ボニボニ

 

デビルマニアふたたび 1

 




・・あ・かね・・さん・・   茜さん・・・


って。 めちゃくちゃ小さい ジュニの囁き。
どうして コソコソ呼んでいるの?  
・・・はっ!

「♪」
「!」


やられた・・。 というか ヤラれてる。
アタシってば パジャマの前が全開で おまけに腿も全開だ。

ジュニは つるつるのイルカみたいに 筋肉質の身体を泳がせて
アタシの中へ沈みこむと ハァって きれいな顎を反らした。

あ・・・


「こら」って  言おうと思ったのに。 
アタシってば 思わず 奴に見とれてしまう。

だって。 
腕立てをしてのけぞるジュニは 海からあがってきたトリトンみたい。
柔らかく光る裸の胸に 筋肉がくりりと盛り上がっている。

「・・・もう 怖くなくなりましたか? 僕の身体」

「え?」



・・・ふふ・・・
気がつけば ジュニはうっとりと アタシのことを見おろしてる。
いそいそ アタシへ腹ばいになると 頬っぺを包んで覗きこんだ。

「ずっと 僕を見ていました」

全部 茜さんのものですから 好きなだけ見ていいですよ。
それでは お早うのご挨拶。 ちゅうぅぅぅぅぅぅ・・・・
「・・・ぷは!」


待ってよぉ・・
思わず腕を伸ばしたら 抱きついたみたいな格好になって

すっかり喜んでしまったジュニは 茜さ~ん!って 動きはじめた。

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「起きなかったら何してもいいから起こしてって ・・確かに 昨夜言ったけどさぁ」

ずるいよ ジュニは。 

起きない位の小さな声で 起こしたでしょ?
「大体まだ 起こしてと言った時間には早いじゃん」

ジュニはアタシを食べちゃったのに まだお腹が空いてるみたい。
目覚まし時計をにらんでムクれているアタシの背中へ 
おっきなワンコみたいに くしくし 鼻先をこすりつける。



「だって 仕方ありません」
この頃 茜さんはバイトで疲れたと言って お風呂に入ると寝てしまいます。
「こうでもしないと 愛し合う時間がありません」


僕たち せっかくの冬休みなのに。

2人の健全な(?)夫婦生活に関して もう少し 真面目に考えて欲しいです。

ジュニはブツブツ言いながら 肩甲骨をあむあむと噛んで
背中からそっとまわした手で アタシのふくらみを撫でている。
「今日は 休めないんですか?」

うーん・・・ だって「JUNI.」が忙しいンだもん。



アタシはこの春から タカミさんが作った服飾ブランド
「JUNI.」で バイトをしている。

学校の合間に 猫の手程度のお手伝いって 
遊び半分に始めたんだけど ・・この半年くらいの間 夢中になった。

ちっちゃなデザイナーズブランドが 
ぐんぐん立ち上がって行く瞬間を 間近で見るのは 

なんか・・ とても感動だ。


“あのセレクトショップが置いてくれたっ!”って ハイタッチしたり。
すっごく楽しい文化祭が ずっと続いている気分。

パタンナーさんや 生地屋のオジさん。 
今まであったこともない世界の人にも出会えて
ああ 洋服ってこうやって出来るんだって 眼が開くような気持ちなの。


アタシは来年 短大卒業で 一応四大編入の予定なんだけど
このまま タカミさんの所で 
バイト社員に なってもいいな~って思ってる。


だからこの冬の「年末商戦」も せっせとお手伝いしているわけで

放ったらかしのジュニの奴は ・・・ちょっと 機嫌が悪かったりする。



「イヴから3日は お休みもらったからさ」
「当然です。 ・・・あ! 僕 とても良いことを思いつきました」

ドキ・・・

「今日は 僕もお手伝いに行きます」

え~~っ!! 
「だ・・だめだよぉ」
「タカミさんから 冬休み中に絶対顔を出せと 何度もメールが来ていました」


トホホ。 そりゃあタカミさんは ジュニが大好きだ。
いつも「私のダーリン・ジュニを連れて来い」って うるさいけどさ。

「・・・本当に来るの?」



「絶対 行きます」

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きゃあああああ! ジュニが来たっ! 

