ボニボニ

 

Birthday story 2010 前編

 




ここ数ヶ月。 アタシの 深刻なる問題は 


アタシの前にドバーッと拡がる 未来と 「370kmという距離」。



短大から四大へ編入したアタシは 2010年のこの夏。
大学生活最後の夏休みを そろそろ終えようとしていた。




そしてアタシの えーと・・オットは、  

結婚してもう3年以上経つけど 言いなれない言葉だよね 「オット」。


まあその ジュニは大学院の3年。
 

博士課程も途中のくせに さっさと論文の査読とやらを通しちゃって
見事 博士号を取ったっちゅーのに ビジネスへコース変更する予定だ。



・・・泣けてくるよ まったくね。 

アタシは そこそこのお嬢さんガッコで ヒーコラ美学を勉強して
できれば将来 ファッション業界のスミに混ざりたいってのが ヤボーなのに。


ジュニのヤローってば 鼻歌まじりに 超・アタマのいい大学を渡り歩いて。

テンコ盛りの将来を メニューみたいに選んでる。




「・・・」


「どうしたんですか? 茜さん。 眼が 性格の悪いワニみたいです」

「ちょっと ・・ねたみの黒雲が 頭上にね」
「Poo! それはいけません」
「フン。 ジュニに パンピーの気持ちはわからんよ」


茜さんたら 可愛い眼なのにそんな顔して 変な小じわが出来ますよ。

ちゅうううぅ~♪



「んぷ・・・」


んぱ!とキスの唇を離して ジュニってば すごく嬉しそうだ。

いい 笑顔ジャン・・・ 
24にもなる立派な男が 可愛いってのもどんなもんかと思うけど。


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「あれ?」


ところでジュニはどうしたの? このクソ暑いのに スーツを着てる。

言いたくないけど すっごくイケてて アタシはちょっとドキドキする。



「どこかへ行くの? 誕生日なのに」

「はい・・ちょっと。 大事な人に会いに」
「大事な 人?」
「・・・」

しばらくうつむいていたジュニは ふと顔を上げて 優しく笑った。
茜さん。 一緒に 来てくれませんか?

「僕の妻をひとめ見たいと 大爺様が言うのです」



大爺様?!  ←すみません このセリフ特大フォントで書いちゃいます。


だ、だだだだれよっ そのヒト?!  日本にいるの?!

アタシは ザワリと総毛立って 2秒くらい白目をむいてしまった。
ジュニってば! また知らない親戚に いきなり引き会わせてくれるワケ?!




大体 アタシはジュニの親戚に 蛇蝎の如く嫌われている。

ダカツと言ったら「ヘビ&サソリ」だよ? 花の女子大生が あんまりじゃん・・。


そりゃあアタシは 彼の一族 ―財閥イ家― の皆々様が 
血眼になって欲しがっていたジュニと 結婚しちゃったわけだけど

だって・・。  

アタシはジュニの家柄なんか 結婚してから聞いたんだよ?




「大爺様って何よブツブツ・・。 大爺ってんだから どうせエライんでしょ?」

「はい とても偉い方です」



“とても”かい! ほー。 

「で? またアタシは 無視とかされるわけ」
「・・・茜さん・・」

あ、呼ぶくらいだから無視はないか。 夏のバリゾーゴン祭って感じかな?

「・・・」


行ってやろーじゃない どこだって。 
ア・タ・シ・は なーんも怖くない。 世田谷の雑草一般ピーポーだからねっ!

「ジュニの奥さんで悪かったわねーって・・」




ふわり・・

ジュニの 大きな腕がアタシを静かに抱きしめた。
ごめんなさい 茜さん。 僕が あなたをちゃんと護れなかったから。

「ソウルでは 本当に嫌な思いをさせてしまいました。 許してください」
「・・な、な、何よ」



嫌な思いなんか。 アタシは 一個もしてないよ。
あれは ジュニの親戚が 揃ってクソッタレだっただけだもん。

「茜さん・・」
「大爺様だろうがヨーダだろうが 全っ然 平気だよアタシ」


ふん! と鼻から息を吐くと ジュニは 愛しげに眼を細めた。
どうもありがとう 茜さん。  「大爺様は 僕の親戚ではありません」

「へ? 親戚じゃないの?」

「日本の方で もう100歳くらいです。 きっと 大歓迎してくれます」


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・・ご挨拶って 都内じゃないのね。

大爺様とやらの御屋敷は 大船から 車でかなり行った山ン中にあった。
どえらく広い敷地の中に こじんまりと瀟洒な和風建築。

深い軒が室内に陰を作って 夏座敷が 冷房なしでも涼しい。


シャワシャワ降りそそぐ蝉時雨が 広縁の向こうに遠く聞こえる。

アタシは ココに較べたら世田谷なんか まるで熱帯だなって思った。




「そのお嬢さんが ・・ジュニの お嫁さんかね?」

大爺様というその人は 藤のハイバックチェアに座っていた。
100歳過ぎって・・言っていなかったっけ?  背筋が ピンと伸びている。


グレーのきれいな短髪に 仕立ての良さそうなシャツ。

シワと見ちがえそうなほど細い眼で じっと アタシを見つめている。



「はい 大爺様。 妻の茜です」



ひょっほー!!  ジュニってば 「茜です」って!

