ボニボニ

 

My hotelier side story - メートル・ド・テール -

 




「いくら何でも この破損率はひどいよな・・・・。」

新米メートル・ド・テールは ため息をついた。


ソウルホテル 新館サブ・ダイニングの メートル・ド・テール-給仕長-。
抜擢されたばかりの 若きチーム長の悩みは
担当フロアの 食器破損率が異様に高いことだった。


一流ホテルの テーブルウェアーは 高価だ。
一枚数万ウォンというディナープレートも 珍しくはない。


皿一枚割れたら その食事で得る利益など 簡単に吹き飛ぶこともある世界。

彼の担当するサブ・ダイニングでは 利益に影響する程に
グラスが 頻繁に割れていた。


「なんといっても ・・・この・・クリスタルウェアが高いよな。」

新館オープンの際 凝りに凝ってコーディネートされたサブダイニングでは
それは美しいデザインの クリスタルグラスを使っていた。

「綺麗だけど・・・ ちょっとこれ 薄いんだよな。」

何回も見たところで 変わるわけもない 帳簿の破損率の数字を  
メートル・ド・テールは ため息で吹いた。

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「口金強化の このタイプに変えたいと思うのですが・・・。」

後輩の申し出に ユ支配人が憮然と答える。

「だめだめ! これセミ・クリスタルだろ? 
 ソウルホテルのダイニングでは セミ・クリは使わない。 それが伝統です。」


―ちぇっ! 何でもかんでも「伝統」って 言えばいいものじゃない。
 『費用対効果』ってものを 考えて欲しいよな。
 ファイン・クリスタルとセミ・クリスタルは プロにだってそうそう見分けられないのに。


若き給仕長はむくれていた。
「だけどなあ・・ どうするんだよ。 この破損率は・・・実際のところ。」


-- ハン社長に 言ってみるか・・・。

ハン・テジュン。自分を 抜てきしてくれた人。 弟のように目をかけてくれる。
若き メートル・ド・テールは 社長室へと 歩き出した。
 
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「・・・・申しわけありません。お打ち合わせ中。」

社長室に 理事の姿を見つけて 
メートル・ド・テールが 震え上がる。
テジュンが 陽気に笑いかけた。

「なあに かまわないよ。  ちょっと 俺も 経営がなってないって 
 理事に苛められるのに うんざりしていたから お前を入れたんだ。・・・何?」


シン・ドンヒョクは 薄く笑って ふいと 窓辺に立ってゆく。
カチリと ライターが 音をたてて
ハンターが ゆっくり紫煙を吐いた。

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「それは・・・。 俺も ユ支配人の意見だな。
 テーブルウェアーは ソウルホテルの 矜持だからなあ・・・。」 
ハン・テジュンが 申しわけなさそうに頭を掻いた。


「でも社長。 あのデザイン・・ やはり薄いんです。 費用対効果が悪すぎます。」

若き給仕長が 言い募る。
その時 ドンヒョクが ちらりと振り返って ・・・・笑った。

「!!」

メートル・ド・テールが まじまじと ドンヒョクを見る。

-何だ・・? 理事が笑った。


「・・私 何か可笑しい事を申し上げましたか?」
「おい!よせよ。」
テジュンが 慌てて 止めに入る。 ドンヒョクがにこやかに微笑んだ。


「いや・・・・。君に ワインをご馳走しようと思って。」
「え・・・・?」

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今夜 最後のお客様が テーブルを離れた。


フロアスタッフ達が セッティングを解きに向かう。
その時 チーフソムリエが やってきた。
「皆 座って。 君達に差し入れだ。」


「ソムリエ? ・・・・何ですか?」
メートル・ド・テールの問いに  ソムリエが にっこり笑う。
「人数分の グラスを並べたまえ。 フリュート・赤ワイン、それからクープだ。」
「?」

言われるままに スタッフ達が グラスを並べる。

最初にシャンパンボトルを取り上げると 一人ずつに注ぎだした。


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サブダイニングのスタッフ達は キツネにつままれたように
ワインを飲んでいる。 ソムリエが にこにこと『自分の恋人』の説明をする。 


「注ぐシャンパンは 『クリュッグ』、世界の美食家が愛する銘柄だ」
まるで王冠を捧げるように ソムリエがボトルを 傾ける。

「フリュートグラスは このシャンパンの 繊細な泡と香りを そっと大事に包むために
この 美しい角笛の形をしている。 ほら ・・この美しい泡を見たまえ。」

スタッフ達が グラスを上げる。
芳醇な 美酒に ため息がこぼれた。


「次は・・・ シャトー・ムートン・ロートシルト。 ロスチャイルド家が生んだ
 液体の宝石だ。 このブーケを楽しむために 赤ワイングラスは これだけの大きさが要る。」

本当は 料理とマリアージュ ー結婚― させて 味わわせたいがね・・・。


そして 最後に ソムリエは クープグラスを積み上げる。

「・・・華やいだ パーティ席では クープに注ぐシャンパンも いいものだ。
 美しい貴婦人が クープに口づける ・・・その様はとても美しい。 そして・・・・」


ホテリアー達の口から わあと 歓声がもれる。
サーベルナイフを 取り上げたソムリエが 

スパン!

シャンパンの 瓶口を切り落とした。


“ほうっ・・・”

積み上げたクープグラスを 金色の滝が 流れ落ちる。

「シャンパンタワー・・・・。セレブレーションのハイライトだ。」

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「・・・・・やられたよ。 何が 『費用対効果』だ。恥ずかしい。」

メートル・ド・テールが 唇を噛む。
あの日を境に サブ・ダイニングの破損率が 驚異的に下がった。
2人のプロの言葉を メートル・ド・テールは 噛みしめる。


“ テーブルウェアーは ソウルホテルの 矜持だからなあ・・・。”
サービスの究極を知る人が そう言った。

“君に ワインをご馳走しようと思って。”
本物の経営を知る人が そう言った。


「まいったな。 俺は・・・  くちばしが 黄色いや。」

―この恥ずかしさを ・・・・俺は ずっと憶えていよう。



そして この日  ソウルホテルに

若き 有能なメートル・ド・テールが生まれた。

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