Lusieta

 

朝露のリオ 最終話

 

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キスをして、顔を離して・・・みつめ合って・・・

またキスをして・・・


壁にもたれたあなたに体を預け、

ただただ抱き合って長いキスを続けていた。


抱きしめながら、耳元であなたが言った。


「すみません。
こんなふうに抑えられなくなる日が来るかもしれないと、
頭のどこかでは思っていました。」



「私もです。
うれしい・・・
だから、あやまったりしないで。」


「でも、あなたはこれから・・・」



「あなたがいてくれれば、
映画がどんなにきつくても乗り切れそうな気がします。
いえ、あなたがいてくれないと、頑張れない。」



「ふふ・・・、
そんなやわな人になってしまうような
トレーニングだったつもりはないんだけど。」


「すみません、できが悪くて・・・」


「あぁ・・・」


あなたがまたギュッと私を抱きしめた。



もう一度キスしようとしたところで、

携帯がブルブル震えて、

ラブシーンの終わりを告げた。





ーーー1年後





長い滞在となったヴェネチアをあとにし、
成田に着くとそのままたくさんのフラッシュを浴びた。

お祝いの言葉をシャワーのように受け、
たくさんの取材をこなし、
日本のあちこちを回ってプロモーションをして、
いったい今日が何日で何曜日なのかもわからなくなっていた。

彼に連絡をとりたいのに、
夜も昼もなく連れ回される毎日のなかで、
自分の時間はなくなっていた。



ベッドに倒れ込む一瞬前に打つメール。

“勇也、会いたい”

それだけ。


返信を待たずに眠ってしまう。
朝起きて初めて気づいた。


“おかえり。
ヴェネチアでの毎日は疲れたでしょう。
主演女優賞おめでとう!
そして、午前0時をすぎました。
リオ、誕生日おめでとう!”

     あ・・・

返信を待たずに眠ってしまったことが悔やまれる。


すぐに電話をかけるけど、
留守電になってしまってる。
今繋がらないと、またいつ話せるかわからない。


こんなすれ違いのまま、あと何日過ごせばいいんだろう。

     会いたい・・・

     勇也。

今度は声でメッセージを入れる。

“勇也、返信もらったのに、寝ちゃったの、ごめん。
会いたくて死にそうです。
今日は東京にもどります。
すごく遅くなってから、あなたのところに行ってもいい?”


途中で“ピーーッ”が鳴って切れてしまった。
最後の“行ってもいい?”が、ちゃんと入ったか心配になる。



この日もめまぐるしいスケジュールをこなした。
やっと東京に帰る新幹線のなかでメールをチェックする。


留守録がある。

“リオ、何時まででも待ってる。
早く君の顔が見たい。”

何度も何度もリピートしてその声を聴く。

     やっと会える・・・

今日という日のうちにたどり着けないことは、、
新幹線に乗ったときからわかっていたけど。



  ・・・・・・


最後にこの合い鍵を使ったのはいつだったろう。
あまりにもずっと前で思い出せないほどだ。

ドアを開けたとたんに、彼が私の腕をつかんだ。
素早く胸にすくい取ってそのまま鍵を閉めた。

言葉なんていらなかった。
ただ嬉しくて・・・


     やっと会えた・・・


キスしたいけど、ちゃんと顔も見たくて、
くつは片方しか脱いでいないし・・・
何度も何度もキスをして、何度も何度も見つめ合って、

「1時間過ぎちゃったけど、誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」


     これはプレゼントのキス?

