよ。」



「ああ、あの佳代子がぽうっとなってた、キザなイケメンか。
 何だかタカビーで、気取った感じの奴だと思ったんだけど。」



「あの人もまどかと一緒のときは、まるっきり雰囲気変わるの。
 あんな美形がもうトロトロで、すっごい優しそう・・・」



くすくす笑い出すと、仁がやや不機嫌な顔になった。



「佳代子って、ああいう端正なのに弱そうだ・・。
 佳代子のメンターについてた先輩も、ちょっと優男だったもんな。」



佳代子が驚いて、仁の顔を見た。



「知ってたの?」

「知ってたよ。
 佳代子がいつも、ポ~っとした顔で見てたから・・・」



佳代子は正直だから、顔色でわかる。

黙ってうつむいてしまった佳代子を見て、仁はさりげなく話を変えた。



俺は仕事が終わると練習場に直行だったし・・・



「そうだね。大変だったでしょう?」



「仕事とラグビー、生活がかっきり2色だった。

 あの頃はひたすらラグビーがやりたくて、
 仕事している時間が惜しいくらいだったよ。
 
 俺より後輩には、業務中も早退して、
 練習を優先させる契約社員が出て来たけど、
 俺や大輔までは、試合以外の時は
 全く通常の社員の生活だったからね。」


「でも、今はそれが良かったのね。」



「ああ。ラグビーが好きだったが、俺はいつかバリバリ仕事もしてみたかった。
 あの頃は仕事が終わると、ラグビーしかしてなかったけどね。」



どうかしら・・・・?



だったら、試合のスタンドに
あんなに女の子が詰めかけていたのはどうしてよ。
仁の応援団だって、みんなが言ってたわ・・・。

女の子って、多少は希望がないと
あんなに応援しないんじゃないかしら。

佳代子は、試合後のパブで、
仁がテーブルに来てくれた時の、女性たちの眼ざしを思い出して、
またうつむいてしまった。



わたしなんかじゃ・・・



「何を考えた?」



はっとなった時には、もう仁の手が左の手首をつかんでいる。



「何か、つまんない想像しただろ。」



「別に、そんなことないけど・・・」



「嘘つけ。
 佳代子の顔色は嘘がつけないって言ったろう?
 俺と一緒にいるのに、妙なことを考えるなよ」



いつの間にか、両手とも仁の手につかまれていた。



「俺が信じられない?」



「信じてるわ・・・でも・・・。」



「なんだよ。」



「自分が信じられないの。
 仁は、わたしなんかでいいのかって思っちゃう。」



手をつかまれたまま、仁の目を見ながら言った。



「俺は佳代子が好きだって言ったんだぞ。
 忘れたのか?」



「ううん、忘れてない・・・。」




ちょっと信じられない時はあるけど・・・。



「佳代子こそ、俺なんかでいいのか。
 俺はラグビー選手としては、そこそこだったけど、
 ビジネスマンとしては、大したことないかもしれないぞ。」


お偉いさんの機嫌も損ねたかもしれないし・・。

仁は心の中でつぶやいた。



「うふふ、両方、大したものになるつもりだったのね。

 わたし、仁がフィールドを駈けるのをこの目でちゃんと見たもの。
 一生忘れないわ・・・・。

 それに・・・仁が大したことなかったら、
 わたしが頑張って、室長くらいになってみるわ。」


佳代子の何気ない言葉が、仁にはおかしかった。

それってどういう意味だと、聞き返したいのを我慢する。




「仁には並外れた筋力と体力があるんだから、
 何とかなるでしょ?」



「脳みそはないみたいな言い方だ・・」



「仁が自分で言い出したんじゃない・・・」




まあね、腕力には自信があるって言ったろ。




「ほら!」



佳代子を体ごとつかみ取って、自分の膝にのせた。



きゃん!



「忍耐力にも、割と自信がある・・・つもりだったんだけど」



額に手を伸ばして、わざとゆっくりと髪を梳いた。

佳代子の背中を、甘いうずきのようなものが
じわじわと上って行く。

ただし、さっきより、ずっとゆっくり・・・


「でも、もっと自信があるのは、
 こうと決めてからの意志の強さだ。
 
 佳代子は・・・俺について来られるかな?」



「仁・・・そんなに脅かさないで・・・・。
 わたし、ホントに自信ゼロなのよ。」



じゃあ・・・俺の言う通りにする?



仁・・・


「自信がないんだろ?
 だったら、俺の言う通りにすれば大丈夫だ。」


佳代子は膝にのったまま、
自分を支えている男の顔を見た。


いいか?


間近で見る仁の瞳が、大きく拡がっていくようだ。

自分の奥の奥まで貫いているような眼差し・・。

佳代子はふるえながら、問いかけるような視線を受け止め、
黙ってうなずいた。

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