AnnaMaria

 

セピアの宝石  13-6  「お台場デート」

 

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いつ眠りこんでしまったのか、
佳代子は、はっきりと覚えていなかった。

覚えているのは、背中をなでる大きな手が優しく動き、
安心して、仁の胸に溶けていけたこと。

自分と誰かの呼吸が混ざり、
こんなにもぴったりくっついたまま、眠りに落ちていけるのが、
不思議だと思ったことだ。




長いような、短いようなまどろみのあと、
ぼんやりと意識が戻ってくると、少し息苦しかった。
あちこち熱を持ったようで、体の奥に違和感がある。

だが、すぐそばに温かくて、重厚な筋肉の塊があり、
その上に、思いがけず無邪気な寝顔がくっついている。

あごにうっすらと髭が生えかかっていた。

じっと見ていると愛しさがこみ上げて来て、
頬をなでたくなるのを我慢する。



こんな近くで、むき出しの男性を
まじまじと見るのは初めてだ。

男を知るってこう言うこと?
確かに、わたしは今まで何も知らなかった。

キスしたことはあっても、
息が詰まるほど抱きしめられたことや、
ふだんは隠れている部分の肌と肌を、
じかに触れ合わせたこともなかった。

仁は優しくて、激しくて、
わたしを欲しいと全身で伝えてくれた。





それにしても、目が覚めるにつれて色々なことが気になり、
無性にシャワーを浴びたくなる。


もう一度、仁の寝顔を見上げる。
ぴくりとも動かず、ぐっすり眠っているみたいだ。

巻きついている太い腕をそうっと外し、
そろそろ・・と仁の胸から抜け出て、
ベッドにあまり体重をかけないように、静かに床に降り立つ。

素裸のまま、立ち上がるのに臆して、
何か羽織るものはないかとあたりを見回すが、
まだ薄暗い室内に目指すものは見当たらない。

仕方なく、脱ぎ捨てられた自分のブラウスを羽おり、
仁の服を簡単に畳んで、ベッドサイドテーブルに載せた。

ちらばっていた服をまとめて持つと、
抜き足、差し足で、バスルームを目ざす。





バスルームの戸棚をおずおずと開けてみると、
タオルがきれいに積み重ねられている。


案外きちょうめんな人ね。



棚の中がすっきり整理されているのを見て、佳代子は感心した。

クリーム色のタオルを一枚拝借して、バスルームに入る。

難しい仕掛けだったら、どうしようと思っていたが、
大きなバスタブの隣にあるシャワーブ−スは、
ひねるとすぐにお湯が出てきて、ほっとした。


髪を洗うのは止め、
遠慮しつつも、洗面台を開けると、
ローション、クリーム類、カミソリの替刃などが整然と並んでおり、
佳代子の使っているロクシタンの缶入りクリームを見つけたので、
少しだけ使わせてもらう。