     去年よりもっとすごいね・・・


だんだん立っていられなくなる。

抱き上げられて・・・・

「靴が・・・」

「いいよ。」

「あ・・・シャワー・・・」

「そんなのいい。」

「勇也・・・」


ベッドに横たえられて初めて片方残っていた靴を脱がされた。

今日の勇也はもう何を言っても待てないだろう。


そんな子どもみたいな性急さがあることを、
彼と深く関わるようになって初めて知った。
それがとても愛しい。


二人は眠らなかった。

レースのカーテンに弱められたやわらかな光が差し込む。
1年のうちで、いちばん早く朝が訪れる季節。


何度目かの高みを一緒に迎えたあと、
からだをピッタリと寄せ合ったまま、
弛緩のひとときを漂っていた。


勇也が体を離したと思うと、
そっと背骨のあたりを上から下へなぞっている。


「くすぐったいよ」

「背中、きれいだな。」

「そう? 背筋も鍛えましたから。
厳しくてね、トレーナーが。」

「んふ・・・」


背骨をなぞる指が唇にかわった・・・


「あのドレスさ・・・」

「ん?」

「ヴェネチアの受賞式の、あの・・・」

「あぁ、うん。」

「背中、空きすぎだよ。」

「え?・・・」

「もう着るのやめない?」

「ん?・・・・」

「もう、あれ着るなよ。」

「うふ・・・・んふふ・・・」

「こら!」

「気に入ってるんだけどな。」

「じゃあ、俺と二人きりの時だけな。」

「えぇ? それって、どんなシチュエーション?」

「たとえば・・・
      誕生日とか。」

「あ・・・」

「去年はキスだけだったな。」

「ん? プレゼント?」

「うん。」

「そうね。最高のプレゼントだった。
でも今年のはもっとすごかった。」

「え? そうだった?」

「うん。」

「じゃあ、それだけでいい?」

「ん? なに? 今年はほかにも、なにかあるの?」

彼が、ベッドサイドのチェストから細長い箱を出す。

真珠のペンダント。


「きれい・・・」


淡水ピンクの小粒と、ひとまわり大きなホワイト。

寄り添うようなツインパールを
チェーンにつなぎ止めるリングには
細かなダイヤが散りばめられている。

気高くて、でも暖かみのある静かな輝きに
胸が震える。
     


首を浮かせてうなじの髪をかき上げて準備した。
繊細なチェーンをぎこちなくつまむ勇也の長い指。

慣れてないことがバレバレで、
それがまたうれしくなる。   

ちょっと時間がかかって、やっと私の首に収まった。


「ステキ・・・
      勇也、ありがとう。」

「気に入ってくれた?」

「うん、とても。」

「華やかな世界にいるのに、
リオはいつも、無垢で可憐で、
静かに温かく輝いてる。
君の誕生石そのままだ。」

「勇也・・・」

「ついでに言っておくと・・・
君が4月生まれじゃなくて助かった。」

「ありがとう。
うん、6月生まれでよかった。
だって真珠って、こんなにきれい。
今日までにもらったどんな宝石よりも嬉しい。
ありがとう。」

私の胸元で揺れる小さな球を指で転がしながら、
何か考えてるふうな彼。

「なに?」

「うん・・・・
ゆうべ暗い部屋でリオを待ちながらこの真珠を見てた時は、
月みたいだって思った。

月はリオそのものだから。

静かだけど穏やかな光が、
温もりとなって観る人の心に届くんだって。

でも、朝になって、こうしてリオの白い肌の上にあると、
なんだか、朝露みたいに見えてきた。」

「朝露?」

「うん・・・・
太陽の光に映えてみずみずしく輝いてるけど、
すぐに消えてしまいそうで・・・
僕はちょっと心配になる。

もうどこにもやりたくなくなる。
僕がすくい取って、消えないようにしまい込みたくなる。
朝露も、リオそのものだ。」

「私は、消えたりしない。
どこにいても、心は勇也のそばにいる。」

「心だけじゃイヤだと言ったら?」

「・・・・勇也・・・」

「ウソだよ。
僕の心も、いつもリオと一緒だ。」

「朝露みたいに消えたりしない?」

「あは・・・
僕は消えないさ。
いつも同じところにいて、君を待っている。」

「勇也・・・
待つのは辛くない?」

「すごく辛い。」

「・・・・」

私の胸に顔を埋めながら、彼が言った。

「1秒でも君に会えないのは辛いんだからしょうがない。」

「あは・・・」


長い指がまた私の肌をさぐりはじめ、
柔らかい場所に向かおうとしている。


「・・・勇也・・・」


胸のふくらみの先端を口に含みながら

「ここにも真珠があった・・・」


「んふ・・・・あ・・・」


「僕だけの・・・」



梅雨の晴れ間の朝日の中で、

温かな吐息が絡み合う。



「リオ・・・・僕はここにいる。」


「ん・・・




消えない朝露を、大切に胸に抱きながら、

ふたり、真珠色のシーツの海に、もう一度漕ぎ出して行った。

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