AnnaMaria

 

春のきざし 1

 

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日が暮れてから、すでにだいぶ経っていた。

5時限めの授業を終え、生協で買い物をしてから、
この図書館に足を踏み入れたときには、
窓いっぱいに夕闇が立ちこめていた。

澄んだ冬の空気と、かすかに赤味を帯びてきた桜の枝が黒いシルエットとなって
くっきりと空に浮かぶのを、感嘆して見とれていたが、
自分のやらなければならない課題の多さを思い起こすと、こうしてはいられない。

開架図書のコーナーに行き、『禁帯出』と赤くラベルの貼られた本を
いくつか選び出し、真新しい机の面に積み重ねる。


この図書館は大学創設以来の建物で、
当時としては画期的な煉瓦造りの3階建て。
地下室まで備わっている。

そのせいか、現代のエアコンディショナーをもってしても、
どことなくうすら寒いのは否定できないけれど、
時代めいた煉瓦の壁と、古い本が発する匂いの中に、
入れ替えたばかりの新しい机の香りが漂い、
恵子には好ましい空間だった。


共同研究のメンバー3人も、恵子と共に図書館にやって来たのだが、
各自で調べものをしている間に、バラバラになり、
さっき小さく手を振って部屋から出て行く最後の一人に、手をふり返した。

あと2冊だけ・・・とあせりながら、ページを繰り、
関連した記述を抜き出していくが、いざ書き出してみると、
これこそが適切な資料かどうか自信がなくなる。

夢中で続けるうち、ふと見上げた窓の外は真っ暗で、
夕空の名残りすらなく、すでに7時を回っていた。


大変!
また怒られちゃう・・・。


大あわてでノートをバックパックにしまい、片手にコートを持ち、
もう片方の手で分厚い本を抱えると、2階の開架書棚に戻していく。
ふたたび階段へ向かうと、見知った顔があった。


「よう、ずいぶん遅いんだな。」


軽音楽部で一年先輩の速水だった。

サークル室の奥で見かけたことがあり、
背が高くて髪が長め、目立つ外見のわりに、
あまりしゃべらない3年生、という印象だ。

楽器を持っているのを見た記憶があるのだが、
それが何だったかは、覚えていない。


「来週提出の共同研究レポートがあるんです。
 調べものをしていたら、こんな時間になってしまって・・・」


並んで話しながら階段を下り、
かなり人影の減ったロビーを通り過ぎる。


これまであまり、速水の近くに寄ったことがなかったが、
恵子がそっと隣に目をやると、やっと彼の肩あたりだ。
かなり背が高い。


一緒に図書館の建物を出たところで、
「ではまた、失礼します」と声をかけ、速足で立ち去ろうとすると、
「待てよ。」


速水が3歩で追いついて来て、


「もう暗い。駅まで一緒に行こう。」


恵子の返事も聞かずに並んで歩き出した。


「あ・・・はい。」





あまり口を利いたことのない先輩と、
二人きりで夜道を帰るのは気づまりだが、
ほっとした、という気持ちも少しあった。

先々週、こともあろうに、大学のキャンパス内に不審者が出て、
女子学生が襲われた、という噂を聞いていたからだ。

この大学はなだらかな丘陵地帯に沿って開かれており、
図書館はキャンパスの中央部に位置する。
正門を出ると、ややうねった道をたどって、途中、軽い坂道になり、
両側に木の生い茂った場所を通って駅に出る。

大学側も照明をとりつけたり、防犯カメラを設置したり、
安全に配慮しているらしいが、夜もこの時間になると、
駅からの道を逆にたどってくる夜間部の学生も、まばらになる。

