Lusieta

 

朝露のリオ 3-2

 

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ーーー7週目



倒れたあとに、一気に2㎏落ち、

あと1週を残して目標が達成された。

そして、私はこれまでとは全く違う

筋肉質でしなやかな体を手に入れていた。




「おめでとうございます。」



「ありがとうございます。」



「ほんとによくがんばりましたね。」



「相馬さんのおかげです。

ほんとにありがとう。」



「僕の不注意を許してくれますか?」



「もちろんです。

でも、不注意は許すけど、

トレーニングでのあなたの冷たい態度は

まだちょっとだけ根に持ってるかな。」



「あは・・・」



少し笑った。



「すみません。それはたぶん生まれつきかと。」



「違うわ。

あなたはとても優しいのに、

トレーニングでだけ、そんなふうなんだわ。」



「なんですか、それ。」



「あなたは、私が倒れた時、ずっと髪をなでて、

“ごめんね”って言ってくれた。」



「えっ!!・・・・」




顔色が変わった。

すごくうろたえた顔に、こっちが驚いてしまう。




     ほんとだったの?



     夢じゃなかった・・・・



     夢じゃないなら、それは・・・



     なに?




こわばったままややうつむいた顔に、

ひるんではいけない。



今日こそ言おう。



「相馬さん、最後の食事は、

この部屋であなたも一緒に食べてくれませんか?

ディナーのコースにシャンパンをつけて。」



「いや、それは・・・」




「お願いです!」










ーーー最終日





いつもの個室で彼を待っていた。

いつもの場所だけど、いつもと違うことがある。


初めてトレーニングウェア以外の格好で会うということ。



今日は、シンプルなアースカラーのAラインのワンピースを着ていた。

ある予感のもとに。



そして、その予感は的中した。

彼は、白い綿シャツにカジュアルなジャケットで現れた。

アースカラーのジャケットだった。



おしゃれにあんまり頓着しなくて

オーソドックスにまとめて冒険しない人。

なんとなく、前からそんな気がしてた。



当たりだった。

でも・・・

こんなふうにしてしまうと、

色も雰囲気も合い過ぎちゃったかな。





“わぁーー。

ほら、私たち、申し合わせたみたいですね。

お似合いかしら。”


なんて・・・・




     言えたらいいけど・・・

 
     



「今日はご招待いただいてありがとうございます。」


彼がぎこちなくお辞儀をする。



いつもと全然ちがって落ち着かない感じが、

なんだかかわいく思えてくる。



「はい、来て下さってありがとうございます。」



シャンペンを手に取って


「では、今日までの感謝を込めて」と言ってみる。


「トレーニング、無事達成おめでとうございます。」




今日までのトレーニングの話や、映画のこと。

最近読んだ本のこと。

体のメカニズムについての、ちょっと専門的な話・・・


彼の趣味の広さも、

プロとしての勉強熱心さも相変わらずすごい。

そのソフトで温かい声と話しかたに心を奪われて、

時がたつのを忘れていた。



あっという間に終わりの時間がせまっていた。



冷めて残っていたオミジャ茶を一気に飲み干し、

その勢いを借りて言ってみた。




「今日ね、実は私の誕生日なんです。」



「・・・・・・」



「あの・・・」



「知っています。」



「え?・・・」



「おめでとうございます。」



「あ・・・ありがとう・・・」



「何もプレゼントを用意してなくて

すみません。」



「いえ・・・いいです。」




     知っていたのに?


     ちょっとだけ、さみしいかも・・・




今頃シャンパンの酔いがまわってきたような気がする。




     これが最後だと思うと泣きそうだ。

     誕生日なのに・・・・



     あなたはなんともない?

     もう会えなくても。




席を立ってドアを開けようとする彼の背中に言った。



「プレゼントを下さい!」



驚いて振り向いた彼

眼鏡の奥で、問いかけるように見つめる目に向かって願う。




     断らないで・・・・




「誕生日のお祝いに、

キスしてください。」



「!!・・・・」




驚いて、食い入るように私を見つめる目を

負けないようににらみつけた。


きっと数秒だったはずなのに、

何分間もにらみ合いをしたような気分だった。




彼がそのまま近づいて・・・・

大きな両手で私の頬を包んだ。

静かに唇が降りてきて・・・

そっと触れるような小さなキス。



小さなキスだけど、とても大変なキスだった。




さっきのシャンパンの栓のように、

ふたりの心の中で、

きっと今、ポンッと音がしたはずだ。



もうこれ以上押さえることができなかった。

最後の栓を抜いてしまったように、

激しく求める思いが

一度に体じゅうを駆けめぐり出すのを。



ふたりとも・・・・


そう・・・ふたりとも・・・



感じあうシンパシーを


もう隠すことはできなくなっていた。

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