Lusieta

 

ジムノペディーⅡ 第6章

 

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電車はいつもよりすいていた。



2駅めから地下へ滑り込んで・・・

自分の顔が向かいの窓に映った。




変な顔・・・変な顔・・・・






     “俺、本気なんだ。”




     “タカナシとなら、なんにも気取らないで

      そのままの自分でいられる。”




変な顔が、ガタガタ揺れる・・・・




     “なんていうかな、タカナシといるとさ、

      すげえうれしくなるんだ。”




私、バカだ・・・ 



     “お前といると、俺もすげえシアワセ。

      だから、お前といたいなって・・・”





つらい・・・

   


     “今日みたいにお前の調子が変で、寂しそうな時はさ・・・

      そばにいて、俺の手で元気にしてやりたいって・・・”





私は・・・

鈍感で、救いようがない







     “なんだ、お前もばあちゃん子か。

      俺もだ。”
  
   
   

     “お前・・・父さんを知らないのか・・・

      俺はおふくろを知らない。”




     “よしよし、いい子に育ったな、お前も。

      えらいぞ~~。

      俺もえらい!”






あの時、サカキ君、私の頭をクシャクシャになでた。

涙が出そうになったな。





     “んじゃあ明日な! ばあちゃんっ子!”





こんな時でも、

その言葉を思い出すと、

ふと笑ってしまう。





窓ガラスの中の私が、慌てて笑顔を消した。








  ーーーー








ぼーっとしながら鍵を開けて、

また鍵を閉めたところで携帯が鳴って、ものすごく驚いた。

下駄箱の上に置き去りにされた、あの人へつながる唯一のもの。


 

     “今なにしてる?”





嬉しいはずのあの人からの呼びかけに、

今は話せないと思ってしまう。





     “ちょっと出先です。

      またメールします。”




     “こらっ!なんでウソ言うんだ?”





「え?・・・・」





二階の廊下の電気がついた。

玄関から真正面に見える階段の上に

その人がいた。




腕を組んでこちらを見下ろし、

抑えた声で、「こらっ・・・」って言って笑った。





まぶしくてよく見えない。


なんだか、神様みたいに立ってる・・・・





私は玄関ドアにドンと音をさせてもたれかかり、

そのままズルズルとしゃがみ込んでしまった。





「アズ!

どうした?!・・・」





神様が、ドカドカと音をさせて下りてくる。






     私のうっかりのせいで、

     またサプライズになっちゃったね。

     きっと、ずっと連絡くれてたんでしょ。




     嬉しいのにな・・・


     会えて嬉しいのに・・・




     こういう時に、ちゃんと涙をコントロールできるような

     
     オトナの女になりたいよ。








「どうしたんだ。

なにがあった。」



あなたがしゃがんで私を抱きかかえた。



あぁ・・・

あなたの匂いに包まれて、

いっぺんに力が抜けそうになる。





私の顔をのぞき込んだあと、

確かめるように私の服を見てる。



「あ・・・襲われたとか・・・

そういうんじゃ・・・ない・・・」




でも、勝手に流れる涙はどう説明する?