教職員は車での通勤が多いので、
せいぜい、サークル活動や、図書館での自習を終えた学生が通るだけ。

昼間見ると、のどかで気持ちのいい丘陵も、
夜は暗く沈んで、不気味にみえることもあった。





「岡崎は英文だっけ?」

「はい、そうです。速水さんは・・・え、と。」


恵子が口ごもると、速水は前を向いたまま、ぶっきらぼうに応えた。


「法律。」

ああ、そうだったかな。

下半分がマフラーにうまった顔から、切れ長の目が光っている。


「共同研究なのに一人でやってるのか?」

「ええ、皆それぞれバイトとかで忙しいので、分担を決めて、
 空き時間を利用しながら調べを進めようってことになったんです。」

「そうか。」


しばらく沈黙が降りた。


「ちなみに課題は何?」

え?
「ああ、ジェーン・オースティンを始めとする、英国家庭小説について、
 時代背景、作者の社会的身分も踏まえて調べるようにって・・・。」


返事はない。


「あの、ジェーン・オースティンって知ってます?」


恵子から問いかけてみる。

速水は首をふった。


「いや、全然。聞いたことがない。」

「何年か前、『高慢と偏見』という映画があったんですが、
 知りませんか?」

「ああ・・・そう言われれば聞いたような気がする。」


速水は大きな手で、マフラーを直した。
また話が途切れてしまった。


「あの、速水さんのレポートの題は何なんですか?」

「民法798、および799条、養子縁組の項目について。
 知ってるか?」

いえ、全然。


恵子が大きく首を振ると、速水が初めて低い声で笑った。


「そうだよな。俺だって知らなかった・・・」


マフラーからのぞく目が細くなり、優しげな顔になったので、
恵子もつられて笑ってしまった。

一緒に笑ったことで、初対面に近い緊張がほぐれたのか、
あとは二人共通の興味、音楽の話になった。
考えてみれば、最初からこの話題にすれば良かったのだ。

来日中のジャズ・ミュージシャンの話、
今年発売されたロックミュージックの新譜、
話をしているうちに、暗い場所を通り過ぎたのにも気づかず、
あっという間に駅についた。





大学最寄りのこの駅から市の中心部まで、私鉄で25分ほどだ。

駅に着いたところで、

「お、速水・・」と声をかけて来た男子学生に「おう」と短く返事をすると、

「じゃ・・な」


と小さく手をあげ、あっさりと速水が遠ざかって行った。


恵子はほっとした。
電車に乗っている25分間、ずっと音楽の話題で
間がもつだろうかと心配していたからだ。

恵子はやや人見知りな性格で、あまり親しくない人間と
長時間二人きりでいると、気疲れして、息苦しくなってくる。


ふうん、ビル・エバンスが好きなのか。


別の車両にひとり、乗り込みながら、
今度は遅くなった言い訳を考えていた。





母にはあらかじめ、レポート作成で遅くなる旨を伝えてあった。

家に着いてから、下調べが来週までかかることを伝え、
しばらくは自分を待たずに、先に夕食を始めていて欲しい、と言った。


「わかったけど、あんまり遅くならないようにしなさいよ。
 お父さんが心配するから・・」

「わかってるわ。」


恵子の父は昔気質で、二十歳前後の娘が暗くなってから外を歩くのを
決して認めなかった。

大学の飲み会やコンパにもなかなか自由に参加できず、
担当教授に「親睦を高めるための集まり」だからと、
一筆書いてもらった紙まで見せたのだが、
「ふん」と一言、鼻を鳴らしたきり、紙を横に放り投げたものだ。