いや~ん・・もぅ~大歓迎!  って タカミさんってば。

「オネェ言葉になってますよ。タカミ兄さん」
「え?まじ?!まずいぜ~! ・・って こら茜。 私はオ・ン・ナじゃ!」


コテコテの “ノリつっこみ”をありがとう。
まったく いつもタカミさんの ハイテンションには頭が下がる。

年明けすぐに 夏物の内覧会をやる予定だから 
ホントは 今すっごーく 神経ピリピリしてるのにね・・


アタシの背中にぴっとりくっついて にこにこやってきたジュニは
「JUNI.」のちっちゃなオフィスで 王子様みたいに歓迎された。
茜 ジュニちゃまにコーヒーね♪ だって。

あの~ぉ タカミさん。 ジュニはアタシの 一応オットですからね。



「へぇ? 彼が 茜ちゃんのダンナ?」

ちょうど打ち合わせに来ていた 『タンナーズ・OGU』の小倉さんが目を丸くした。


小倉さんは皮革デザイナーさんで タカミさんと仲がいい。
ショーの作品に合わせた 革アクセサリーを作ってくれる。
アトリエが近いので 暇になると用事が無くても「JUNI.」へ遊びにくる人だ。 

「へぇ~・・・ まいったなぁ」
 
彼がタカミの“ミューズ”かあ・・ 確かに大したイケメンだよ こりゃ。
「そのうち茜ちゃんをデートに誘おうと思ってたのに これじゃ難しいなぁ」
「お、小倉さんたら」



ピク・・・

「・・・・・・・・」
「え?」


や、やばい。 にこやかだったジュニの顔から すうっと笑みが引いていった。
アタシはとっさに走りよって ヤツの袖をちょっとつかむ。
突然 まっすぐ見つめられた小倉さんは  きょとんとして 眼をしばたいた。

タカミさんがそれに気づいて もーう 大慌てで言い訳をする。


「ちょっ・・ ち、違うの ジュニちゃん!」

オグちゃんは あの あの 軽口を言っているだけだから!
茜のことは気に入っているけど “そーいうの”じゃないのよ! 奥さんいるし!
「え? え? 俺 何か まずい事言った?」


アタシ ・・なんか笑っちゃった。

アタシもたいがい慌てたけれど タカミさんが あたふただよ。
そりゃそーだな。 
ジュニってば タカミさんの元ダンを ボコボコに殴った前科がある。


・・・ジュニ 小倉さんはいい人だよ。

アタシはそっとジュニに言った。お願いだから心配しないで。
ジュニはアタシをじーっと見つめて やっと まばたきでうなずいてみせる。
戦闘態勢に入りかけたラピュタロボットが 静かなジュニへ戻っていった。




「あ・・そうだ! ジュニちゃん! ちょっとこれ着てみてくれない?」

その場の空気を変えようとして タカミさんが話題を変えた。

来夏用のトップスなんだけどって メンズのTシャツ。
ボディに なんか怖そうなドラゴンの絵が メタルでプリントされている。



「・・僕が?」

うんうんうんお願い! タカミさんは激しくうなずいてアタシを見る。
アタシも そうそうお願いって・・2人で ブンブン頭を振った。


「わかりました・・」

ジュニはTシャツを取り上げると ちょっと周りを見回して
まあいいやって その場で 立ったまま服を脱ぎ始めた。

よいしょ。 ジュニはセーターを脱いで 下に着たTシャツを引き上げる。
腕を上げたら 逆三角形のものすごい身体が現れた。


「ちょっと ジュニ」
「おわ・・・」
え? だって着るんでしょう? Tシャツ。
「そうだけど・・・」

あーあ。 オフィスにいた皆が あんぐり口を開けてるじゃん。
タカミさんなんか大喜びで ぎゃー触らせてー!だって。



大騒ぎになったオフィスは ジュニが新作を着ると静まった。

やっぱり 皆さんプロだなぁ。 一瞬で「服を見る人たち」にチェンジする。

「アームホール 小さい?」
「いや 彼の身体がイレギュラーだから。 ここ ゆるいと格好悪いよ」

「リブがいい感じの幅だなー」
「これ もうちょっと前下がり深くしたほうがいいか」

さっきまで 胸筋だ腹筋だと騒いでいたパタンナーさんが
真剣に シャツのラインを見ている。

カッコいいな。 アタシは何だか 「仕事人な人たち」に感心した。




「やっぱ 今ひとつねぇ。 このプリント」

本当はこれがいいんだけどなーって タカミさんがスクラップBOOKを開く。
そこには何か わけのわかんない 怖そうな怪物の写真があった。
ノートルダム寺院の破風に付いていそうな 変なバケモノ。

・・・って あ・れ?



「タカミさん。 これ・・何から切り取ったんですか?」
「え? あぁ 何だったかな。 えーとメモが・・」
そうそう。 大学教授のインタビュー写真で 後ろに写っていたものよ。



やっぱり・・。 アタシ これ見たことがある。

アタシはジュニを盗み見た。 奴にはきっと 内緒にしておいた方がいい。
タカミさんが指差した記事を アタシはじっと見下ろした。



『東京藝術大学西洋美術史教授 酒崎二郎氏』

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