仕方なく、昨日の服をまた身につけ、忍び足で部屋に戻る。

このまま、そうっと帰ろうか。

昨夜の後で仁と顔を合わせるのは、たまらなく気恥ずかしい。
どんな顔をしたらいいんだろう。

どうしようかな・・・。


首だけのばして、仁の寝ているベッドを窺うが、
さっきと姿勢が変わったようには見えない。

傍に行こうか、とも思ったが、
カーテンが開けっ放しのガラスウォールから、
お台場の空と海がからりと見えると、
吸い寄せられたように、細長いテーブルの前に立った。

沈み損ねた月と、レインボーブリッジが白い骨のように、
ひっそりと浮かんでいる。

空はもう赤みが差して、海の面だけが鈍い銀盤のように輝いていた。



「佳代子・・・」



野太い声がして、佳代子は振り返った。


「どこにいる?」


ガサガサとシーツのこすれる音がした。
仁がベッドスペースから顔をのぞかせて、部屋を見回している。

まだ半分目をつぶっているようで、佳代子の姿に焦点が合わない。
髪がぼさぼさで何だか可愛かった。


「ここよ。海を見ていたの。
 朝日は見えないけど、空がなんとなく赤らんで、きれいよ。」


佳代子が立ったまま、返事をした。


「そりゃ、夕陽の見える同じ窓で、朝日は見えないさ。」


不機嫌そうに言うと、大きな手で顔をこすっている。


「帰ったのかと思った・・・。」

「ううん、黙って消えたりしないわ。」


一瞬、そうしようかと思ったことは、もちろん黙っていた。
仁は短いため息をひとつつくと、体を起こした。



「ちょっとばかり、焦った・・・」



佳代子はあいまいに笑った。


「よく寝てたわ」


「こっちへ来いよ、佳代子。」

「え?だってもう朝よ。」


きちんと服を着た自分が、裸の男のそばに行くのは、
かなり勇気が要る。


「朝だからさ。最初からやり直しだ。
 それとも俺がこのまま、ぶらぶら歩いてそこへ行ってもいいか?」


ベッドに肘をつき、裸の上半身を起こした仁の姿は
生々しい男性そのもので、ちょっと正視できない。

へそのあたりぎりぎりまで、上半身をむき出し、
胸毛が小さな羽根のような形に広がっている。
肩も腕も背中も隆々と盛り上がり、
男性グラビアで見かけるような体つき。

しかも今の自分は、シーツに隠れた部分の仁まで知っているのだ。

佳代子は、また顔が熱くなってくるのがわかって、
尚更、素直に仁のそばに行けず、横を向く。

ふう・・

ため息が聞こえて、仁が足を床につけるのが横目に見えた。



「立ち上がるぞ。」



佳代子は見ていられず、ぐるんと後ろを向いてしまった。

しゃらしゃら・・とカーテンの音がして、足音が近づいてくる。
近づいてきた足音が後ろで止まると、佳代子は窓に目をむけたまま、
ぎゅっと緊張した。


「早起きだな・・・」


たくましい腕が、後ろからやわらかく巻きつき、
ブルーのローブの袖が見えると、ほっとして、
首だけふりむいた。


「はあ・・・裸のままかと思ったわ」



仁は佳代子を引き寄せると、くくっと笑い声をもらした。



「期待したのか。そりゃ、悪かった・・・」


首すじに頬をぴったりつけて、耳のそばでつぶやく。


「こら、勝手に着替えたな」

「だって・・・シャワーを浴びたから。」

「シャワー浴びたんなら、そのまま戻って来いよ。
 ここは俺の部屋なんだから、俺の許可なく着替えちゃいけないんだぞ。」

