ボニボニ

 

愛しのプロフェッサー 17

 




遮光カーテンの引かれなかった部屋は 朝の光がまぶしかった。

私はぼんやり眼を開けて シーツへ投げた手を見つめた。


頭をめぐらすと 隣には こちら向きに眠るプロフェッサーがいる。
長いまつげが白皙の頬へ 淡い影を落としていた。

なんて きれい。

柔らかな光を照り返して 張りつめた肌がきらめいている。
そして 私は今 この肌の温かな感触を知っていた。




昨夜のこと。 

私をベッドへ座らせた教授は この上もなく戸惑っていた。
衝かれたようにシャツを脱ぐと 問いかける眼を 私へ投げた。


・・・・プロフェッサー・・?

少し乱れた呼吸とともに 教授の胸が息づいていた。
吸い込まれるように手が動いて 私は 彼の身体に触わった。

触れてしまった指先の やり場に困って うろたえる。
おずおずと拳を引っこめると プロフェッサーがその手を捕らえて
まるで それが合図みたいに 私の身体を押し倒した。



・・・ねえ 神様?

私は 彼から 奪ってはいけないものを奪っているの?


彼が問いかけた言葉には ちゃんと「いいえ」と 言えたのに。
哀しいほどの優しさを 奪ったりなんかしたくない。
・・・だけど「優しい」と言うよりも

プロフェッサーはベッドの中で ひたすら混乱しているように見えた。



私の頬を両手で包んで むさぼるようにキスをしたあと
プロフェッサーは顔を引き 途方に暮れて口を結んだ。

どうしよう・・そんな言葉を言いたげな顔。
弱い灯りに プロフェッサーの息づかいだけが大きかった。


あぁ ・・・だけど

なんてきれいな生き物だろう。 天使の顔に この肉体。

男らしい胸に包まれて 気が遠くなってしまいそうだった。
ため息をついて眼をつぶると プロフェッサーが首筋を吸った。



一生分の夜。 

私はもう考えることを止めて 愛しい背中へ腕を回した。

あの手が 私の腿を分けるのも 長い指が探るのも
膝を持ち上げて開かれるのも 挿し入れられるのも 夢に思えた。

涙が目尻をつたい落ちると 慌てた指が拭いに来た。

嬉しいから。  そう伝えたくて 無理に笑う。
プロフェッサーはまじまじと 私の不器用な泣き笑いを見つめて

ぎくしゃくと頬を撫でてから 怒ったように動き出した。

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「・・・・・」


私が 見つめ続けていると プロフェッサーが眼を覚ました。

恍惚とした薄目を開けて・・ 
いきなり 弾かれたように跳ぶ。
「!!!」

プロフェッサーが盛大にシーツを剥ぎ取って起きたので
私は 朝の光の中へ 裸で放り出されてしまった。

「ぅわっ!!」

わたわたと慌てふためき アッパーシーツをかき集めたプロフェッサーは
私の身体を無茶苦茶に包んで ・・・今度は あなたが裸です。
「す、すみません・・!!」

プロフェッサーは周りを見回し 何もないことにがっかりすると
私のシーツの余った部分で 申し訳程度に身体を隠した。



たぶん 何かの配達車だろう。 

通りを過ぎる車の音が 窓越しに遠く聞こえて来た。
朝が そこここで起き出して 今日が始まろうとしている。

教授と私はすくみあがったまま どうやってここを動こうかと
床に撒かれた 各々の 衣服の位置をチェックした。


プロフェッサーが決意したように 大きく息を吸いこんだ。

・・・・・あ・・の・・Ms.ユナ?・・
「はい」
「Ms.ユナはその・・僕を その 好きですか?」
ええとそのlike じゃなくて つまり 「・・loveと言う意味で」

「・・・・」


赤面して 動揺しきったプロフェッサーに 私は思わず笑ってしまった。

そんな気持ちではありません と 言ってあげられたらいいのにね。
だけど大丈夫です プロフェッサー。 ご心配はいりません。


一生分の朝。 
痺れるほどに幸せだった。

「すみません 私は プロフェッサーが好きです」
・・ええとつまり loveと言う意味で。



あぁ・・とプロフェッサーは天を仰ぎ 小さな絶望の声を上げた。

あの時 僕は気づいたのに 貴女を抱いてしまいました。
「どうしよう・・僕は その 貴女の想いには・・・」


しぃ・・と 一本指を立てた。

お願いですからプロフェッサー その先だけは 言わないで下さい。
昨夜のことは 少なくとも 私に慰めをくれようとした
「哀しい優しさ」では なかったのでしょう?