その父がまだ帰っていないので、恵子はほっとした。





翌日も同じく、恵子は遅くまで図書館に居残った。
窓外にきらめく星を見てあわてだし、
禁帯出の本を開架図書にもどしていると、後ろから声がかかる。


「また今日もこんな遅いのか。」


速水の声だと、もちろんわかった。
このままふり向くと、また一緒に帰らなければならないのだろうか。
昨日はよかったけど、毎日となるとどうだろう。

ふり向かずにとにかくそのまま、本を戻してしまうと、
息をひとつ吸って、やっと速水に向かい合う。


「ええ。家でできればいいんですが、資料が持ち出せないので、
 仕方ないんです。
 速水さんも遅いんですね。」

「ああ、俺の方も資料が持ち出せないからな。」


見れば、ずいぶん分厚いコピーの束を抱えている。

一緒に外へ出ると、夜気の中、木枯らしが鋭く体に吹き付けて来る。
穏やかだった昨日とは大違いで、恵子は体を縮こませた。


「寒いですね。」


恵子が思わず口に出すと、


「まだ冬だからな。」


独り言のように速水がつぶやくと、恵子を置いてさっと右手に切れて行く。

速水さんも、わたしと帰るのが気まずいのかしら。

そう思った恵子が、先に行こうかどうしようか迷っていると、
ゴトン、ゴトンと音がして、速水が両手に何かを持って戻って来た。


よかったら・・・。


ぶっきら棒にそういうと、恵子の手にかなり熱いものを押し付けた。


「ありがとうございます・・」


缶コーヒーだった。ミルクと砂糖入りのやつだ。
片手でじっと持っていられないほど温まっている。

ポケットに入れるとカイロのようにお腹まで熱が伝わった。


「あったかいわ・・・」

「はは、それ、カイロじゃなくて、飲み物なんだけどね。」


恵子の感想に苦笑すると、速水はさっさとプルトップを引き上げ、
熱い中身を飲んでいる。
速水の唇から、ぶわっと白い息がもれた。


「わ、おっきいけむり・・・。
 速水さん、肺活量あるんですね。」

「別に普通だよ。岡崎もやってみな」


恵子の吐き出した息は、速水ほど大きくならなかった。


「コーヒーをカイロにしちゃったから、岡崎の負けだ。」

はあ・・・。


また見せつけるように、速水が大きく息を吐く。

むきになった感じがおかしくて、恵子は口を閉じたまま、
笑いを飲み込んだが、うまく行かない。

速水はその視線に気づいたらしく、急に真顔に戻る。


「帰るぞ」


それをきっかけに、二人でまた駅への道を歩き出した。






三日目は、速水がカウンターで図書を返却しているところへ、
恵子が通りかかった。


どうしよう・・・。


速水がイヤだと言うわけではないが、連日一緒に帰ることになる。
今日こそ、何を話したらいいものか。

速水の態度も、ぶっきらぼうなような、親切なような、
どう対応していいのか、わからないところがある。

速水は背中を向けている。
このまま行けば、気づかれずに済むかもしれない。

そう思って何気なく歩き過ぎ、出口を出て、ほっと息を吐いたところで、


おい、無視するなよ。


「・・・無視なんてしてません」


ぎくっとした気持ちを隠し、恵子はわざと澄まして言った。
速水は皮肉っぽい調子で続ける。


「そうか。じゃあ、また偶然同じ時間だったな。
 今日は図書館の中じゃなくて、外でばったり会ったけど」

「そうですね・・・」


恵子はしらばっくれて返事をしたものの、
自分でもおかしくなり始めていた。

速水の目にも笑いのようなものがきらめいている。





今夜は星が出ていない。
風もなく、空気が少し生暖くて、土の香りが立ち上ってくるようだ。


「今日は少しあったかい。」

「はい。」


天気の話をするなんて、話題のない年寄り同士みたいだと思いながら、
調子を合わせて返事をする。

そのまま黙って並んで、駅への道を進んで行く。





小高くなった道の両側に
茂った薮と密生した木々が黒々と続いている。

昼間は、木々の葉が風にゆらぎ、秋には紅葉が見られて、
気持ちのいい場所だった。

だが夜はまったく別の表情を見せる。
話をしていると気にならないが、二人とも黙りがちの今夜は、
何者かが暗い木陰に息を殺して潜んでいそうで、不気味だった。


「二人組だったそうだ。」

「え?」

「このあたりの薮から出て来たらしい。
 一人が女子学生のバッグをひったくり、そのバッグを取り返そうと、
 彼女が手をのばして後を追いかけると、
 二人目がでてきて、薮へ引きずり込もうとした。」