あなたがこんなに心配そうに見つめてるのに・・・




「とにかく上がろう。さあ・・・」




ダメだ。

ダメだよね。




「私、しなきゃいけないことがあって。」



「え?」



「会えて・・・すごく嬉しい。

でも、しなきゃいけないことがあって。

行かないと。」



「何をするんだ。」



「うまく言えない。

帰ってから、ちゃんと整理して言うから。」



「どういうことだ。

アズ、もう夜だ。それだけの説明じゃ、送り出せない。」



「お願い・・・」



「じゃあ目的地まで送っていく。」



「それはダメなの。ひとりでいかなきゃ。」



「なんでだ。いったいどこ行くんだ。」



「・・・・・・ごめん・・・」



「あのな、こんな状態を目の当たりにしたあと、

そんなよくわからない説明で、

大事な恋人を『はいそうですか』って

送り出す男がいると思うか?!」



「コイ・・・ビト?・・・」



「そうだ。お前は僕の恋人だ。

大事なんだ、お前が。

わかるか。」



いつも優しい目が、怖いくらいに真剣で、

いや、ほんとに怒ってるよね。




「ちゅ・・・ジュ・・・」



私の頭を抱え込んで、ため息をつく。




「どっちでもいい。アズ・・・

今、僕を呼んでくれ。」




「・・・・ジュオン・・・」



「あぁ。お前の恋人のジュオンだ。」



「・・・ジュオン・・・」



「うん。」



「今日・・・

今日、私は・・・・告白されました。」



「・・・・・」



「その人は、同じクラスで、

今日までいろんなことを・・・一緒に・・・

してきた人でした。

私は鈍感で、気づかなくて・・・」



「・・・・彼か・・」



「はい。」



「・・・・・」



「・・・ジュオン・・・」



「あぁ。」



「すぐに・・・

言えなかったの。

好きな人がいるって。」



「・・・なんでだ。」



「・・・なんでだろ・・・

すごくびっくりして・・・悲しくなって・・・」



「悲しくなった?」



「・・・うん・・・」



「・・・なんでだ・・・」



「・・・それは・・・それは・・・」



「いや、言わなくていい。」



「・・・・」



「言うな。」






     それは・・・たぶん・・・


     その思いに、

     応えられないことが、

     悲しかったんだ。



     その思いに応えられたら・・・と、


     一瞬でも、思った?




     思った?





       ・・・思った・・・・








私って、ほんとにひどいね。

あなたにも、彼にも。





あなたは、全部わかってる。





     鈍感で、意地悪で・・・

     救いようがないと。






「・・ごめん・・・・」



「・・・・・」



「ごめん。」



「何度も謝るな。」



「ごめ・・・」



「・・・・」



あなたが、抱きかかえる腕に力を込めた。






「だから・・・

今から戻らなきゃ。

ちゃんと言わなきゃ。」



「・・・・」



「行かなきゃ。」



「あぁ。」



でも、腕の力は緩まない。




「アズ。」



「はい。」



「僕は心がせまい。」



「・・・・」



「心配性で気が短くて・・・・

全然強くもない。」



「・・・・」



「お前をどこにもやりたくなくて・・・

今だって、行かせたくない。」



「・・・・・」



「行かせたくない。」



「・・・・・」



「でも、行くよな。」



「はい。」






玄関のタタキに座り込んだままの体を

あなたが一気に持ち上げた。

私の服を軽くはらい、髪を直した。



その指が微かに私に触れるだけで、ジンとして・・・

突然、私はこの人が好きなんだという思いが、

体中から湧き上がって来るのを感じる。


あぁ・・・

私はどうしようもなく、この人が好きだ・・・


好きだ・・・



    ・・・好きだ・・・・





なのに・・・

この人を置いて行く。






「ちゃんと言えるか。」



「はい。」



「ここで待ってるから。」



「うん。行ってきます。」




最後に触れたい気持ちを、お互いに抑えて・・・

あなたがドアを開けた。



大きな体のそばをすり抜けて外に出た。

私が外からドアを閉めた。



磨りガラスの向こうのあなたが、

そのまま動かないでいることを感じながら

私が先に、振り向いて歩き出した。







家の中にいたのはほんの短い時間だったはずなのに、

外はすでに街灯がともり、夕焼けの最後の一瞬を迎えようとしていた。


街路樹は、新緑の光を夕闇に隠して佇む。

その下を、家へと急ぐ人々に逆行しながら、大股でずんずん歩いた。






電車のホームでメールした。




     “今、まだジョーセン?

      少しだけ時間ある?

      話したいことがあります。”




     “まだジョーセン

      いきなりもう返事くれるのか?”




     “とにかくそっちに向かいます”




     “今じゃなきゃダメか?

      なんか、怖えぇよ”




     “とにかく行くよ”




     “急いでるのか?”




     “電車来たから、乗るね。”