「そんな変な理屈、聞いたことないわ。」


はい上がって来る唇がくすぐったくて、
声がうわずるのを感じながら、
気丈を装って、佳代子が言い返した。


「ある。俺が決めた。
 佳代子の服を脱がせたのは俺なんだから、
 俺がいいって言うまで、着ちゃいけなかったんだ。」


大きな体が佳代子の背中をぴったり包むと、
前に回った手が、ブラウスの中へするりと入り込み、
迷いなく佳代子を刺激する。


「ん・・・仁・・・」


たまらずに佳代子が身をよじって、仁に向き合うと、
ひっかけただけのバスローブの前から、大きく盛り上がった筋肉と、
影のように絡まる胸毛が見える。

いつの間にか、佳代子のブラウスはぐっと広げられて、
片方の露出した胸を、大きな手がまさぐっていた。

とがめるような目で見つめても、仁はまるで動じない。


「なんだよ。やり直しって言ったろう?
 佳代子が勝手にベッドを出るからさ。
 お仕置きだ。」


その言葉を聞いて、困ったような佳代子の頬を捕まえると笑った。


「嘘だ。
 もう一度、脱がせる楽しみができて嬉しいよ。
 今度は、朝日の中でじっくり見てやる・・・」



「仁!」


楕円形のボールを握り慣れた大きな手が、
ぐっと佳代子の頭を捕まえて、抗議の声をふさぐ。
乾いた唇だ。

キスしている間に、どんどん肌が空気にさらされていくのを感じる。
仁の手は、素早くて器用だった。

あっと言う間に下着だけにむき上げ、大きな手が
佳代子の背中を何度も上下すると、がっちり抱きしめた。


「ソファとベッドとどっちがいい?」


ささやかれた声に、佳代子は返事ができなかった。


「昨夜は痛い思いをさせた。
 でも、それだけじゃないのを、早くわかってほしい。」


そう言うと、最後の下着を引きはがし、自分もバスローブを落として、
佳代子を抱き上げ、ベッドに連れて行く。

すぐに押し倒され、ずっしりと仁の重量が乗って来る。


「佳代子、いい匂いだ・・・」


仁の顔が佳代子の胸元にうまった。


「もう一度、抱きたかった。
 今度は俺がいいと言うまで逃げるなよ。」


そんな、この態勢でどうやったら逃げられるの?

心の中でつぶやいたが、熱い唇が佳代子の胸を吸い上げると、
押さえ込まれている両足がびくんと跳ね上がった。


「あ・・・」


腿に強く押し当てられている熱いものが何だか、今ならわかる。

仁の興奮を感じると、それが伝わったように佳代子も熱くなった。



「待って・・」



両手をかざして仁の胸を押し返すと、すぐに仁がつかみ取って
ふわりと片手で頭上にまとめられ、
縫い止められたように動けない。

昨夜はよく見えなかった仁の顔が、カーテン越しの光に
くっきりと彫られたように見える。

黒い瞳が興奮の炎を宿し、
この目に見られている、というだけで佳代子の奥にも火が着く。


大きいくせに繊細な動きをする手が脇腹をつたっていくと、
びりっと白い体が震え、抑えようのない声が漏れた。

こんな動物のような声を出している自分が信じられず、
唇を噛んでこらえようとする。


「佳代子、俺には全部見せていいんだ。
 そのまま、素直に感じた通りにしていればいい。」


返事をする間もなく、仁の指はさらに滑り込んで来て、
くちゅくちゅと佳代子をこすり上げる。


あっ、ああ・・・・仁、そんな・・・ああ!