「!!」


恵子は今もそいつらが潜んでいそうな暗い薮を見つめ、
ほんの少し、速水にすり寄った。


「だが大声を上げたおかげで、
 たまたまここを通りかかった教職員が踏み込み、
 二人組は逃げたが、女子学生は無事だった。」

「そうだったんですか。」

「どうしても夜、ここを一人で帰らなくてはならないなら、
 坂の手前で待っていて、誰かが通りかかったら、
 その後ろから黙ってついて行けばいい。」

「でも、それじゃ、なんだかわたしがストーカーみたいですね。」

「そいつが振り向いて何か言ったら、
 一人でここを通りたくなかったんです、と言えばいい。
 ここの学生で、今その意味がわからないものはいないだろう。」

「はい。」


恵子は素直にうなずいた。


心配してくれているのだ。
黙って撒こうとしたりして、悪かった。


「共同研究パートナーたちはどうしたんだ?」

「えっと、今日もバイトって言ってたかしら。飲み会だったかな。」

「岡崎はバイトしてないのか?」

「家庭教師を一つやってるんですけど、土曜日なの。
 平日は入れてないんです。」


そうか・・・。


暗い箇所を通り過ぎると、たとえ速水が一緒でも
どこかほっとして、駅までの足取りが軽くなった。





後期試験が終わり、レポート提出その他が残っているだけなので、
大学に学生の数は少なかった。

暗い駅のホームには、20人ほどの学生が
パラパラと電車を待っているだけだ。

そのまま二人、並んで電車を待つ。

だいぶ速水に慣れたせいか、一緒の電車で中心部まで帰ることになっても、
さして不安は湧いてこなかった。

がらんとした車内に並んで座り、音楽や色々な話をしているうちに、
飛ぶように時間が過ぎ、あっと言う間にターミナルに着く。
楽しかった、とさえ言える時間だった。


「どっちに帰るんだ?」

「向こうの地下鉄ですけど、
 その前に一軒だけ本屋さんに寄りたいから。」

「わかった。じゃあ、そこまで一緒に行こう。」


すっかりわたしのボディガードになったつもりかしら。
ここはもう人通りが多いから、大丈夫なのに。


並んで歩く速水は長身だがやや細身で、それほど力自慢には見えない。

茶色がかった髪がベージュのマフラーに落ちかかる様子は、
ギターより重い物は持てそうもない優男に見える。

誰かが絡んででも来たら、どうやって助けてくれる気なのか、と
恵子はその場面を想像するだけでおかしくなった。


本屋へと続く舗道の途中で、「あら」という声が聞こえた。
すれ違った相手を見直すと、研究パートナーを組んだ同級生の直美で、
連れの若い男性が恵子を見て、組まれていた腕をさっとほどいた。


速水は恵子の斜め後ろに立ち止まり、
恵子と向かい合った二人連れを見た。

恵子はかなり驚いているように見えた。
その驚きは、友人らしい女性に対してより、
その連れの男に向けられているようだ。

しばし呆然と二人を見つめている。


「今までやってたの?」


ショートカットの彼女がびっくりした顔で恵子に聞いている。


「うん、資料が図書館にしかないから、早く片づけたくって。」


直美、バイトはどうしたの?