駅から近いほうの西門まで来ると、もうサカキ君が待っていた。

アタッシュケースは持っていなかった。



一瞬、ぐっと胸が縮まるような苦しさを感じる。

逃げたいような気持ち・・・




サカキ君ってば、こんな時でも笑ってしまうくらいかっこいい。

どんなふうに立っててもモデルみたいに絵になってしまう。

着てる服なんていつも洗いざらしだし、

いかにも体育会って感じの大きなバッグをいつも担いでるのに。




こんなにまぶしい人が、私を好きだって言ってくれたんだ。



私といるとしあわせだって

そのままの自分でいられるって


寂しそうな時は、そばにいて

元気にしてやりたいって





苦しくて・・・

しゃがみ込みそうになる。





私をみつけると、左手を挙げてゆっくり歩いてきた。




「慌ててデータ打ち込んじゃったよ。

間違ってたらお前のせいだからな。」



「ごめん。」



「ウソだよ。完璧だよ。

俺の仕事をなめんなよってな。ハハ・・・」



サカキ君、緊張してる。



「ちょっとこっちでしゃべろうか。」



「うん。」





大学の敷地のとなりは大きな神社だ。

大学の西門の前から神社の境内に入り、

通り抜けると今度は正門の前に出る。



暗くなってからの境内は昼間とはまったく趣が変わる。

大きな木々が覆いかぶさるように迫って不気味だ。




「こんなに早く返事しに来たってことは、

どっちなんだろって思ったけど、

さっきのメールをよく読み返すとわかってくるよな。」



「・・・・」



「なんてな。

へんな予想を語らないでおこう。

単刀直入に言ってくれ。覚悟はできてる。」



「はい。」



「・・・・・・」



「・・・・・・」



「ほら、そんな顔してねえで、

早く言え。」



「はい。

さっき言えなかったんだけど、

私、好きな人がいます。

だから、あなたの気持ちにこたえられないです。

ごめんなさい。」



一気に言って、思わず深々と頭を下げていた。



ぐいっと肩を持ち上げられた。



「頭なんか下げるなよ。

お前、さっきから悲壮な顔してるぞ。

俺に断ることが、そんなに大変なのか。」



「・・・・・」



「悪かったな。

こんな顔させてな。」



「・・・・・」



「でもありがとな。

わざわざすぐに言いに来るなんて、お前らしいよ。

覚悟してたんだ。

お前、ここんとこ急にきれいになって・・・

なんていうか、女っぽくなったから。」



「・・・・・・」



「その人は、片思いとかじゃなくて、

もうお前の彼氏って呼べる相手なのか?」



「・・・うん・・・」



「・・・そうか・・・

そうだったか・・・

ふふ・・・やっぱ妬けるな・・・

こんなことなら、もっと早く・・・なんてな。

しょうがねえな。」



「・・・・・」



「お前、その人といてしあわせ?」



「・・・うん。」



「そのままのお前でいられる?」



「・・・うん。」



「・・・・そうか・・・

よかったじゃん。」



「・・・うん・・・」



「くっそー、俺がこんなにしっくりくるんだから、

お前にも、俺が一番しっくりくるに決まってるなんて・・・

ちょこっと思ったんだけどな。

もっともっと、バッチリしっくりくるヤツがいたんだな。」



「・・・ほんと、ごめんね。」



「謝るな。謝られると凹む。」



「あ・・・ごめ・・あ・・・」



どこでも同じようなことをしている。




「んじゃあ、わかったから、もう帰れ。

彼氏、心配してんじゃねえの?」



「うん・・・あ・・・」



「アハ、正直モノよ、さっさと帰れ。

んじゃあな、ありがとな。

俺たち、また元の“伝説の最強コンビ”に戻るだけだからな。

シカトとかすんなよな。」



「しないよ。」



少し笑って、彼も笑った。




「あ・・・あのさ・・・」



「ん?」



「最後にさ、ハグしていいか。お前のこと。」



「・・・あ・・・」



「ダメか、ダメだよな、そんなの。」



「いいよ。」



そう言うのとほとんど同時に両手を伸ばして、

サカキ君を仰ぎ見ていた。




彼が息をのむのがわかった。

泣きそうな顔になるのがわかった。



でも、そのあとはわからない。

大きな体にがっちり包まれて、

苦しいくらいに閉じこめられたから。



そっと背中に手を回して、

私も彼を抱きしめた。




「お前みたいなヤツとコンビ組めてよかったよ。

今日好きだって言ったこと、後悔してない。

お前みたいなヤツを好きになれてよかった。」




「・・・・」





ここで泣いてはいけない。





「お前がシアワセならいいや。」




そのあとは言葉はなくて、

ただじっと抱き合っていた。



それは数秒だったのか、数十秒だったのか・・・




「お前って結構大胆なやつだ。

このまま俺がキスとかしたらどうすんだよ。」




「ん・・・」



「しねえよ。」




肩をつかまれ、急にぐっと体を離したと思うと、

こっちを見ないで背を向けた。




「やっぱ、やさしいんだな、お前・・・」



「・・・・・」



「じゃあな! 相棒!」




ピンと背筋が伸びて、

長い足が参道の敷石の上を泳ぐように進み、

あっという間に真っ暗な木々の向こうに消えてしまった。





「うん。またね、相棒・・・」



小さく、声に出して言った。

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