プロフェッサーは 亡くなった奥様しか愛することが出来ません。
でもあの時は 何故かつい 
“・・・寝ちゃったんですね?”


「・・プロフェッサー?」
「はい」
「“オトナのお付合い”です」
「え?」

私 プロフェッサーが大好きです。
だけどステディな仲になりたいとか そんな気持ちはありません。
「言ったでしょう? 男はもう コリゴリなんです」

・・・で・・も・・・・
「思いがけなく教授とベッドイン出来て 儲けちゃいました♪」
「Ms.ユナ・・」


本当です。
だから どうかご自分を 不誠実だと責めないでください。

あんなに素敵な夢を見られただけで 私はとても幸せです。

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カタカタカタカタ・・・・


「・・・・」


横目で 視線を走らせる。
プロフェッサーは大きな身体で ちんまりと椅子にかしこまっている。
ちょっと内股に 行儀良く座って まるで叱られた子どもみたい。

カタカタカタカタ・・・・

「・・・・・・」
まったく もう。


「プロフェッサー? 講義のお時間です」
「え? あ、はい。 ・・・あの・・Ms.ユナ・・」

僕は昨夜 貴女を見ているうちに 何だか胸が痛いような気持ちになってしまって・・
「プロフェッサーは女性の涙にお弱いですからね。 さ 遅刻します」
「あ・・・はい」



本を2冊 片手でつかんで プロフェッサーが廊下を行く。
すらりとした背が 今日だけは 肩が落ちて猫背になる。
私は 充分間を取った後 ドアに隠れて彼の後姿を見た。

ねえ・・神様?

金のリンゴを食べてしまったら やっぱり 楽園追放ですか?

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翌週 教授の家のポストに きれいな封筒が届けられた。

息子さんの結婚式。
招待状を見つめた教授は 砂糖のように微笑んだ。


「Ms.ユナ・・・ジュニの結婚式です」

「おめでとうございます。 訪日用にスケジュールを調整しましょう」
「あの・・・」
日本には何日程度のご滞在になりますか? 大学側にアナウンスします。
「・・・ええ」



あの日以来 私はただの一瞬たりとも 教授に隙を見せなかった。

私は 「気にもしていない」のだ。


恋をしないと決めた彼の 気持ちの負担になりたくなかった。
ここを去ることも考えるけれど 今は だめ。
あの夜のせいだと思ったら プロフェッサーは 自分を責める。

幸せで。 幸せでいて欲しい人だから 

私のことで苦しんで欲しくなかった。

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プロフェッサーが 日本へ発つ日。 ニューアーク空港へ見送った。


「教授がお戻りになる日には ロイが迎えに来たいそうです」
そう 頼んでおきました。
「プロフェッサー・フジタから 来日中に少しでも会いたいと連絡が来ています」
「・・・・・」

もの言いたげな顔で私を見ながら プロフェッサーはカ-トを押した。
空港内のアナウンスが 出発便の案内をした。


「お伝えすることは以上です。 お気をつけて行ってらしてください」

ジュニさんと茜さんの結婚式 幸せなお式になりますように。
どうもありがとう。 

「・・あの Ms.ユナ」
プロフェッサー。 私からひとつお願いがあります。
「え? あ、はい! 何でも」


お留守の間に数日間 お休みをいただいていいでしょうか。
「出掛けたい所があるのです」
「・・・・・」

・・・・マンハッタン?

「?!」  
あ・・、はい。 ちょっと 昔お世話になった方のお手伝いに。
「戻ってきますか?」
「!!」


プロフェッサー・・・

理詰めの世界にいるくせに あなたは 感覚で生きているんですね。



ありがとう。
愛しい 私のプロフェッサー。
あなたのその笑顔が 大好きです。

「もちろん戻ってきます。 いけませんか?」
「あ・・いえそんな」

「行ってらっしゃいませ」
花嫁さん 若くておきれいでしょうね。



・・・だけどきっと 教会の中で プロフェッサーが1番素敵です。

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