・・ま、まあ、そりゃ。  正しい敬語的には 妻は呼び捨てになるだろうけど。
なんか ジュニの物言いが いつもと違って凛々しいじゃない。




「可愛らしい奥さんだ。 初めまして」

「茜さん? こちらは 小此木の大爺様です」

僕の実家と 古くからお付合いしてくださっている方です。
アボジが日本に留学した時は 身元引受人になっていただきました。


「・・ぁの 初めまして。 茜と申します。よろしくお願いします!」

「あぁ とても元気の良い方だね」
「は、はいっ! もう 元気だけは 人に負けないと言うかなんというか・・」




ギャー! アタシってば 何言ってるの。 ものすごくアガっちゃっている。

だって この「大爺様」と来た日には 超大物って感じなんだよ。
TVの政治ドラマとかで 総理がお伺いを立てるご隠居っつーか・・

こっそり ジュニに耳打ちをした。

“・・・なんか“御大”とかって 呼ばれる人みたいだね・・”



「“御大”と 言ったのかい?」

げ・・ 「聞こえました?」

失礼。 唇を読んだのだよ と大爺様はにっこり笑った。
読唇術をする100歳って? 一体 何者なんだこの人?


それでも 確かに大爺様は ジュニの親戚と違って好意的。

ジュニとアタシを交互に見て なんだか まぶしそうに微笑んだ。


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いや この水出し煎茶ってば ビックリするほど美味しいね。

グラムいくらのお茶っ葉だコレ?  相当 高いよこの味は。
アタシは きれいなガラス茶碗を 眼を丸くして覗いてた。



「・・で? ジュニは やっぱり向こうへ行くのかい?」

「はい 学びたいこともありますし」
「残念だな。 君がうちへ来てくれたらと 思っていたのだが」

申し訳ありません。 妻も 向こうで勉強したいことがあるものですから。



え・・?

「そうか それではな。 渡米は何時頃になる予定だね?」
「来春。 卒業したらすぐにと 先方からは言われているのですけれど」

ん・・?

「どこに住む予定なのだい?」
「アボジの所へも行きやすいから ジャージーシティの方かと思っています」 

は・・?

「うちのN.Y.支社の方へも 一度は顔を出しなさい」
「ええ」

ん・・?




何かの時は 必ず力にならせておくれ。 君は 僕の大事な孫だから。

「はい。 ありがとうございます」
「水晶・・。 いや ハルモニさんはご健勝か?」

元気です。 大爺様を訪ねると言ったら喜んで。 「その・・ぁの・・・」

「うん?」
「すみません! 「そのまま言え」と伝言を・・」


“年寄りじゃあるまいし ビデオチャットくらいしろ”って。


「!」
「本当にすみません! 目上の方に。 ハルモニときたら・・」


あっはっはっは・・!

「水晶は相変わらずだな。 100歳をつかまえて 年寄りでもあるまいしか?」
「申しわけありません! 我が祖母ながら まったく無礼なことを」
「なあに・・」


それでこそ 水晶だ。

大爺様は本当に 本っ当に 嬉しげに笑った。
ずうっと 遠くを見るような眼。  ひょっとして・・ハルモニさんの昔の彼氏?



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ねぇ ジュニってば・・N.Y.って・・どうして・・・

茜さん バンザイしてください。  「・・ん~♪ ・・N.Y.が何ですか?」



・・・ぁ・・・

だって ケンブリッジは? もぉ!話をしたいんだから ちょっと止まって!



「だめです! 僕はもう限界です。 大爺様の家に居るときから抱きたくて」

話はともかく中へ入ってからって ジュニってば アタシはお前の家かっ?!




はあぁ・・! 

「ああ やっと茜さんです。 ・・・で? 何ですか ケンブリッジ?」


だ・か・ら! ハーバードへ戻るんでしょ ジュニ? 
ビジネススクールとか そーゆー勉強に。


ハーバード大はケンブリッジにあって そこは N.Y.から370キロも北だ。


アタシの行きたいファッションの学校は N.Y.シティにあるわけで。
日本で言ったら東京―名古屋くらい 2人の距離が離れてしまう。

アタシはまったく初めての海外暮らしで おまけに遠距離? ひとり暮らし?って!

それが ここ半年くらい アタシの悩みだったのに。



「え? 僕は N.Y.の金融会社に入るんですよ」

「え? だって・・ビジネスの勉強は?」

「ビジネスは オンザジョブトレーニング。 実践が一番の勉強です」
「で、でも じゃあ ハーバードは?」
「行きますよ。 仕事を少し憶えてから EMBAのコースを取る予定です」

「E・・MBA?」

「エグゼクティヴ向けのMBAプログラムです」
「・・・」



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・・茜さん? あの 茜さん? そろそろ 動いていいですか?


「ダメ」
「えっ?!」

「Get out」
「えええっ!“出て行け”って 何故ですか?」
「どーしても!」


ジュニってば。 何でもカンでも 自分勝手に決めて!

この半年のモンモンを どーしてくれる。 アタシは ジュニの奥さんなんだぞ!


ジュニが将来を決めたと言った日から アタシも 色々考えてたのに。
ジュニのヤローは いつだって アタシの遥か先にいる。

置いてきぼりの 一般人。 だけど 相談ナシはないじゃない?


「茜さん・・でも 今日は 僕の誕生日・・・」
「それはオメデトウ。 でも 放してったら!」



茜さぁん・・・


ジュニの泣き言が情けない。 だけど 腹の虫がオサマラナイ。

2010年の8月29日。  アタシは カンカンに怒っていた

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