恵子はあやうく口に出しそうになったが、状況は歴然としている。
一緒にいた男の顔だけが意外だった。


「そっか。
 わたし、バイトだったんだけど、向こうの都合でキャンセルになって、
 急に時間が空いちゃったの。
 わたしも頑張らなくちゃなあ。」

「うん、頑張ろうね。」


恵子は無理に笑ってみせたが、うまく行ったかどうかはわからない。

直美の連れの男は一言も口を利かない。
顔を見る気すらないようだ。


少し離れたところにいた速水は、3人に近づくと
恵子の腕にほんの少し触れ、

「岡崎・・」

と声をかけた。

直美がおどろいて、速水と恵子の顔を見比べ、
速水の姿を凝視している。

恵子も少しびっくりしたようだ。


「あ、こちら軽音部の先輩なの。」

「そうなんですか・・」


恵子の紹介に対し、ほんのわずかに速水がうなずくと、直美が笑顔で応えた。
連れの男はますます無表情になった。


「じゃ、また明日教室で。」


直美が言うと、恵子が手をふった。


「うん、教室で・・」


直美と連れが反対方向に歩いて行くと、
恵子の肩がほうっと下がるのが見えた。

本屋はすぐ目の前だ。
恵子は立ち止まった。

速水の隣を歩く顔から表情が消えている。
何も聞くな、というサインに見えた。

速水も一緒に立ち止まると、


「じゃ、気をつけて帰れよ」


さっきと同じように、ほんの少しだけ腕に触れた。

恵子はびくっとして、その拍子に
顔をしかめたが、ほんのわずか指が触れて痛いわけはない。
痛いのは別の場所だ。

速水は仕方なくその手を軽くあげて、恵子に背中をむけ、
無理にもそこから歩み去った。





次の日、いつもの時刻を過ぎても、速水は図書館に現れなかった。

今日もし姿を見かけたら、気づかれないうちに出てしまおう、とか、
たとえ出会っても昨日のことは何も言わずに置こうとか、
色々考えていたので、
あの姿がどこにもないとわかると、どこか拍子抜けがした。


どうしたのだろう。
もう速水のレポートは仕上がってしまったのか。
ここにはもう、来ないのだろうか。


所在ない気分で図書館を出ると、今夜の闇もどこかぬるく、不穏だ。
春のうごめきのようなものを感じる。

速水の言った通り、駅へ向かう道に入る前に、しばらくゆっくり歩いていると、
偶然にも文学部の見知った講師がやってくるのが見えた。

恵子が軽く会釈をすると、講師は驚いて、


「あれ、君、まだやってたのか!
 もう真っ暗だよ。さ、一緒に帰ろう」


と向こうから声をかけてきたので、素直に返事をして同行する。

講師には授業に関して質問があったので、
話をしているうちに駅についてしまった。

一緒に電車に乗り込んだが、
3つめの駅で講師が降り、中心部までずっと一緒に行かなくてもすんだ。

久しぶりに一人で電車に座っていると、ほっとすると同時に、
なんだか手持ち無沙汰な気がした。


車窓のむこうに広がる、夜の景色。

ここ何日か、父は遅いと母が言っていた。
悪いことをしているわけでもないのに、
父に遅い帰宅をとがめられるのは、憂鬱だ。

夜道を心配しているのは母も同じだが、恵子の事情をわかってくれて、
いつも父の叱言からかばってくれた。

あと少しだけ。
もう少しだけ資料が見つかれば、何とかまとめられるだろう。

今日、教室で見かけた直美や、他の二人の顔を思い出した。
3人とも、恵子が連日図書館に通っているのを聞いて驚いていた。


「資料ってそんなに何冊も必要?」

「調べて行くと、もっと良いのがあるかもしれないって思うのよ。」


恵子がそういうと、直美は呆れたように言った。


「3冊もあれば十分じゃない。
 その中に出ている範囲でまとめればいいわよ。
 それ以上はいいって。」


直美以外の二人も同じ意見のようだ。


3人の分担を再確認し、授業が終わってからは、
それぞれ、バイトに遊びにと散って行った。

恵子だけがあきらめきれずに、図書館に通っている。

調べ物は、調べれば調べるほど、対象が広がってしまう。
一つの本に気になる記述があると、その記述に関して調べ、
また別の本はどう述べているか気になりだすと、さらに調べる。

本来の目的を見失ってはならないと思いつつ、
評論や世俗史、はては当時の服装まで興味が湧いて、
つい資料を探してしまう。

確かに直美たちの言う通り、共同研究の題目から外れかけている。
それでも途中で止めることができないのが、自分の性分なのだ。

暗い道を帰ることになろうと、父から大目玉を食うかも知れなかろうと・・・。


ため息をつく。

ふと直美と一緒だった男の顔が浮かんで来た。

一度もこちらをちゃんと見ようとしなかったが、
速水が腕に触れて行こうと促した時だけ、
妙に無表情になった。


誤解されたかしら・・・。


それでもいい、
今は何の関係もないのだからと、恵子は物思いを断ち切った。

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