容赦もない刺激に、理性が飛びそうだ。
両手を押さえつけられたまま、
シーツの上で自分の体がうねるのがわかる。


「大丈夫だ。もっと良くなるから、我慢するな。」


執拗にくりかえし与えられる刺激に、ついに佳代子は波打ち、
仁の下で大きくたわんだ。


「あっ、仁。わたし・・」


仁はかすかに笑ったように見えた。
ようやく佳代子の両手を解放して、そっと頬を撫でると


「可愛いよ、佳代子。
 もっと可愛くなれ、
 もっと素直になれ。」


まだびくびくと震えの残る佳代子に、
大きな圧迫感を与えるものが、じりじりと侵入してくる。

昨夜とは違って、それでもずいぶん滑らかだ。
ぐっと奥に当たる感じがすると、
仁の口からもうめき声が聞こえた。




仁は、なかなか解放してくれなかった。

ぐっとつかまれている腕が少し痛い。

規則的にゆっくり刻まれるリズムに、浅い呼吸を繰り返したまま、
固くシーツを握りしめて、仁の熱を浴びた。

それでも貫かれる感覚があまりに強烈で、苦痛にうめいてのけぞると、
仁が気づいて、ぶあつい胸に抱き取り、
肩先から、ゆっくりとキスをしてくれる。


「佳代子・・・」


仁の唇が肌に触れるたび、指先にまでずうんと鈍いしびれが伝わって行く。

肌の表を走る刺激に、目を閉じて震えていると、
足がゆっくりと抱え上げられるのを感じて、あわてて目を開ける。

仁のたくましく張りつめた胸が見えた。


「もう少しだけ我慢しろ。いいな」


黒い瞳に見つめられたまま念を押されると、
言葉を返せずにただうなずく。



じりじりと自分を侵す存在の大きさに叫び出しそうになる。

圧倒的な熱の塊に繰り返し征服され、身動きもままならないまま、
それでも確実に上りつめていくもの。

ついには声をあげていた。
仁は佳代子をつかんだまま、容赦なく、次の世界へと連れていく。


もう1秒も耐えられないような、永遠に続いてほしいような・・・


仁の大きな背中が海のようなシーツの上で、
泳ぐようにたわむと、ついに佳代子の上に落ちて行った。

佳代子は急に視界がひらけて、真っ白になったような気がした。


こんな・・きぶんは・・・はじめて・・・


佳代子は気を失ったように目を閉じた。





今度、起き上がれないのは佳代子の方だった。

仁は涼しい顔でシャワーを浴びて戻って来ると、
ぐったりしている佳代子のベッドの傍らに座り、
シーツに投げ出されている手を取った。

二の腕あたりをそっとなでている。
霞んだ目で見ると、くっきりと赤い痕がついていた。


「これじゃ、痛かったろ?
 力が入り過ぎたみたいだ。悪かった。」


分厚い手の感触を頼りになんとか握り返し、
気だるい体を少し動かして、仁の顔を見る。


「だいじょうぶ・・よ。すぐに・・おきあがれる・・わ。」


うれしそうな笑みが仁の顔に広がった。
ブルーのバスローブ、今度はきちんと前を閉じている。


「無理するな。風呂が沸くまでもう少し寝てろよ。
 俺が朝飯くらい、作ってやる。」


「仁が・・?つくれるの?」


頼りない声ながら、佳代子がとつとつと言葉を返すと、
仁がまた微笑んだ。

何がおかしいのかしら?


「ずっと一人暮らしをしてたんだ。
 できないことはない。」


佳代子の額をなでて、頬にキスを落とす。
終始うれしそうだ。



「どう・・して?」

「え?何?」


仁が聞き返した。


「どう・・して、そんなにうれしそう・・なの?」


仁の眉が一瞬上がったが、また真っ白な歯を見せて笑った。


「佳代子・・・。
 自分ではわからないかもしれないが、すごく色っぽいぞ。」


その言葉に佳代子の頬がいっそう赤くなった。


佳代子が自分だけに初めて見せる、力の抜けた姿態。

それがちっぽけな男心をどれほど満足させるのか、
わからないだろうな。



仁は自分の卑小さを恥じながらも、佳代子が愛しくて、
髪を撫でながら、額に、まぶたに口づけた。


「仁・・・」


佳代子がまばたきをすると、唇にも軽くキスをした。


「佳代子がいてくれてうれしい。
 それにまだ、当分帰れそうにないだろ?
 それもうれしい。」


温かいベッドに手を突っ込むと、肩から背中をさっと撫でた。
佳代子がいやいやをするように、仁の手から逃げようとする。

構わずに、徐々にシーツをはいで佳代子の肩をさらし、唇を落とすと、
そのまま、なめらかな胸へとずらしていき、手のひらに包む。

白い裸身が青いシーツの上にむき出しになり、
朝日ににぶく光る。

仁は自分の仕留めた獲物を満足そうに撫でた。


「じん・・・無理よ、もう・・・」

「わかってるよ。
 このあったかさを確かめたかっただけだ。
 俺のものだから・・・な。
 逃がす気はない。」


ふと顔を伏せ、佳代子のふくらみをきつく吸い上げると、
痛いような感覚が走った。


「うっ!仁!」


抗議するような佳代子の唇にまた口づけると、
弾けたように笑って、シーツを戻す。


「もう少し寝てろ。」


ささやいて背中を向け、すっかり明るくなったキッチンの方へ去って行く。

自信たっぷりの大きな背中が離れてしまうと、
残念な気持ちが湧く。

佳代子は小さくため息をついた。


えらい男につかまっちゃった・・・。


かすかに仁の匂いのするシーツにもう一度潜り込みながら、
それでも、佳代子は泣きたいほど幸せだった。

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